一旦どうしようか。なんだか負けそうじゃないか?これ。晦級であるとは予想していたし、驚きはしない。が、てっきり『冥魂』で素材周回のためにぶち殺されまくっていた、使い回しデザインの単色魔法しか扱えない雑魚レヴナントだろと舐めてかかってもいた。
それがなんだなんだ。『冥魂』にいたどのボスとも見た目がそぐわない完全初見のやばそうなレヴナントじゃないか。なんだこの細長い龍みたいな元人間。バグみたいな威力の黄属性が乗せられた爪振るってくるし。下手したら死ぬぞ。
門外不出の技術で刻んだ特殊な魔素回路が施されたさしもの聖杖も、このレヴナントのヤバさにカタカタと震えて限界を訴えかけている。一度に複数属性の攻撃を受けるなんて場面を想定されていないので、そりゃあこいつも演算が狂うに決まっている。
「ならば私自身を魔素回路だと見立てましょうか。
こういう時、人権ヒーラーに転生してほんとうによかったと心から思っている。素の魔素操作がずば抜けて巧いので、こうしてミクロ粒子レベルで細かく操作をして魔素回路を身体中に刻んだりできる。全能感で最高の気分。
やってることは血が流れっぱなしのタトゥーみたいなもんなので全身バカみたいに痛いが、後で魔法で治せば無問題なのでよし。ああ、ムカつくほど痛い。不快感で最悪の気分。
「神龍もどきさん。少し……離れてもらえますか?」
さっきからずっと
しかぁし!私の目的はチートによる勝利、それではなぁーい!!
「────神龍もどきさん。あなたを……人に戻して差し上げましょう」
私が霊廟域になんの賃金も発生しないクソみたいなボランティア活動に足を運んだ理由、それは!レア・オルテンシアにしかできないレベル上げ、通称『転化』バフマラソンである!
『冥魂』において、レア・オルテンシアとかいう人権ヒーラーが何故人権たる称号を欲しいままにしたのかといえば、それはひとえに彼女だけに許されたレヴナント討伐に対する別角度からのアプローチができるからだろう。
彼女は五色しかないとされている魔素の、本来存在しない
つまり、欠けた“魂”の空洞を彼女の魔素で埋め合わせることによって……人ならざる人外へと成り果てた者たちを、もう一度人に戻すことができるのだ。
原作では『転化』と呼ばれたこの行為、なんとゲーム内でもレア・オルテンシアを入手していれば可能とかいうすげー再現性を見せている。
この『転化』システム、レヴナントを人に戻して無力化するという効果だけでなく……ゲーム内では『転化』した元のレヴナントの色属性によって(彼女を編成している間は)永久に恩恵を得ることができるとかいうヒーラーがやっちゃいけない効果まで持っていた。
実装して一瞬。一躍どんなパーティにも引っ張りだこ、人権ヒーラーの爆誕である。どうしてこんな回復もできてほぼ永久のバフ撒きもできて攻撃関与もバッチリなぶっ壊れ三刀流女が実装されたのかといえば、こいつが設定上故人であるからとしか言いようがない。
そう。レア・オルテンシアは死ぬのだ。そりゃあもう人気になるだけの登場の仕方と活躍をするだけして、物語の佳境に入ったところでプレイヤーの頭をぶん殴るが如く無慈悲にぽっくりと。
そんな彼女に転生した私は思った。当然嫌に決まってるだろう死ぬなんて。死亡フラグなんてぶち壊してやる。そう考え悩み抜いた末、そのための『転化』テロである。
さて……ここ数ヶ月ほど前から、各地に発生した霊廟域に群がるレヴナント共を手当り次第に『転化』させ、沈静化させている輩がどうやらいるらしい。
それ、私である。
レヴナントから人に戻ることのできた彼らが、朧気な記憶の片隅にある断片的な人相を頼りに「恩人に礼を言いたい」と各国に点在するフォロス協界相談窓口に押し寄せてきているらしい。
それ、私である。
荒波立てて国の要人に目をつけられるのとか御免なので、協界にいる知り合いにはそれとなく正体はぼかしておいてくれと頼んでいる。
名声を得たくてやっているわけではない。あくまで目的は『転化』による恩恵であり、元に戻った人は副産物である。思い上がって感謝してくんな!
しかし正直もう時間の問題なんじゃないかと最近はヒヤヒヤしている。あまりに私が美女すぎて、見間違いようもなさすぎて。ふは。
「最後のお相手があなたでよかったです。神龍もどきさん」
これからも『転化』できる隙があればやっていく所存ではある。が、こうして生きる霊廟域ぶっ殺しゾーンとして動くのは当分お休みだ。その最後の相手が晦級のレヴナントであるというのは有終の美としてはいい締めくくりだろう。
聖印から展開される白の球弾が極彩色を放つレヴナントの全属性の数々を相殺する。さっきまでは荘厳な神様みたく天罰なんて洒落たことをしていたくせに、すっかり立場が真逆になってしまったなぁ。
「逃げないでくださいな」
私はただひっついてきて鬱陶しいレヴナントを吹き飛ばし剥がして、力の差を理解らせるために徹底してこいつの展開する全ての色の魔法を打ち消しているだけである。怖がる理由なんてどこにもない。
ビビり散らかして尻尾を巻き背を向けて逃げようとするその姿はもはや神龍などではなく、矮小な蜥蜴のそれに思える。せっかく人間から一つ上のステージへと進化したというのに、見窄らしいことこの上ない。
「私はですね、ちょっぴり怒っているんです」
私の前世は冴えないおっさんだったようだが、その精神に元のレアの精神が乗っ取られたというわけではない。まあカスみたいな性格にはなりはしたが、生来の聖女らしい善性は無くなってはいないのだ。
この深部に到達するまでの道すがら、どれほどの数このレヴナントが試し斬りかのように僧兵たちを殺し、ゴミのように辺りに捨て転がしていたのかを目撃した。
「あなたには。理性を喪っているからだとか、人ではない化け物だからだとか……罪から逃れる免罪符はいくらでもありますね」
今朝のあの自己満ジジイ僧兵には腹が立ったが、だからと言って死んで欲しいとは思っていなかった。内臓が外に晒され、胴から下がない状態で木にもたれかかっているのを見たくなどなかった。
「私はあなたを化け物として裁くのはあまりにも甘すぎると思うんです」
化け物として死ぬというのはあちらにとっての都合の良すぎる逃げ道に過ぎないのではないか。人類の倫理観によって罰を与えるのならばやはり『転化』し、人として裁いてやるのが最も苦しい罰なのではないか。
「まあ私、とても優秀なので蘇生もできちゃうんですけどね。でも、人を殺めたという罪悪を抱えて苦しんで欲しいというのは本音ですよ?」
不快な気持ちにさせられた代と言ってもいい。惨たらしい死体をまざまざと見せつけられた。蘇生による気持ち悪い臓器復活ショーを見させられた。
事の発端に八つ当たりするくらいしてもいいレベルで私は偉すぎる。仮設休憩所に一人一人おんぶして運んだんだぞ。ヒョロガリデカ女の私には苦しすぎる仕打ちだが。明日は筋肉痛になることが確定している。
一歩、また一歩。丁寧に硬い土を踏む私の靴。焦ることはない。ただ定められたことをする。私がするのはたったそれだけ。
私の手がレヴナントの“魂”に触れるその直後。弱々しく怯えていたはずのレヴナントが牙を向き、火事場の大勝負を仕掛けた。発動者さえ巻き込む全方位からの多属性掃射。
────それは、解析が終了した聖杖によって無に帰すことになる。根源から修復できるほどにあらゆる色との親和性の高い白属性の魔素。
親和性が高いということ。演算次第では各属性の色に対応した反対の魔素を出力できるということ。
「──ふふ。私の聖杖も優秀なようで。五色の魔素を扱うあなたの輝かしい異能を、単一の色属性として解釈したみたいです」
抵抗も虚しく、レヴナントの“魂”は私に触れられる。根源に同期し、込められた白属性の魔素によって”魂“の満ち欠けが逆行するように巻き戻されていく。
苦しそうに呻き、人ならざる貌から徐々に元ある貌へ変わっていくレヴナント。視界が一瞬白に染まり……やがて彩が奪われたいつもの霊廟域で、先ほど龍の姿をしていたと思われる少女が倒れていた。
絹糸のように一本一本が美しく光る金の毛並み。あどけなさの残る人形のような顔のパーツ。ううん……?私はこの子を知っているぞ?主に『冥魂』の性別選択で見た覚えがある。
────あ。こいつ、主人公だ。気付くべきだった。全色の属性を扱うやつなんぞ主人公以外にいる訳なかった。
それによりにもよって女主人公。男主人公なら適当にポイと街中に捨ててくれば勝手に逞しく育ってくれるだろうが、女の子をポイ捨ては外聞悪く普通に犯罪なんじゃ。
「ええっと……厄介なことになりました……」
龍緋のやつにどうにか押し付けられないだろうか、この厄ネタ。とても関わりたくない。このまま近くにいようものなら私は原作よろしく死んでしまうが。
憂鬱な感情が私の胸の中を占める。人格などあるはずもない聖杖が「ん?どした?」と首(?)を傾げて顔を覗き込んでくるものだから、腹が立って乱暴に引っ掴み壊し損ねていた魔素溜まりに思いきりぶん投げ、ぶっ壊したことで霊廟域の沈静を行ったのだった。
「はぁ〜〜……とりあえず、皆さんを治療したらこの子を連れて雲隠れしますかね」
雲龍城。雲龍を統べる君主が鎮座する、国の象徴たる建造物。言い伝えによれば、遥か昔に人々を庇護し繁栄を見守ってきたとされる神龍の血を分け与えられた、半人半龍の一族が代々この城の主として選ばれるのだとか。
「…………して、
「…………いえ、まったく?」
「ふっ、相も変わらん面の厚さだの。
「そんなこともあったんですねぇ」
私からすると半人半龍だろうが雲龍君主だろうが、そこらへんの人と大差なく、雲龍名物のピリ辛麻婆豆腐に涙目になるやつという認識だが。
まあ、人より圧倒的な赤よりも緋い魔素を垂れ流して常人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているのは事実だろう。そんな雲龍君主、龍緋は私のかつての学友である。
「昔のよしみで詮索するのはやめていただける……とかは?」
「残念だが、無理だのう。俺は雲龍に蔓延る不安の種を取り除かねばならん」
「では、結果だけ見れば素晴らしく安泰ではありませんか? 僧兵たちは無事帰還し、晦級のレヴナントは討伐された……良いこと尽くめですよ」
「はて、晦級の件は話しておらんのだが。いやはや其方、墓穴を掘ったな」
龍緋の龍のような細長い瞳孔が更に細められる。心当りがありすぎて隠そうとしすぎるあまり、普通にヘマをした。
燻って光を殺す灰のような前髪をかきあげて、不敵に笑う龍緋。なんだ?イケメンがイケメン仕草しやがって。嫌味か?
「なに。僧兵どもの命を掬いあげて貰ったことには感謝をしているさ。
────ただ、不可解でのう……死骸として残るはずの晦級のレヴナント、その鱗一つ見つからんらしい。……なあ、何故だろうな?」
うお、押し付けチャンス到来!?……龍緋という男は、清濁併せ呑む雲龍の為政者である。先代の君主であり父でもある
ところ構わず妾をつくり、気に入らぬ我が子とそれを産んだ質の悪い母体を殺し、圧政で民を苦しめる愚王の代名詞。唯一正室の子であった彼は、血の繋がらないある一人の妹とこれからの雲龍を守るために、自らの手で父を殺した。
つまり、龍緋は目的のためならばなんだってやる男だ。晦級のレヴナントであった原作主人公が、雲龍に仇なす危険分子だと龍緋が判断したならば、女であろうと子供であろうと躊躇いなく殺すだろう。
だから、差し出さない。……否ッ!それは雑魚の思考だ!私は最強であると自負しているので、この妹大好きバカにも拳で勝てる自信がある。私はヒョロガリで、こいつは細マッチョだけど。
「そのレヴナントなら、人に戻しました。今頃、礼拝堂で私が作り置きしたシチューでも食べてると思いますよ?……見に行きますか?」
故に、攻めるッ!龍緋は手段を選ばない男だが、話の通じないバカでもない。要はこいつに害はないと思われればよいのだ!そして厄ネタの主人公を押し付けて私はトンズラ!ぐふふ、我ながら天才である。