「え〜〜っ!? それでそれで!? デュオニス様はルシーラちゃんに声をかけに行ったの!?」
デュオニスが一時的な仲間として加わったため、私一人だけが最高速でケリュドアナ国内を駆け抜けてエレオノーラたちの元へ行くという方法は取れなくなった。
なのでこうして気持ち早歩きで、ルシーラ含め四人で向かうこととなっている。道中、聞いてもねぇのにルシーラとの馴れ初め?またはこの惨状を引き起こすに至った経緯?を話り出したデュオニス。
アンナは年頃の女の子で、こういったちょっとしたロマンスに弱かった。足取りが心なしか逸って、上半身が跳ねている。デュオニスから話される次の内容が気になってしょうがないのだろう。
「どうせこの男のことですから、声をかけれなかったんでしょう。ルシーラの言葉に救われておきながら、自分は何もしてあげられなかった。それが
「そうだね、僕は声をかけれなかった。彼女のやつれた顔を見て、色んな感情が一瞬にして駆け巡った」
反論する余地もないと、困ったように笑うデュオニス。本当に、その時は様々な感情がない混ぜになっておかしくなりそうだったのだろう。
予想するに、彼はルシーラとの初めましてから貴族に好い印象を持ち合わせていないと踏んだ。だから、身分を偽ったことが、声をかけることの負い目になった。
更に、強迫性の妄想が襲ったはずだ。母親から呪詛のように繰り返された「私を裏切るな」という一言、淑女たちから向けられる視線の雨、それはデュオニスの足を竦ませるには十分な理由になる。
「国王の壮健ぶりを讃えるための貴族の集会……会場の外で、髪をくしゃくしゃにして握りしめながら俯いていた彼女に気の利いた言葉の一つもかけれなかったんだ」
「ふぅん。そりゃ情けないね! 恋をしたのに、盲目にもなれないんだ、デュオニス様って」
おおう、若々しいことをいうな。恋に盲目になれ、か。デュオニスの女々しさは私としても死ぬほど嫌いだが、こればかりは元男として同情してやれる。
その人のことを好きであると自覚すればするほど、距離感を測るのは難しいものだ。それに、デュオニスは『恋に恋する』淑女たちを嫌というほど相手してきている。
ああはなりたくないと、強く思うが故に奥手になるのは必然なのではないか。
「アンナ、よく覚えておくといいですよ。人生とはほとんどの場合において平凡に終わります。手を差し伸べれば色鮮やかに咲いたかもしれないと誰もが後悔しながら、何も成せず一生を過ごすんです」
「……はは、ルシーラの唯一になりたかった僕には痛く響く格言だ。ともあれ彼女の言う通り、僕はとても後悔した。後悔して平凡なまま終わりたくないから……母さんにささやかな反抗をしたんだ」
「……へぇ? 反抗って、一体どんなことをしたのさ」
「……母さんはあれだけ除け者にされたはずの、貴族的な生活にしか興味を示さなかった。いわゆる庶民の暮らしを軽視してたんだ。僕にそれとなく領地の話をするときは、ずっとそれが滲み出ていた」
「その反抗の現れが……遊牧民の受け入れとリコリッタのような素行不良者たちの受け入れ、ですか」
「そうさ。ケリュドアナは各領ごとで別々に財政の管理が行われている。中立を謳うフォロス協界の協界員として魔物やあぶれたレヴナントを討伐するだけでも、結構な採算がとれるんだ」
まあファンタジーならよくある財政捻出の種だな。前世でもそうだろ。危険の伴う猛獣を狩猟するのに、人間的素行は要項に含まれないが、実質のところそういった仕事に就くのはワケありの人間が多かったりする、そういう現象。
そういった世間一般から嫌厭されるような職種であるということと、その汚れ仕事を誰かがやらなければある程度の安全が保障されないということが生活と切り離せずに重なっている。
ならば、ド直球にワケありの人間たちをこっちから引き入れてしまおうというわけだ。
フォロス協界員全てがそうってわけじゃない。それこそ前世の猟師全てもそうってわけじゃない。だが職業人口分布の話をすれば、人相の悪いやつらが相対的に多いというのが事実としてあるだけだ。
デュオニスはそこらへんをよーく分かっている。職がない不良者どもにチャンスを与え、ジェレミア領で暮らせるだけの都合も与えた。
かつ、彼らに売りつけた恩を来たるときまで温存しておく。デュオニスという領主は武術も魔法もからっきし、ああ全く世間の言う通りだ。
だが代わりにどうだ。デュオニスの言うことを聞く腕利きの協界員がジェレミア領に集中している。これは見方を変えれば一人の卓越した騎士よりも厄介な軍隊だ。これらを獲得できるだけの知性がデュオニスにはあったということ。
「……といっても、僕の無茶なお願いで彼らへの一方的な命令権を使い切ってしまったけれどね。これからはほぼ対等な雇用関係……利が彼らに無ければ動かないこともあるだろう」
「あらら、勿体ないことしちゃったね。 じゃあもう彼らは言うこと聞かないの?」
「どうだろう……僕にとてつもなく恩義を感じてたりする人たちも居るには居たかなぁ」
冗談めかして言ってやがるが、相当に切れ者である。つくづくデュオニス・ジェレミアとかいう人間に女々しさという欠点があってよかったと安堵する。
これで龍緋のような損切りのできる人間であったならば、ケリュドアナの十二騎士で収まる器ではなかっただろう。野心がしょうもない初恋で塗りつぶされてよかった。
「抵抗って言ってもこんな風に……母さんから与えられた呪詛を克服したわけじゃなくって、上手く丸め込むことにしたんだ。
裏切るわけじゃない、かといって言いなりになるわけでもない。
でも……よく回る二枚舌のおかげで手元に転がり込んだものを見て、魔が差したんだろうね。今だったら、ルシーラのことを助けてあげられるかもって」
「…………あれだね! デュオニス様ってむっつりなんだね!」
──────!?ア、アンナぁ!?
「んっ、ん!? ぼぼぼ、僕がむっつり……?」
「え、だってさぁ。良いとこ見せてルシーラちゃんと!……ってやましいこと考えてたからこんなテロもどき起こしたんでしょ?」
え、ええ……すごいぶっこむなこの子。こういうのって分かってても黙ってあげるもんじゃないのか。あっ……?この子もしかしてゴミ溜めに漁りに行くことが第一優先で友達がいないのかっ!?
対人において、言っていいことと悪いことの見極めを知らずに育ったな!?このデカ鞄娘!!
「え、ええっと!? ど、どうなんですかデュオニス、そこのところは!?」
「えっ!? あ、あぁ〜〜! まあ僕も男の子だからさ、あったと思うよ! うん!」
なんっっでお前そこ肯定すんだよ!今私のパス上手かっただろうがよォ〜〜〜〜!!!否定するにはいい土壌作っただろうがァ〜〜!?
「はへぇ……デュオニス様って顔は良いのに、キモいとこあんだねぇ〜〜」
「うぐぅ!!?」
掘り起こしておいて最終的な着地がそれ!?ヤ、ヤバいッ!!私はアンナのことを見誤っていた……!この子は確かに善性に寄った心根の少女ではあるっ……!
ただ……っ、ただ!
ちょっとばかしデリカシーが無いかもな!?さっきまでデュオニスにチクチクしてた私があまりにビビって庇うくらいには無軌道な口撃だぞ!?
「私ならヤだな! 好きな人にはデュオニス様みたいな助け方もしたくないし、好きな人からそんな助けられ方もされたくない」
「そう、だよねぇ……ルシーラも目覚めてケリュドアナのこの惨状を見たら怒るだろうしなぁ……はは、はぁ」
あーあ! さっきまで私には食って掛かってきてたのに年下の女の子からもボロクソに言われて自信喪失しちゃったじゃん。デュオニスは豆腐メンタルなんだぞ!
こいつが立ち直るのに何日かかると思ってるんだ!超奥手の人間が腰を上げて頑張ったんだから褒めてあげようよ。私は絶対に褒めてやらないけど。自業自得じゃんね。
……しかし、そうだなぁ。たしかにフォロス協界の支部はケリュドアナにもあったんだった。彼らはある程度霊廟域に適応体質があるし、一つの避難所として機能しているだろうが……。
20人くらい協界員がいれば、そのうちの1人は馬鹿をやらかしてレヴナントになっていてもおかしくない。馬鹿は馬鹿でも協界員。等級にして半月の上澄みくらいの危険度はありそうなもんだが。
こうして並行して治癒性のドームを運用するのも限度がある。避難所とか言ったがここは霊廟域。安全地帯なんて沈静化が行われるまであってないようなもの。
「────二人とも、止まって。レヴナントだ」
悪いことばかりを懸念していると、すぐさま形となって現れるもので。私の魔法と聖杖が『転化』し損ねた?
……いや、聖杖がめちゃくちゃ「ガチホンマにすんません!!」と自己主張してきているからわかっている。あえて後回しにしたのだ。
「あれ、デュオニスが大事になさっていた部下じゃないですか?」
「……最悪なことにね。僕が帰還するのを待ってたんだろう。……ばかな子だ」
緑と青の二色が混じって、新しい色として確立している。原色の二つの特性はそこになく、別の自然現象がもたらされた。空色の魔素。司るは、風。
英雄譚や叙事詩において、時には英雄の道を阻み、時には英雄の道に幸を運んだとされる気紛れな妖精。
やはり等級は半月級。この巨大で濃密な魔素が漂う霊廟域内に居続ければいずれは満月……なんだったら晦級にまで昇華するだろう威圧感。
「武術も魔法もからっきしなんでしょう? 後ろで指くわえて見学でもしてたらどうですか?」
「【太陽】の異能がまだ僕の身体に残っている。彼女は僕の部下だし、何もしないなんてのは今までと変わらないじゃないか」
あーあ。なんか一丁前に改心しちゃって。どうすりゃいいのかねぇ、デュオニスにあるモヤモヤした気持ちはさ。
いいもん、今生の別れみたいにリコリッタを殺すつもりなシリアス顔を『転化』でぶち壊してやるもんねーだ!
デュオニスとルシーラは、ころす
蘇生に近い事ができるチートがあるからこそ、死は更に重いものへと変貌する