ここは、フォロス大陸であってフォロス大陸ではない場所。空間と空間を繋ぐはざまの世界。
継ぎ接ぎにされた世界のピースが、不気味に、そして無視できない違和感をそのままに、繋ぎ合わさっている。
「────あ゛〜〜っ、つっかれタ!」
再生のしすぎによる止血の遅れか、はたまた相手をおちょくりすぎて付着した返り血か。疲労感が声色に含まれていたカルナの全身は血濡れに濡れていた。
はたから見れば重体の怪我人と言っても過言では無いのだが、その状態や言動に反して随分と晴れやかな顔をしている。
そうして、耳にある女神像を足先から逆さ吊りしているように見える、冒涜的なピアスを揺らしてカルナがはざまに降り立った。
カルナが【
そこに加え、記憶に穴抜けが生じている新人類の幹部、【
「……んぁ〜、結局誰が【正義】だったのかわかんなかったナ〜……」
カルナはナルシアやカンタレラに指摘された通り、新人類の中では比較的新しい幹部であった。19番目である【太陽】に対して【正義】は8番目、ともするとカンタレラよりも後にレヴナントと成り新人類へと加入している古株。
また、新人類の幹部たちも人間の頃の理性を保ったままのレヴナントだからといって、死ぬ間際に抱いた強い執着による原動力の強制は免れることができない。
新人類幹部は各々が埒外であるために、繋がりは希薄であった。カルナは【正義】の顔も声も知らなかったのだ。
ナルシアのようにカンタレラに家族的意識を向け、子守りの如く同行する方が特殊であり、またこうして【世界】から直接的な命令を受けることも珍しいことなのだ。
故に、【世界】の口から頑なに語られることのない【正義】という幹部の全貌がいかなるものなのか、パンドラの匣をこれみよがしに見せつけられるがごとく置かれたカルナにとっては、どうしたって知りたくなる情報だった。
「────大活躍、だったね。ありがとう、お姉ちゃんにも逢えたし……カルナのおかげだよ」
「……あれ、帰ってきちゃったノ? あの【恋人】はどーすんのサ」
カルナとしてはあの新しいレヴナントになんの思い入れもない。しかしレヴナントであれば極めて友好的な態度を示す【世界】が、あれを置いて帰ってくることに少しの違和感を覚えた。
「……ああ、
その何気ないカルナの疑問に、幼げな微笑みを崩さず【世界】はあっけからんと答える。無邪気。その瞳に一切の残酷を宿さない【世界】は、真にあのレヴナントのことをどうでもいいと考えている。
「……エッグい目ェしちゃってまぁ。足止めって言い方もヒドいよな、なぁに?あのレヴナントは倒される前提ってワケ?」
「えぇ〜、どうだろうねぇ〜!? 私の見立てだと五分五分ってかんじだけど……この程度のレヴナントも倒せないようじゃ、ちょっと妹としては今後が心配だしな〜……勝ってほしいな〜……」
エレオノーラが話題に含まれた途端、花が咲くように声が弾み出す【世界】。彼女にとってはエレオノーラが第一で、あらゆる他の全ては二の次であるのだろう。
その倒錯的家族愛に、カルナはぞくりと背を震わせた。ああ……狂ってる。こんな狂ってる少女のふざけた理想が、もしやすると理想のままではなくなるかもしれない。それはなんて……なんて甘美な最悪だろうか!
「……アッハァ♡ アンタさいこーだネ、やっぱ! でもあの踊り子の不可侵性は? 喉から手が出るほど欲しがってたジャン?」
「それなら、
「……およ? 俺らンとこに【星】って来てたっけ?」
「いーえ? 来てないよ? 【星】はねぇ……私の異能を通じて、カルナが雑〜に消し飛ばした踊り子ちゃんの四肢の僅かな肉片を持ち帰ってたみたい」
「…………あー、ンなこともしたネ! 覚えてる覚えてる」
「あはは、覚えてないやつだ、それ」
カルナは始め【正義】について問い質そうとしていた。が、
成年していない少女の見た目のわりに、ずいぶんと
【世界】がおもむろに空間を引き裂いて、青白い手によって縁取られた窓から【恋人】のレヴナントに苦戦しているエレオノーラたちを観察している。鼻歌でも聴こえてきそうなほど機嫌のいい【世界】が、カルナに目をやることもなく、ふとなんとなしに零した。
「──だいじょうぶ、カルナは【正義】の様子をよーく確認できてたよ」
「……っはぁ!? シュミわりータイミングでバラしたやがったナ! この若作りババア!」
「ふふーん、ババアじゃないですよー。まだ千年くらいしか生きてないよーだ」
「千年も生きてりゃ十分ババアなんだヨォ!!」
【世界】が窓を通して見たように、エレオノーラたちは各々消耗した体力を回復できずに苦戦を強いられていた。
カンタレラは常に孔の空いた腹部を苦し紛れの異能で塞ぎながら。
自ら手脚を千切ったエレオノーラは慣れない血の両手脚に悩まされながら。
瑛璻は左肩を僧兵の制服の袖を破いて強く締めることで止血しながら。
この中で唯一負傷していないのはナルシアとラウラの二人。互いに素性なぞ詮索している余裕などないことは重々理解している。妨害なぞする気は毛頭ない。
しかし、勝手知らぬ相手の得意や手癖など分かるわけもなく、どこかぎこちない連携は少なくない綻びを見せてエレオノーラたちへと皺寄せされていた。
「……っちぃ! 逸らしが甘かった! すまなんだ、ナルシア殿! 援護を頼めるか!?」
「…………ごめんなさい。
「ぬぅ……レア殿のように上手くゆかぬなあ……っ!」
「あーちくしょうっ……! 認めたくないけどボクら三人がテンポ合ってないんだっ……! むしろ、あの二人の足枷になってる!」
「ど〜しようね〜? 距離を離して〜……ってしてもカバーする範囲が広くなっちゃうみたいだし〜……」
「……あのさ、カンタレラ。わたしの腕と脚に固定した血を戻して、いいよ」
激化していく【
「……ざっけんなよバカ!! こういう時までいい子ちゃん気取りはよしなよ!! キミも……ボクも! 生きて帰んなきゃだろーが!?」
「カンタレラちゃん〜……どうどう〜……! おちつきましょ? 今喧嘩してもいいことないよ〜?」
鬼の形相のカンタレラに、エレオノーラはきょとんとした表情でぼうっとしている。まったくもって響いていないように見えたカンタレラは、勢い余って涙声で上擦りながら再度エレオノーラに近寄ろうとする。
「えっと、もしかして、忘れて……る?」
「なにをさ!? ボケてるっていうんなら、今のキミよりかボクのほうがずっとしっかりしてると思うけどね!! ああ、それともなんだい? レアの泣きっ面を拝みたいならとっても冴えてるね、ハッ!」
「ちがう、ちがう。わたしの……魔法。【月蝕】で……カンタレラの力を模倣できること」
「………………あっ」
「ちょっとずつ、この力にも慣れてきたし……今なら自分の身体くらいは血で創ることができそう、って」
「────すれろ」
「えっ? 聞こえ、なかった。 わん、もあぷりーず」
「───忘れろって言ってんのぉぉ!!
もーバカみたいじゃないかボクだけ心配してカッカして、なにさ、ボクもボクらしくないとは思ってたけどさ?でもしかたないじゃんか情ってものがボクにもあるんだから!ほらあれだよあれ!誰も言わないから言ってやったってやつ!それに過ぎないんだからあんま勘違いすんなよな、別にエレオノーラのことが好、好きってわけじゃ…………!」
「うんうん、カンタレラちゃんはエレオノーラちゃんが
「な、長かったけど……なるほど、いいたいことは、伝わった。さむずあっぷ」
「うわぁぁぁぁぁ!?!?」
瑛璻とエレオノーラの声を遮るように、赤くなりやすい耳を染めて大声を出し、恥ずかしさを馬鹿力に変換してラウラたちの加勢へと走っていったカンタレラ。
誤魔化しの大声であったが、エレオノーラの提案を聞いていなかったわけではなかったらしく、エレオノーラの両手脚に集まっていた血液はカンタレラの元へと返還されていった。
支えていた脚が消え、一度宙に浮く形でバランスを崩すエレオノーラ。落下を防ぐための手も無いので、「うひゃあ」と危機感の無い悲鳴をあげている。
「……わっぷ。 ないすきゃっち、瑛璻さん」
「うんしょっ、と〜。いえいえ、どういたしまして〜」
手脚が無いとはいえ、頭から腰にかけてでも瑛璻の身長より僅かばかり高いエレオノーラ。普段の瑛璻ならば成人男性一人程度軽々と持ち上げてにこにこしていそうなものだが、負傷中である。
ふるふると震える瑛璻の細い手を見て、早く【月蝕】を発動せねば、と焦る。魔法の行使において、手というのは杖に次ぐ指向性を持たせる優れた補助器である。
神経の集中している指先には、魔素が集めやすい。魔素を循環させる臓器はまた別にあるが、細かな魔法の展開を最終的に決定するのは脳だ。
現在、エレオノーラにはその腕がない。【月蝕】による極彩色の魔素が身体全体を迸っても、それを形にするための補助器がない。
(ほんとうに、そうか? わたしのこの【月蝕】は、
エレオノーラはレアに『転化』される以前の記憶が殆どない。だが薄くあるレヴナントだったときの記憶、そして他者が自分をどう認識しているのかを認識するくらいの客観性を有していた。
仲間の皆が五色あるうちの一色しか使わない……いや、
人の扱う魔法とレヴナントの扱う異能は共に魔素からなる超常の現象。違うのは……浮き上がった”魂“によって異能は出力されるということ。
エレオノーラの胸元から、”魂“がきらきらと輝きを放って、極彩色からひとつまみの「緑」を手脚の付け根へと流し出した。
「まあ……付け焼き刃だけど。こんなもの、かな?」
「おお〜……すご〜い!」
カンタレラの血で堰き止めていた付け根からの流血。その血を覆って緑の魔素が手と脚を創りだした。多少乱暴に動かしても形が崩れないことを確認したエレオノーラは、落とした剣を拾ってラウラとナルシアが捌き損ねた【
「────よし、いこう」
自らの魔素だからだろうか、先ほどのぎこちなかった剣捌きはどこにもなく。調子を取り戻したエレオノーラもまた、心配してくれたカンタレラや未だ前線で粘ってくれている二人の負担を減らさねばと駆け出していった。
「……すごいな〜、二人とも。 瑛璻も、がんばらなきゃ……っ、な〜」
彼女たちの若々しい生命の輝きを目にして、老体に鞭を打って同じく駆け出そうとする瑛璻。
しかし、がくっと脚が挫けたような脱力に襲われ地面に膝をついてしまう。
「あ、あれ〜? 瑛璻もしかして年ですかね〜? あはは」
「そりゃあ、あなた実年齢いくつですかって話でしょうに。むしろよくカンタレラとエレオノーラが復帰するまで保ちましたね」
聞き馴染みのある声に、身体から痛みと疲労が抜けていくような感覚。瑛璻の肩をぽんと叩いて、白い魔素による治癒を行使したのは、レアであった。
「瑛璻。子守りお疲れ様です。……あれが、デュオニスの成れの果てですか?」
「名前は知らなかったけど、男の子とルシーラちゃんが混ざったのがあのレヴナントです〜。……なんか、レアちゃんが来て瑛璻安心しちゃったよ〜、すこしおやすみするね?起きたら……すぐに復帰するから〜……」
「安心、ねぇ。全部私のやることなすこと裏目に出た結果くさいから喜べねーって感じですよね」
「……ねえねえ、レアって女ったらしなの?しかもこんな幼女引っ掛けて、もしかしてロリコン?」
「聞き捨てなりませんね。求心力があると言ってください。あとその人は40歳のおばさんですよ」
「うぇっ!?……アンタって熟女好きだったのかい?」
「うるっさいですね泣きべそリコリッタ!私は至ってノーマルですよ!!」
なんかちょっと百合百合してきたな……