人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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4話

「はむっ……んくっ。ごくん。……けふっ」

 

 女手一つで子供を育てるシングルマザーの気持ちがこの二週間ほどで沁みるほど理解できた。大きく実感に貢献したのはこの齢十七にも満たないだろう少女の餌付け……もとい保護による家計簿のひっ迫によるものである。

 

 龍緋は君主の側面を見せるときはやりにくい男だが、学友である私は知っている。意外にも普段のこいつはがきんちょなのだ。帝立大学在籍中、文明レベルの高いテイルムンドに感嘆を漏らしつつ、様々な娯楽にハマりかけた龍緋はあわや留年の危機に瀕したことがある。

 

 名目は異文化交流の一環かつ外交策として、自ら留学生として雲龍から遥々来たというのに、賭け事にハマりまくった挙句に「のう……助けてくれぇ、俺ぁ素寒貧じゃぁ……」と情けなく私に金をせびる姿は今でも鮮明に思い出せる。あれは私だけが知る龍緋の黒歴史の一つだ。

 

 基本的にノリがいいのだ。だからこうして作り置きのシチューを全部食いつくす勢いでがっついている主人公を窓から盗み見するのも気前よく参加している。

 

 ただ一つ文句がある。私の真後ろに立つな。倒れ込まれたらヒョロガリの私は潰れて死ぬ。ぐえ!とカエルみたいな声を発して。

 

 あとあの、一応私の分を含めて作り置きしていたのだが?昼食代なんて無いぞ我が家には!……なあ龍緋、金……くれないか?

 

「やるわけないだろう。……にわかに信じ難い。あれが晦級、国を一つ陥落することのできる化け物であったと?」

 

「私があなたと知り合ってから五年……嘘をついたことがありますか?……うん、ありましたね」

 

「第二講堂と嘘をつかれ、基本魔素概論の単位を落としたのはいまだに根に持っておるがの?……ま、今回に関しては嘘ではなさそうだがな」

 

 謎に包まれた少女。国を一つ滅ぼせるほどのレヴナントに成れる少女。原作の物語で人々の口からしばしば耳にすることのできる『大災禍』────その真相を握る、世界を揺るがす秘密を知る少女。

 

 原作主人公。今やフォロス大陸から消え去った”魂“研究国ディメルコードの試験管ベイビー。その成功体、原初の人工レヴナントである。

 

 彼女の名前はエレオノーラ。名付け親は私。龍緋に上手く押し付けるつもりなのに、どうして名付け親になっているんだ、だって?待て、私にも言い訳させてほしい。経緯ってものがあるのだ、経緯ってものが!それは遡って二週間前、つまり霊廟域沈静のすぐのことだ。

 

 

 

 霊廟域の沈静後、桃からぱっかん桃太郎よろしくレヴナントからぱっかん主人公!した私たちは、まるで犯行現場から逃げ帰る犯罪者のように背を丸めこそこそと山を下っていた。行きで後悔したので帰りは仮設休憩所にあった食料と水をパク……拝借して。

 

「お、重い……!耐えなさい、私の身体ぁ……!」

 

 ちなみにまだ主人公(♀)は目を覚ましていなかったので、その日何回目かも分からないおんぶをして下っていた。意外にもこの時脚のほうはまだやる気十分のようだったが、彼女を支える腕のほうが産まれたての小鹿みたくぷるぷるして死にかけていた。

 

 言い忘れていたが、聖杖による補助魔法を用いてこれだ。私の非力を無礼(なめ)るなよ。普段も聖杖だって実は持ってなどいない。あれでさえ持つのが重く、常に自律(オート)で浮いてもらっているのだ。自分の才能が怖い。

 

 ちなみに理解しているだろうが、主人公(♀)が重いわけではない。私の筋力がカスなだけ。

 

「んぅ……ここは、どこ?」

 

 亀のほうがよっぽど早いんじゃないかな?といった具合にのろのろ歩いていると、聖女タクシーご利用のお客さんが一向に到着しないことを見兼ねて目を開いた。

 

 ごしごしと目を擦る仕草は大変可愛らしいが、忘れてはならない。彼女がさっきまで化け物だったことを。ここは威厳を纏ってどちらが上かを理解らせねば───。

 

「はじめまして。ぜーっ……!はーっ……うっ!ここは雲龍の外れ、西の山奥です」

 

「雲、龍? 知らないばしょ、だ……です」

 

「ああ、私に倣って敬語を使わなくてもいいですから、肩の力を抜いていいですよ。…………くっ! 耐えろ私ぃ…… ……単刀直入にお伺いしますが、あなたのお名前は?」

 

「名前? 私は……ぁっ! ぐうっ、頭が……われ、そう……っ!」

 

 さて、確認も含めて名前を聞いてみたが。今のところ『冥魂』冒頭のプレイヤーネームを入力するための流れとまんま同じである。せっかくだから主人公の出自を整理しておくとしよう。反吐が出るほど胸糞の悪い話だが。

 

 地図から名前の失われた国、ディメルコードは人類に備わっている見えない魔素器官……”魂“を可視化するための研究をする者たちが集まった、私に言わせると頭のネジが外れた狂人の国だ。

 

 ある日のこと、ディメルコードの”魂“観測所にて人間から”魂“を抽出する実験に成功する。しかし、方法自体は確立されたものの抽出された実験体は理性を喪い、その身体を異形のものへと変えて死んでしまうのだった。

 

 人為的なレヴナント化。この予想だにしなかった結果に、”魂“観測所の研究員どもは魅入られた。我々が望む異能を持つレヴナントを産み出せば、研究は飛躍的に進むのではないかと。

 

 

 そう、例えば赤・青・黄・緑・紫の五色を扱えるレヴナントだとか───

 

 ───”魂“を強制的に剥き出しにさせて抽出するレヴナントだとか。

 

 

 ああ、ちなみに『実験体』とはディメルコードが創り出した人工子宮による培養で生み出されたホムンクルスのことを指す。

 

 一応彼らにも人道的にそこいらの人を使って研究は良くないだろうという常識はあった。非人道的にホムンクルスを量産して実験に使おうという非常識もあったが。

 

 しばらくして、クソみたいな実験は成功した。数々のホムンクルスを犠牲に、成功体は2人。その内の一人はやはり理性を喪い、五色の魔素を扱う異能を持つレヴナントとなった。レヴナント状態は描写されていなかったので、まさか龍のような姿だったとは思わなかったが。

 

 これは私の原作シナリオを読んでの解釈なのだが、もう片割れのホムンクルスはきっと誰よりも人間らしかったのだろう。試験管から培養液に移され、産まれてからも外の情報が遮断された”魂“観測所という監獄。

 

 その狭い世界で初めは同じホムンクルスを気にかける優しさを獲得して。そして惨たらしい仲間の死体を見て吐き気と涙を覚えることのできる心を手に入れてしまった。

 

 同じ機械()から産まれ、家族のように過ごした一人が人ならざる姿に変えられるところを見て……何も思わないわけがなかった。

 

 狭い箱庭しか世界を知らないホムンクルスは”魂“を抽出されるとき、ぐつぐつと膿み蠢く憎しみを抱きながら血の涙を流して絶命した。

 

 

 

 ────どうか、私の家族をおもちゃのように弄んだ世界を滅茶苦茶に壊してください。

 

 

 

 そう、願って。その願いはホムンクルスにそれが可能にできるの異能と、異能を十全に扱うことのできる異形に成り果てたことによって叶えられた。そしてささやかな祝福かはたまた惨たらしい呪いか、喪うはずの理性を残してあげて。

 

 狭い世界に抗えるだけの力を手にしたホムンクルスは心から笑った。まず手始めに……この箱庭を滅茶苦茶にするところからだと。『大災禍』……未曾有のレヴナントによるパンデミックはこうして起きた。

 

 それから数十年が過ぎ、フォロス大陸にはよく語られる怪談話が生まれた。霊廟域の核、魔素溜まりを壊すとき──鈴の音のような幼い少女の声が聞こえるらしい。この声に身を委ねてしまえば最後、レヴナントとして”魂“の半分が吸い取られて二度と戻ってこられなくなるという。

 

 ちゃちゃっと言えば主人公(♀)は実験の成功体、その内の一人である。そして、もう片方の成功体は『冥魂』における敵組織の幹部である。私は正直この主人公(♀)のことをどこか他人事として捉えられずにいる。

 

 なぜなら、私の父もその敵組織の幹部だから。”魂“が欠けすぎて、一周して逆に満ちて欠けていないように見える晦級。その計り知れない化け物の中に、理性を喪わずに道を踏み外せた者たちがいる。名を新人類(オルター・エゴ)

 

 我々を旧人類とみなして嫌悪する、世界や悪意に壊された可哀想な人たち。悪として断ずるにはあまりに奪われすぎたし、あまりにも理解できてしまう動機を持った、被害者。

 

「────エレオノーラ」

 

「…………ぇ、ぁ?」

 

「ほら、名前が思い出せないままでは過ごしにくいでしょう? 思い出せるその時まで、エレオノーラなんて名前はどうでしょうか」

 

「えれお、のーら……。エレオノーラ。うん、いい名前です……」

 

 名前を何度も繰り返して呟き、ふにゃりと笑う彼女はとても年頃の少女らしい。恐らく、エレオノーラは長らくレヴナントでいた弊害で記憶喪失状態にある。ディメルコードでの地獄のような日々も忘れてしまっているだろう。

 

 ともすれば、先ほど残忍に僧兵たちを殺していたことさえ覚えていないだろう。殺めた感触を抱いたまま苦しめ!とか八つ当たりしたが、事態がここまでややこしくなるとむしろ覚えてなくてマジでラッキー!である。

 

「あ、あのっ……ここからは、自分で歩きます」

 

「……助かります。そろそろ私も限界でした」

 

 ふお〜!!身体が、羽のように軽い……!そこからの道のり、上機嫌になった私は、年の離れた妹が出来たような気分に陥りながら、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと帰路につくのだった。

 

 

 

「しかし、よく食うなぁ! あの小娘」

 

「本当に育ち盛りでして、貧乏な我が家には嬉しい悲鳴ですよ……ですから」

 

「金はやらんぞ」

 

 あう。こういうところはノリが悪い。なんだかんだいって学生時代のあのとき私は貸してやったというのに。ちなみに倍にして返すと言っていたが今日(こんにち)に至るまでその約束は果たされていない。やってることクズ彼氏のそれだろマジで。

 

「彼女……エレオノーラは全てが知らないことばかりで、新鮮に映るようです。純なあの子が雲龍を脅かすような存在に見えますか?」

 

「まったく。実物を見て毒気を抜かれた気分じゃ。……さあれども、()()()()()ことと()()()()()()()()ことは両立できる」

 

 …………はぁ、本当にやりにくい。きっとこういう事だろう。別にもう何をするでもないが、隠し立てだけはやめてくれないか。そう言いたいのだろうこの頑固半龍は。

 

 ここで下手に黙りこくると重大な秘密だと思われかねない。これも前世で培った役に立つ教訓の一つである。こういう時は思い切って全部本当のことを即さらっと言うのだ。

 

「隠すのも無理なので言いますが、彼女は人工的に産み出されたクローン人間で、人類で初めて人為的にレヴナント化した実験体なんです」

 

「……創作小説の見すぎか? 嘘をつくのにももう少しマシなものがあるじゃろう」

 

「いえ、本当なんですけどね」

 

「見え透いた嘘にも頼るほどに言いたくない事柄だと。ふっ、まあよい。其方と俺の仲に免じて不問としてやる」

 

 龍緋は鋭いほうだと思っていたから、騙し通せて思わず心の中でガッツポーズ。ん、だま……し?本当のことしか言ってないな。あれ?ん?

 

 それにだ。今急速に私は後悔している。このままではエレオノーラを押し付けられないではないか。コツコツと貯めていた私のへそくりが!食費に消えてしまう!嫌だ〜!夢の不労所得が〜!

 

「あの、龍緋?本当ですよ?私は嘘をつきません。ほらっ!瞳を見てください!」

 

「ええい鬱陶しい! 詐欺師の常套句を並べたてるな!なっ、そなっ……聖印で膂力を強化するな!」

 

「……あ、おかえりなさい。あのぅ……シチュー、全部食べちゃった」

 

「「無問題(モーマンタイ)!」」

 

 お前が言うことじゃないだろこのシスコンドラゴンが!!!!




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