人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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6話

 原作主人公であるエレオノーラが我が家兼礼拝堂に転がり込んで、ここ最近は特に目まぐるしい毎日であった。一人で暮らしていたときはぐーたらしていたのに、ひぃこら悲鳴をあげて家事をして。

 

 足繁く礼拝に通ってくださる、なんだか身なりからもう裕福さが漂う余裕が素晴らしいおば様方からいただいた、高価そうな茶葉を煎じてずず……と口に含み、私はほうと息を吐いた。味……わかんねぇ。

 

 奥義、どの面聖女ビンタを龍緋にお見舞いした後日。久々に見る眉尻をしゅんと下げた龍緋から正式な雲龍城客人としての招待を受け、しっかりとエレオノーラに指南役として僧兵教官がつくことなった。

 

 子供を習い事に通わせるシングルマザーの気持ちとはこういうものなのだろうか。今彼女はしっかりとやれているのか、そして嫌な気持ちになって投げ出したりしてしまっていないか、それだけが心配である。

 

 そも、エレオノーラがここまでして邁進する道理などない。私がへそくりを切り崩して食費に充てたくないだけだ。文字に起こすとなんだこいつ。物臭聖女すぎる。

 

 とはいえ……うん。なんというか……まあ。

 

「暇、ですねぇ……」

 

 ひとしきり落ち込んだ龍緋は責任を感じたのだろう。雲龍と義妹を愛しすぎるあまり視野狭窄になるところは直っていないが、反省して次に活かそうとすることのできる実直さはやはり君主の器である。

 

 かつて義妹との間に修復不可能な溝が生まれかけ、あわや嫡子派と庶子派とかいう下らん派閥抗争の槍玉にされかけたときもまた、私に怒られた龍緋は素直に態度を改めていたなぁ。

 

 あいつは誰もが顔を顰めるような汚いことは全て自分が担えば良いと思っている。当時幼かった義妹の首を絞めようとした父を殺し、手にべっとりと付着した赤黒い親殺しの烙印を震えながら握り締めたときからずっと。なんとも不器用なやつだ。

 

 其方は首を長くして待っておれ。サプライズする人間にしては真剣すぎる迫力で告げるので思わず苦笑いしたが、それはつまり龍緋にエレオノーラを預けることを、私は全面的に信頼してもいいという証でもある。

 

「……そうだ!エレオノーラが帰ってきたら美味しいご飯でも振る舞ってあげましょうか。肌寒い日が続いていますし、排骨湯(パイグータン)でほっと一息、なんて」

 

 独身貴族の冴えないおっさんが一度は通る道、料理の奥深さにガチハマり。排骨湯は煮込んだ肉の見極めが肝要なので例外だが、色々試して辿り着くのは結局野菜ざく切りぶち込みほろほろカレーとか、具材を一切入れない貧乏焼きそばだったりする。

 

 やはりズボラ飯こそコスパ最強。毎日毎日洒落た料理なぞ作ってられんわ。せっかく買った具材も嵩む、腐る、食いきれないの三重苦を背負うことになるし。あと、余計独りであることが強調されて苦しい。

 

 でも今日くらいは奮発してもいいよね♪礼拝堂奥に佇む女神像、その左脚の踵に仕込んだ隠し引き出し。そこには私がせこせこと集めたへそくりが隠れている。

 

 まあ言うても雀の涙ほどの財産だが。今回買おうとしている上等な肉でへそくりの五分の一がふっ飛ぶくらいには雑魚金である。ええい、ままよ!自分の欲のため使うのだから本望だろうが!ここで死ねぇ!へそくりぃ!

 

 

 

 食材をあらかた買い終え、そういえば我が家に香辛料の類いが常備してあっただろうか?と思い出して、帰路についた踵を返し食材市場から少し離れた薬屋へと赴くことにした。

 

 雲龍において、香辛料は滋養強壮の効果がある漢方という認識だ。肉の臭み消しに香草を使う肉屋もわざわざここに通っている。

 

 十中八九、これらは薬品扱いということで、薬屋を通さず仕入れ先から直接取引するのは禁止されているのだろう。世の中利権だらけである。

 

 私の用いる聖印もがっちがちに利権に縛られている。最悪だ。つるっぱげの聖職者どもの薄ら笑いが浮かんだ。死ね。

 

 私の目当ては奇しくも肉屋と同じ臭み消しの八角と桂皮(シナモン)だ。細かくすり潰して粉末状にしてあるものも店には並んでいるが、どちらかと言うとすり潰されていないものが好ましい。

 

「おお……意外にも手頃な価格。瓶詰めしてもらいましょう」

 

 どうして予め瓶詰めしておかないのだろう。どこの薬屋も(きり)の小ぶりな引き出しに各種薬草・香草を詰め込んでいる。それらを引き出す様はまさに薬師然といった風情がある。反面、技術革新の最先端、テイルムンド人の私の価値観に言わせると、その一連に機能美は完全に無いように見えた。

 

 ああ、私のような冷笑聖女が伝統文化を衰退させて面白みのない国家にさせてしまうのだろうな。センス良いね!でいいじゃないか、どうしてこうも私は捻くれているのだ。

 

 純真無垢なエレオノーラと生活を共にしていて、最近は特に自分のカスさが際立って見える。その度ミジンコにでもなって消えてなくなりたい気持ちになるのだが、エレオノーラがそれを止めるのでなかなか実行できずにいる。

 

 ……ふう。まあ、ふざけんのも大概に、そろそろ店主を呼ぶか。

 

「「あのう……」」

 

 声が重なる。まさか、こともあろうにこの日、この時間、この瞬間、私と同じくして排骨湯を作ろうとする者がいたのか!?なんという偶然、なんという奇跡!

 

 声のした方は右。すぐさま振り向き同じ思考レベルの猛者がどんな見目(みめ)をしているのか一目見てやろうとして……気付く。

 

 視線の先、佇むは君主龍緋の血の繋がらない妹。市井の母をルーツに、雲龍の人々から愛されて育った神龍の一族らしからぬ少女。つっても昨年二十歳になったようだが。

 

「うぇっ!? レア義姉(ねえ)さん……!?」

 

「そちらこそ、芽龍(メイロン)。薬学に詳しい子だとは記憶にないのですが……」

 

 龍緋が圧倒的支配力で赤の魔素を操る魔法使いだとするのなら、芽龍はまるで緑の魔素から寵愛を賜ったかのような魔法使いだ。兄妹揃って灰色の髪は一緒だが、燻って艶のないあれと比べ、髪の一つ一つが潤っていてかなり美しい。

 

 Ver1.4当初最強アタッカーであった、原作では雲龍君主の芽龍。彼女の優しげな瞳がこちらを離さず、なぜか頬を紅潮させて顔を覆い隠していた。推しに鉢合わせした時のオタクみたいだな。

 

 

 

 レア義姉(ねえ)さん。芽龍が私をそう呼ぶように、すげー私は懐かれている。美女すぎるからかな?すまんね、美女で。

 

 心当たりはある。というか諸君もお分かりだろう。龍緋と芽龍のなんか知らんけどギスってた間柄を修復してやったのだ。本当に手のかかる兄妹どもである。

 

 龍緋としては芽龍には政界などとは無縁の平穏な暮らしを彼女にくれてやりたかったようだが、芽龍としては全て背負おうとする龍緋の力になりたい一心だったようで。見事にすれ違っていた。

 

「……なぜお前がここにいる、芽龍」

 

義兄(にい)さん……私だって、雲龍の為を想ってできることはあるよ……?」

 

「捨て置け、そんなもの。ただの芽龍として生きるお前には必要のないものだ」

 

 卒業後に龍緋のやつは元気にしてるだろうか、と初めて雲龍に訪ねにいった際に目の前で繰り広げられたやり取りがこれである。

 

 留学時代、ギャンブルで金を溶かしていたお前はどこにいった?そう問いただしたくなるくらい、義妹に見せる顔が別人でびっくりした。

 

 その当時の芽龍は本当に痛ましく、龍緋が覚悟ガンギマリ過ぎて一生芽龍が「はい」を言わないと進まないRPG冒頭の王様みたいな、無機質なやり取りしか交わせないで苦しんでいた。

 

 どうしたら私の想いが伝わるだろう、私は義兄にとって必要とされていないのだろうか……と。

 

 私は鈍感ではないので龍緋がドが付くほどのシスコンであること、芽龍が彼が思っているほど穢れを知らぬ子ではないことを察していた。その上で、はぁー……こいつら焦れったぁ!!!!としか思っていなかった。

 

 が、馬鹿はどんなところにもいるようで。龍緋の芽龍に対する態度を捻じ曲げて解釈した雲龍貴族の一部が「雲龍君主である龍緋様は庶子である芽龍様を排除する指針を示しておる」とあられもない嘘を雲龍全域に流布しやがった。

 

 それに憤った芽龍を元より支持していた雲龍貴族、及び雲龍城下の人々が「血も涙もない龍緋を玉座から引きずり下ろせ!俺たちの仕えるべき主は芽龍様ただ一人だ!」とか過剰反応しやがった。

 

 馬鹿が大騒ぎして、その騒ぎを聞きつけた馬鹿がまた騒ぐ。死ぬほどしょーもない嫡子派と庶子派の幼稚な言い争いの始まり始まり〜。

 

 この言い争いが行き過ぎた結果、暗殺未遂が多々勃発して大変だった。しょーもないが、しょーもなくないとかいう意味のわかんねぇ状況。

 

 事を整理して、まず龍緋が雲龍のためを思ってどんな事でもやってきたことは賞賛するべきだろう。しかし(いささ)かやり方が独善的過ぎたのではないか。

 

 と、いうことで。えー、私は皆の面前で引くに引けなくなった頑固バカの龍緋の頬を思いっきり引っぱたいたのだった。

 

 おっさんの自意識と融合した私は尊大な自尊心が爆誕したのと同時、前世にて嫌われて当然のブサイクライフを過ごしていたため、こういう大胆な事して嫌われても大して傷つかずにいられる図太さまで獲得していた。

 

 人間、「これをしたら嫌われてしまうかも……」という勘定が常に頭を過り、断ることも断れなかったりして良くない方向へと転がってしまうなんてこと、ざらにあるだろう。

 

 それ、ないから。スタートから嫌われてるんでこちとら。断るもなにも断れない理不尽。じゃあ嫌ですって言っても変わんないし言い得じゃん。もちろんンな暴論振りかざしていたら更に職場内での好感度が負の値に突入したが。

 

 私が雲龍君主の前で失礼を働いても斬首刑に処されない理由はここにあると思う。もう失礼働きすぎて逆に礼節を弁えているまである。私ほど品性のある者は一人としていまい。なんだ?なんか言えよ、おら。

 

 というのは冗談じゃなく本気で思ってるのだが、龍緋はしっかりと自らの過ちを理解していた。頭を下げるべきは私ではなく義妹にだと思うが、私に深々と下げた頭を元の位置に戻してすぐに出た言葉は「芽龍が……女性が喜ぶ贈り物とは何が良いかの?」であった。

 

 シスコン過ぎておもしれー男である。人の()()きだろうがンなもん。めんどくさいので芽龍が喜びそうな物を露店で見つけよう!の名目、龍緋に内緒で芽龍を連れてくることにして事なきを得たが。

 

 ……少し話が長引いたか。整理すると、私人脈チート過ぎてつれー!(笑)という話なのだが、ついてこれただろうか?

 

「あのね、北西街の(イン)おばあちゃんが風邪をひいちゃったの。息子さんは商人さんらしくて、雲龍に今いないんだって……だから、私が代わりに漢方を届けにいこうと思って!」

 

 訊いてもいないのに家族のことにように話す芽龍は、やはり雲龍に生きる人々に愛されている。普通見ず知らずの女の子に頼むわけないのだ。こえーもん。

 

 でも、芽龍だから。芽龍なら。人々は知っている。身分など関係なく、誰にでも手を差し伸べる半龍の少女の善性を。

 

 つーか排骨湯仲間じゃなかった。嘘だろ……結構運命感じたのに。二十五にもなるとなんにでも運命感じてときめきがちなのだ。許せ。は?キツい?殺す。

 

「重大なおつかいですねえ……私が治しましょうか?漢方代も浮きますよ」

 

「……あ、その手があったか! あはは……なら、お言葉に甘えようかな?」

 

 うわ、こんなキャラクターストーリーあったなぁ。漢方で治せなくて、病魔みたいな異能を持つレヴナントが原因だったやつ。てか、それじゃないか?

 

 てかこの片手にある食材どうすんの。あと香辛料買い忘れたんだけど。龍緋が悪いだろ。龍緋のファンやめます。

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