人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

7 / 7
物語の纏まりを意識した際、これ以上の加筆は雰囲気を損なうと判断したため、各話に比べて1000文字ほど少ないです。申し訳ありません。


7話

「うん。やっぱり治療を受け付けないですね」

 

「ど、どうしよう……! 音おばあちゃん、治らないの!?」

 

 さっきまでにっこにこだったのに顔面真っ青になるの早過ぎないか。よくまあころころと変わる表情だこと。怪人二十面相ならぬ芽龍二十面相?写真集のタイトルにすれば売れそうだな。可愛いし。

 

 予想通りというかなんというか、解析から始めて治療を試みようと思ったが私の魔法が効かない。中和効果をデフォルトで持つ白属性さえ跳ね除けるのだから、並大抵のレヴナントの異能ではないだろう。

 

 嫌な天啓が首筋をなぞる。

 

「安心してください。解析から逆探知して下手人……もといレヴナントの位置は特定できていますから」

 

「じゃ、じゃあそいつをやっつけたら良いんだね? 私、行ってくるっ────あうっ!」

 

 先走りドラゴンのおでこに、ばちこん一撃。涙を流して赤くなった額をさすっている様はちょっとほっとする。キュートアグレッションってやつだろうか。

 

「落ち着いて。音おばさまを蝕んでいる異能の毒は遅効性です。そう、遅効性──理性が無いレヴナントにしては露悪的で、陰湿だとは思いませんか」

 

 レヴナントの異能は”魂“が欠ける直前にその者が抱いていた強い想いや感情によって方向性が定まる。だが、ここまで人間を憎んで名指しで仇なすような異能を持ってレヴナント化する者は少ない。

 

 なぜならエレオノーラの片割れ、ホムンクルスの新人類……【世界(ソフィア)】が率先して無差別に霊廟域を生み出し、迷い込んだ人間をレヴナントへと強制的に変えているから。

 

 新人類。そう、新人類である。タロットカードの22枚、大アルカナの名を冠した、フォロス大陸とその大陸に生きる旧人類を憎む者たち。

 

 ヒントしか出さずに答えを言わないカス出題者、責任問題で記者会見。確実に私によって引き起こされた予想外(イレギュラー)だ。急遽答え合わせをしよう。

 

 原作一章の舞台である雲龍。というか、どの舞台であっても『冥魂』には物語の区切りとして基本的に章ボスというものが存在する。

 

 一章のボスはこの新人類の幹部、【隠者(カンタレラ)】が生成した致死毒を呑み、絶命した龍緋の成れの果て……最初に主人公が対峙する晦級、緋焔(ひえん)龍のレヴナントだ。

 

 ああそうだ。あのシスコンバカは史実では芽龍と仲直りできなかった。嫡子派と庶子派の派閥抗争による激化によって、龍緋は父の龍万に次ぐ暴君とされ君主の座から降ろされた。

 

 原作一章は記憶喪失の主人公が世界を少しずつ知っていくという導入(イントロダクション)でありながら、もう一つのテーマとして芽龍が口下手な義兄との死別を経て雲龍君主として成長する物語でもある。

 

 おう。ぶち壊したんだわぁ。それぇ、私がぁ。

 

 原作の龍緋はこんなにがきんちょじゃないし、原作の芽龍はこんなに天真爛漫愛されキャラではない。

 

 人を殺すような瞳でもってずっと近寄り難い雰囲気を発し、意味深な事を主人公に言いまくる謎のイケメンってのが『冥魂』プレイヤー共通認識の龍緋。

 

 一人称が『私』ではなく『(わらわ)』で、義兄の真似事なのか『〜〜じゃ』とか『〜〜だのう』と古風な言い回しをするのが『冥魂』プレイヤー共通認識の芽龍。

 

 それに原作の雲龍もここまで(のど)かではない。人々に愛されて育った芽龍。空いた君主の座を戴いてから、人が変わったかのように民に重税を強いるようになる。

 

 原作の芽龍は龍緋のことを暴君と(なじ)る雲龍の人々にかなり怒っていたのだろうなぁ……。シスコンバカも大概だが、芽龍もブラコンバカだし。

 

 曇った(まなこ)でしか世を見れぬのなら、(ことごと)く死んでしまえ。雲龍城正門に駆け込み訴えを起こす市民の一人に吐き捨てるように芽龍が呟いた、原作のこのセリフ。

 

 プレイしてるときはクソかっけぇやこの女!としか思っていなかったが、なるほど事情が分かれば美少女キャラの(いち)セリフとして消化していい温度感ではなかったわ。込められた感情が重すぎる。

 

 それでもレヴナントと成った龍緋を介錯して、彼の愛した雲龍を愛そうと決意する彼女はやはり龍緋の妹で、君主の鑑だ。もしも私が同じ立場であれば救う価値のないバカどもをぶっ殺している。愛そうなんて到底できない。

 

 ……こほん。オタク語りしすぎた。大事なのは、音おばさまを蝕んでいる毒が、新人類の幹部【隠者(カンタレラ)】の異能に酷似していることだ。こいつの異能は望んだ効能を持つ毒を体液として無制限に排出する。

 

 そして、芽龍と同じ緑属性の魔素に由来する。緑属性の魔素の取り合いになること必至だろう彼女とは相性が悪い。

 

「芽龍。龍緋に伝えて欲しいことがあります。その内容は────」

 

 

 

「────あれ。これ、ボクの魔素じゃないな。誰だ?この魔素を流してきたの。……ふぅん、あの腰の曲がった婆さんから辿ってきたんだ」

 

「くすっ……逆探知されちゃったの?【隠者(カンタレラ)】……」

 

「うるっさいな…… 【恋人(ナルシア)】。キミはそもそも魔素探知も魔素解析もからっきしじゃないか。文句言ってくるなよなー?」

 

「そんなもの、要らないわ。無くても”彼“が守ってくれるもの。……ねぇ、そうでしょ? うふふ……」

 

「…………。げぇっ。反吐が出るね」

 

 ぷらぷらと足を宙にばたつかせ、つまらなそうに片手で何かをお手玉のように回し投げて遊んでいる。【隠者(カンタレラ)】と呼ばれた人物は、遠くに見える雲龍を肘をついて眺めていた。

 

 くるりと巻き癖がついたくせっ毛、濡鴉のような髪がふわっと風に揺られている。

 

 その小柄な体躯にはオーバーサイズの黒いシャツに、ゆったりとした裾の広いデニムのショートパンツ。青の差し色が入ったスニーカー。少年的と評してもいいその背格好。

 

 運動をする少年のように深く切られた爪。ボーイソプラノのような声色。しかし、ここまで徹底的に排除された女性性の中で、唯一隠すことができていない小ぶりに膨らんだ胸。

 

 女であることの象徴。

 

 女性らしさとは、けだものから性欲を向けられる恐怖の比率を可視化したものだ。尊敬していた父から向けられた性愛の眼差しは、脂ぎっていて、粘ついていた。

 

 たった数枚の紙幣で売られる自分の身体。鼻腔から入る燃える大麻の匂い。存在理由が麻痺していく、あの日々をレヴナントとなった今でも悪夢に見る。

 

 【隠者(カンタレラ)】はかつて父にその処女膜を破られたその日から、自らの性別を呪っている。

 

「あとさぁ、キミがなんでここにいるのさ。もしかして、【愚者(フーリオ)】か【世界(ソフィア)】に何か言われた? ボクってそんなに信用ならない?」

 

 カンタレラが恨めしげに睨むは、彼女とは裏腹に惜しげも無く乳房と臀部をさらけ出し、蠱惑的な色香を放っている【恋人(ナルシア)】と呼ばれる女性。

 

 放つ雰囲気は魔性のそれだが、冷静に観察すれば彼女の本質がそこにはないと気付くことができる。

 

 ただ一人に振り向いて貰うために、真っ直ぐに伸ばした青白いロングヘア。派手なイアリングもネックレスもなく、化粧だって最小限。

 

 隣に立っても恥ずかしくないようにと、磨き上げられた品性を感じる一つ一つの所作。その乳白色の双眸、目立つ黒の瞳孔は親しげにカンタレラを見守っている。

 

 恋という泡沫(うたかた)

 

 (つい)ぞ彼女の手を取ってくれなかった最愛の”彼“だけを数百年間、ずうっと待ち望んでいる彼女。”彼“さえいれば、他のものなんて要らなかったのに。なぜか世界は私を悪女と罵り蔑む。

 

 【恋人(ナルシア)】には自らの持つ魔性が理解できない。勝手に私に近づいて、滅びていくのはあなたたちの方でしょうと。

 

 恋する少女でいたかった彼女は、そう在れなかった世界を恨んでいる。そして魔素で編んだ”彼“を胸に抱き、満足そうに蕩けるのだった。

 

「……いいえ。誰の含意も私の同行には無いわ。ただ心配なだけ……抱いた初期衝動は違えど、目指すところは同じ()()だもの」

 

()()ね……キライなんだよね、そういうの。お涙ちょうだい感動モノならさ、ボクら世界の爪弾き者……レヴナントは生まれなかったでしょ?ちがう?」

 

「くすっ……相も変わらずに偏屈で卑屈なのね、貴女。安心しなさいな、私は貴女の下す決定に口を出さないから。貴女のしたいことを、したいようにするといいわ」

 

 ナルシアのその言葉を背に受けて、お手玉をぴたと止めるカンタレラ。先ほどから宙に投げて遊びに使っていた()()は、手慰みに二人が虐殺した僧兵隊、彼らから抉り抜いた目玉であった。

 

「したいようにやれ?じゃ……龍緋、殺すかぁ」

 

 ぷちゅっ!と木の実が潰れるような、呆気ない音を立ててその中に詰まっていた果実(肉片)が飛び散った。死体の山から飛び降りたカンタレラは、背伸びして身体の凝りをほぐしたのち、龍緋の御座す国……雲龍を目指して歩いた。




ルーキー日間1位ありがとうございます。がんばります
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