人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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8話

 レア・オルテンシア(中身おっさん)が内心バカみたいに焦りながら芽龍に言伝を頼んでいた同時刻──エレオノーラは訓練場で梅の花を想起させる髪色の女性から剣と銃の扱いを学んでいた。

 

 彼女は上級僧兵の教官であり、雲龍で最年少の僧兵科挙首席合格実績を持つ秀才。名を初梅(チューメイ)。気の強さがありありと表れているつり目がちの黄色の瞳に、男よりも男らしい堅い口調。

 

 上級僧兵に昇進したばかりの者たちは初梅の地獄のような(しご)きに遭い、皆口を揃えて言う。彼女こそが雲龍城に棲む鬼教官だ────と。

 

「エレオノーラ。それでは銃の反動(リコイル)が直に肩に来て、筋肉を痛めてしまう。

 自身の筋肉で保持しにくい場合、剣の柄を横にして、そこを銃の底板を置く場所として利用できる。やってみてくれ」

 

「ええっと、こう?」

 

「うむ、やり方は合っている。だが……なるほど。今度は剣を持つ握力が足りずに震えてしまっているのか……少しずつ課題が見えてきたな、ではこうしよう」

 

 初梅は腑抜けた奴が一番嫌いであると常々から公言している。「上級僧兵になれば不労所得の仲間入り? もう一度お前は新兵からやり直せ」と言って、よりにもよって初梅の前で笑いながら冗談を言っていた同僚の鳩尾(みぞおち)に、エグい角度のフックを決めるなどと容赦がないのは事実である。

 

 裏を返せば努力を怠らない者にはとことん優しい。君主である龍緋直々に頭を下げられ、エレオノーラを任されたときは悪ふざけの多くなった龍緋からの無茶ぶりかと、生真面目な彼女はいつものように青筋が浮かびかけた。

 

 しかしそれはこちらを真っ直ぐ見やるエレオノーラの決意に満ちた瞳で、一方的なこちらの誤りだと一瞬で理解できた。彼女は何者かに憧れ、更にはその者に近付こうとしている覚悟を持った人間の瞳をしていたのだ。

 

 初梅は先入観で人相を決めつけたことを即その場で頭を下げて謝罪した。何が何だか、いきなり謝られたエレオノーラは困っていた。龍緋は「おもしろいやつじゃろ?」と宝物を紹介するガキの顔をしていた。

 

「……ほっ!えいっ!……やあっ!!」

 

 初梅は教官という職に就いてからというもの、日々様々な訓練兵と対峙していると、目の前のヤツが『本気』なのかどうかが分かるようになってきた。

 

 たとえば、素直に「はい、分かりました」と言うヤツはダメだ。聞いている()()でやり過ごそうとしている。要領は良いかもしれないが、良い僧兵にはなれないだろう。

 

 本当に強くなりたいと思っているヤツは、言われたことをすぐさま実践する。ひとしきり相手が言ったことを自分の言語で落とし込めるまで咀嚼して、確かめて、考える。

 

「────ねえ、初梅。私には二段目で刺突という手段を選ぶ理由が分からない」

 

 そして、それらが終わってからようやく『自分』を主張するのだ。自分はこう思う。だから自分はこうしたい。でも自分の実力でこうするには……。数多のそういった……強くなるための、建設的な議論を。

 

「私は急いで間合いを詰めるよりも、()()をつくってどんな構えにも移れるようにしたい」

 

「良い意見だ、エレオノーラ。だがな────」

 

 そんな一味違う『自分』がある者たちには、言葉で全てを教えるよりもっと良い方法が存在する。

 

 初梅は模擬刀を手に取り、エレオノーラが先ほど繰り出した一連の攻撃の型をやってみせた。初めに袈裟懸け、そこから刺突、最後に薙ぎ。

 

 強調したのは二段目ではなく三段目。距離を詰めたことによる訓練用人形の背が後ろに崩れた体勢を見て、エレオノーラが目を見開く。

 

「────あっ。こっちの方が、いい……?」

 

 そう。貪欲に強さを求め、吸収する者にはこれができる。

 

 

『確かにその選択肢もある』

『だが、()()()の方がいいぞ』

 

 

 ────という、道の示し方が。初梅がやってみせたのは、二段目に刺突という手段を用いて三段目の際に『距離を縮めた』という部分をエレオノーラに示した。

 

 エレオノーラは自身の攻撃手段を多くしたいという考えを持っていた。手段の多さは即ち相手にこちらの一手を読まれなくするため。

 

 だが、それは相手の攻撃手段を狭めてやっても同じだけのアドバンテージが得られる。相手にはこちらの分かりきった一手を防ぐ手段がない。詰め寄られて、体勢を崩しているから。

 

 

 これを初梅はエレオノーラに教えたかったのだ。そして、エレオノーラは期待通り意図に気付くことができる。

 

 

 ぶつぶつと独り言を呟いては、かと思えば黙りこくって考えを巡らせるなどし始めたエレオノーラ。それからしばらくして、二段目と三段目の繋がりを理解するために何度も、満足いくまで何度も同じ型を振り続けた。

 

「初梅。模擬戦の相手になってほしい。……確かめたいことがあるから」

 

 

 

 エレオノーラは基本に忠実に、初梅から無難だと言われて教えられた三つの型しか用いずに戦っていた。対する初梅は手加減は要らないというエレオノーラの要望もありつつ、きっとそれが無くとも普段の戦闘スタイル──拳銃と小太刀という装備でエレオノーラの前に立ちはだかっていた。

 

 それに加え、初梅が自身で編み出したとされる固有赤魔法【梅の(こう)】と呼ばれるものまで使って本気でエレオノーラを叩き潰そうとしている。

 

 模擬戦であることを忘れているのか、戦闘開始のアラームと同時に容赦なく撃ち始める初梅。向かってくる銃弾の雨を時に避け、時に剣で弾き冷静に対処するエレオノーラ。

 

 それでも途絶えることがない銃弾の雨を凌ぎ切ることは難しく……エレオノーラの腕をヒュン!と銃弾が掠め、掠り傷を作る。ただ掠めただけ……それだけで【梅の香】は発動する。

 

「────ッ!? 身体が、重いっ……!!」

 

 エレオノーラの身体のどこか。ランダムに初梅の魔素による梅の花弁が浮かび上がる。今回であれば、掠めた腕の切り傷。そのすぐ近く。

 

「まずは、一片(ひとひら)。残るは四枚」

 

「ふぅ……はぁっ。きっと、この梅の花が満開になったら……実質、私の負けってことかな……」

 

 剣を構え直して正面。初梅を見据えるエレオノーラ。自分がまともに扱えるのは未だにこの剣一本のみ。のしかかる重力に抗いながら、初梅の狙いをぶらすため走るのを止めない。

 

「…………ここ。斬るッ!」

 

「いいや。それは撒き餌だ、エレオノーラ」

 

 初梅が絶えず撃ち続けている銃弾の一定のテンポ。三発撃った後に間が空く独特の癖を見抜き突くエレオノーラ。だが、それは初梅がわざと作り出したブラフだった。

 

「────これで、二枚目」

 

 罠にかかり間合いに自ら入ってしまったエレオノーラは、身体がくの字になるほどの脚力によってボロ雑巾のように蹴り飛ばされてしまう。

 

「……っ、うぁ、かはっ……!?」

 

 地面を転がりながら遠くの訓練場の外壁までぶつかり、広く砂煙が立ち込める。初梅は警戒を解いていない。何が来ても見逃さぬように、吹き飛んだ先を注視している。

 

「────やっと、核心を掴めた」

 

 時間にして、4秒。砂煙が収まった視界にはエレオノーラの姿は無い。真後ろから聴こえる彼女の声は、与えたダメージがまるで無いかのように涼しげだ。

 

 咄嗟に振り向いて小太刀を横一文字に引こうとする初梅だったが、刹那、身体が(おも)しでも背負ったかのようにずしんと重くなった。

 

「まずは……一片(ひとひら)。……だっけ」

 

 ゆらゆらと身体を揺らすエレオノーラの動きに合わせて、美しい金糸のような髪が存在感を放つ。それだけでもまるで幻想的だというのに、彼女の身体から(ほとばし)るその極彩色は……なんだ!?

 

「私の魔法はたぶん、【月蝕(げっしょく)】。相手の魔素を()()()、その力をコピーする力」

 

「ふっ……つまりだ。私の【梅の香】を喰べ、そっくりそのまま私にお返ししたということか?」

 

「うん。……レアさんと協界の依頼を一緒に行った時からずっと引っかかってた。私、()()()だって」

 

 エレオノーラは言う。本来体内に多い少ないの違いはあれど魔素を蓄えているのが普通だと学んだ。しかし、自分の体内に魔素が()()()()のはなぜか。

 

 どんな魔素にも適正がある代わりに、内包できるはずの魔素を溜め込めなくなったのだ。等価交換のようなそれは、【月蝕】を発動するためのパーツであったと、腕に浮かぶ梅の花弁が消えていくのを見て理解したのだという。

 

「────でも、ここからは地力で勝負」

 

 エレオノーラは袈裟懸けを繰り出し、圧し潰されている初梅に当てる。次に刺突を繰り出し、お返しと言わんばかりに初梅の腹を狙った。

 

 そして、初梅に指し示された三段目。更に近くに肉薄し、自らの身体をぶつけることで体勢を崩し、初梅の抵抗の選択肢を狭めて────

 

 

 ぴたと、エレオノーラは止まった。

 

 

「連撃の合間、肉薄するということは選択肢を狭めてくるということ。

 ……そうやって、みんなが合理の先で考えつくことなら、敵だって考えついてもおかしくない」

 

「────あ。

      こっちの方が、いいぞ…………?」

 

「距離を詰めて、体勢は崩す。だけど、()()()()()()()()()()

 表の拍ではなく、いわば裏の拍。私が最後に繰り出すのは、幻の四段目だ────!」

 

 初梅は歓喜した。気概のあるヤツはこれまででも何人かいたが、自分の想像の外を行くような……そう我らが君主、龍緋のような飛び抜けたヤツは一人もいなかった。

 

 だが、してやられた。『こっちのほうがいい』と逆に教えられたのだ。こんな初めての想いは教官として、そしてただ一人の初梅として……教え子の目まぐるしい成長を喜ばないわけがないだろう。

 

「天晴だ、エレオノーラ。私から教えることはもはや一つとして無い……!」

 

 

 

「ハイハイ、じゃあボクも混ぜてよ。セーンセ?」

 

 

 

 結実した努力が報われた暖かい空間に、突如として禍々しい何かが差し込んだ。不吉の兆し、濡鴉のようなどこまでも沈みこめそうな黒。

 

 目に見える姿は人のカタチをしておきながら、陽が大地に写した影は人のカタチなどではない。その影はまるで、巨大な三本の脚を持つ(カラス)。それはある世界ではこう言い伝えられる伝承上の存在。

 

 八咫鴉。吉兆を運ぶはずの、神鳥とされるレヴナント。

 

「あれぇ? 二人とも(だんま)りなんて酷いぜー! 仲良くしようよ〜。ボクらおんなじ人間、だろ?」

 

 

 

「あなた、誰?」

 

 先の模擬戦によって戦闘の嗅覚が研ぎ澄まされたままであるからか、エレオノーラは目の前の自分と同じくらいの年齢をした少女が、得体の知れない存在だという確信を抱いていた。

 

「ボク? みんなからは【隠者(カンタレラ)】って呼ばれてる」

 

「何用だ。雲龍城はお前のような不法侵入者を招き入れる予定はこの先数千年は無いぞ」

 

「って、ええ!? いきなり刃を向けないでよ、怖いなぁ……別にキミたちに危害を加えたりしないよ。聞きたいことがあるだけさ」

 

 にこにこと不気味な笑みを絶やさない彼女。極めて友好的な態度であるが故に、不一致さが目立つ。その友好は、今この場において則していない。

 

「聞きたい、ことって?」

 

「────龍緋を殺したいんだけど、今何処にいるか知ってる?」

 

 その言葉を合図に、初梅が斬りかかった。遅れて、エレオノーラもカンタレラに向かって走り出した。初梅にとって今や人望厚いかの君主を。エレオノーラにとってはずっと優しくしてくれる偉い身分のお兄さんを。不吉な少女(カンタレラ)から守るために。

 

「ありゃ? 誤解を招いちゃったかな。龍緋を恨んでたり、嫌ってたりはしてないんだ。

 寧ろその逆でさ、ボクは大好きだぜ?ああいう好男子」

 

「ではなぜ我らの主君を殺そうとするッッ!!」

 

「生きてちゃいけないから。

 ────この世界に要らないんだよ、龍緋の存在は」

 

 禍々しく溢れ出る緑の魔素が質量を伴った威圧のように二人を吹き飛ばす。危害を加えない──その言葉を守るように、あえて殺傷性を取り除いたそれを受けて思わず初梅は生唾を飲む。

 

 実力の底が知れない。人が持てる魔素量を優に超えている。そして、この魔素の禍々しさは間違いない。目の前の少女はレヴナントだ。前例の無い……あるはずのない理性を有した、推定晦級のレヴナント……!!

 

「────殺したいほど好き、じゃあ?まったく、物騒な恋文だのう? あいにくと、俺は嫁を貰う予定は無いのだが」

 

 それまで絶望で塗りつぶされていた二人の心に、ふと熱い火種が灯された気がした。雲龍の民が危機に瀕せばこの男が黙っていない。そうだ。もしやすると、我らが君主龍緋なら、あるいは……!

 

 緋い大太刀を肩に担ぎ、大胆不敵に笑っている龍緋。敵を前にしても明朗でいられるのは、彼の持ち前の実直さによるものか。または……あの物臭聖女の原作を無視したトロールプレイによるものか。

 

「……アハッ。そっちから来てくれるなんて、最高にいいやつだね!龍緋ィ!!」




 出典:『アオアシ』作者 小林有吾/出版社 小学館 様から一部表現を拝借させていただきました。ある一つのシーン丸々全てをそのまま流用したというわけではありませんが、もしも運営様方から警告文が送られてきた場合、早急に書き直します。
 いきなりの変更・今話削除が確認されたならば、上記の可能性が高いこと、ご理解のほどよろしくお願いします。
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