人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん   作:春に木漏れ日

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9話

 緋色に反射する刃がチラと光り、【隠者(カンタレラ)】と名乗る少女が立っていた地面を抉る。

 

 ケラケラと笑って躱す彼女は龍緋(ロンフェイ)の類い稀なる魔素操作とその剣の腕に拍手を送り、心にもない賞賛をした。

 

「いやぁ……生身の人間で色を濃くできるヒトは初めて見たよ! どれだけ一色の素質に恵まれててもさ、普通それはレヴナントに成ってから身に付ける芸当なんだよ?」

 

 誅するべき相手からの褒め言葉。不届き者の賞賛に耳を貸すなど言語道断……そんな当たり前は捨て置いて、龍緋は素直に、ただ純粋に、嬉しそうに笑った。

 

「積み重ねた研鑽の果て、得た力を褒め殺しされるのは悪い気がせんな。……いや其方(そなた)も素晴らしい魔法使いじゃて。先ほどから今に至るまで、いまだ()()()()()()のだから」

 

「…………てへ。バレた?」

 

「おう、バレバレじゃ。俺のことを手を抜いても殺せると思うておるのだろ。緑の魔素で防御はしとるが、先から異能は使ってこん」

 

 カンタレラが舌をチロリとだして見せるあざとい表情は、まるで悪戯がバレた童子のよう。

 

 龍緋の見立て通り、カンタレラはこの戦いに必死になるだけの熱を据えていなかった。蟻を指で踏み潰すのに、躍起になる者がいないように。

 

 か弱い人間たちをツンとつついて、それで死んだら死んだで「つまんなーい」と言うだけ。感動も落胆もない。退屈だけがそこにある。

 

 もしも面白い反応をするやつ……そう、ちょっと殺りごたえのありそうな、龍緋みたいなやつが釣れたなら「ふーん、やるじゃん?」くらいの気分なのだ。(はな)から、これらの行動に一貫した意図は介在していない。

 

 雲龍の人間を無作為に選び、異能の毒を仕込んで死ぬまで放置しているのがそのいい証拠である。カンタレラは罪のない人間を使って、通称『毒殺チキンレース』をして、レヴナントである自分が滅びる日までの暇つぶしをしている。

 

 悪びれもなく、旧人類は自分たちより劣っているからという理由で。

 

「ボクの異能ってさ。地味なクセに本気で使うとすぐにゲームが終わっちゃうような、ずうっと楽しみたいボクにとっちゃ相性サイアクな力なんだよ」

 

「ふっ……(まこと)に厭っていそうな、妙に実感籠ったコメントだのう。自然を司る緑属性でその自認か。いやはやどんな異能か見当がつかんなぁ?」

 

「見当がついたら気持ちが悪いよ。ボクの異能を当てることができるやつは、きっとボクのパパのような……クズみたいな性格をしてるんだろうね……」

 

 彼女の触れてはいけない何かに触れたのか、自らの片腕をぎゅっ……ともう片方の腕で強く抱えるカンタレラ。

 

 ヘラヘラと貼り付けていた笑みが一切顔から抜け落ち、足元の影、異形のカンタレラと(おぼ)しきモノが萎んだ感情に反比例するようにじゅくじゅくと膿み膨れ上がっている。

 

「おおっと?どうやら眠れる鴉の嘴を(くすぐ)ってしもうたかの」

 

 一触即発。どうカンタレラが動くか読み取ることができない空気感の只中、全くの役立たずであることを自覚して歯がゆく思う初梅。

 

(っ……今二人の間に入ったところで、私は単なる足手まといだ。不肖、初梅ぇっ……! なんと不甲斐ないッ……!!)

 

 一方、憧れの聖女と並び立つほどの眩い才能を目の当たりしたエレオノーラは、龍緋と雲龍に迫る危機よりも、自らがそこのレベルに立っていないことに対して強く嫉妬していた。

 

(あの二人は……私なんかよりもずっと強くて、憧れの近くにいる。羨ましい……あそこに、立ちたい。私にも、二人みたいな力があれば)

 

 彼女たちの思いと同時、ぐちゅぐちゅと気味悪く蠢いていたカンタレラの影がぴたっと止まり、不意に血管から血が噴き出したかのように飛び散った。

 

 質量を持った影はそのままカンタレラの周りにびちゃびちゃと降り落ち、現世へと冒涜的な存在感を放って顕現した。

 

 それは見るにおどろおどろしい血の塊のようでもあり、触れたら膿みそうな汚泥の塊のようでもある。

 

 それらがゆっくりと足元からカンタレラを覆っていくと、少年らしい印象を与えていた彼女の服や靴を溶かしていった。

 

 次第にあどけなさの残る美しい肢体がさらけ出され、暗い輝きを放つ”魂“がカンタレラの心臓部で妖しく鳴動し顔を覗かせた。

 

 やがて影は衣服の形を成し……鴉羽が装飾としてあしらわれた漆黒のドレスとなって、カンタレラの全身を包んだ。

 

 龍緋を瞳におさめつつも、昏く淀んだそれは別の誰かの影を見ている。禍々しさはカンタレラの狂気を体現し……かつカンタレラの異常さをその場に居合わせる者全てにありありと理解させた。

 

「アハハッ……だいじょうぶ、だいじょうぶだってぇ……! ボクは要らない子じゃない。ボクは必要とされてる。

 ちがう。パパの呪縛から逃げて、新たな生を独りで歩むんだろ……?出てくるな、ボクの目の前に現れるな!!!」

 

「……死合う以前の問題だが。話も通じんとなると、一方的でつまらんのう」

 

 龍緋の場違いなぼやきが夕暮れの差す訓練場に木霊する。理性を喪わずにいれたとて、“魂”が欠ける現象に見舞われた精神が健常であるわけがない。

 

 尤も、カンタレラが生前から健常であったかは定かではないが。龍緋が聞けるほどの余裕もないと思い「つまらない」と零したことにぴくりと反応するカンタレラ。

 

 ふわと黒い羽が舞い、龍緋へと手を伸ばした彼女の右腕をぼとっ。と鴉の翼が刎ね落とした。どくどくと血が流れる断面図をうっとりと見つめては、艶やかに嗤い呟く彼女は、彼らが出会ってから一番『女』の顔をしていた。

 

 カンタレラは自身の性別を呪えば呪うほどに、一層際立つ女性性を皮肉にも内包していた。身に纏う鴉羽のドレスが、その皮肉を視覚的にも表している。

 

「────ボクをそんな目で見ないでよ、()()ぁ……さ、一緒に混ざり合おうよ。

 狭い狭い部屋でやっていた、あの頃みたいにさァ……!【被虐者の愛】……ボクの血肉を、あらゆる全てを溶かし尽くす毒へと変えろ」

 

 

 

 鴉に啄まれたかのように細切れになって土へ消えていくカンタレラの腕。確かにあった腕の痕跡が残る地面が、彼女の宣言を皮切りに変貌していく。

 

 液状化した土が気泡を不規則に放出し、鼻が曲がるような苦扁桃(くへんとう)臭を撒き散らしはじめた。まるで強酸性の液体にでも溶かされた物質の遷移のように。

 

 カンタレラはその一連に何も言わない。彼女は現在性的虐待児によく見られる、不安定な性化行動に突き動かされている。

 

 心神喪失状態とも言い換えていいそれは、レヴナントに成り果てる前……生前に父に植え付けられた心の闇を拭えずにいることを示していた。

 

「パパが教えてくれたんじゃないか! 愛するっていうことは一緒になることだって!」

 

 混ざり合う。その解釈は人によって様々だろう。ただ……彼女の父にとってはそれがセックスで、彼女にとってはそれが自らの血や体液を他者に埋め込むこということだった。

 

 カンタレラは愛されたい。若くして病に冒されこの世を去った母の忘れ形見。母さんによく似ているねと優しく撫でてくれたときの父はまだ狂っていなかった。

 

 二人で支え合って生きていこう。微笑ましい家族の約束だったそれがいつしか呪いに移り変わって、父のために身体を売る売春婦の言い訳になるまでに、そう時間はかからなかった。

 

「救えん末路だったようだな。だのにまだ亡霊となりこの世を彷徨う業を背負って……なんと哀れな」

 

 龍緋はその毒の成分がなにであるかを解析することもなく、緋の魔素を用いた熱波で諸共消し飛ばした。龍緋だからできる荒業、しかしこの場においての最適解。

 

 やはり晦級のレヴナントになるだけの才能を有している。龍緋という存在は、だからこそ世界に留まってはならない特異点の一人である。今ここに新人類(オルター・エゴ)が恐れる所以の片鱗を垣間見た。

 

 そうして、()()と呼ばれる人物と自らを混同しているカンタレラが如何にしてレヴナントになったのかの凡その察しを得た龍緋は、楽しむつもりであった死合いを諦めた。

 

 襟を正し、真剣に向き合って見据えるは悲劇にて化け物と成ってしまった、きっとどこにでもいるはずだった普通の少女。龍緋は正直雲龍の民と芽龍さえ無事であればどうでもいい。

 

 ……が、あの聖女がここにいたならばどうするだろうか。道を踏み外しかけた俺を引っ張り上げ、「芽龍と向き合いなさい」と諭した彼奴なら。

 

 誰かに救われて、誰かを救う。こうした(えにし)を、俺も生み出してみたくなった。龍緋は滾る。ただ殺して終わりにするよりも果てしなく困難な解決方法を前にして。

 

「カンタレラよ! 俺は其方を救おうと思うのだが、よろしいか!」

 

「……やめろ。ボクをそんな目で見るな……お前は、パパじゃないッ……! パパはそんな目でボクを見ないッ!!」

 

 

 

 自傷をすればするほどに毒性の強い血を放つカンタレラ。望んだ効能を持つ毒を血や体液として排出できる【被虐者の愛】。

 

 体液でなければならないという制約はあれど、『望む効能』という自由度は人間たちが扱う魔法と違い桁違いの幅広さをもたらした。

 

 毒性を帯びた血液を射出する際、飛沫させて飛ばすなんて非効率なことをせず……血で象られた鴉を飛ばすことによって、相手に触れただけで溶ける猛毒を浴びせることなんて芸当も【被虐者の愛】は可能にしてしまう。

 

 カンタレラは鴉をそれぞれ毒性の違う三羽飛ばした。一つ目は全てを溶かす猛毒。二つ目は魔素不全を起こす毒。三つ目はカンタレラが好む、じわじわと衰弱し始める遅効性の毒。

 

(全部は避けることが叶わんな。絞るか)

 

 龍緋はまたもや直感にて自分にとって脅威な毒はどれかを選別した。結果、一つ目の毒は顔の左半分を溶かし、三つ目の毒は象られた鴉が脇腹を抉って体内へと侵入することとなる。

 

 龍緋が危険だと認識した毒は、二つ目の魔素不全の毒。それのみを斬り伏せた。彼は緋色の大太刀を継続して顕現させるために、自らの命を削ることを選んだ。

 

「男前になったじゃん。そっちの方がボクは好きだぜ……?」

 

「元より俺は容姿に秀でているぞ。毒に浸かりすぎて視力でもやられたのではないか?」

 

 無数の緋の一閃がカンタレラを襲う。“魂”を直接叩き傷をつければレヴナントはその活動を停止するが、龍緋が宣言した通りそれは彼女を救ったことにはならない。

 

 錯乱しているカンタレラを無力化して、レア・オルテンシアに明け渡しレヴナントという悪禍を断ち切る。それが誰もが傷つかぬ終幕だろう。

 

「ダメだってぇ……そんなんじゃ痛くないよ。ほら、ここを狙わないと」

 

 だが当たり前に……“魂”を攻撃されないカンタレラにとってはそれらは微々たるダメージである。全身を切り刻まれ、とめどなく血が溢れ出ても……爛々と輝く”魂“が無事であるならば、無視をして距離を縮めることができる。

 

 距離を置こうと後ろに半歩引こうとした龍緋の胸に、飛び込むように身体を委ねるカンタレラ。優しげな手つきで龍緋の胸板に触れると……毒性を帯びることでカンタレラの異能条件を満たした血液が針となって貫いた。

 

「痛い? ボクも痛いよ。一緒だね、暖かいね……」

 

「────いいや。ちと肌寒いの。俺ぁ、もう少し火加減が強い方が好みじゃ」

 

 地から足を離し、彼に身体を預けるようにしたカンタレラを抱き締める龍緋。不敵に笑う彼は、緋い魔素をたなびかせて、ごうごうと燃える焔の柱を生み出した。

 

 座標は自分。カンタレラを抱き締め逃げることを許さない自分である。

 

「剣術で其方の“魂”を撫ぜるのは冷や冷やしたのでな、これなら死にはせんだろ?」

 

 どこまでも自分を蝕み殺しにくるカンタレラを、それでも救うと親しげに笑いかける龍緋。捨て身の覚悟。やけっぱちの博打。

 

 ただ、カンタレラにとってその博打で少しだけ心が軽くなったような気がした。心……“魂”は欠けて変質しているけれど。

 

 カンタレラの父は約束を破って一人で首を吊って死んだ。どれだけ性の捌け口に使われても、どれだけ自らの性別を金儲けの道具に使われても、父を愛していた。

 

 父は結局カンタレラを必要としていなかった。彼は死別した妻をずっと想っていて、カンタレラはその代理でしかなかった。

 

 汚い大人たちに穢されて純潔さなどとうに失ったカンタレラは、認めがたい現実から目を逸らすように喉笛を引き裂いて自殺した。

 

 もしも生まれ変わったら、誰かに愛されてみたいという小さな願いを抱えて。

 

 

 そんなカンタレラに手向けられた、あなたとなら死んだっていいという、心中。

 

 

「────ありがとう龍緋。キミみたいなやつもいる旧人類って、まだまだ捨てたもんじゃないな!」

 

 少年らしさとか、少女らしさとか。

 

 カンタレラを縛っていた性差による振る舞い。その鎖が千切れていく。

 

 狂気に毒されず、龍緋を龍緋と認識したまま……カンタレラは自分らしさを獲得する。

 

 燃え上がる焔の柱が訓練場の天蓋を突き破って、肌の焼けるような熱を周囲に巻き起こした中、心から笑えたカンタレラは爛れていく火傷痕を満足そうに受け入れた。




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