主人公ガチ恋勢、悪役転生する〜TSしてでも勇者と結婚したいからバグを悪用しよう。メインヒロインなんかに渡すもんか! 作:丸尾裕作
「ちょっとだけ準備します」
アリシアは教会の中へ向かってパタパタと走り入っていった。
五分後くらい、ハンカチで覆われた籠だけを持ってきた。
ミラ姫がすんすんとにおいをかぐと、「うーん」と嬉しそうに唸り、目を閉じて、両頬に両手を当てる。
「おいしそうです!」
「クッキーです」
アリシアはミラ姫にほわーんと穏やかな表情を浮かべる。
まさに聖女と言った慈悲に包まれたような気持ちになる。
俺はクッキーを手にする。
「からっ!」
「あっ、間違えました」
アリシアはベロをチロリと出す。
「え?」
「わざとです!」
アリシアの言葉を聞くと、ミラ姫がびっくりしたように瞬きをしていた。
すると、わざとらしくこぶしを掲げる。
「アリシアー!」
「ふふっ、やっぱりそういうことですね、可愛いですね」
ミラ姫がぷくーっと頬を膨らませて、アリシアにぐいぐいと迫っていた。
殴るのではないかと心配したが、 幸い、小さくパンチをしていた。
こじゃれあっている感じで見ていてほほえましい。
「からあああああああああああい!」
アッシュは俺よりもっと辛いのを食べていたらしい。
なんだ、アッシュのついでか、俺は。
「行こうか! アリシア」
「はい!」
アリシアは元気にうなづく。
ミラは元気そうにグーパンチをアリシアに見せつけてきた。
「アリシア、悪いやつは私が殴り飛ばすからね」
「ミラは下手な奴より強いから困るなぁ、一応俺は守る立場なんだけど、あと、口のぴりぴりまだなくならないんだけど」
アッシュが大きなため息をついていた。
※
森の入り口にはエリーナがいた。
ミラ姫がエルフに使者を送って、案内役としてわざわざ迎えにきてくれたようだった。
「全くミラに言われたから来たけど、アリシア本当に無茶なこと言うんだから」
「ごめんなさい」
アリシアはエリーナに申し訳なさそうな顔をする。
すると、エリーナは腕を組み、そっぽを向くと、顔を赤くした。
「もう一度言うけど、魔物って本当に獰猛なのよ、人間を見たら基本的には襲うのよ」
「知ってる、でも仲良くしたいの」
アリシアはエリーナの肩をつかみ、必死の形相で迫る。
驚いたエリーナは一瞬目を丸くしたが、すぐに口をとがらせる。
「全くしょうがないわね」
エリーナなりに心配していたようだ。
「私はどんな自分の気持ちも自分の一部って思うようになったらできるようになったわ、お父様お母様に聞いたらメンタルコントロールが上手になったとか難しいこと言ってたわ」
「私なりのコツは大切な人を思うことね!」
アリシアは首をかしげて、口に手を当てた。
「へ? エリーナ好きな人いたの!」
「えっ、べ、べ、別にそんな人いないわよ!」
チラチラとエリーナは俺とアッシュの方を見る。
えっ? 俺。
アッシュ、エリーナルートは阻止してやる!
アッシュと結婚するのは俺だからな、まだTSしてねぇけど。
「がるるる!」
「なんであたしがボロボドス様に威嚇されてるの?」
エリーナがぎょっと引いた様子を見せている。
どうやら、アッシュを狙っているのに間違いないようだ。
アリシアが俺をちらっと見てから、エリーナにウィンクをした。
「そういうことですね、応援しますよ、エリーナ」
ミラ姫がぴょんぴょんと自分の存在をアピールする。
「アリシア、私の気持ちはどうなるんですか!」
アリシアはミラ姫に優しいまなざしをむけて、優しく頭を撫でた。
「大丈夫ですよ、ミラ。あなたも応援してます」
俺はよく分からないのでアッシュに尋ねる。
「アッシュ、あれはなんの話?」
「さぁー、女の会話は分からん」
「あんたたちは黙ってて! ばかっ!」
エリーナがなぜか怒っていた。
つんつんしている方がエリーナらしいと安心している俺もいたが。
「だいたい事情を把握しました、なんだか大変ですね」
アリシアは遠い目で俺たちを見ていた。
横でミラ姫とエリーナはうんうんとうなづいていた。
何が何だかわからない。
やっぱり前世のつけが回ったのか、人間関係は難しい。
さて、一度は入った森ではある。
安心していられる場所かといえば、そうでもない。
生物学的本能は危険だと知らせてくれる。
歩いて10分ぐらいしか経たないのにやっぱり森は怖いと思った。
上を見上げても太陽光が木々の葉っぱに遮られて、トンネルの中を歩いてるかのように暗い。
荒れた土の道を踏むたびに砂利があり、足裏がゴツゴツとする。
風が吹くたびに、揺らす木々の音は不気味に笑っているようにも聞こえる。
どの木々も同じに見えて、俺たちをこの森に迷わせるぞと企んでるようにすら見える。
これだけでも不気味なのに、人間を無差別に襲う魔物もあるのだ。
魔物のいる気はする。
俺の薄ーい魔覚でもそれだけはわかる。
ミラ姫とアッシュは鼻歌を歌っているので、2人とも呑気だ。
魔覚に頼ればいいとのこと。
ちなみにミラ姫曰く、魔粒子をピリピリするとかで感じるものらしい。
エリーナは長耳に手を当てている。
どうやら風の音を聞いて、魔物の位置を確認しているようだ。
俺とアリシアはビクビクと震えていた。
近くにある植物をわざと蹴ってみる。
かさっ。
すると、周囲の雰囲気が変わった気配を感じた。
かさかさかさかさ
周囲の草がより強く揺れる音が聞こえる。
そちらの方に見えると複数の影が飛び出してきた。
「きゃっ!」
ミラ姫は反射的に腕を音の鳴った方に伸ばす。
次の瞬間。
一匹の物体が横たわっていた。
「つい殴っちゃった」
ミラ姫がどうやらスライムを殴り飛ばしたらしい。
致命傷には至らず、ぴくぴくとしていた。
「あちゃー、やられたか」
アッシュは舌をべぇーと伸ばして、頭をかいていた。
気がついた頃には、スライムに囲まれていた。
ミラ姫が殴ったことで警戒心が一気に上がってしまったらしい。
この世界のスライムはプルプルと震えている青い色のゼリー上の物体だ。
目がないし、笑うこともない。
声も出さない。
それが30匹くらい囲まれている。
スライムは体をプルプルさせながらぴょんぴょんと跳ねて近づいてきて、包囲を狭めできている。
奴らは何を考えているかはわからない。
でも、一つだけわかる。
無機質な殺意だけが自分達を突き刺さっているのは。
「すごく警戒されてます! どうしましょう」
アリシアは集中力を高めると、魔粒子をぼんやりと見ることができるらしく白か、黒で害をなすことができるらしい。
「ミラが殴ったからねぇ」
エリーナがニヤニヤと笑っていた。
ミラ姫が申し訳なさそうに「えへへ」と後頭部を搔いていた。
なんかミラ姫らしいお転婆さである。
アッシュが「はぁー」と大きなため息をつき、一歩スライムたちのもとへ足を進めた。
「おいっ、お前らに仲間を返したいんだ」
声をかけた一瞬だけ動きがスライムたちが止まった。
でも、数秒のことだった。
「ごふっ!」
アッシュのお腹にスライムの体がのめり込んだ。
どうやら話が通じるわけじゃないらしい。
どうでもいいけど、少し涙目になって、「痛いよぉ」となっているアッシュがあまりにもかわいいので、心臓がどきどきしているんだがどうしようか。
エリーナがアリシアに顔を目を向ける。
「ほら言ったでしょ、どうするのよ、アリシア!」
「もう少しだけ!」
アリシアが祈りの体勢をとる。
「私がアッシュを守りますから好きにしてください」
ミラ姫がスライムをいつのまにか10匹殴り飛ばしていた。
立場逆なんだけど。
「スライムさん、手加減パンチですよ!」
「もう怒らせちゃうでしょー」
エリーナは旋風を作って、スライムたちを宙に飛ばしていた。
アッシュはうずくまっていたが、エリーナがそばにいて守っていた。
「クッキーでもあげるか?」
「分かりました!」
アリシアは祈りをやめて、クッキーを投げた。
「みんな聞いて、この子は本当は私たちと暮らせないの! 私は返しにきたの!」
スライムたちの動きは止まる。
数秒後。
アリシアの声はもう枯れていた。
「私たちは敵じゃないの!」
お腹から無理やり声を出していた。
泣いているのも分かった。
両手をめいいっぱい広げて、害がないことを伝えた。
俺も含め、アッシュ、ミラ姫、エリーナはうまくいくことを願った。
必死に我慢をした。
スライムが攻撃してきても吹っ飛ばすだけ。
決して殺さない。
防御に徹する。
アリシアとの対話の場を作る。
それだけのことをした。
30分後。
状況は全く変わらなかった。
スライムたちは俺たちを襲い続けた。
しかし、現実は容赦しなかった。
スライムがアリシアめがけてとびかかる。
「きゃっ!」
両手を広げていたアリシアは自分の無力さ、愚かさに公開する。
アリシアのもとにいたスライムが飛び出す。
敵の強襲からアリシアをスライムが守ってくれたことを数秒してから、認識した。
ようやく、俺たちは悟った。
俺たちは無駄なことをしたと。
魔物は人間に害を与えることだけの生物だと。
こちらの善意を届かず、無碍にするだけだということを。
「話の分かる奴らじゃないらしいな」
アッシュがふっと笑った。
「いいよ、ここは俺に任せて」
俺はゆっくりとスライム達の方へと歩く。
「スライムたちさ」
スライムたちは硬直した。
「人の夢を邪魔しないでくれるかな?」
俺は剣を振りかざす。
「バニッシングソード」
スライムたちは一瞬で切れた。
「お前たちは俺の攻撃を見ることはできない」
スライムたちは宙に待っていく。
「分からないままやられていくんだ、峰打ちにしておいてやるよ」
俺はそのまま手をかざす。
「幻覚空間 花畑」
スライムたちは俺の作った霧に包み込まれた。
「人と魔物と仲良くするってのはお前らにもいい話なんだよ」
その幻想は花畑という平和な空間である。
しかし、その花畑はスライムたちを食い散らかすという正体に代わる。
「次同じことしたら容赦しねぇからな」
スライムは委縮していた。
「さぁ、とどめというこうか」
俺が声を上げた瞬間、誰かの手が俺の肩に置かれた。
「待ってください」
アリシアだった。
最後まで自分のことを味方してくれた唯一一匹のスライムを抱え上げて、アリシアが目をつむった。
そのスライムは仲間のもとに戻ろうことなく、アリシアから離れようとしなかった。
「私のやりたいことがわかりました、後は任せてください」
アリシアはかざす。
魔法の強さ=妄想力×魔覚だ。
妄想力=言語化×感情×五感の情報
ゆえに魔法のコツはすべてのパラメータを高めることだ。
「私、イメージや言葉にするのは簡単じゃありません、でもこの気持ちだけは負けませんので、必死にやりました」
「何かつかんだのか?」
魔法をするためには五感の情報量も大事だ。
回復というものをどういうふうに五感としてイメージするかということをアリシアはどうやらわかったのだろう。
「暖かな光をイメージだけはできます」
すると、アリシアが目を閉じて、スライムを抱きしめた。
「回復魔法 聖母の抱擁」
スライムたちがぴょんぴょんと跳ねだした。
「みんな仲良くしましょう!」
スライムたちは楽しそうに踊りだす。
5分後、納得したのか、スライムは森へと帰っていた。
「そこまでやらなくてよかったのか」
アリシアがぺこぺこと頭を下げる。
「みなさん、ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
「いいってば、俺たち強いから」
アッシュが苦笑いをしている。
まだお腹が痛いらしく、さすっている。
「手加減して殴るのも楽しかったです」
「いいのよ、アリシア。私たちは気にしてないから」
ミラ姫とアリシアもいつも通りだった。
「わかりあうのは難しいけど、俺はいいと思う」
俺がアリシアにそう言うと、胸を手を当てて何か覚悟を決めたように俺の目をじっと見つめてきた。
すると、アリシアが目を閉じて、スライムを抱きしめた。
「回復魔法 聖母の抱擁」
「私が無力でごめんね」
アリシアはぎゅっとスライムを抱きしめる。
苦しいのか、スライムはもにゅもにゅと形を変形させ、そこから抜け出ようとしていたが、やがておとなしくなった。
「ボロボドスさん、どうして私のバカな夢を応援してくれたんですか?」
どうしてだろうか。
前世の自分を振り返った上で、今思っていることを言おうか。
「俺もバカだからさ」
前世だって自分の愛を貫いて死んだ。
自分が何よりもバカだと我ながら思うこともあった。
でもそんな自分が嫌いじゃない。
だから、仮にバカみたいな夢でも、応援したくなってしまうのだ。
「でも、夢を持つことは馬鹿だと俺は思わないよ」
あのくだらない、バカみたいだろうと心の奥底で少しは思っていたが、あくまで夢を見続けたおかげで俺の憧れのアッシュと今仲良くできるわけだし。
「わがままになればいいと思う」
「まずはボロボドス様にはいっぱい甘えるようにしますね」
アリシアは両手を自分の左頬の横でパンっと合わせて、その両手に顔を乗っけた。
笑顔であるがなんだかいたずらっぽかった。
「いった手前そうだなぁ、俺にできることなら」
「じゃあスラロスの面倒を一緒に見てください!」
アリシアの行動はすばやかった。
なぜか横でミラ姫とエリーナの目が細くて、じとーっという音でもなりそうな雰囲気である。
何をいぶかしがってるんだ?
「名前とか決めたら?」
「もう決まってます」
アリシアは即答した。
「はやっ!」
「スラロスです」
「なんか微妙にボロボドスに似てね?」
アッシュがぽりぽりと頬をかく。
「魔法のおかげで、スラロスだけは何を言ってるかわかるんです」
「すげぇな」
さすが、アリシア。
まぁ原作設定でも魔物の声を聴くことができるという能力を持っていたけどさ。
「さみしいみたいで、私とそばにいたいみたいです」
「へぇーいいじゃないか!」
スラロスはアリシアにすっかりなついていた。
なんだかペットみたいで可愛い。
「ボロボドスさんも親みたいなものですら、協力してくださいね!」
すると、ミラ姫とエリーナがぎょっとした顔でアリシアを見る。
「できる範囲ならいいけど」
俺はどこまでできるかわからないけど、そう答えた。
「私はスラロスを愛していきます、魔物を愛する努力をしていきたいと思います!」
ミラ姫はふふっと口を手で隠しながらも笑いつつも、なんか目が笑っていなかった。
エリーナはあたふたとしていた。
どうしたんだろう?
「この子は私が責任を持って、お世話します」
アリシアは俺を見ながら、もじもじと太ももを擦り合わせていた。
「あのぉー、ボロボドス様はスライムは何匹飼いたいですか?」
「俺は2匹かなぉ?」
「じゃあ?私、2匹育てますね」
「ん? どうして? 好きにすれば思うけど? 君に育てられるスライムは幸せそうですね」
アリシアは頬を赤く染めて、両手を両頬に当てた。
「そ、そ、そんな幸せだなんて」
原作設定通りならここからアリシアは清涼していくはずだ。
「君なら最高のテイマーに絶対なれるよ」
「はい、ありがとうございます、ボロボドス様も幸せにしてみせますね」
ちょっと気になる発言もあった。
「も? あー、俺もスライム好きだからまたみせてね」
確かに俺もスライムは好きだから、まぁそういうことでいっか。
「はい!」
「アッシュも喜んでくれそうだね」
これで無事アリシアと仲良くなれたし、一件落着だ。
「ボロボドス様も嬉しいですよね?」
「そりゃあな」
原作キャラの幸せな顔を見れて喜ばないファンはいないだろ
「やったぁー」
アリシアはぴょんぴょんとスラロスを抱えながら跳ねていた。
幸せそうで何よりです。
※
エリーナはミラの肩をトントンと叩いた。
「アリシアが魔法ここまでできるようになるなんてもしかしてそういうことなの? ミラ」
「そういうことだと思います」
ミラはエリーナを見ずに神妙にうなづいた。
「またやってるわ、絶対わかってないでしょ、ね? ミラ」
「全く罪作りな人です」
アッシュはうんうんと強くうなずいていた。
「ボロボドスは本当にいい奴だよ、俺も愛してる」
「あんたが何にも分かってないのだけよく分かったわ」
「男の人ってバカなんですかね?」
「よくわかんないけど、バカな方が楽しいぞー!」
『はぁー』
ミラとエリーナは2人の男を見て、大きなため息をついた。
どうしてこの男2人はこんなにもバカなんだろうか、と。