主人公ガチ恋勢、悪役転生する〜TSしてでも勇者と結婚したいからバグを悪用しよう。メインヒロインなんかに渡すもんか! 作:丸尾裕作
肌で覚えていたから壁はあっさり抜けたが、まさか通り抜けた先に人がいるとは思わなかった。
「ご主人様、どうなさったんですか?」
初老の紳士があたふたとした様子で俺を見ていた。
彼のことは俺は知っている。
執事長のジェイデン。
元ロンメルス王国騎士団副団長。
勇者アッシュが魔王に倒すために神聖剣のやり方を教わる相手でもある。
原作のボロボトスくんは、「人を守るためには剣技も必要だ」と口を酸っぱくしていたこの人が嫌いだった。
一方、俺はジェイデンさんが大好きだ。
渋くてかっこよくて、奥さん思いで。
剣技も奥さんを守るために磨いたという過去があったりして、泣いたりもしたもんだ。
アッシュの憧れる人だもん。
好きになっちゃうって! ずるいって!
俺は世界に問いたい。
妻を一途に愛するかっこいい高性能おじいちゃん嫌いな人いますか?
いませんよね。
俺はそんなジェイデンさんに会おうと思って、道場に向かうところだったのだ。
「ちょうどよかった、ジェイデン、俺に剣術を教えてくれないか?」
本当はさん付けをしたいところだが、原作では呼び捨てなのでそこは合わせる。
この人に剣を教わる強くなるのがRTAチャートの王道ルートだ。
勇者ルートの時にもこの人から教わることとなるからな。
もっと他のバグも試したいしな。
「今なんと?」
「剣術を基礎から叩き直してくれ、アッシュに並び立ちたいんだ!」
少し言い直しつつ、頭を下げた。
ゲームとはいえ、あくまで現実だ。
基礎体力鍛えたりとか、体の動きとかはしっかり練習しないといざという時動けないからな。
ジェイデンは下を俯く。
「えっ、俺なんか悪いことしたか?」
え、頼み方が悪かったのか。
嫌われたわけじゃないよな。
ジェイデンは顔を上げると、目尻から涙がつっーと流した。
「いいえ、坊ちゃま」
ジェイデンはゆっくりと首を振る。
「感激しただけでございます」
「俺は大したこと言ってないけど」
死にたくないだけだし。
「いいえ」
ジェイデンは静かに首を振った。
「基礎からやり直す覚悟あるということは本気でやる覚悟があるということです。実に素晴らしいことです。私の方こそ、謙虚で堅実なその志は見習いたい所存でございます」
「え、そ、そ、そうなのか、当たり前じゃね?」
確か原作だと剣術なんてくだらないどころか、オークのフンを切るぐらいにしか役に立たん、愚の骨頂だとか言ってたかな。
いや、そんなアホな。
ともかく嫌われたわけじゃなさそうでよかった。
いや、ジェイデンの目がきらきらしている。
アッシュの言葉を真似するだけでここまで人の態度って変わるのか!
「ありがとう」
褒められたみたいなので、俺は頭を下げてお礼をした。
俺とジェイデンは道場に向かった。
※
道場に入ると、一剣入魂と達筆で書かれた縦軸が壁に飾られているのが最初に目に入る。
踏むとミシッという音がある弾力のある木製の綺麗な床。
男たちがヤァヤァと声を出し合って、木刀を激しくぶつけ合っている。
汗がいくらか染み込んだのか、きゅきゅっという音が聞こえ、踏み込みの音が胸に刺さったりする。
戦いの気迫と熱気が体中に伝わってくる。
ここは数々の剣士を育てた聖域なんだと実感もできた。
そんな中で俺は修行をしていた。
「よしっ、100回終わったぜ」
俺は腕立て伏せが終わった。
俺は基礎が好きだ。
俺がRTAで世界記録を取ったのは基礎を徹底的に大切にしたからだ。
RTAで大事なのはガバ、つまり、ミスをいかに無くすか。
再現性を高く保つことが大事だ。
ここで役に立つのは基礎だ。
剣術などの基礎は何か?
筋トレとか、ストレッチだ。
最後に俺を救ってくれるのは筋肉だ。
まぁ、ゲーム世界とはいえ、現実だ。
いざという時、体の心底にまで身についた動きこそが窮地の自分を救ってくれる。
俺のRTAの世界記録だって、リセットを何度も繰り返し、試行回数を何千何万と繰り返した努力の結晶に過ぎない。
というわけで、基礎を大切にすることにしたのだが。
「お疲れ様でした、各種肉体訓練はこれほどしっかりこなさせるなんて素晴らしいです!」
ジェイデンさんが褒めてくれた。
原作ボロボドスくんは努力というものが嫌いだったもんね、才能はあったけどね。
お前が努力して良くなかったよというぐらい後半はうざいからな、原作ボロボドス。
「次は剣術だな」
「素振りからやりましょう」
今度は素振りがすることになった。
数分後。
「腰が入ってませんよ」
俺は必死なのに、ジェイデンにすぐに指摘された。
ひぃー! 難しい。
「体の動きがぎこちないですよ」
剣を振るたびに、何かしらの指摘をずっとされていた。
「足の運びがなってません」
でも、TSして、アッシュと結婚するためだもん。
やむをえまい。
※
綺麗事を言ったけど、基礎だけじゃあ限界がある。
体を鍛えるのは最後に助けてくれるからだ。
ゲーム知識は体を鍛えてからこそ役に立つ。
「基本だけじゃ飽きるから実践もしたい」
これも本音だ。
楽しくもないから。
「軽い実践形式としましょうか」
ジェイデンはそう告げた。
「じゃあ、俺からいくよっ!」
俺は木刀を上に掲げて、ジェイデンとの間合いを詰めた。
「やああああああ!」
俺は声を上げつつ、とにかく勢いよく振り下ろす。
剣道における面をまねて、声で威嚇しつつ、勢いで押し切ろうとしている。
「甘いっ!」
木刀が斜めに薙ぎ払われ、弾かれた。
その衝撃が膝まで響く。
「うっ!」
俺は体勢を崩し、少し海老反りになる。
ぱしん。
俺の横っ腹にジェイデンの当たった音だ。
「いってぇー」
いくら下手とはいえ、こうも綺麗にやられるとむなしい。
渾身の気迫を込めたつもりなんだけどなぁ。
「やる気は感じられましたぞ。では、今度はこちらから行きましょう」
そうジェイデンがいうや否や、俺はジェイデンさんを見失う。
「消えたのかっ!」
違う。
動きが早すぎて見失っただけだ。
まるで影分身のようにジェイデンの姿が複数俺を囲んでいるように見える。
漫画じゃねぇんだぞ。
ご老体のスピードじゃねぇぞ。
目に映る残像を追いかけるので精一杯だ。
「私はそこにいませんよ」
風を切る音だけ聞こえていた。
ジェイデンと風は同化してるのか?
「ここですよ!」
俺はジェイデンさんの声だけなんとか聞き取れた。
だが、ジェイデンさんの腕すら視覚で捉えることができなかった。
かろうじて目に入るのは、木刀の残像だけだ。
「あぶねっ!」
反射的に木刀を目の前に上げると、カツンという音が道場に響き渡る。
「やりますね、坊ちゃま」
なんとかジェイデンさんの剣を気合いで持ち堪える。
だけど、俺の筋肉がキシキシと音が鳴っている気がする。
10秒も鍔迫り合いをしていると、ピシリと体の中が痛んだ。
「いたっ」
俺がジェイデンさんに聞こえるか聞こえないかぐらいで小声でそう呟いた時。
「ふんっ!」
「うわっ!」
俺の体は宙を浮いた。
数秒後、俺はジェイデンさんの腕力によって、吹き飛ばされたことに気がつく。
俺は痛みを感じつつも起き上がる。
「そりゃそうだよね、簡単に倒させてくれないよね」
そりゃあ、俺は素人である。
勝てるわけない。
その後も何度も突っ込んでみるが、面、胴、小手と叩かれた。
「さすがジェイデンだね」
俺は少しカッコつけてみる。
「むっ、まだ諦めないとはなかなかの根性ですね、素晴らしいです」
ジェイデンにまた褒めてもらえた。
とはいえ、今の俺じゃあ勝てっこない。
じゃあズルもしなきゃね。
俺はバグを使うことにしよう。
名付けて、バグ流剣術。
「これならどうだ?」
俺はジェイデンさんの少し手前の虚空を3回ほど切り刻んだ。
直前に足をトントンと決まったステップをさせていたりする。
「空振り? そこには私はおりませんぞ」
ジェイデンさんが突っ込んできた。
ぱんっ!
剣がジェイデンの肩がぶつかった音がした。
「むむっ、何もないのに剣筋がありますぞ!」
今度はジェイデンさんの周りを何回も切り刻んだ。
「残像剣(ミラージュソード)」
俺は技名を述べた。
剣の判定が残る。
バグ技だ。
処理落ちさせただけだ。
本当にこのゲームのバグはひどい。
「どうした? かかってこないのか?」
俺は挑発をしてみる。
一方のジェイデンは眉を顰めている。
ちなみに今ジェイデンの周りは剣筋が無数にあり、少しでも動いたら木刀の衝撃を受ける状態となっている。
ごめんね、俺はズルをしているんだ。
そんな本音は心の奥底にしまっておく。
「あなたには何が見えてるんですか?」
ジェイデンは神でも見ているようなまで俺を見ていた。
相手の硬直ですとは言えない。
フレーム単位で知っているけど、そんなことまで話せない。
「仕様です」
こういうしかなかった。
「しよう?」
「こちらの話だ」
ですよねぇー、通じないよね。
「やりますなぁ、これでは私は一歩も動けませんね、参りましたなぁ」
ジェイデンさんはほくそ笑んでいる。
「いやいや、大したことないさ」
バグを使ってるだけで、本当は強くない。
俺自身が凄いわけじゃない。
「いえいえ、ご謙遜を」
ジェイデンは首をゆっくりと振る。
「まだ実力を隠してるんでしょう?」
「うっ!」
さすがジェイデン。
確かにあと二つほどバグ流剣術を考えたがまだ実戦投入できるほどじゃない。
「でも、もう息切れだ、やっぱり辛いな」
さっきの筋トレとかの疲れがもう出てきた。
やっぱりゲームの中とは言え、俺は生きてるんだ。
頭だけでなんとかなるもんじゃないな。
ちょうどミラージュソードの効果が切れる頃。
ジェイデンは木刀を下に下ろし、頭を下げる。
「本日はこの辺にしときましょう」
「助かるよ、俺もまだまだ甘いな。ジェイデンはどう思う?」
やはり剣術の基礎ができてないのを実感する。
「僭越ながら私自身の意見を述べさせていただきます」
ジェイデンは頭を丁寧に下げて、俺の目を見つめた。
「坊ちゃまの剣術の技術とセンスに脱帽いたしました。ここまでできるのは天才の所業かと思います」
「褒めすぎだって」
「いいえ、2年もあれば、最強になれますよ」
「いや、さすがにそんなことは」
「坊ちゃまならできますよ、私が保証いたします」
ジェイデンの目が真剣だった。
とはいえ、俺はバグを使っただけだ。
「だからこそ、この才能は無駄にしてはなりません。どんな天才も才能を開花させるには努力は大切にします。より本気の修行をすることにしましょう」
「えぇーーー! 今日のも十分にきついよ!」
「いずれ報われる努力ですから、安いものです、では、まずは腕立て1000回に増やしましょう」
「いやぁー、無理ーっ!」
「いずれ最強になられる方なんでこれくらい坊ちゃまならできますよ、腹筋、背筋などなど全部やりましょう!」
「あああああああああああああああああああ!」
俺の悲鳴を上げた。
これは俺のチャートにもないよぉ〜。
誰か助けてぇー。