ロボゲー世界でロボに乗りたいので色々と画策してみる。 作:裁縫セット
ニムベス家。
この領地に住む人間なら知らない者はいない名家であり、ゲーム『エンシェント・メタリカ』では主人公達の前に立ちはだかる最初の難関でもある。
……そんな場所へ、俺は今から向かおうとしていた。
分からない……一体どんな腹積もりだ?
確かに家のオヤジは技術屋として、メカ屋としての才がある。そこに何故ただの血縁者なだけの俺まで名指しで呼び込むんだ?
確かにオヤジの仕事を手伝ったりはしているが、自分でもまだ十分な腕を持ってるとは思えない。勿論個人で勉強は続けてはいるが……
だが、これはまたとないチャンスだ。
あの鎧を、ロボットを、間近で眺めたり、あわよくば触れたり、いじれたりするチャンスだ!
親父は終始渋い顔をしているが、俺としては行かない理由が見つからない。
「……あんまり浮かれるなよ。」
工房に鍵を掛けながら、親父がぼそりと呟く。
「浮かれてねぇよ。」
「嘘つけ。朝からずっとニヤニヤしてる。」
「そう見える?」
「見える。」
しまった。そんなに顔に出ていたか……まぁ、仕方ない。ロボットだぞ?ロボット、ロマンの塊だ。
ゲーム中じゃプレイヤーですら触れるまで何時間も掛かる代物を、現実で、しかもこんな早い段階から拝めるかもしれないんだ。
テンションが上がらない方がおかしい。俺達は工房を後にし、領都の大通りを歩く。道行く人々は俺達を見るなり、
「おや、ハグルさん。今日はお仕事ですか?」
なんて気さくに声を掛けてくる。
親父も短く返事をしながら歩いていく。職人気質で口数は少ないが、この辺りじゃ信頼されている。壊れた機械を持ち込めば何とかしてくれる。
そういう評判を積み重ねてきたからだ。
やがて街並みが途切れ、その先に見えてきた。
「……でっか。」
思わず声が漏れる。
何度も遠目には見ていた……だが、近くまで来ると迫力がまるで違う。
高く積み上げられた石壁、屋敷を囲む巨大な外壁。その奥からは煙突が何本も突き出し、白い煙を空へ吐き出している。
ゲームでは何度も見た背景だ。けれど実物は、その何倍も巨大だった。
「ほら見ろ、浮かれてる。」
「いや、これは仕方ないだろ!ワクワクするって!」
だってロボットの本拠地だぞ?
ゲームでもこの屋敷の地下工廠には、試作機やら整備中の機体やらが山ほど保管されていた。考えるだけで胸が熱くなる。
(頼む……一機だけでも見せてくれ……。)
そんな願望を抱きながら門へ近付くと、甲冑姿の門兵がこちらへ歩み寄ってきた。
「失礼。ご用件を。」
親父が懐から書状を取り出す。
「ハグル工房だ。呼ばれて来た。」
門兵は封蝋を見るなり姿勢を正した。
「確認いたしました。お待ちしておりました。」
騎士の合図で数泊を置いてから重厚な門が軋む音を立てて開いていく。
その瞬間、俺の視界は、自然と屋敷ではなく、その奥へ吸い寄せられた。庭園のさらに向こう。整然と並ぶ巨大な格納庫。
そして、その前に鎮座する鋼鉄の巨人の影。
(いた……!)
遠目でも分かる。
全高十メートルを超える鋼の身体。陽光を受けて鈍く輝く装甲。肩を覆う巨大な鎧板。腰には人間が持てば家ほどもある大剣。
あれだ。
ロボットだ。
この世界の人間は『鎧』だと呼んでいるが、どう見てもロボットだ。間違いない。鎧と言うなのロボットだ。
ありゃ高性能量産機の『シロガネ』だな?頑強さとコストの安さが魅力的な期待だが、その分カスタマイズ制があまり良くなかったな……あぁやべぇ思わず涎が垂れちまいそうだ。
「アキ。」
「……はい。」
「涎。」
「うおやべっ。」
慌てて口元を拭う。
危ない危ない。まだ門を潜っただけだ。
これから領主様に会うんだぞ。
第一印象くらいはまともにしないと。……いや、ロボットを前にしてまともでいられる自信は、あまりなかった。
「こちらへ。」
いつの間にか、一人の初老の執事が静かに頭を下げていた。
燕尾服を寸分の乱れなく着こなし、その所作には一切の無駄がない。
「旦那様とお嬢様がお待ちです。」
そう言って踵を返した執事の後を、俺と親父は顔を見合わせながら歩き始める。いよいよ――ゲームの舞台、その中心へ足を踏み入れた。
人の背丈を大きく超える扉をノックして執事は声を上げる。
「失礼いたします。ハグル工房の方がお見えです。』
すると数泊置いてから声が聞こえてくる。
「どうぞ、中へ。」
扉が開くとそこには一人の男性がたたずんでいた。彼こそがハクア・ニムベス……この館の当主だ。
その気品……エレガントさとも呼ぶべきはゲーム内でも感じていたが、確かにこれはなかなかのプレッシャーを感じる。
親父の方は職人として来ているからかそのプレッシャーに負けぬほどの圧を放っている……まぁ元が強面だからしようがない。
「お初にお見えします。ハグル工房店主『ナル・ハグル』と息子のアキ・ハグルです。」
親父が頭を下げたのを見て俺も見様見真似で頭を下げる………するとハクアは軽く手を前にして深々と頭を下げるのをやめさせる。
「改めまして、ハクア・ニムベスです。この度は急なお呼び出し、失礼しました。」
そう言ってハクアは静かに一礼する。
……うん。やっぱりゲームでも思ってたけど、この人悪役っぽくないんだよな。確かに厳格そうではある。
眉一つ動かさない表情に、背筋をぴんと伸ばした立ち姿。その一挙手一投足から育ちの良さと威厳が滲み出ている。
だが、少なくとも「圧政を敷く暴君」と言われて真っ先に思い浮かべるような人物ではない。俺もはじめはなんとか和解ルートを進めるくらいには第1印象の悪くない人だった。
「こちらこそ、このような機会を頂きありがとうございます。」
親父が短く返す。ハクアは一度頷くと、こちらへ視線を向けた。
「そちらがご子息ですか。」
「はい。まだまだ見習いではありますが、仕事は手伝わせています。」
「なるほど。」
じっと見られる。……何だろう。
値踏みされているような感覚だ……別に睨まれている訳じゃない。
だが、機械を見るように人も観察している、そんな目だった。
「随分と若い。」
「十五です。」
「そうですか。」
短い会話だった。無駄な世間話は一切ない。いかにも仕事人同士の会話という感じだった。
「さて、本題に入りましょう。」
ハクアは席へと腰掛ける。
「実は数日前、ニムベス家の旧蔵を整理していたところ、一体の古い鎧が見つかりました。」
――来た。
思わず喉が鳴る。
鎧……ロボット。しかし可笑しいな……ゲーム内でも蔵から古い機体が出てくるってイベントはあるが、時系列的には主人公達との和解ルートの後の話だったと思うんだが……
「年代は定かではありません。少なくとも、私が生まれる以前から保管されていた物でしょう。」
「……古代機ですか。」
親父の表情も少しだけ真剣になる。古代機……それは資料が残らないほどはるか昔に作られた鎧でありロボット……その存在はオーパーツとされているほどだ。
「ええ。」
ハクアは頷いた。
「幸い、大きな破損はありません。しかし、起動しない。」
その一言だけで俺の頭の中ではもう色んな想像が駆け巡っている……この世界が元はゲームの世界だなんてことも忘れて、鎧が、ロボットが起動しない理由を頭のなかでまずは妄想する。
魔力炉の劣化か?伝導管の腐食か?制御核の停止?いや、長期間放置なら単純に魔力が抜け切ってる可能性もある。
ああ、見たい。早く見たいなぁ……!
「王都から技術者も呼びました。」
ハクアは静かに続ける。
「しかし『古過ぎる』『資料が残っていない』との理由で、誰一人として手を付けようとしませんでした。」
まぁ、そうなるよな。
ゲーム中でも古代機はブラックボックス扱いだったし、カスタマイズ不可のワンセット品扱いだったからな……あぁでも改造したい。
「そこで、領内の工房にも声を掛けております。」
「我々も、その一つということですか。」
「はい。」
ハクアは迷いなく答える。
「ハグル工房は、この領内でも特に修理技術に優れていると聞いております。」
親父は少しだけ照れ臭そうに咳払いをした。
「買い被りです。」
「謙遜は不要です。」
そこでハクアは、ふっと俺を見る。
「それと。」
「はい?」
「お宅のご子息様も若いながらに十分な知見があると見まして……若い息吹の意見も聞きたくお呼びした次第です。」
んー、いまいちおれまで呼び出された理由がわからんが、親父の技術はもちろん。その技術を受け継いだ若人の意見もも、一応見ておきたい。そんな理由だろうか?
「では、早速ご案内しましょう。」
ハクアが席を立つ。
「問題の鎧のもとへ。」
その言葉を聞いた瞬間俺の心の中はハイテンションになっていた。
(来たぁぁぁぁぁ!!)
表情だけは必死に平静を装うのだった。
――――――――――
連れてこられた先は、本館から少し離れた場所に建てられた大きな蔵だった。……蔵と言うには、あまりにも大きい。
外から見た時から妙だとは思っていたが、中へ入るとその理由が分かる。
地下だ。蔵の中央には石造りの階段が口を開け、そのまま地下深くへと続いている。
「こちらになります。」
執事の案内で階段を降りていく。
壁には一定間隔で魔力灯が取り付けられ、薄暗い通路を淡く照らしていた。
一段、また一段と降りる度に空気は冷たくなり、代わりに鼻をくすぐる鉄と油の匂いが濃くなる。……この匂い、好きなんだよな。工房ともまた違う。
もっと大きな機械を扱う場所特有の匂い。そして最後の階段を降り切った、その瞬間。
「……ッ。」
息を呑んだ。
地下とは思えないほど広い空間……まるで地下工廠だ。
その中央に、一体だけ。まるで長い眠りにつく騎士のように、鋼の巨人が静かに立っていた。
深紅の装甲。装甲の継ぎ目を走る銀色のライン。
右肩には古い傷。
腰には人間なら家ほどもある巨大なランス。
胸部には複雑な紋章が刻まれ、その全身から古代機特有の重厚さが漂っている。
(やっぱ『レーヴァテイン』か……)
間違いない。
ゲーム序盤の看板機体。
和解ルートにて主人公がアルカとの和解を経て譲り受けることになる古代機。性能だけ見ればその加速性能は目を見張るものがある機体。
「……。」
「っ?おいアキ。」
俺の体は自然と足が前へ出る。目は装甲を追い、関節を見て、フレームを見て、胸部装甲を見る。
(なるほど……。)
近付くと分かる。
右膝の油圧……いや、この世界なら魔力圧シリンダーか。そこから微かに魔力漏れ。
左肩の固定ボルトも一本だけ材質が違う。おそらく急ごしらえの補修した跡だ。
胸部装甲も微妙に浮いている。これじゃ起動しないのも当然だ。だが、それよりも――
(これ、フレーム保存状態めちゃくちゃ良くないか……?)
百年以上は経っているはずなのに腐食が少ない。
ゲームじゃイベントで一瞬見ただけだったが、現物を見ると情報量が桁違いだ。
いい!凄くいい!格好いい!
やっぱりロボットは最高だ!!
「…………!!」
完全に世界へ入り込んでいた。だから気付かなかった。
「……お父様?」
鈴の鳴るような声が地下へ響くまで。
その一言でようやく我に返る。
振り返ると、地下へ続く階段の途中に一人の少女が立っていた。
年は俺と同じくらいだろう。
淡い金髪を肩口で揃え、深い青の瞳がこちらを見つめている。
服装は華美ではない。しかし、一目で仕立ての良いものだと分かる。胸元にはニムベス家の紋章。
(……アルカ・ニムベス。)
ゲームで何度も見た姿だ。
悪役令嬢。そう呼ばれる少女。
もっと高飛車な印象を持っていたが、実際に見ると随分と落ち着いた雰囲気をしている。そんなアルカは父親へ一礼すると、そのままこちらへ視線を向けた。
そして、不思議そうに首を傾げる。
「その方は……?」
「ハグル工房の方々だ。」
ハクアが簡潔に答える。
「こちらが店主のナル・ハグル殿。そして……」
「息子のアキ・ハグルです。」
俺は軽く頭を下げる。
アルカも礼儀正しく会釈を返した。
「アルカ・ニムベスです。」
その挨拶の最中も。
俺の視線は、ついレーヴァテインへ吸い寄せられてしまう。
そんな様子に気付いたのだろう。アルカは俺とレーヴァテインを交互に見比べ、小さく目を瞬かせた。
「……そんなに気になりますの?」
「えっ!えぇ、まぁ。」
思わず脊髄反射的に答えてしまう。
「めちゃくちゃ気になります。」
一瞬だけ地下工廠の空気が止まる。親父は「やっぱりか」とでも言いたげに額へ手を当て、ハクアは小さく苦笑する。
一方のアルカはというと。
「……へぇ。」
そう、何がいいのかよくわからないと言わんばかりにレーヴァテインを見上げるのであった。