貞操逆転世界で唯一の魔法使いが、無自覚に周囲の目を曇らせていく話   作:モツゴロウ

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まほうたのしい

 

 強烈な眩しさと共に、意識が覚醒していく。

 暖かい、そして長い眠りだったような気がする。

 

 ゆっくりと目を開く。視界に広がるのは見たことのない天井だった。

 ……おかしい。昨日はいつものように自分の家で寝たはず。

 

「おぎゃあ、おぎゃあっ」

 

 そしてなぜか、赤ん坊の鳴き声が聞こえる。

 これもおかしい。私は独身だ。子持ちの知り合いもいない。

 

「ナルカ様、可愛らしい男の子ですよ!」

 

 突然の出来事に混乱している私の視界に飛び込んできたのは、見たことのない女性だった。

 

 煌びやかな金髪を綺麗に結い上げ、吸い込まれるような碧い瞳を持つその女性は、黒と白を基調にした落ち着いたメイド服のような服を着ている。

 

 誰だろうか……? 外国の人?

 私にこんな知り合いはいない。いや、そもそも女性の知り合いもほとんどいないのだが。

 

 そして、そのメイドさんはとても大きかった。いや、胸がとかではなく、身体全体が。

 

 そんなメイドさんが、満面の笑みを浮かべながら私に向かって手を伸ばしてくる。

 

 ふわっ。

 浮遊感と共に、私の身体が宙に浮かぶ。

 いやいや、すごい怪力だ……な……?

 

「あぶぁ?」

 

 さらなる違和感が私を襲う。

 ぼんやりとした視界に映る私の身体が、なんだかとても小さい気がするのだ。

 

 もう一度目を凝らす。

 やはり間違いない。手も、足も、身体も、まるで赤ちゃんのような可愛らしいサイズになってしまっている。

 

 ここで私はやっと気付いた。

 これはもしかして、異世界転生というやつなのではないか、と。

 

 あまり詳しくはないが、会社の新入社員たちが喫煙所で流行りのアニメについて語っているとき、「最近は異世界転生が流行っているんすよ」と言っていた記憶がある。

 

 興味がなかった私は「そうなんだね」と適当に流してしまったが……こんなことになるならもう少し興味をもって話を聞いておけばよかった。

 

「ああ、この子が私の赤ちゃんなのですね。それも、男の子……」

 

 ということは、こっちの涙ぐんでいる黒髪美人はおそらく私の母親だろう。産後だからか少しやつれた顔をしているが、その表情はとても晴れやかだ。

 

 まだ視界がぼんやりとしていてはっきりとは見えないが、随分と若く見える。

 

「アルカ様に似て、とても可愛らしい男の子です」

 

 私を抱え上げているメイドさんが、母親と思われる女性に向かって言う。

 なるほど、私の母はアルカ、というのか。

 

「ふふ、ありがとうリナリー。あとはよろしく頼みます」

「お任せください! なにがあっても私がこの子をお守りいたしますので、アルカ様はゆっくりお休みになってください!」

 

 リナリーと呼ばれたメイドがそう言うと、アルカは安心したように目を閉じた。

 

 そのあとは、リナリーに温かいお湯で洗ってもらったりしているうちに、気づいたら眠ってしまった。

 

 それは前世では経験したことのない、深い深い安心に包まれた眠りだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 結論から言うと、私が転生したのは剣と魔法の世界だった。いわゆるファンタジー世界というやつだ。

 

 とはいっても、私は前世でそういった創作物に馴染みがなかったから、初めて魔法を目の当たりにしたときは本当に驚いた。

 

「光を灯せ、【トーチ】」

 

 初めて見た魔法は、リナリーが使う《トーチ》という魔法だった。

 

 詠唱と共に現れる美しい炎。

 灯を灯すだけのシンプルな魔法だったが、初めて見る魔法の凄さに、まだ3歳だった私はよちよち歩きながらだぁだぁとはしゃいだ。

 

 それからというもの、屋敷のメイドさんたちはこぞって私に魔法を見せに来てくれるようになった。

 

 火を出す魔法。

 水を出す魔法。

 風を起こす魔法。

 土をこねこねと動かす魔法。

 

 どうやら、たくさんの魔法がこの世界には存在するらしい。

 メイドさんたちが見せてくれたのは生活魔法と呼ばれる初歩的な魔法ばかりだったが、そのたびに私は大はしゃぎ。

 

 ああ、楽しい。

 魔法というのは本当に素晴らしい。

 いつかは私も魔法を使えるようになりたい。

 

 朧げながら将来は魔法使いになりたいという夢が生まれたのは、この頃だった気がする。

 

 しかし同時に、私には魔力がほとんどない、ということにも気づいてしまった。

 目を凝らすと魔力を知覚できるのだが、周りのメイドたちを見ると、私の100倍はあろうかという魔力をもっていたのだ。

 

 ショックがなかったとは言わない。3日間は寝込んだ。

 

 

 しかし私は諦めなかった。

 それからというもの、私はこの屋敷にある本という本を読み漁った。

 もちろん、最初は文字が読めなかったから、リナリーやメイドたちに文字を教えてもらうところからスタートした。

 

 なかなか苦労したが、前世の経験からかわりとスムーズに覚えられた。周囲の人間は私の学習スピードに驚いているようだった。なにせまだ3歳だ。特にアルカは私のことをしきりに「エルは天才です!」なんて感激している。

 

 ちなみに、エルというのは私の今世の名前である。フルネームはエル・ディ・ストルムヴァル。ストルムヴァルは【嵐の】、という意味があるらしい。

 最初は前世と違う名前で呼ばれることに多少の違和感があったが、わりとすぐに慣れた。

 

 

 文字を学ぶのと並行して、私は魔力操作の練習も始めた。

 魔力の操作精度は魔法を使う上でとても重要だと文献に書かれていたし、魔力の少なさをカバーするのにも役立つと思ったからだ。

 

 魔力を練り、体外に放出することなく体の中を動かすイメージ。

 

 これがまた難しいのだ。

 少し気を抜くと魔力は体の外へ霧散してしまう。

 

 上手くできるまでに、実に半年の時間を費やした。コツを掴んでからは何かをしながら常に魔力を体の中で操作することを習慣化した。

 

 

 

 そんなこんなで、気がつけば私が異世界に転生してから5年が経っていた。

 

「リナリー、私に魔法を教えてもらえませんか」

 

 5歳になった私は、魔法を教えてもらうためにリナリーに声をかけた。

 

 窓を磨いていたリナリーは、手を止めて驚いた顔になる。

 

「わ、私……ですか?」

「はい。私が知る中で、リナリーが一番魔法が上手なので」

「そ、そういっていただけるのは嬉しいのですが……私、誰かに魔法を教えたことなんてなくてですね……」

「大丈夫です。リナリーは教え方も上手なので」

 

 彼女が教え上手だというのは文字を教えてもらったときに実感している。これ以上ない魔法の師匠だ。

 

 とはいえ、無理強いはよくない。リナリーの反応があまり芳しくないのを見るに、やはり私の魔力量の少なさに気づいているのだろう。

 

 しかし私はこの数年で、自分なりに努力を重ねてきた。その成果をリナリーにぜひ見てほしい。

 

「無理にとは言いませんが……」

「い、いえいえそんな! 私で良ければぜひ教えさせてください!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 エルさまに声をかけられた私は、さぞ変な顔をしていただろう。

 男の人はほとんど魔法を使うことができない、という残酷な事実を伝えるべきか迷ったからだ。

 

 この世界の男の人は、女に比べ魔力量が極端に少ない。どれだけ修練を積んでも、ささいな生活魔法ならなんとか使えるようになるかどうかといったところだ。

 ましてや攻撃魔法や治癒魔法などを使える男など、私は見たことも聞いたこともない。

 

 どうやって伝えれば、傷つけずに済むだろうか。

 

 エルさまは、純粋な眼差しでこちらを見つめている。本当に魔法が好きでたまらないというのが、その目を見るだけでわかる。私にもそんな頃があったな、とふと懐かしい気持ちになる。

 

 しどろもどろになった私を慮ってくれているのか、その目には心配の色も浮かんでいた。

 

 だからこそ、私はついこう言ってしまったのだ。

 

「そ、それじゃあまずは、魔力を発現するところからやってみましょうか」

 

 その言葉を聞いて、エルさまの目が輝く。

 さっそく、エルさまは魔力をぐんぐんと練り上げていく。

 

 しかし、それだけのことで私は理解してしまった。

 エルさまの魔力量が、とても少ないことに。

 

「……すみません、エルさま、やっぱり——」

 

 やめにしましょうか、そう言いかけたときだった。

 

「……え?」

 

 私は異常な光景を目にした。

 

「見てくださいリナリー! こんなこともできるんですよ!」

 

 エルさまの手のひらの上には、魔力で作られた私の姿があった。 

 メイド服のシワまで完璧に、そして完全に再現された私だ。

 

「な、なんですかそれは……?」

「魔力で作ったリナリーです!」

 

 嬉しそうに言うエルさま。

 しかし私は、眼の前の光景が信じられなかった。

 

 ——ありえない。

 これほどまでの精密で緻密な魔力操作を、私は見たことがない。

 

 学園で私を教えてくれた先生たちも、こんな芸当は出来なかった。

 せいぜい手のひらに球を作ったり立方体を作ったり、その程度だ。

 

 私なんか、魔力をてのひらに留めておくことさえも難しいのに。

 

 ——もしかして、この子は天才かもしれない。

 それも、歴代最高の魔法使いと謳われたアルカ様に負けないくらい……いや、もしかしたら、それを超えるほどの……!

 

「リナリー? 大丈夫ですか?」

 

 心配そうに私を見つめるエルさまの手を掴んで、私は思わずこう叫んでいた。

 

「え、エルさまなら……もしかしたらユークリウス魔法学園へ入学できるかもしれません……!!」

 

 ユークリウス魔法学園。

 この国で——いや、世界でもっとも優秀な魔法学校。

 そしてもちろん、今まで()()()()()()()()()()()()()()()()

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