スリザリンの継承者と虚飾に満ちた英雄 作:魔法史編纂委員会
教授たちに倒される前に、と思いセラフィーナは全速力で地下室へ向かった。
ゔぁー、という声で居場所はすぐにわかる。
地下の女子トイレである。
(さぁて、どの呪文を試そうかしら)
そんな思考は生徒の金切り声のような悲鳴で中断された。
……さて、セラフィーナは自覚なく倫理観がぶっ壊れているのは確かだが、だからといって生徒がミンチになるのを笑いながら見ているほど人間をやめているわけでは全くない。寮関係なく、それは話が違う。彼女が遊ぶのはあくまで『おもちゃ』『雑魚敵』を相手にしたときであり、第三者に命の危険がないと判断したら面倒くさがるし平気で爆笑する、という話である。
そして、トロールはセラフィーナと比べるまでもなく弱いとはいえ、この瞬間では学友の命を狙う『強い敵』であり、
いま悲鳴をあげている生徒は力ある
(悲鳴!?中に生徒が!?)
飛び込むとトロールは棍棒を振り回してトイレの個室の壁をビスケットのようにバラバラにしていた。
「誰か!!助けて!!」
(この声は、グレンジャー?)
ハーマイオニーがなぜこんな場所にいるのかは分からなかったが、セラフィーナの脳は即断する。
(解剖実習は無し。可及的速やかに敵を排除して安全を確保するには──)
Avada Kedavra
トロールを探しに来たマクゴナガル教授とスネイプ教授、そしてクィレル教授の三人がトイレに駆け込むのと同時に、その場を緑の閃光が埋め尽くした。
◆ ◇ ◆
どさっ、という音ともにトロールが崩れ落ちた。
そして誰も言葉を発しない。壊れた水道から噴き出す水の音だけがこの場を支配していた。
(ふぅ。危険は排除。よかった。先に
たっぷり10秒は経った後、マクゴナガル教授が口を開いた。
「まぁ、なんということでしょう。どういうことか説明なさい」
どゆこと?うーん、と一瞬悩んでいると、ハーマイオニーが小さな声で答えた。
「あの……私は
セラフィーナはやってしまってから何と説明したらいいか頭をフル回転させていた。
ここに来るまでは遊びつつレアな『試料』を入手できる機会だと思ってそれしか考えていなかったのである。しかし、どうごまかしたら良いものか全く言い訳が思いつかず、どうしようもないので正直にぶっちゃけることにした。
「私はトロールと遊びたくてここに来ました。しかし、中から悲鳴が聞こえたので即応して殺処分した次第です」
再び沈黙が流れた。
再び10秒は経ってからマクゴナガル教授は再び口を開いた。
「とても愚かな行いです。もっとよく考えて行動してもらいたいものです、ミス・ゴーント。あなたには失望しました──スリザリンは15点減点です。全く判断力に欠けています。一体何を考えているのですか」
え、愚か?なんで、ちゃんと考えたよ?だってトロールなんて楽勝ですし、え、何に失望されたの、まって、説明ください──
──とはさすがに言えなかった。あまりに怒気がきつい。やっぱ殺してはいけなかったらしい。やばいかな、やばいよね、これ。
「あなたとはゆっくり話をする必要があるようですね。近いうち、校長室で話を聞くことになるでしょう。」
言い終わるとマクゴナガル教授はスネイプ教授とちらりと目を合わせた。
(待って、待って、そんな話聞いてない。え、どうしようどうしよう。困るんですけど)
そしてスネイプ教授が厳しい顔で続けた。
「マクゴナガル教授の言うとおりである。しかし、トロールを倒したその杖捌きそのものは評価し、10点やろう。それからミス・ゴーントには1週間の罰則を与える。放課後に研究室に来るように。今日のところは……いや、時間も遅い。明日の朝食後に来るように」
だめらしい。だめらしいが、今日は助かった。
スネイプ教授は厳しい表情を崩さず、なぜか足を引き摺りながら他の教授たちとトイレを出ていった。
◆ ◇ ◆
残された女子二人の間に沈黙が流れる。
そして、セラフィーナは真っ当な疑問を口にしかける。
「ここ、だいぶ大広間から遠いけど、あなたもトロール狩りに来た……わけじゃなさそうね。ごめん、なんでもない。忘れて頂戴」
口にしかけてから違うなとは思った。地雷踏んだかな、ま、いっか。
ハーマイオニーはそれを聞いて急に何かを思い出したようにぐずぐずと泣き出した。泣きつつ、律儀に答える。
「私……親切のつもりでクラスメイトに教えてあげたら……その口調を馬鹿にされて……」
セラフィーナは現実逃避気味にそれを聞く。
(ああ……何が起きたかはだいたい想像がつくわね)
「……私、そんなつもりじゃなかったのに……わたし、どうしたらよかったのかしら……」
ぐすっ……としゃくりあげるハーマイオニーに、セラフィーナは目をしっかりと合わせた。明日の事考えるより、"こっち"の方が地味に深刻かもしれない。どうせずっと籠ってたんでしょ。何言われたんだかは知らんが、遠目に見ていた最近の様子からしてもだいぶメンタルにきてるのは間違いない。
「ききたい?」
ハーマイオニーは頷いた。
セラフィーナは少しだけ思案し、それから口を開く。
「厳しいのと、甘いのどっちがいい?」
「うぇ…?ええと、じゃあ厳しい方で」
(あら、まぁいいか)
「あなたは自他の境界を引いた方がいいわね。はっきり言うと、誰もがあなたの知識や意見を必要としているわけじゃないの。それと、あなたは賢いから薄々気づいてるかもしれないけれど、あなたが思っているより周りの生徒は賢くないし向上心もないわよ。まぁそれをあなたにど正論で突き刺してる私もどうかとは思うんだけれど……。
それから、あなたが才能と知識に溢れていることはみんな十分わかっているから、それについては一旦満足したことにして自分の勉強に集中するといいわよ。誰かに褒めてもらいたいってことはすごく伝わってくるけどね……それは私がいっぱい褒めてあげるから」
10回くらい刺されてから縫合されたあとのような顔でハーマイオニーは頷きながら、うわあああん、と大声で泣き出した。
「よしよし……あなたはよくやっているわ……」
慰めつつ、現実逃避の自覚はある。どうすんの明日、あたし。誰かあたしのことも慰めてほしい。
◆ ◇ ◆
しばらく抱き合ったままひとしきり泣いたハーマイオニーは顔を真っ赤にして上目遣いでセラフィーナに言った。
「……あの、私とお友達になってくれない?」
セラフィーナは頭を掻いた。
「あーそれね……」
一瞬迷ったが、正直に伝えることにした。
「穢れた血、って言葉、知ってる?」
ハーマイオニーは首を振った。
「両親がマグルの魔法使いのことを蔑んで言う言葉なの。そして、それはスリザリンに多い、いわゆる『純血思想』の人間が使う言葉よ」
ハーマイオニーは顔色を変えてセラフィーナを拒否するように離れた。
セラフィーナはそんなハーマイオニーの肩を掴んで続ける。
「最後まで聞いて。私はその使い方は誤用で、間違ってると思ってる。本にもそれを裏付けることが書いてあったわ」
("間違ってるって思ってる"のはよくある倫理的に綺麗な信念じゃなくて、語義に対する疑義だけど、まぁいいか)
「私はスリザリンの末裔。だから他のスリザリン生の手前、あなたと仲の良い姿を人前に見せることはできない。二人きりなら……いいけど。それでもよければ」
正確には本の裏付けはまだ取れていない。というか忘れていた。おい。
が、セラフィーナもまた知的で読書が大好きな『対等』な友達に飢えていたのである。あと、この状況のストレスがキツすぎたのかもしれない。わからんけど。
ハーマイオニーは小さく頷いた。