スリザリンの継承者と虚飾に満ちた英雄 作:魔法史編纂委員会
目覚めてしまいました。
訓練室は死屍累々といった有様だった。
ウィゲンウェルド薬の空き瓶がそこら中に転がり、さっき執務室にいた警備課のメンバーが全員床に座り込んでぜいぜいと息を吐いている。一方でその中央に立つセラフィーナはピンピンしている。あー久々に暴れた暴れた。
肩をぐるりと回し、
「終わりにしましょうか、お互い、だいたい把握できたでしょう」
と言うと、課長のビクターが立ち上がった。若干足がぷるぷるしているのは見ないふり。
「ええ……なんと言いますか、想像していたよりもずっとお強くていらっしゃる……。我々も魔法警察官の中では別格に強いと自負していましたがとんでもない。思い知らされました。」
メンバー全員の目に尊敬の念が宿っていた。無理もない。
……平気で肩を飛び移り、壁を走り、股を抜け、前方宙返りしながら呪文を放って、背中に蹴りを入れると同時に、気づけばもう一人が制圧されている。
目が合ったと思ったら吹き飛ばされ、その一方で
◆ ◇ ◆
少し息が整って整列した彼らに、セラフィーナは手短に
「訓練は怠らないように。課題もあとで共有するわ。呪文のバリエーションを増やしましょう。盾の呪文の強度ももっと必要ね。それから動きが単調にならないように。棒立ちなんて以ての外。
あとは、全員予備の杖と武装解除避けのついたホルスターを購入するように。不意打ちで武装解除されても戦えるようにしないと──っと、それは私もか。
装備は経費で落としていいわ、予算に計上しておくので。あ、予算計画もあとで共有するわ。私は学校があるからあまり指導には入れないけれど、定期的に実施しましょう。今日は早めに退勤してゆっくり休むように」
「「「はっ!」」」
そして
「捜査官殿にィ……敬礼!」
びしり、と揃う。
セラフィーナは答礼しながら全員の顔を見回し、腕を下ろし、一声締める。
「それでは爾後の行動にかかれ。別れ!」
うん、みんな、お疲れさん。お風呂入ってね。
◆ ◇ ◆
セラフィーナは警備課の執務室を出て、許可証を携え同じフロアにある魔法不適正使用取締局に向かった。通常、卒業前の未成年魔法使いは学校の外で呪文を行使することを許されていない。通称『臭い』というシステムでそれを検知する仕組みがあるが、任務遂行のためそれの除外適用を受ける為である。
手続きが済むと、その足で今度は地下6階の魔法運輸部姿現しテストセンターに向かった。先ほど同様に前倒しで免許を得る為である。
試験は一発合格だった。お年を召した担当官のリビア・ナイトバーン氏はその精度に驚きながら許可証にサインして手渡した。12歳で合格は前代未聞らしいが、父親が"あの"上級次官と聞いて色々と遠い目で納得された。されちゃった。
ま、1/64インチ以下の精度で貧乏ゆすりと同じ感覚で転移できるあたしに今更試験とかいらんのだけど。でも免許は免許。
ちなみに従兄弟に披露したら動きがキモいと泣かれた。納得いかない。キモくないもん。
……いや、キモいか。
◆ ◇ ◆
セラフィーナは退庁するとダイアゴン横丁に向かった。2本目の杖を購入する為である。
オリバンダーは前と変わらず柔和な面持ちでセラフィーナを迎えた。
「これはこれは、ミス・ゴーント。本日はどのようなご用件ですかな?」
「いろいろあって、2本目の予備の杖を購入したく」
「……なんと、その歳でそのような依頼は初めてですな。かしこまりました。それではサイズを失礼──」
一年経って12歳になれば身体も成長する。……胸は成長しない。うるさい!!ぜったいゴーントの血の遺伝だわ。ほんとにもう。
「二本目となると前回を踏まえ……そうじゃ、それではこちらを。黒檀にドラゴンの琴線、23センチ。石のように硬く、振りごたえがある」
セラフィーナが受け取ると手が暖かくなるのを感じた。杖を振るとドラゴンのような青い炎が噴き出した。炎は螺旋を描きながら昇り、余韻を残して消えた。
「ブラボー、ブラボー。まさにこれがピッタリだろうと思ったのじゃ。貴方は戦いにおいて素晴らしい素質をお持ちじゃ。この杖は困難に直面してもそれを切り開く力がある。
ただし──どちらの杖も平等に大事に扱い、よくメンテナンスしてたまに魔力を通すことを忘れぬよう。杖が拗ねるからの」
セラフィーナは代金を支払い、店を出た。
◆ ◇ ◆
続いてセラフィーナは箒の専門店『高級クィディチ用具店』に向かった。クィディッチに参加する気はないが、2年生を迎え、持ち込みが可能となったからには良いものを手に入れておきたかった。なんなら仕事道具でもある。
──さすがに経費では落とさないが。
外では基本的には姿現し・くらましで移動できるが、ホグワーツ内部ではそれができない。
店の中に入り、ショーウィンドウの中に収められた箒を見る。小さな学生一人ということもあり店員は相手にしてこなかったが、彼女は店員を呼び止めた。
「コメットとニンバスの違いって実際どうですか?」
「ああ?学生か、忙しいんだが」
どう見ても忙しくはなさそうである。
「あ、そうですか。失礼しました。今日買って帰るつもりでしたが……他の店で探しますね」
イラっとした彼女は店を出ようとした。
「ちょちょちょ、ああ、大変失礼いたしました……申し訳ありません。解説させてください」
こういう扱いは初めてだったが、セラフィーナは一応足を止めた。まあ、わかるわよ。ざこはあんまり相手にしなさそうな店構えだもの。
「ええと、コメットシリーズは直進安定性に優れています。コーナリングもブレが少なく万人にお勧めできる箒でチェイサーやビーターに適しています。型番は頻繁にアップデートされ、着実に進化を遂げてきた安定志向の高い箒です。
ニンバスシリーズはそれに比べるとだいぶピーキーですが、よりアクロバティックで素早い動きができます。速度と機動性が業界随一でシーカー向きですね。しかし乗りこなすのは難易度が高いと言えます。今年"2001"という型番が発表されましたが、以前からかなりの人気を誇り、業界を二分しています」
的確な説明にセラフィーナは苛立ちを完全に忘れて質問を続けた。
「なるほど、他に良いものはありますか。とにかく飛び出しの加速に優れていて乗りやすく耐久性のあるものが良いです。少し乱暴に扱う可能性があるので。しかし、可能な限り最高速度も欲しいです。値段は度外視で結構ですわ」
「んー……失礼ですがご予算はいかほどで?」
「特には。もちろんそりゃ安いに越したことはありませんが、性能に納得できれば金額は度外視で構いません」
「そうですか……来年に発表予定の箒が頭ひとつ抜けた性能だという噂ですが、今お求めになるのですよね?」
「ええ」
「ですと……ひとつだけ心当たりはありますが、本当にご予算に上限はないんですね?あ、疑っているとかではなく……」
「はい、まぁ」
「1200ガリオンでも……?」
「さすがに手持ちは無いですが、下ろせば」
「おぉ……マジですか。ではエーテルウイング・クラフトワークスの『ミスリルアロー』を紹介させてください。だいぶ前に人気を博した『シルバーアロー』に携わっていた職人が新たにメーカーを立ち上げたものです。極めて厳選した素材で作られていて、条件を満たした材が手に入らないと生産が停止するほどのこだわりを持ったブランドです。」
「ふむふむ、詳しく聞かせてくださいな」
よさそう。その情報だけでかなり好き。気になるじゃないの。
「そうですね……まず、シャフトは金属用の加工機でないと歯が立たないほど極めて硬く頑丈なユスノキを利用していて最高速度を高めている上に安定していて、剛性が高いので旋回にも優れています。
特筆すべきは最高速度付近での挙動で、他の箒だと動きに少しずつブレが生じてくるのですがこの箒だけは公称最高速度の315km/hに達しても真っ直ぐ飛行します。ピーキーさとは対照的な乗り心地ですが、トップクラスのコーナリング速度を実現しています。
欠点らしい欠点は見当たりませんが、強いて申し上げるなら……性能を損なわない範囲で限界まで軽量化はしていますが、気乾比重が0.9と極めて重い木材を採用しているので箒自体の重量感
あ、それと、もう一つ欠点というか特徴というか……、強靭な体幹と筋力と魔力を要求します。並の腕力だとスピードが乗るとほとんど曲げられずに直進して激突しますし、魔力が足りなければろくに飛べもしません。
そして何よりも特徴的なのは杖メーカーの知見を取り込んで極細のドラゴンの心臓の琴線を尾の近くに埋め込んでいることでして、圧倒的な反応速度と最小旋回半径、そして魔力効率を実現しており、クィディッチでもドラッグレースでも耐久レースでも使用される、まさに別格と言える存在で、熟練者が操るとはっきり言って
あれ、今在庫あるよな?……先ほど申し上げたとおり並外れたこだわりを持って生産されている上に職人がたった一人で全工程を手作業で仕上げているので、在庫がなければ入荷待ちになります。予約も承っておりません。いつ入荷するかも全く分かりません。
──いえ、在庫あるはずなのですが、ここまで申し上げて在庫ないなんてことはありえな……
念の為、少々確認してまいります」
◆ ◇ ◆
バタバタと走っていった店員をぼんやり見送る。
あまり今まで関心を持っていなかったが、こうやって話を聞いてみると箒も面白いかも、とセラフィーナは考え始めていた。性能を並び立てられると多くの男子が夢中になるだけの魅力がある。ちゃんとある。初めてこうしてまじまじと陳列されているのを見ると、なんとも美しく所有欲をそそられるものがあった。
そして店員は息を切らし気味に戻ってきた。
「お待たせしました。ちゃんと在庫ありました。オーダーはかけているのですが不定期で滅多に入荷しない割に、現役のクィディチ選手などがいらっしゃるとすぐ売れてしまうのでお客様はたいへんラッキーでございます──
あ、煽りではなくてですね、
「試乗とかってできるのでしょうか」
「最高級グレードは基本的にはお断りしているのですが、ご購入を前提に着手金を頂戴した上でのご案内とさせて頂いております」
「なるほど、承知しました。まずは拝見できますか?」
「もちろんです」
店員は箱から箒を丁寧に取り出して台の上に乗せた。
「ほぅ……」
思わず声が漏れた。
紅鋼のような紅色を帯びた褐色の木目は美しい濃淡の縞模様。金属のごとき硬さを感じられる柄は丹念に磨き上げられ光り輝いていて、他の箒に比べて明らかに細い。これだけ細くしても十分な強度があるのだろう。尾の部分は美しい曲線を描いていて黄白色なのが可愛らしい。
優美なデザインだがなぜか力強さを感じさせるその見た目にセラフィーナは人生で初めて一目惚れの恋に落ちた。
今まで屋敷にあった古い箒も決して悪いものでは無いが、それとはとても比べ物にならないほどのインパクトがある。存在感があり、とにかく美しい。
(かーーーわいーーーー!!!テンション爆上げだわ、ちょっとクィディチにも興味出てきたくらいだもの。今まで良い箒に触れてこなかったから興味が湧かなかっただけかしらね……。もっと早く知りたかったわ。でもそしたらこの出会いはないか、あーもう最高!!!)
「試乗できますか!!!」
◆ ◇ ◆
店員に案内され、店の奥に向かった。ドアの向こうにはちょっとした試合ができそうな程の広大な空間が広がっている。
「
セラフィーナは箒に跨った。
まず跨っただけで違いがはっきりとわかった。絶妙なクッションが身体を安定させている。座り心地に一切の違和感がない。
空中に飛び出すとまるで前から蹴飛ばされたように身体が後ろに押し付けられるが、箒にかけられた魔法のおかげで身体は安定したままだ。
(何キロ出てるのかしら!?)
あっという間に壁が近づいてくる。というより、壁が
セラフィーナは柄をぐいと持ち上げた。確かに重い。が、彼女の腕力はそれを十分に振り回せる。いける。
次の瞬間、ぐるりと世界が反転し、骨が軋みそうなほどのすさまじい遠心力がセラフィーナの身体を箒に押し付けた。
(凄い凄い凄い!)
そのまま水平飛行に移って
続いて魔力を絞って意図的に失速状態に移行する。スピードが落ちてもなお不安定な様子が全くなく、そのまま滑らかに降下を始めた。
その状態から再び全開で加速し、今度は柄を引き上げたまま思い切り
(たーのしーー!!!!!)
そして急降下。そして床ギリギリで加速しながら箒が横向きになるほどの
そのまま
──箒がほとんど真横を向いたまま進行方向に加速する。
うーわ、やべえわ、
減速して曲げるんじゃない。
でも、楽しい。ちょー楽しい。語彙力?ないなった。
──箒、お買い上げである。
取り置きしてもらってグリンゴッツを全力ダッシュで往復して購入したセラフィーナは、家に着くまでついつい口の端がだらしなく緩むのが抑えきれなかった。
あ、姿現しできるって忘れてた。てへ。
ようこそ、箒沼へ。
セラの箒は、喩えるならアヴェンタドールSVJとでも言っておきましょうか。
四輪駆動にV12・6.5Lで770馬力という圧倒的なパワー。それを余すことなく地面に伝える極太タイヤに、それを支える強靭なアクティブサスペンション。
完璧なスタビリティコントロールにエアロベクタリングまで乗せて1.5トンに抑えた正真正銘のバケモノ。
外見は流線とエッジが両立して大気に牙を剥き、そしてなによりも美しい。
ピーキーで繊細なコントロールを要求する
来年発表予定の
細すぎて誰にも伝わらない……。オタク早口やめろ。