スリザリンの継承者と虚飾に満ちた英雄 作:魔法史編纂委員会
手洗い場がズレて開いた穴に飛び込み、先に進むとそこは荘厳な広間だった。
蛇の像が立ち並び、中央にはサラザール・スリザリンの彫刻らしきものがある。その前には池のようなものがあり、半身を突っ込んで巨大な蛇、バジリスクがとぐろを巻いていた。
「汝が真の継承者ならば睨んだりはせぬ。もそと近うよれ」
バジリスクは呑気な口調で言った。
「それはどうも。初めまして、バジリスクさん──目は合わせないけど気を悪くしないで頂戴な」
セラフィーナは恐れずにその前に立った。ん、可愛いじゃん。
「うむ。汝は──確かに我が主の血を引いておるな」
バジリスクはなにやら頷いている。
「早速だけど本題に。あなたは自分の意思で生徒を襲ったの?──あ、名前ある?なんて呼んだらいいかしら」
「我は自分の意思では動かぬ。最近起こされるまで寝ておったからな。──我のことはクレイグと呼べ。
「では誰かに命じられて?」
「うむ。とある若者の命で我は生徒を襲った。
(ん……?穢れた血?まさか──)
「
セラフィーナは目覚めの呪文を唱えた。魔力をしっかり篭めれば服従の呪文すら破ることが出来る。もっとも杖を介した手応えからいうと服従と言うよりは認知汚染の呪いという感じだが。ん、なんだか杖の調子がいい。
バジリスクは不快そうに頭を振ったあと驚いたように言った。
「なんと……」
「そうよ、貴方が襲ったのは『初代』。貴方は操られていたのよ。魔法を掛けたのは誰?」
「トム・リドルという生徒だ。今思えば
「あーやっぱりかぁ〜……」
「もっとも、今回は見た目が違っておったがな。何やら赤毛の小さな女子生徒に取り憑いておった。あれは純血だったな」
「また……?もう勘弁してほしいわ」
「穢れた血の分際で我を謀ったとは到底許せぬ。探し出してやはり八つ裂きに──」
バジリスクから強烈な殺気が立ち上った。並の人間なら失禁するほどである。が、
「取り憑いていたのでしょう、その生徒が死ぬからやめなさいな」
とセラフィーナはツッコんだ。一瞬で殺気は雲散する。
「む?そうか、そうだな。だがもし奴を見つけたら──」
「ええ、そこは私に任せて。とりあえずその生徒を探してみるわ。貴方はここで大人しくしてて頂戴。また詳しい話は今度」
「うむ、よかろう。
だが……問題がひとつある。
──いささか腹が減った。寝ておったとはいえ五十年間ほぼ何も口にしておらぬのだ。なにか食うものを所望する」
◆ ◇ ◆
禁じられた森で適当に調達して急いで戻る。
とりあえずでトロールやホダッグやディリコールなど、適当に狩った肉を3000ポンドほどぶちまけた。こんだけあれば足りるでしょ。
「む、仕事が早いな。一度にこれほどの馳走を食せるとは実に千年振りやもしれぬ。
すまぬ。主、名はなんといったか」モグモグ
……喜んでくれた。っていうか、懐かれた?
「セラフィーナ・ゴーントですわ」
「認識した。当代の主よ」
なんか、懐かれた。口から
◆ ◇ ◆
もぐもぐ、ごっくん。
「ときに、その杖、よく見せるがよい」
「んこれ?」
「……む。やはりな。これは我が牙を使ったものである」
「んぇ!?」
「おそらくは五十年前のものであるな」
そしてなにやら杖を睨みつけた。
「……よし。少しばかり奮起してやったので、これからはより一層その杖は主に尽くすであろう」
「え、なに、あんたリドルに牙もがれたの?サイテー……」
「否、金がないと言うので古くなって抜けたものをくれてやったのだ。我の牙は有用なのであろう?
あれからまた生えかわったゆえ、いくらか溜まっておる」
しっぽの先で示された一角には、牙が数十本以上。やば。
「え、いいの!?
──や、売りはしないわよあんたのソレを。お金には困ってないし……。
え待って、ひとつ聞いてもいい?」
「何なりと」
「
「いかにも。あれは
うわ、マジか。
え、じゃああたしのコレ、
あー、じゃあれか、リドルが小遣い欲しさにマーケットにばらまいた牙が流れ流れて若かりし頃のオリバンダー翁が買って、仕立てて、コレになったってことじゃん。やば。ほんとに縁だわ、マジで。
◆ ◇ ◆
興奮冷めやらぬまま、セラフィーナは寮に戻って短い眠りについた。ほとんど仮眠である。
それから彼女は聞き込みに徹した。対象は低学年の赤毛の女子生徒である。
通り魔のように適当な理由をつけて話しかけ、開心術を行使する。浅く読み取るだけでも十分なので、深入りはしない。ごめんね、緊急事態だから勘弁して。
赤毛の生徒の数は多くない。イギリス人全体で数%、スコットランド・アイルランドで少し多いがそれでも1割行くかどうか。
そしてついにその日の夕方、
「ねえ、ちょっと探し物をしているんだけど」
「えっ」
声をかけた相手はグリフィンドールの制服を着た小さな生徒。そばかすが浮いていて燃えるような赤毛だった。
セラフィーナは流れるように開心術を行使する。
(鶏……血文字……蛇語……ビンゴね)
「貴方、ちょっといいかしら」
周りにいた生徒たちがヒソヒソとこちらを見ている。
(
無言で混乱の呪いを掛けて注意を逸らすと彼らは首を傾げつつ歩き出す。
と同時に、赤毛の少女が脱兎のごとく逃げ出した。
(
足縛りの呪いを受けたその生徒はびたーんとその場に転んだ。
◆ ◇ ◆
(なぁるほどねぇ……日記かぁ)
日記は教科書と共に持ち歩いていたようだった。それを回収したセラフィーナは杖を振り上げた。
「
すると黒い影めいた気配がもがきながら胸から引きずり出され、宙で揺らめいたあとゆっくりと雲散した。高位の除霊呪文である。例によって闇の魔術だが。
(これでひとまずよしと。あとは落とし前をつけるだけね)
赤毛の少女の頭から引き抜いた『記憶』の小瓶と日記を片手に、セラフィーナはトイレを立ち去った。もちろん催眠は解除した。それはそう。
◆ ◇ ◆
(しっかしこれは思ったよりも特級呪物だわねぇ……)
セラフィーナはトランクの中に構築した執務室で深いため息を吐いた。
(意思疎通の出来る日記帳、そんな魔法数えるしかないわ。
しかも相手はトム・リドル。
日記に文字は書かずに杖で捏ねくり回して記憶を何度も見返した結果、出た結論は
(
そして幼い頃に読んだ……読んでしまったあの本を思い出す。
『魂の分割技法とその永劫性──不死なる精神探究録』より抜粋
(著:ロウェナ・レイブンクロー)
「世の凡愚は、“魂”を不可侵の神秘、分かち得ぬ聖域と信じて疑わぬ。それは彼らの貧相な想像力が、死を超克する術を見いだせぬが故だ。真に叡智を愛する者ならば、魂をひとかたまりの鉱石の如く捉えることがいかに下らぬ錯誤か、容易く見抜くであろう。
我が探究の果てにて、我は魂を分かち合う技法──分霊箱の創造法──に辿り着いた。その工程は、世に言う“大罪”と呼ばれる行為によって達成されると古来唱えられてきたが、なんと浅はかなことか。死を与えることなど、眠りを誘う子守歌にも等しい。死の呪い“アバダ・ケダブラ”は、苦痛の長き道程を省き、相手を速やかに永遠なる休息へと送り出す慈悲の子守唄である。魂を裂く行為は、宇宙の理に
分霊箱の
一部の愚者どもは、この行為を“最も忌まわしき闇術”と喚くが、それは目隠しをした旅人が崖の向こうを想像できぬようなものだ。魂の一部を守る器、つまり分霊箱は、知識を愛する精神を、如何なる破滅からも免れさせる慈悲深き避難所である。短い生に慣れきった凡夫には理解し難いだろうが、我々は永遠の観察者となり、世界の脈動を陶酔のまなざしで見つめ続けることができる。
かくして、己が魂を裂く行為は、愚迷なる倫理観に縛られた者への嘲笑として輝き出る。彼らは叫ぶだろう、“非道だ!”、“邪悪だ!”と。しかし、真理の把持には常に犠牲が伴う。我々が魂を裂き、未来永劫に知を求め続けるその在り方は、必然的な進化の一形態に他ならぬ。分霊箱の創造、それは叡智の頂を求める者への慈悲、そして、知の渇望を満たすための最も洗練された手段である。」
『
どうしたら、コレを読んだ人に負けないくらい強くなれますか。
──
その翌日から、父は
──そして、11歳になって、
セラフィーナはその記述を思い出しながら顔を顰めた。
(なるほど、なるほど。
けど、これで奴を滅せられる。今すぐ葬ってやりたいところだけどこれは貴重な証拠品。封印した上でまずは報告書ね……あぁ何徹すればいいかしら……)
彼女はこれからの仕事を思い一気にげっそりとした顔になった。