スリザリンの継承者と虚飾に満ちた英雄 作:魔法史編纂委員会
それを一晩で済ませたセラフィーナは深い深いため息をついた。
(はー、私の睡眠時間ってどこ行ったのかしら。今日はクィディッチの試合だし、とんだ大迷惑だわ。明日も事情聴取しなきゃだし、当分寝不足は確定的だし)
クィディッチの練習は去年から続けている研究活動を理由に適度にサボっていた。シーカーはいなくても練習になるし、補欠の選手もいる。キャプテンのマーカスは欠席初日から数回目までは文句を言ったが、セラフィーナの日毎にきつくなっていく、隠しきれない目の下の隈にむしろ同情していた。
(ま、切り替えていきましょ!)
セラフィーナはもはやマグルのエナドリ感覚で強力な目覚めの水薬を呷った。
◆ ◇ ◆
いよいよ時間が来た。セラフィーナにとってこれが初めてのクィディッチの試合である。
マルフォイ氏の好意でメンバーに買い与えられた箒もありスリザリンチームの士気は極めて高い。今回は正選手のシーカーもいる。負ける要素は見当たらなかった。
対するはハッフルパフ、ホグワーツでも屈指の若き優等生で、セラフィーナの部下でもあるセドリック・ディゴリーが率いている。もっともまだ仕事らしい仕事はあまり任せていないが。
ともあれスニッチ、ブラッジャーが放たれ、最後にフーチ教授がクアッフルを投げあげた。試合開始だ。
最初にボールを取ったのはスリザリンチームだった。箒の爆発的な加速は敵を寄せつけない。あっという間にフィールドを横切り、クルッと回ってボールを弾き飛ばす。先制点である。
その後ボールを取ったハッフルパフチームが攻撃を仕掛けるが、ブラッジャーと同時にスリザリンの選手ピュシーが襲いかかり、パスを途中で奪い取って逆襲を仕掛ける。
◆ ◇ ◆
セラフィーナはその様子を上空から俯瞰しながらスニッチを探す。スリザリンチームが6回目の得点を挙げたところで彼女はキラリと煌めく金の弾丸を見逃さなかった。
フルスピードで急降下し、小さな球を追いかける。遅れて気づいたセドリックが後に続くが、コメット260ではさすがにワールドカップ級の加速には追いすがることが出来ない。
右に左に揺れる球を追いかけ、セラフィーナはさらに加速する。急降下からの勢いはたやすく300km/hを超える。しかしスニッチは簡単に取れるほど甘い球種でもない。その鋭角な軌道は二人のシーカーを翻弄する。
球が突然止まり、セラフィーナは箒の柄を思い切り引き上げ、空中で
再び動き出した球を追い、セラフィーナはフルスロットルで加速した。蹴飛ばされたような
惜しいところでブラッジャーが砲弾のように飛んできた。セラフィーナは慌てて手を引っ込め、
──掴み取った。試合終了である。
スリザリンの応援団が湧き上がる。選手達が次々と着地し、セラフィーナの元に駆け寄った。
「よくやった、ゴーント」
キャプテンのマーカスが力強く背中を叩き、セラフィーナは咽せそうになってしまった。
「素晴らしかった。初参戦とは思えないよ」
セドリックが手を差し出した。
セラフィーナはそれを握り返した。
「先輩もさすがでした。ですが
人によっては煽りにも聞こえるだろうが、純粋な喜びから漏れたそのセリフにセドリックは苦笑した。
「
爽やかな笑顔で彼は言った。
「ええ、ありがとうございました」
今夜はお祭りだ。
◆ ◇ ◆
祝勝会の興奮も冷めやらぬ夜、セラフィーナは再び『秘密の部屋』に赴いた。事情聴取がてらのお茶会である。クレイグにはおつまみ感覚でオーグリーを提供し、自分は紅茶をしばく。
そして詳細を聞いた
「奴がそのようなことを……。彼は昔とは違うのだな。かつては一定の正義感があったようだが」
「正義感?」
「ああ。しかしあれは不幸な事故だった」
「事故?」
いよいよ初耳である。
「当時、我はホグワーツに持ち込まれた怪物を追っていた」
「怪物……?」
いや、あんたも分類上は立派な怪物だわ。まったくもう。
「持ち込まれたのはアクロマンチュラでな。我と奴は当時それを追っていた。
我は蜘蛛が大好物である。奴らは複眼で、視線に弱い。いわばその天敵であるからな、探すのもそう難しくなかった。
そしてある日の日暮れ、例によって放し飼いにされていた蜘蛛を追い回しておったのだが、すばしこくて中々捕まらのうて。そのままその日のところは諦めて帰ろうとしたところ、出入口のあのトイレに何者かがおる。あそこはどの教室からも遠く、生徒など来るはずもない。それが急にドアが開きなにやら呪文を放ってきたのに対して、疲れ切っていたからか、あるいは
……そして生徒は死亡し、我はこれ以上は到底活動できぬと再び眠りについたのだ」
(新聞にあったマートル・ワレンのことかしら。なんというか……そういうこと……なのね)
「その件で穢れた血に殺意はなかった?」
「む、当時の彼はそのような大それたことは考えておらなんだ。不覚にも我は思考の誘導で認識がすり替えられていたようだが……、奴はこの部屋を気に入っていたようだった。狩りがてらよく散歩に連れ出されたものである。今思えばあのような
(なるほど?)
「え、じゃあ前回の騒動ではあんたは例の生徒を事故死させてしまった件以外は生徒を襲っていない?の?」
「いかにも」
「……でも何人か襲われたって。。」
「例の
飼い主の生徒は"コラ、ダメだアラゴグぅ"といった程度の態度でのう。我も事故を起こしてしまう程度には本気で追っておったものだ。あの個体に理性などなかった。一刻も早く殺さねばと。
──旨そうであったのも事実ではあるが」
(なる、ほど……)
「じゃあ今回は?あなた生徒襲ったのよね。思考誘導はあるとはいえ」
「いかにも。……継承者からの命令は絶対である上に、"初代"を穢れた血と思い込まされた上で、"襲え"と命じられていた故にな」
「にしては被害少なかったような」
「うむ、ポッターという生徒を釣り出すために"適度に襲え"と命じられておったからな、なるべく生徒を殺さぬよう間接的に睨みつけるようにしておった。本当は護るべき生徒を襲うなどやりとうなかったが、かなり強く忌避感を打ち消すように誘導されておった……ように思う」
「まって、まって、え、なに、ぜんぶ死亡事故を避けるために調整してたってこと!?」
「いかにも。真面目に考えてみよ、我が本気で生徒を襲う気なら夕食の大広間に行くに決まっておろう」
セラフィーナは想像する。
──夕食。ドアが開く。クレイグが『やあ』と言わんばかりに振り返った生徒を睨みつける。
そして運良く目を合わせずに済んだ生徒を片端から牙で……
「う゛わ゛……えっっぐ」
「そういうことである」
「あんた、よくやったわ。よく耐えたわ。
──えらい。ほんとえらい」
「始祖の遺言を守るのは当たり前なのである」
「ん」
「私亡きあとも生徒を護っておくれ、とな」
「……なぁるほどね。。」
「ところであんたあたしと出会ったときかなり物騒なこと口走ってたけど」
殺してやる、引き裂いてやる、だっけ?うん。
「あれか。あの時は調子がよく思考誘導が薄かったのと、たいへんに空腹であったので、そのようなことを命じる
「あーそゆこと!?」
「しかしそれも主が解決したので特に思うところはないのである」
「はいはい、だいたい解決したか、じゃあ」
「うむ」
「いや待って、解決してねぇわ。結局そのアクロマンチュラはどうなったの」
「む。今も禁じられた森にでもいるのではないか?
あぁ、思い出したら食したくなってきた。主よ、見つけ出してぜひその肉を……その。我が狩りに行っても逃げられてしまうのだ。奴は逃げ足が速い。
それに、我が森に向こうたら
「あー、あんま期待しないでね?」
(うわーあんな広い森でたった1個体探すとかしんど。まあ大人しくしてるならいいっちゃいいけどさ……)
◆ ◇ ◆
その足でセラフィーナは禁じられた森へ向かった。手がかりもなしに難しいかと思われたが、覚醒した蛇の王を恐れた蜘蛛が列をなして逃げ出しており、追いかけるのは簡単だった。
そして彼女はアクロマンチュラのコロニーに足を踏み入れてしまった。
一斉に大小様々の蜘蛛が襲いかかり、糸が飛んでくる。
「
最大出力の盾の呪文で時間を稼ぎ、愛用の箒で逃げ出す。
(無理無理無理!1対1ならともかくあの数を
その夜、セラフィーナはものすごい勢いで報告書を書き、即座に送った。
◆ ◇ ◆
報告書を送って居眠りで待機しているとすぐにガウェインから連絡が入った。
「ゴーントです」
「ご苦労。細かいことは抜きだ。
単刀直入に聞く。蜘蛛のコロニーは今すぐ駆除すべきか?」
「政治が許容するなら、ですかね。
バジリスクの件を踏まえると、アレが睨みを利かせているため蜘蛛は学校には到底寄りつくことはできない"と思う"とのことですが……」
「なるほど。今まで事故がなかったのもそれか」
「はい。しかし責任は持てませんし、
──つまり、原則論に立ち返れば今すぐ学校を閉鎖して徹底的な駆除を行うべきです。例の
「……文字通り洒落にならんな」
「はい。しかし、経験論で言えば"たぶん"明日を明後日に引き伸ばしても
「なるほど。しかし、君が"死にかけた"となるとウチの警備課や闇祓いでも対処できると思えんが……」
あーそれね……。
「あの、あー、言葉足りてませんでした。
あれは、
「ん?」
「つまり、死の呪いで弾幕を張るとか、悪霊の炎で森の区画ごと焼き払うとか、
「あーーー。理解した。それだと話変わるな。
……要は人手の問題か」
「はい、さっきは
「なるほど理解した。君の見立てで構わん。魔法省の現有戦力で駆除は可能か。損耗の予測もほしい」
セラフィーナは即答する。
「可能でしょう。損耗は……実力不足が混じっていたら数人の死傷者は
「よろしい。となれば確かに政治の問題だな」
「はい。ホグワーツ閉鎖、公表のタイミング、
「なるほど、私の一存では判断できかねる。
「承知しました」
「それまでに万が一があれば、
「はっ」
「では、切るぞ。いや、この状況でろくに寝られんと思うから命令しておく。朝まで寝ていい。いや、寝ろ」
「はい、
「そうしろ。では」
うん、ほんとにありがたい。アレが森にいるなんて
……でもいざって時にあたしが寝不足な方が問題か。おやすみ。命令いただけたから心置きなくちゃんと寝れる。
◆ ◇ ◆
「はぁ!?!?」
翌朝、機密と赤い印のついた出元不明のレポートを読んだ魔法生物規制管理部・危険生物対応課のエイモス・ディゴリーは絶叫したあと、報告書を手に持ち、椅子に倒れ込んで微動だにしない。
いつも冷静沈着でお茶目な課長の取り乱した姿に部下は驚いて声をかける。
「どうしました、課長」
「……くろ……ちゅら……」
「ええと、は?」
「……。」
「あの、課長?」
エイモスは目を剥いて叫んだ。
「アクロマンチュラだ!しかもホグワーツの禁じられた森だ!
執務室は大混乱に陥った。
◆ ◇ ◆
速やかに学校は閉鎖され、早めのクリスマス休暇ということになった。タイミングが良かったのは幸いである。
そして魔法生物規制課はもちろん、闇祓いと魔法警察が総動員されてコロニーの討伐に出発した。そこには警備課はもちろん、ポリジュース薬を服用して潜り込んだセラフィーナの姿もあった。
しかし森は極めて広大。一定間隔で森に分け入って一匹も逃さぬフォーメーションで徐々に間隔を狭めていく。幸い、普通の蜘蛛ならともかくアクロマンチュラは幼体でも大型犬くらいのサイズはあるため見逃す確率は低い。そしてその生態はコロニーを作って狩り以外では基本的に引きこもっている。一網打尽にすること自体は可能であるかと思われた。
狩りに出ていた十数匹の蜘蛛を処分した後、やがて一行はコロニーにたどり着いた。討伐隊のメンバーはごくりと唾を飲む。
魔法警察のメンバーは遠巻きにして逃げ出す蜘蛛を阻止する。空中を飛ぶ蜘蛛も見逃さない。そして、戦闘のエキスパートである闇祓いを中心にした選抜隊が斬りこんで蜘蛛を駆除していく。同士討ちには十分注意しつつ、呪文はアレが使われた。
──そう、アレである。
「「
他に手は無い。麻痺させても後で殺処分しなければいけないし、手足をもぐ位なら一思いに殺してやった方がいいし反撃されることを考えれば逆に安全である。
膨大な魔力と引き換えに恐るべき毒蜘蛛は徐々に数を減らしていった。
そして動くものがほかに無くなった時、彼らはがっくりと膝を着くものが多数だった。
「怪我がある者は無いか!まだやれるな!」
闇祓い局の局長であるルーファス・スクリムジョールがメンバーを鼓舞する。
「これからは魔法警察組はここで待機し巣に戻ってくる残党がいたら狩れ。我々は二人一組で捜索する。
動く物は全て撃て……と言いたいが、判別できないなら無理はするな。
──よいか、ホグワーツ生の恒久的な安全確保が最優先である!!」
「「「はっ!」」」
この後もしばしば蜘蛛の残党がケンタウルスから報告され、魔法生物規制課は頭を抱えることになる。