スリザリンの継承者と虚飾に満ちた英雄 作:魔法史編纂委員会
夏休みは飛ぶように過ぎていった。
セラフィーナは警備課をしごいたり、部下ふたりとミーティングを重ねたり、資料を求めに本屋をさまよったり、グレンジャー家を招待したりと相変わらず多忙な毎日を過ごした。
まず警備課である。夏休みの終わり、つまり集中訓練期間の終了を目の前にして、セラフィーナは訓示を垂れていた。
彼女は両手を腰に当てながら、少し笑みを浮かべつつも鋭い視線を全員に向けている。
「さて、みんな、ちょっとだけ耳を貸して頂戴。まずは言わせてもらうわ。
よくやってる。本当に、よくやってる。 最近の訓練の成果は見ててハッキリ分かるわよ。動きが格段に速くなってる。呪文の発動速度、バリエーションの使い分け、状況に応じた選択の的確さ。最初は一つの呪文を使い続ける癖が目立ってたけど、今は複数の呪文を状況に応じて即座に切り替えられるようになってる。これこそ、実戦に必要な『柔軟性』ってやつよ」
警備課のメンバーは少し誇らしげに笑みを浮かべた。
「でも、それだけじゃないわ。特に評価したいのは、危機対応の的確さね。先週の模擬訓練、覚えてるでしょ? あの『不意の奇襲』に対して、誰一人パニックを起こさなかった。焦りを見せたメンバーは一人もいなかった。特に、バックアップの動きが素晴らしかった。ある者は援護に回り、ある者は被害者の保護を優先し、しっかり誰が何をするかが分かっていた。
それでいて、
あれはえぐかったです、と全員の顔に書いてあった。しらんがな。ちゃんと後で対人使用の報告は上げたけど。自分も人間だから。ガウェインにはめちゃめちゃ呆れられたが。
ここでセラフィーナは笑みを消した。
「けどね、喜ぶのはまだ早い。シリウス・ブラックが脱獄したのは知ってるわね? これが何を意味するか、分かってると思うけど……一応言っとくわ。奴はどこにでも現れるし、何をするか分からない。可能性はゼロじゃないと考えるのが、プロの仕事よ。 『ここは大丈夫』なんて考えが一番危険だってことは、わざわざ説明しなくても分かるでしょ?」
警備課メンバーは一気に真面目な顔になった。
「今、魔法界はざわついてる。誰もが不安だし、誰もが怯えてる。けど、私たちは違う。貴方たちは警備課。いつだって、誰よりも冷静でなきゃいけない。奴がどんな手を使おうと、どんなに手強かろうと、私たちは最悪の事態を想定して、最善の準備をするだけ。分かるわよね?」
セラフィーナは肩を竦めた。
「ま、心配しすぎることはないわ。ここまで鍛え上げた貴方たちなら大丈夫よ。呪文の精度も対応力も、戦うチームとしての動きも、全部しっかり仕上がってきてる。 それは、私が一番よく分かってる。だからこそ、最後にこれだけは言わせてもらうわ。慢心しないこと。一瞬でも気を抜けば、そこを突かれる。それは相手がシリウス・ブラックでも、ただの物音でも同じ。油断した瞬間が命取りになる。だからこそ、完璧を求めることなかれ。張り詰めていたら逆に気が緩む瞬間が出てくるから。代わりに常に準備しておくことを求めなさい」
セラフィーナは腕を組んで警備課を見渡した。
「よし。これで訓示は終わり。あとは動くだけ。私からの指示は一つだけ。繰り返しになるけど『気を抜かないこと』。貴方たちの動きが良くなってきてるのは分かってるけど、敵も同じように進化していると考えるのよ。シリウス・ブラックはただの脱獄囚じゃない。たった一つの呪文で13人も殺したとびきりの犯罪者よ。だけど、奴の動きがどんなに速かろうと、私たちはそれを上回る速さで動く。それだけの話。いいわね!」
「「「了解!」」」
気合いの籠った返事だった。腑抜けた返事をするメンバーがいたらぶっ飛ばすところだが、そんな者はここにはいない。背筋を伸ばし、全員が鋭い目つきに覚悟を宿していた。
◆ ◇ ◆
警備企画課の部下ふたり、つまりセドリックとジェマとは少し趣向の違う試みもした。
様々な価値観が書かれているカードを使ったゲームのようなものである。参加者は5枚のカードを手に持ち、山札から順に引いて、最も自分から遠いと感じるカードを選んで捨てる。山札ではなく他人が捨てたカードを引くことも出来る。そしてカードが無くなるまでそれを繰り返し、他のメンバーの捨て札や最後に残ったカードを見て互いの価値観を理解する、というものである。
今回のお題は「人生における価値観」とした。
「『知性』を捨てた!?」
などといったやり取りは爆笑ものである。
……が、同時に冷えもする。
セラが躊躇なく『家族』を捨てたときなどがそうだった。実際、父が自らの判断で命と引換えに何かを成すなら──
──考えたくはないが、それは、きっと、そういうことなのだ。それは後で泣けば良い。そうなりたくはないが。ほんとうに。
カードが無くなった時、セラフィーナのカードは以下のようになっていた。
『忍耐』『感性』『向上心』『知識』『知性』
「あー、ぽいですねぇ……」
「納得です」
セドリックは次のようなカードだった。
『誠実』『率直』『優しさ』『公平』『友情』
「滲み出てるわねぇ〜」
「さすが」
皆は大きく頷いた。本人も納得している。
ジェマは、
『挑戦』『違いをつくる』『自由』『変化』『冷静』
だった。
「あー、分かる分かる」
「いつも落ち着いてますもんね」
そしてセラフィーナが締めた。
「捨て札も含めてだいぶお互いの理解が深まったでしょう。もちろん仕事ではまた変わってくると思うけど、互いの大事にしている価値観を尊重し、一丸となって任務に取り組んでいきましょう!」
「「はい」」
こちらもいい返事だった。
「しかし面白かったわねぇ……」
「ジェマが『愛』を捨てた時は爆笑しましたよ」
「そりゃ、要らないわけじゃないけど……」
「ところでジェマさん、こないだ彼氏できたって……」
「大事にしてあげなさいよ〜せんぱい」
「もう!そんなんじゃないってば!」
「わかってますよ」「平和でありたいものですね、ほんとに……」
警備企画課は仕事モードの時はピリッとしつつも、だいぶ仲が深まっていた。
◆ ◇ ◆
グレンジャー家の来訪はつつがなく終わった。
あまりセラフィーナの家は魔法魔法していない。
親は親同士で優雅に接待し、子供同士は部屋で本や資料を眺めながら談義に明け暮れた。
「……そんなわけで盾の呪文は構造を意識して杖を振ることで強度が上がるの」
「なるほどね!」
「ハーミィ、そろそろお暇するわよ〜」
楽しい時間はあっという間である。母同士の会話は恐ろしいほど盛り上がったらしい。どんな余計なことまで話したのか子供たちは少し怖い。
セラフィーナの父ギャレットもどんな魔法を使ったのか仕事は片付けてきて、父どうしで盛り上がったようだ。なんでも魔法界とマグルの教育について、とか。
ハーマイオニーは後ろ髪を引かれる思いでセラフィーナの家を後にした。
「また学校でね!」
セラフィーナは『今年は暇だといいな』と強く願った。