スリザリンの継承者と虚飾に満ちた英雄 作:魔法史編纂委員会
新入生歓迎会の翌朝、朝食を終えたセラフィーナはスネイプ教授に呼び止められた。
ついていった先の地下の研究室に入り、教授はドアを閉めた。
「ミス・ゴーント、君は全ての選択科目を希望していたな」
「はい」
(おっ?)
「ホグワーツでは知を探求する者にはその手段が与えられる。これは
「ありがとうございます」
スネイプ教授は声を潜めた。
「ここだけの話だがな、これを君に貸与するにあたって校長が激しく難色を示した。曰く、そんなものを与えたら何をするかわからん、と。しかしミス・グレンジャーにも貸与することになり不公平であると我輩が強硬に主張してもぎ取ったものである。ひとつでも問題を起こせば没収となるだろう。授業態度も同様である。繰り返しになるがくれぐれも注意して扱うように」
「それは……本当にありがとう存じます」
「教育委員会も巻き込んでいる。マクゴナガル教授もこの件については後押しをしてくれた。魔法省と嫌になるくらいのやり取りを経て貸与の許可が下りたものだ。それらの好意をよく受け止めるのだ」
セラフィーナは深々とお辞儀をした。
「感謝します」
(
スネイプ教授はいつも以上に厳しい顔つきで続けた。
「うむ。それで注意だが、絶対に人に見られるな。自分自身もだ。それが偽物なのか判断できんし、」
「タイムパラドックス……」
「左様。最悪、君自身や周りの人間が消滅するリスクすら孕んだ極めて危険な代物だ。それから、時間に深刻な影響を与えずに遡行出来るのは5時間が限界という結論が出されている。それ以上は元の時空に戻って来れない、突然別の時空に飛んでしまうなどの恐ろしい結末を迎える可能性がある。また精神にも影響が確認されている。定期的に我輩の研究室に顔を合わせて面談を実施するように」
「お茶会ですね!」
「うむ……まあそうだな。去年度は何やら忙しそうだったからな。
なお、現在に戻る機能は無いので戻った分だけ余計に歳をとることになる。以上を踏まえ、同時に授業を受ける目的以外では絶対に使用するな。リストアップしておいたのでこれらの法律を読み、来週までに要約と注意をレポートにして提出するように。
使い方はシンプルだ。チェーンを首にかけ、砂時計の部分をひっくり返す。1回で1時間戻る。
本当であれば一日かけて説明したいところだが、魔法省から回ってきたこの資料にまずはしっかり目を通しておけ。隣の空き教室で試しに1時間分回してみるが良い」
セラフィーナはお辞儀をして退出した。
(さ、今夜は解体研究タイムねっ!)
話聞いてた?いや聞いたうえでだ。さいてー。
◆ ◇ ◆
三年生最初の授業はマグル学だった。
教室にはベタベタとマグル製品のポスターが貼られている。
セラフィーナはどんな授業になるのかと期待していると、担当のチャリティ・バーベッジ教授はうきうきした調子で語り出した。
「さあ、皆さん!今日はマグルの世界への素晴らしい旅に出かける最初の一歩です。マグルの世界は、私たち魔法使いとは『少しだけ違う』生き方をしていますが、その違いこそが学ぶべき価値なのです!さあ、まずはこれを見てください」
教授は机の上に電気ケトルをどんと置いた。生徒たちは無言のままそれを見つめていた。
「これが、マグルの『魔法の壺』です。彼らはこの道具を使って水を一瞬で沸騰させます。火も使わず、呪文も不要!なんと驚くべき発明でしょう」
あちゃー、とセラフィーナは期待が失望に裏返るのを感じた。
(それ、電気ケトル。ただの電気ケトルよ。魔法の壺て。ていうか、『一瞬で』って……。何分か掛かるでしょうに)
「彼らは、『エレクトリシティ』という目に見えない力を操ることで、この壺を作動させます。魔法を使わないのにどうやっているのか、皆さん気になりますよね? では質問です。『エレクトリシティ』とは何でしょう?」
教室内はシーンと静まり返った。誰も答えない。教授は生徒の目を一人ひとり見回すが、セラフィーナは絶対に視線を合わせないようにした。
物質の電荷と電磁場に関わる現象の総称で、ケトルでは電位差によって導体内に電流を生じさせ、抵抗体のジュール熱を水へ伝えています……なんて、この空気で言えるわけがない。授業破壊の趣味はないのである。
「……正解は、空中に流れる不可視の力です!マグルはこの力を集め、金属の線を使って移動させるのです!信じられませんよね? 私も最初は嘘だと思いました。金属の線で『力』を動かすだなんて、まるで呪文のようでしょう?」
(間違っちゃいないけど……。素粒子とか電荷とか『4つの力』の電磁気力とか、もっと、こう……)
そして教授は満足そうに掃除機をドンと机に置いて続けた。
「次はこちら!空気を食べる箱です。マグルはこの道具を使って、家中の空気を吸い取ってこの箱の中に閉じ込めるのです」
(……掃除機でしょーが。空気を食べる箱?だめねこりゃ)
「これを見たとき、私は『マグルは空気を食べる生物かもしれない』と本気で思いましたよ」
(思うな!)
授業は続いた。トースターが火を噴く箱と紹介されたあたりでセラフィーナは授業に対して完全に興味を失った。
(え?ホグワーツの教授でこのレベル?魔法界やばない?無能じゃないんだからさ。そりゃ偏見無くならないわけだわ、昔の父上を思い出すわね)
「……来週は、『マグルが使う自動で動く馬車』について学びます!彼らは動物の力を借りずに動かしているんですよ!」
生徒たちは一斉にノートを片付け始めた。
セラフィーナは疲れた表情で、頬杖を外した。
(マグルと馴れ合う気は無いけどこれはないわー。どうしたもんかしら……。まずはマグルの学校のカリキュラム調べるところからかしらね……)
◆ ◇ ◆
続いて出席したのは占い学の授業である。屋根裏部屋のような教室はいかにも胡散臭い内装であった。雑然と紅茶や占いのアイテムが置かれ、シェリー酒や紅茶やムスク系のお香の香りがむんむんと香っている。椅子は肘掛ソファやふかふかの丸椅子で、丸テーブルと共に置かれている。
──ただ、胡散臭い。この上なく。
「この
霧の中から聞こえるようなか細い声でシビル・トレローニ教授による授業が始まった。
「……みなさまがお選びになったのは『占い学』。魔法の学問でも最も難しいものですわ。はじめにお断りしておきましょう。『眼力』の備わっていない方には、あたくしがお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では書物はあるところまでしか教えてくれませんの……」
セラフィーナは然り、と頷いた。
彼女はタロット占いが好きで、判断に迷った時などしばしば試してみることがある。引けるな、と思った時はいいカードが来るし、ダメだろうなと思いながら引くと微妙な結果や悪い結果が出るものだ。解釈のマニュアルはあるが、実際には引き手の考えに委ねられる。悪い結果はあまり真正面から受け止めすぎずに良い解釈をすることで回避できることがある。肝心なのは理詰めで考えないことだ。
理屈屋に見えて案外感情で反応するセラフィーナにとって占いはとても興味深い学問だった。興味深いというか、好き。感性が全てだし。胡散臭い?上等。そんなもんでしょ、占いって。それが、いい。
授業は進む。
「……『未来の霧を晴らす』の5、6ページを見て、葉の模様を読みましょう。あたくしはみなさまの中に移動して、お助けしたりお教えしたりいたしますわ」
実習課題は飲んだ後カップに残ったお茶の葉の形を見る占いだった。セラフィーナはやったことが無かったので嬉々として取り組んだ。
(カップの底に蛇、それから山、かな)
本の知識を参照しながらぼんやりとイメージに没入していく。
(自分を狙う敵の存在……そして試練、障害、乗り越えるべき問題、ってところかしら。敵ねぇ……)
ふと爺の顔が頭に浮かんだ。
占いの最中にぼーっと浮かぶイメージは当たることが多い。
(まあ敵よね。どこかで杖を交えることになるのかしら)
そんなことを考えていると教授が自分のテーブルにやってきた。
「あたくしが見てみましょう……」
セラフィーナはカップを差し出した。
「まあ、あなたは大変な運命をお持ちですわね」
教授は可哀想なものを見る目でセラフィーナを見つめた。
「そのようですね、敵と障害が迫ってくるのを感じます」
すると教授は大きな目で何かを見透かすように言った。
「あなたは良い『目』をお持ちね……幸運をお祈りいたしますわ」
「恐縮です」
セラフィーナは悪い気はしなかった。