世界平和監視機構コンパス特務顧問「クライ・アンドリヒ」 作:isizu8
コズミック・イラが誇る二人のエースパイロット、シン・アスカとアスラン・ザラ。彼らは今、コンパス本部近くの目立たない大衆居酒屋の個室にいました。テーブルの上には、焼き鳥の盛り合わせと生ビール。防諜用のジャミング装置を起動したのを確認し、シンがジョッキを叩きつけるように置いて言いました。
「……もう限界っすよアスラン。俺、いつまであの人の泣き言を『神の啓示』に翻訳し続けなきゃいけないんですか!?」
「声を落とせ、シン。……気持ちは痛いほど分かる。だが、今のコンパスはあのクライ・アンドリヒという『巨大な勘違いの神輿』の上で、奇跡的なバランスを保っているんだ。俺たちが真実をバラしたら、すべてが崩壊する」
「それは分かってますよ! でも昨日なんて、クライさんが部屋で漫画読みながら『あー、もう全部ティノがやってくんないかなー、僕ずっとベッドから出たくないわー』ってゴロゴロしてただけなのに、それを小耳に挟んだキラさんが何て言ったと思います!?」
「……嫌な予感しかしないな。キラはなんと?」
「『そうか……クライさんは、僕たち次世代の若者(ティノ)が自立し、彼のような先達に頼らずとも世界を動かせるようになる未来を望んでいるんだ。僕がいつまでも現場でコックピットという名のベッドにしがみついていてはいけないんだね』って、めちゃくちゃ悲壮な決意を固めてたんですよ!!」
「…………」
危険な鬱状態と引き換えに重度のボケキャラになってしまった親友の姿に思わず頭を抱えるアスラン。
「キラ、お前本当にどうしちまったんだ……。いや、元々あいつは繊細で深読みしすぎる悪癖があったが、アコードとの戦い以降、クライの『完全に空白の思考』を深淵か何かと勘違いして、完全に信仰の域に達してしまっているな……」
「そうなんですよ! キラさん、最近メンタルが安定してるのはいいんですけど、その安定の理由が『クライさんという絶対的な正解が後ろに控えているから』なんです。もしクライさんがただの、剣も握れない、MSの操縦もできない、運がいいだけの一般人だって知ったら、キラさん今度こそ本当に潰れますよ!」
「ああ。ラクスもラクスだ。クライがただ現実逃避で『あっちの角、なんか薄暗くて怖いから行きたくない』と言ったのを、『直感で伏兵の存在を察知した』と解釈して、オーブ軍の配置を総入れ替えしたからな……結果的にそこに本当にファウンデーションの残党が潜伏していて一網打尽にできたのが、さらにタチが悪い」
追加の注文を取り、お互いにため息を吐いた後二人は話を続けます。
「あの人の強運、マジでバグってますよね。シュラの時だって、ただ怯えて投げた煙玉が、なんであいつの脳をダイレクトに焼く成分だったんだよって話ですし。……あ、そういえばアスラン、そのシュラなんですけど」
ジョッキを置いて「どうした?」とアスランが問う。
「拘留尋問で、ずっと『クライ・アンドリヒの背後に、最強の剣士と、絶対に破れない盾の幻影を見た……さらには自分を死ぬほど罵倒してくる二人の女の幻聴も聞こえるって。奴らは生身で世界を滅ぼせる』ってうわ言みたいに繰り返してて、完全に精神病んでるらしいっすよ」
「……。クライがただ怯えて、元の世界のヤバい知り合いのトラウマを脳内でフラッシュバックさせていただけなのに、アコードの読心能力がそれをダイレクトに受信して自爆した……というところか。本当に恐ろしい男だ。本人の戦闘力が民間人にも劣るレベルなのに、周囲に与える精神的デバフが強すぎる」
「だから俺たちでコントロールするしかないんですよ。キラさんのメンタルケアのためにも、クライ顧問には定期的に『それっぽい中身のないセリフ』を言ってもらって、俺たちがそれを適当にそれっぽい戦術論に翻訳してキラさんに伝える。これしかないっす」
「よし、役割分担を決めよう。シン、お前はキラの護衛兼、クライの『愚痴の翻訳係』だ。クライが『もう嫌だ、逃げたい』と言ったら、お前が『顧問は我々に、敵の裏をかく電撃的撤退戦を求めておられる!』と叫んでキラを誘導しろ」
シンは力強く頷きました。
「そして俺は裏工作に回る。クライが適当に歩き回って、偶然見つけてしまうであろう敵のトラップや暗殺計画を、あいつが気づく前に先回りしてすべて排除する。クライは常に『何も起きなかった、世界は平和だな』と思ってのんきにしていてもらわねば困る。あいつが本当にパニックを起こしてコンパスを辞職されたら、キラの精神が持たん」
ここに、かつてコズミック・イラの世界において時に反発し合い、時に対立した2人の同盟が結成されたのでした……。
「……俺たち、何のためにモビルスーツ乗って戦ってるんでしょうね……」
「……平和のためだ、シン。たとえその平和の象徴が、何も考えてないやつだったとしてもな」
二人は静かにジョッキを合わせ、コズミック・イラの未来(と、重すぎる隊長のメンタル)を背負って、夜更けまで愚痴という名の作戦会議を続けるのでした。