暗い部屋。
薬品の匂いが鼻をつく。
「……ここは」
ニニャはゆっくりと目を開けた。
天井は見たことのない石造り。
体の下には冷たい金属製の台。
「わ、わたし……」
記憶がよみがえる。
仲間たち。
漆黒の剣。
そして。
クレマンティーヌ。
「みんな……!」
勢いよく身を起こした。
自分の服がなくなっていることに気づき、慌てて近くに掛けられていた白い布を身体に巻きつける。
「な、なにが起きたの……」
震える足で床へ降り立つ。
石床の冷たさが現実を突きつけた。
部屋の隅には大きな姿見。
恐る恐る近づき、自分の姿を映す。
「……え?」
右目はいつものまま。
だが。
左目だけが違う。
黒い強膜。
紅く光る瞳。
獣を思わせる異様な眼。
「ひっ……!」
思わず後ずさる。
「これ……わたしの目?」
指先で触れる。
痛みはない。
だが鏡に映るそれは、もはや人間のものには見えなかった。
その時。
部屋の扉が静かに開く。
「おや」
落ち着いた男の声。
「目覚めたようですね」
入ってきたのは、仕立ての良いスーツに身を包んだ男。
銀縁眼鏡。
整った顔立ち。
しかし。
耳は長く尖り。
腰からは一本の尻尾が揺れている。
人間ではない。
男は微笑み、軽く一礼した。
「復活、おめでとうございます。」
「ニニャ君」
ニニャは一歩身構える。
「あなた……誰?」
男は胸に手を当てた。
「申し遅れました。」
「私はデミウルゴス。」
「ナザリック地下大墳墓に仕える者です。」
その名を聞いても、ニニャには分からない。
ただ、その穏やかな笑みの奥に、底知れない知性と危険さを感じた。
デミウルゴスは鏡の中の左目へ視線を向ける。
「気になりますか?」
「安心してください。」
「それは失敗ではありません。」
「あなたは一度、死にました。」
「そして新たな命を得たのです。」
ニニャは息をのむ。
「……死んだ?」
「ええ。」
「正確には、一度生命活動を停止しました。」
「我々はあなたを回収し、ある実験を施しました。」
ニニャは自分の左目を押さえる。
「実験……?」
デミウルゴスは静かにうなずく。
「あなたは今、人間でもアンデッドでもありません。」
「その中間に位置する、新しい存在です。」
部屋に重い沈黙が落ちる。
ニニャは鏡に映る異形の瞳を見つめながら、小さくつぶやいた。
「……わたしは、一体何になってしまったの?」
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デミウルゴスは淡々と語る。
その口調は医師が診療記録を読むように冷静だった。
「アインズ様が、死んだあなたを憐れに思し召され、私に蘇生を命じられたのです。」
ニニャは呆然とその言葉を聞いていた。
「ですが……あなたの損傷は極めて深刻でした。」
デミウルゴスは机の上のカルテを開く。
「内臓はほぼ破裂。」
「頸部も致命的な損傷を受けていました。」
「身体各所も著しく損壊しており、人間として蘇生させることは極めて困難だったのです。」
眼鏡を押し上げながら、口元に笑みを浮かべる。
「ですが。」
「私もナザリック地下大墳墓の守護者。」
「アインズ様の御命令を遂行するため、持てる知識と技術を総動員しました。」
声が少し熱を帯びる。
「人間との適性が比較的高かったアンデッド――グールの組織を移植し、損傷した器官を置換。」
「生存率は五分五分。」
「実に興味深い実験でした。」
デミウルゴスの瞳は恍惚としていた。
「そして――」
「あなたは、その賭けに勝った。」
ニニャの顔から血の気が引いていく。
「そんな……」
胃の奥から何かが込み上げた。
「うっ……!」
口元を押さえる。
「ぐっ……えぇっ!」
吐き出した液体は、黒く粘り気を帯びていた。
床へ落ちるそれを見て、ニニャは震える。
「く、黒い……。」
「わたし……」
デミウルゴスは静かに頷く。
「そうです。」
「あなたは、もはや純粋な人間ではありません。」
「かといって完全なアンデッドでもない。」
彼はニニャの赤黒く変化した左目を見つめる。
「あなたは新しい存在です。」
「私は仮に――」
「半喰種と名付けました。」
その言葉が部屋に重く響く。
ニニャは鏡へ歩み寄る。
鏡には、片目だけが異形へと変わった自分が映っている。
恐る恐る左頬へ触れる。
鼓動はある。
息もしている。
だが胸の奥には、以前とは違う飢えのような感覚が生まれていた。
「……お腹が、空いた。」
その一言に、デミウルゴスは興味深そうに目を細める。
「始まりましたか。」
「半喰種としての本能が。」
彼は机の引き出しから一冊の分厚い手帳を取り出し、さらさらと何かを書き込む。
「実に興味深い。」
「さあ、ニニャ君。」
「まずは、あなたが何を食べられる存在になったのか――そこから調べることにしましょう。」