コーヒーショップ「ツアレ」。
開店して間もない昼下がり。
「お願いします!」
制服姿の少女が店へ飛び込んできた。
「父を……助けてください!」
少女は魔法学院の入学許可証を握り締めていた。
「父が……南方から来た賭博師に騙されて……。」
「家も畑も全部……。」
「今夜で全部取られてしまいます。」
涙を流しながら続ける。
「学院へ行くためのお金まで……。」
「もう残ってません。」
「このままじゃ……。」
少女はうつむいた。
「わたし……身体を売るしか……。」
ニニャは立ち上がる。
「そんなこと、させません!」
奥でコーヒーを飲んでいた元締めが煙管を置く。
「待て。」
「その手の相手は危険じゃ。」
先生も静かに言う。
「相手は賭博で生きている人間だ。」
「正面から挑んでも勝てん。」
おばさんも頷く。
「やめときな。」
「罠の匂いしかしないよ。」
しかしニニャは首を振る。
「でも!」
「助けを求められたんです!」
「見捨てられません!」
そう言って店を飛び出していった。
元締めはため息をつく。
「……若いの。」
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夜。
酒場の一角。
地下賭博場。
中央には緑色の布が敷かれた丸い卓。
南方から伝わったという新しい遊び。
「ぽあかぁ」。
異世界の"ぷれいやー"が広めたという賭け事だった。
「へぇ。」
賭博師が笑う。
「お嬢ちゃんが俺に勝負?」
ニニャは金貨袋を置く。
「勝ったら返してもらいます。」
「少女のお父さんのお金を。」
賭博師は肩をすくめる。
「いいとも。」
「勝てたらな。」
周囲がどっと笑う。
カードが配られる。
一回目。
ニニャは勝つ。
二回目。
また勝つ。
「お?」
客たちがざわつく。
しかし三回目から流れが変わった。
「……。」
賭博師の指先がわずかに動く。
カードがすり替わる。
袖口へ消える札。
合図を送る見張り。
ニニャは気付かない。
「フルハウス。」
「ストレート。」
「フラッシュ。」
負け。
負け。
また負け。
気が付けば、持っていた金はすべて卓の向こうへ消えていた。
賭博師は笑う。
「勝負は終わりだ。」
「嬢ちゃん。」
「世の中、正義だけじゃ勝てねぇんだよ。」
ニニャは拳を握る。
(そんな……。)
店の外。
遠くの屋根の上。
元締めたち三人が、その様子を静かに見ていた。
「だから言ったろ。」
モン・ドーが帽子を深くかぶる。
おばさんは苦笑する。
「あの子、まっすぐ過ぎるんだよ。」
先生は静かに杖を握った。
「さて。」
「授業の時間だ。」
元締めは煙管を口に運ぶ。
「負けても勝負は終わらん。」
「ここからが、喰種人の仕事じゃ。」
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酒場の地下賭博場。
「ニニャちゃん。」
おばさんが肩に手を置く。
「ここからは見てな。」
人垣が左右に割れる。
ゆっくりと一人の男が卓へ歩み出た。
黒いローブ。
白い仮面。
杖は持っていない。
先生だった。
「私が相手をしよう。」
静かな声が場内に響く。
「――ぽあかぁでな。」
賭博師は目を細める。
「ほう。」
「今度はお仲間ですか。」
先生は椅子へ腰を下ろす。
その後ろには煙管をくゆらせる元締め。
賭博師は笑う。
「それで?」
「元金は?」
先生は懐から革袋を取り出す。
ドサリ、と卓へ置く。
中から金貨があふれた。
「元金金貨二千枚。」
場内がどよめく。
「二千だと?」
「本気か?」
賭博師も一瞬だけ目を見開いた。
「……これはまた。」
「景気のいいお客さんだ。」
先生は淡々と言う。
「私が勝ったら。」
「お前が売ろうとしている少女。」
「そしてニニャから巻き上げた金。」
「すべて返してもらう。」
賭博師は大きく笑う。
「よござんす。」
賭博師は指を鳴らす。
周囲の床が淡く光った。
魔法陣。
「念のため申し上げます。」
「この卓には魔法障壁を張ってございます。」
「透視。」
「精神支配。」
「未来視。」
「幻覚。」
「そういった魔法は一切通じません。」
「もちろん、魔法によるいかさまも不可能。」
先生は仮面越しに微笑む。
「結構。」
「私も魔法を使うつもりはない。」
「……ほう?」
賭博師が初めて興味深そうな顔をする。
「それでは。」
先生は静かにカードへ手を伸ばした。
「始めよう。」
賭博場に静寂が落ちる。
元締めが煙管の煙を細く吐いた。
「さて。」
「南方一の賭博師と、何百年も生きた魔法使い。」
「どちらが一枚上手かの。」
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一回戦。
「フルハウス。」
賭博師がカードを開く。
先生は静かにカードを伏せた。
「負けだ。」
歓声が上がる。
二回戦。
「ストレート。」
また賭博師の勝ち。
先生は表情一つ変えない。
三回戦。
四回戦。
五回戦。
すべて賭博師の勝利。
「ははは!」
「おやおや。」
「大口を叩いた割には、大したことはありませんなあ。」
賭博場は笑いに包まれた。
ニニャは拳を握る。
「先生……。」
先生は落ち着いたままだった。
賭博師は卓の上の金貨を指で弾く。
「あなたの残りは、あと金貨一枚。」
「どうします?」
先生は静かに答えた。
「構わん。」
「六回戦を始めよう。」
(馬鹿な奴。)
賭博師は心の中で笑う。
(この卓では俺が負けることはない。)
配られたカードを確認する。
(ぐふふ。)
(キング四枚。)
(これを超えるのはエース四枚だけ。)
(そんな都合のいい札が相手に来るわけがない。)
先生は手札を一瞥しただけだった。
「このままでいい。」
交換しない。
賭博師は目を細める。
「ほう。」
「では、この上に二百枚。」
「積みます。」
先生は元締めを見る。
「頼む。」
元締めは何も言わず、金貨を積んだ。
「四百。」
賭博場がざわめく。
「まだ積むのか。」
賭博師も笑う。
「なら三百。」
先生。
「受ける。」
元締め。
さらに金貨。
「五百。」
「うおっ!」
「あっという間に五千枚だ!」
「本気か!」
賭博師は汗をぬぐった。
(なんだ……。)
(こいつ。)
(まさか。)
(魔法でカードを……。)
すぐに考えを振り払う。
(いや。)
(この卓は魔法を封じてある。)
(それとも。)
(俺の知らない技術……。)
(キング四枚でも負ける手……。)
心臓が速く打つ。
先生は一言もしゃべらない。
ただ仮面越しに見つめている。
その沈黙が、賭博師の不安をさらに膨らませた。
(積め。)
(積めば勝てる。)
(いや……。)
(もし負けたら。)
(全部終わる。)
額から汗が落ちる。
周囲も静まり返る。
長い沈黙のあと。
賭博師は深く息を吐いた。
「……分かった。」
「降りる。」
どよめきが起こる。
先生は初めて笑った。
「そうか。」
ゆっくりカードを開く。
そこに並んでいたのは――
何の役もない五枚。
ブタ。
一瞬、誰も声を出せなかった。
「……え?」
賭博師の顔から血の気が引く。
「ブタ……だと?」
先生はカードを揃えながら静かに言った。
「勝負に勝つ者が、強い者ではない。」
「相手に『負けるかもしれない』と思わせた者が勝つのだ。」
元締めが煙管をくわえ直し、小さく笑う。
「負けても勝負。」
「それが本当の博打というものじゃ。」
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人物紹介
先生
本名不詳。
喰種人の仲間たちは、ただ敬意を込めて**「先生」**と呼ぶ。
その正体は、高位アンデッドであるエルダーリッチ。
生前は王国でも指折りの魔法使いであり、「魔法は弱き者を救うためにある」という信念を抱いて魔法学院へ身を置いていた。
しかし現実は違った。
学院が求めたのは、人助けではなく利益。
才能ある者は貴族へ売り込み、研究は金儲けの道具とされ、貧しい者は見捨てられる。
理想と現実のあまりの隔たりに失望した彼は学院を去り、各地を放浪しながら無償で人々を救い続けた。
だが、旅の果てに力尽き、名もない荒野で静かに息を引き取る。
その強大な魔力と無念が肉体に宿り、彼はエルダーリッチとして蘇った。
人々からは怪物として恐れられ、救おうとした者にすら石を投げられる日々。
「結局、人は姿しか見ないのか。」
そうして世界への未練を失いかけていた時、一人の老人が彼に声を掛けた。
それが、喰種人の元締めだった。
「なら、その力で本当に救うべき奴を救えばいい。」
その言葉に心を動かされた先生は、元締めの仲間となる。
現在は喰種人の軍師であり、医学、魔法、錬金術、薬学など幅広い知識で仲間たちを支える頭脳役。
戦いでは高位魔法を操る一方、必要以上に命を奪うことは好まない。
異形の姿となった今も、その心は生前と変わらず、人を救うことを願い続けている。
喰種人たちは皆、彼を畏敬を込めてこう呼ぶ。
「先生。」
その本当の名前を知る者は、もはや誰もいない。
モデル 【翔べ! 必殺うらごろし】先生