数日後――。
リリアの嫁入りの日。
花嫁衣装に身を包んだリリアは、近くの村へ向かう荷馬車に乗っていた。
隣には、迎えに来た青年。
派手さはない。
裕福でもない。
だが実直で、誰にでも優しい農夫だった。
父親は少し寂しそうに笑う。
「幸せになれよ。」
「うん、お父さん。」
リリアは何度も振り返りながら手を振る。
その日が、人生で一番幸せな日になるはずだった。
だが――。
偶然。
本当に偶然だった。
ローワン・ヴァイセルフと、その家臣二人が街道を通りかかる。
そして、その偶然が悲劇を呼んだ
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「ニニャちゃん!」
息を切らした村人が「ツアレ」へ駆け込んでくる。
「街道で……!」
「大変なんだ!」
ニニャは顔色を変えた。
「おばさん!」
「行こう。」
二人は店を飛び出した。
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現場。
静まり返った街道。
横倒しになった荷馬車。
散乱した荷物。
そして――。
倒れている二人。
花嫁衣装は赤く染まり、
夫は娘を守るように倒れていた。
もう、どちらも動かない。
リリアの父は立ち尽くすだけ
「……。」
ニニャはその場で。
「ひ、ひどい……。」
怒りより先に涙があふれた。
「どうして……。」
「どうしてこんなことを……。」
半喰種となって以来、人間を見ると本能が疼くこともあった。
しかし今は、その本能すら消えていた。
あるのは、胸を締めつける悲しみだけ。
おばさんは静かに亡骸の前にしゃがみ込み、二人の瞼をそっと閉じる。
「……そうだね。」
短く、それだけつぶやく。
その声は穏やかだった。
だが、ニニャには分かった。
おばさんの瞳には、普段の柔らかさはなかった。
静かな怒りだけが宿っていた。
遠くで誰かが震える声で言う。
「犯人は……。」
「ローワン様だ。」
その名を聞いた瞬間、
ニニャは拳を強く握り締めた。
「王族でも……。」
「こんなの、許されない。」
おばさんはゆっくり立ち上がる。
「ニニャちゃん。」
「……うん。」
「今日は元締めのところへ行こう。」
「この依頼は、私たちだけでは決められない。」
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古道具屋・地下。
重い沈黙が流れていた。
テーブルの上には、一つの金袋。
元締めは四人をゆっくり見渡す。
モン・ドー。
先生。
おばさん。
そしてニニャ。
誰も口を開かない。
やがて元締めが静かに言った。
「……助けを求める依頼人は、おる。」
カタン。
「救い料は金貨五枚。」
「依頼人は――」
一拍置く。
「ローワンの父親じゃ。」
「……!」
ニニャは思わず立ち上がった。
「そ、それって……!」
「国王陛下?」
元締めは静かにうなずく。
「そうじゃ。」
「王として裁けぬ。」
「父としても止められぬ。」
「だからこそ、喰種人へ救いを求めた。」
部屋は静まり返る。
モン・ドーが低くつぶやく。
「王が、自分の息子を……。」
先生は目を閉じたまま言う。
「為政者としてではない。」
「一人の父親としての依頼、ですか。」
元締めは煙管を置いた。
「そう受け取っておる。」
ニニャはまだ戸惑っていた。
「でも……。」
「相手は王族ですよ?」
「もし本当にやれば、王国中が敵になるかもしれません。」
元締めはニニャを見つめる。
「そう。」
「だから聞く。」
その声はいつもより厳しかった。
「それでも受けるかい。」
「この喰種人の仕事を。」
ニニャは言葉を失う。
リリアの笑顔。
父親の笑顔。
街道に横たわっていた二人の姿。
それが脳裏によみがえる。
モン・ドーは黙って剣の柄に手を置く。
先生は静かに金袋を見つめる。
おばさんは穏やかな笑みを浮かべたまま、小さくつぶやいた。
「相手が誰かじゃない。」
「泣いている人がいる。」
「それだけで十分じゃない?」
再び静寂が訪れる。
元締めは四人を見渡し、最後に静かに告げた。
「喰種人は権力のために刃を振るわん。」
「復讐のためにも振るわん。」
「ただ、救いを求める者の声に応える。」
「その相手が盗賊であろうと、貴族であろうと――」
「王家であっても変わらん。」