武蔵転生記外伝 必殺喰種人   作:masasoukoku

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「モン・ドーは王家を斬れるのか」その3

夜。

 

古道具屋の屋根。

 

先生は一人、月を見上げていた。

 

雲一つない夜空。

 

青白い月光が、エルダーリッチとなった白骨の身体を静かに照らす。

 

先生はゆっくりと両目を閉じる。

 

「……。」

 

生者には聞こえない。

 

だが、死者には言葉がある。

 

無念。

 

後悔。

 

助けを求める声。

 

月光を浴びることで、先生はその残響に耳を澄ませていた。

 

『助けて……。』

 

『子どもだけは……。』

 

『私はまだ死にたくなかった……。』

 

本屋の主人。

 

その妻。

 

街道で命を落とした娘。

 

ローワンに斬られた者たちの想いが、夜風に混じって先生へ届く。

 

先生は静かに聞き続ける。

 

やがて、一つだけ違う声が聞こえた。

 

『……。』

 

若い男の声。

 

『誰か……。』

 

『私を止めてくれ。』

 

先生はゆっくり目を開いた。

 

「……。」

 

その声の主を理解する。

 

「ローワン……。」

 

さらに耳を澄ます。

 

『私は……。』

 

『もう、人を斬りたくない。』

 

『だが、止まれない。』

 

『誰か……終わらせてくれ。』

 

夜風が吹き抜ける。

 

先生は月を見上げ、小さくつぶやいた。

 

「……そうか。」

 

「君もまた、救いを求めているのですね。」

 

その言葉を最後に、先生は静かに立ち上がる。

 

骨だけの足音が、夜の屋根に小さく響いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ローワンの屋敷。

 

森に囲まれた静かな館。

 

広間ではローワンと二人の家臣が酒を酌み交わしていた。

 

「……酒が切れたようだな。」

 

ローワンが杯を置く。

 

「すぐに持ってまいります。」

 

家臣二人は立ち上がり、酒蔵へ向かった。

 

廊下を抜け、薄暗い酒蔵の扉を開ける。

 

その時だった。

 

闇の中に、一つの影。

 

「誰だ!」

 

左目だけが赤く光る。

 

「あなたたちは悪。」

 

静かな声。

 

「悪は許さない。」

 

ニニャだった。

 

腰から赫子がゆっくりと伸びる。

 

「喰種人か!」

 

家臣たちは剣を抜き、一斉に斬りかかる。

 

しかし、その瞬間。

 

上から低い声が響く。

 

「遅い。」

 

天井の梁に潜んでいた先生が跳び降りる。

 

手にしていた旗槍を、一人の家臣へ向けて投げ放った。

 

ヒュンッ――

 

「!」

 

旗竿は槍のような勢いで飛び、

 

家臣の胸元を貫いて壁へ突き刺さる。

 

「が……っ。」

 

そのまま動かなくなった。

 

残った一人は顔色を失う。

 

「ひいっ!」

 

剣も仲間も捨て、酒蔵を飛び出した。

 

ニニャは追おうとする。

 

だが先生は静かに手を上げた。

 

「……追わなくていい。」

 

「え?」

 

「彼の逃げる先には――。」

 

先生は小さく微笑む。

 

「仲間がいます。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

家臣は森の中を必死に走っていた。

 

「どこだ!」

 

「出口は!」

 

木々の間に、一人の中年女性が立っている。

 

「た、助かった!」

 

「おい!」

 

「この道はどこへ出るんだ!」

 

おばさんは穏やかに微笑んだ。

 

「一本道だよ。」

 

「だから!」

 

「どこへ出るって聞いてるんだ!」

 

焦る家臣。

 

おばさんは変わらぬ笑顔で答える。

 

「この道をまっすぐ行くと……。」

 

家臣はその横を駆け抜けようとする。

 

その瞬間。

 

おばさんの指先から、鋭い爪がゆっくりと伸びた。

 

「──地獄へ行くのさ!」

 

一閃。

 

家臣は足を止める。

 

「……え?」

 

胸元に赤い線が走る。

 

そのまま崩れ落ちた。

 

おばさんは静かに目を閉じ、小さく手を合わせる

 

「どうか、来世では道を間違えないで。」

 

森には、風が木々を揺らす音だけが残った。

 

森の中の屋敷。

 

広間。

 

ローワンは一人、酒杯を傾けていた。

 

静かだった。

 

つい先ほどまでいた家臣たちは戻らない。

 

だが、不思議とは思わなかった。

 

「酒でも探して迷ったか。」

 

そう独りごちる。

 

杯に酒を注ぐ。

 

琥珀色の液体が揺れた。

 

「……。」

 

ひとり。

 

いつも、ひとり。

 

王の子でありながら王子ではない。

 

母は侍女。

 

王宮では疎まれ、

 

王都へ行くことも許されない。

 

誰も自分を兄弟とは呼ばず、

 

誰も自分の隣には立たなかった。

 

剣だけが、自分の価値だった。

 

強ければ認められる。

 

そう信じて振るい続けた。

 

だが、どれほど強くなっても何も変わらない。

 

気づけば、

 

剣を振るう理由さえ分からなくなっていた。

 

ローワンは苦く笑う。

 

「さて……。」

 

「明日からどうするか。」

 

酒を飲み干す。

 

虚ろな瞳が炎を見つめる。

 

その時。

 

ギィ……

 

屋敷の扉がゆっくりと開いた。

 

「……。」

 

入ってきたのは一人の男。

 

くたびれた鎧。

 

年季の入った剣。

 

警備兵の格好。

 

モン・ドーだった。

 

ローワンは男を見つめ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「警備兵か。」

 

「ここまで来るとは大した度胸だ。」

 

モン・ドーは静かに剣の柄へ手を置く。

 

「今日は警備兵じゃねえ。」

 

ローワンの目が細くなる。

 

「ほう。」

 

「なら何者だ。」

 

モン・ドーは一歩前へ出た。

 

「弱ぇ奴の代わりに来た、一人の男だ。」

 

広間に沈黙が落ちる。

 

ローワンは口元をわずかに緩めた。

 

「……面白い。」

 

久しぶりだった。

 

自分の前で逃げない男を見るのは。

 

ゆっくりと剣を抜く。

 

「名前を聞こう。」

 

モン・ドーもまた剣を抜いた。

 

「モン・ドー。」

 

「ただの、喰種人だ。」

 

二人の剣先が静かに向き合う。

 

屋敷の中には、張り詰めた空気だけが流れていた。

 

広間。

 

二人は向かい合う。

 

ローワンが静かに剣を構えた。

 

「──武技・疾風走破。」

 

床を蹴る。

 

一瞬で間合いを詰める神速の踏み込み。

 

モン・ドーの瞳がわずかに細くなる。

 

「武技・回避。」

 

紙一重。

 

刃が頬をかすめる。

 

「ほう。」

 

ローワンは口元を緩めた。

 

「俺の技をかわすとは。」

 

モン・ドーは構えを変えない。

 

「まだ終わっちゃいねえ。」

 

二人の剣がぶつかる。

 

ギィン!

 

一合。

 

二合。

 

三合。

 

火花が散る。

 

剣技だけ。

 

武技に頼らず、

 

純粋な剣の腕だけで打ち合う。

 

ローワンは楽しそうに笑った。

 

「……ふふ。」

 

「お前が家臣ならよかった。」

 

モン・ドーも苦く笑う。

 

「そうかもな。」

 

「だが、俺ぁ頭を下げる相手は自分で決める。」

 

ローワンは大きく息を吸う。

 

上段に剣を掲げる。

 

「終わりだ!」

 

渾身の一撃が振り下ろされる。

 

その瞬間。

 

モン・ドーは半歩だけ踏み込んだ。

 

刃を受けない。

 

脇へ滑り込む。

 

そして――。

 

横一文字。

 

「……っ!」

 

刃がローワンの胴を斬り抜けた。

 

「ご……ぼっ。」

 

鮮血が床を染める。

 

ローワンは膝をつく。

 

それでも笑っていた。

 

「……お前。」

 

「わざと隙を見せたな。」

 

モン・ドーは肩で息をする。

 

腕から血が滴る。

 

「なめるな。」

 

「お前の方が強え。」

 

「だから勝つには、こうするしかなかった。」

 

ローワンは血を吐きながら笑う。

 

「はは……。」

 

「そうか。」

 

視界が霞む。

 

脳裏によみがえったのは、一年前の記憶。

 

父――ランポッサ三世。

 

王ではなく、

 

一人の父として会いに来た男。

 

「ローワン。」

 

「もうやめるんだ。」

 

その言葉を、

 

あの時の自分は拒絶した。

 

ローワンはゆっくりと目を閉じる。

 

「……これで。」

 

「これで、よかったんだよ。」

 

そうつぶやくと、

 

力なく床へ倒れた。

 

静寂。

 

モン・ドーは剣を下ろす。

 

自分の腕から流れる血を見つめ、小さく苦笑した。

 

「……へ。」

 

「下手すりゃ、俺の負けだったな。」

 

彼はローワンの亡骸へ歩み寄り、静かに瞼を閉じる。

 

「せめて、あの世じゃ肩書きなんか気にせず生きろ。」

 

そう言い残し、モン・ドーは静かに屋敷を後にした

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

王都。

 

玉座の間ではなく、一人になれる小部屋。

 

ランポッサ三世は、一枚の報告書を静かに閉じた。

 

「……ローワン。」

 

そこに書かれていたのは、ただ一行。

 

『ローワン・ヴァイセルフ、自害。』

 

王としては、それでよかった。

 

王家の醜聞を最小限に抑えられる。

 

だが――。

 

父としては違った。

 

「……すまぬ。」

 

誰もいない部屋で、王は肩を震わせる。

 

「父として、お前を救えなかった。」

 

静かな嗚咽だけが部屋に響いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

数日後。

 

コーヒーショップ「ツアレ」。

 

ニニャは元締めの言葉に耳を疑った。

 

「ど、どうしてですか。」

 

「旅に出る。」

 

元締めは穏やかに笑う。

 

「俺は王族を喰種した。」

 

「しばらくは、この国を離れるさ。」

 

「ほとぼりが冷めるまでな。」

 

ニニャは必死に首を振る。

 

「でも!」

 

「喰種人は!」

 

元締めはモン・ドーを見る。

 

「そこでだ。」

 

「モン・ドーさん。」

 

「あんた、代わりをやってくれないか。」

 

「えー?」

 

モン・ドーは頭をかく。

 

「俺が元締め?」

 

「荷が重すぎるだろ。」

 

「俺ぁただの警備兵だぞ。」

 

元締めは笑う。

 

「だからいい。」

 

「強いだけじゃ務まらん。」

 

「人の涙を見て動ける奴でないとな。」

 

モン・ドーはしばらく黙っていたが、やがてため息をつく。

 

「……しょうがねえ。」

 

「しばらくだけですよ。」

 

「はっはっは。」

 

元締めは満足そうに笑った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その時だった。

 

先生が静かに立ち上がる。

 

「私たちも旅に出ます。」

 

ニニャが振り向く。

 

「先生も?」

 

「ええ。」

 

「この世界には、まだ助けを求める者が数多くいます。」

 

「私たちは、その声を探しに行きます。」

 

隣では、おばさんがいつもの笑顔を浮かべていた。

 

「まあ、わたしは先生の付き添いだけどね。」

 

「放っておくと、ご飯も食べないし。」

 

先生は小さく咳払いをした。

 

「……食べる必要がありませんので。」

 

「そこじゃないよ。」

 

おばさんは笑い、そしてニニャの前に立つ。

 

「ニニャちゃん。」

 

「はい……。」

 

「辛いこともある。」

 

「悲しいこともある。」

 

「自分が何者なのか分からなくなる日も来る。」

 

ニニャの目から涙がこぼれる。

 

おばさんは優しく頭を撫でた。

 

「でもね。」

 

「自分の運命に負けちゃいけないよ。」

 

「お、おばさん……。」

 

ニニャは涙を流しながら、おばさんに抱きつく。

 

おばさんは静かに抱き返した。

 

「また会えるよ。」

 

「きっとね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それでは。」

 

先生は静かに一礼する。

 

おばさんも手を振る。

 

「元気でね。」

 

二人の姿は街の雑踏へと消えていった。

 

店内には静かな沈黙が残る。

 

残ったのは三人。

 

ニニャ。

 

モン・ドー。

 

そしてゼノビア。

 

ニニャは不安そうに二人を見た。

 

「……これから。」

 

「この三人で、本当にやっていけるのでしょうか。」

 

モン・ドーは帽子をかぶり直し、照れくさそうに笑う。

 

「やっていくしかねえさ。」

 

「助けを求める奴がいる限りな。」

 

ゼノビアは窓の外を見つめながら、静かに微笑む。

 

「そう。」

 

「だから今日も、生きよう。」

 

店の扉につけられたベルが、小さく鳴る。

 

カラン。

 

三人は顔を見合わせる。

 

ニニャも涙をぬぐい、笑顔を作る。

 

「いらっしゃいませ。」

 

新たな依頼人を迎え、「ツアレ」には再び静かな時間が流れ始めた

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人物紹介

 

モン・ドー

 

エ・ランテル警備隊に所属する中年の警備兵。

 

酒と博打を好み、制服もどこか着崩した、くたびれた男。日頃は賄賂を受け取って見逃しをするなど、自堕落な役人として知られている。

 

誰もが「あいつは終わった男だ」と笑う。

 

だが、それは世を欺く仮の姿。

 

ひとたび剣を抜けば、その実力は王国最強の戦士と名高いガゼフ・ストロノーフをも上回ると噂されるほどである。

 

若き日は正義感に燃え、不正を憎み、腐敗した役人や貴族に立ち向かった。

 

しかし、権力は悪を守り、正義は踏みにじられる。

 

仲間は去り、理想は砕け散り、やがて彼は現実に敗れた。

 

「世の中なんて、こんなものだ。」

 

そう言って賄賂を受け取り、酒に溺れる毎日を送るようになる。

 

そんな彼の前に現れたのが、伝説の義賊にして喰種人の創設者――元締めだった。

 

「腐ったのは世の中じゃねえ。諦めちまった、お前さんの心だ。」

 

その一言が、モン・ドーの胸に眠っていた正義の炎を再び灯す。

 

以後、彼は昼は警備兵として街の情報を集め、夜は喰種人の一員として法で裁けぬ悪を討つ「裏の剣」となる。

 

普段は酔いどれの中年。

 

しかし、その正体を知る者は恐れる。

 

剣を抜いたモン・ドーは、一切の情けを捨てる。

 

「昼は腐った警備兵。夜は悪を断つ剣。」

 

それが、喰種人――モン・ドーである。

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