武蔵転生記外伝 必殺喰種人   作:masasoukoku

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「生まれて候」その3

巨大な円形闘技場。

 

観客席は静まり返り、中央にはニニャだけが立っていた。

 

「ここは……?」

 

ニニャが辺りを見回す。

 

隣に立つデミウルゴスが静かに答えた。

 

「ナザリック闘技場です。」

 

「ここで、あなたの現在の戦闘能力を測定します。」

 

「わ、わたしは……マジックキャスターです。」

 

震える声でそう言う。

 

デミウルゴスは小さく首を振った。

 

「本当にそうでしょうか。」

 

「答えはすぐに出ます。」

 

彼は観客席へ向かって声を上げた。

 

「アウラ。」

 

「はーい!」

 

軽やかな返事とともに、アウラ・ベラ・フィオーラが姿を現す。

 

「どのくらいの相手にする?」

 

「そうですね。」

 

「ドラゴン・キンなら測定にはちょうどよいでしょう。」

 

「了解!」

 

アウラが指を鳴らす。

 

「出てきて! ドラゴン・キン!」

 

地響きとともに魔獣が姿を現した。

 

三メートルを超える巨体。

 

竜の頭部と人型の体を持つ異形。

 

手には巨大な剣。

 

その瞳は獲物だけを見据えている。

 

ニニャの全身から血の気が引いた。

 

「こ、怖い……。」

 

ドラゴン・キンはためらいなく突進する。

 

「マジックアロー!」

 

反射的に詠唱する。

 

だが。

 

何も起こらない。

 

「え……?」

 

もう一度。

 

「マジックアロー!」

 

沈黙。

 

魔法陣は現れない。

 

「ど、どうして!?」

 

デミウルゴスは冷静に告げる。

 

「どうやら。」

 

「マジックキャスターとしての能力は失われたようですね。」

 

その一言がニニャの心を折る。

 

「そんな……。」

 

「じゃあ、わたしは……。」

 

ドラゴン・キンが剣を振り上げる。

 

巨大な影が覆いかぶさる。

 

「た、助けて!」

 

死を覚悟した、その瞬間だった。

 

左目が激しく脈打つ。

 

紅い光。

 

全身を駆け巡る熱。

 

腰の辺りから激痛が走る。

 

「きゃあああっ!」

 

次の瞬間。

 

背中から一本の巨大な触手が飛び出した。

 

硬質な甲殻に覆われ、節ごとに鋭い棘を持つ、まるで巨大な百足のような器官。

 

触手はニニャの意思とは無関係に動く。

 

一瞬。

 

音すら置き去りにする速度で伸びた。

 

ズドン――!

 

ドラゴン・キンの胸部を正面から貫く。

 

巨体が宙に浮く。

 

そのまま数メートル吹き飛び、地面へ叩きつけられた。

 

闘技場が静まり返る。

 

ニニャ自身も、自分の背後を振り返る。

 

「……なに、これ。」

 

百足のような触手はゆっくりと揺れ、やがて音もなく体内へ戻っていく。

 

デミウルゴスは眼鏡を押し上げながら、興味深そうに観察していた。

 

「なるほど。」

 

「やはり魔法能力は失われ、その代わりに新たな戦闘器官を獲得しましたか。」

 

彼は手帳へ素早く書き込む。

 

半喰種。

 

魔法行使能力……消失。

 

代替として、生体武装を確認。

 

高い貫通力と瞬発力を有する。

 

アウラも思わず口笛を吹く。

 

「へぇ~。」

 

「見た目以上にやるじゃん。」

 

ニニャは震える手で自分の腰に触れた。

 

そこにはもう何もない。

 

しかし、さっき確かに自分の身体から現れた異形の武器の感触だけが、はっきりと残っていた。

 

「わたし……。」

 

「本当に、人間じゃなくなっちゃったんだ……。」

 

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玉座の間。

 

巨大な赤い絨毯の先。

 

玉座には、アインズ・ウール・ゴウンが静かに腰掛けていた。

 

左右には守護者たち。

 

玉座の間の重苦しい空気に、ニニャは思わず息をのむ。

 

デミウルゴスに促され、ゆっくりと跪いた。

 

「……アインズ様。」

 

「蘇らせていただき、ありがとうございます。」

 

その声は震えていた。

 

頭を下げたまま、心の中では別の思いが渦巻いている。

 

(でも……。)

 

(わたしはもう、人間じゃない。)

 

(アンデッドでもない。)

 

(わたしは……一体何なんだろう。)

 

沈黙が流れる。

 

やがてアインズは静かに口を開いた。

 

「顔を上げなさい。」

 

ニニャは恐る恐る顔を上げる。

 

骸骨の王と目が合う。

 

その赤い光を宿した眼窩からは、威圧よりも静かな視線が向けられていた。

 

「君は、自分が人間でもアンデッドでもないことを気にしているようだ。」

 

「……はい。」

 

ニニャはうつむく。

 

アインズは続ける。

 

「確かに、君は人間ではない。」

 

「しかし、アンデッドでもない。」

 

「君は両者の間に立つ、新しい存在だ。」

 

その言葉に、ニニャは息を呑む。

 

「我々異形種と、人間種。」

 

「その間には、長い歴史の中で積み重なった恐れや憎しみがある。」

 

「互いを知る前に敵だと決めつける者も少なくない。」

 

玉座の間は静まり返っていた。

 

守護者たちも、誰一人として口を挟まない。

 

「君には。」

 

「その両者を繋ぐ者になってほしい。」

 

アインズの声は穏やかだった。

 

「異形種が必ずしも人類の敵ではないこと。」

 

「人間にも理解しようとする者がいること。」

 

「その可能性を示してほしい。」

 

ニニャは目を見開く。

 

そんな役目を、自分が。

 

「……わたしに。」

 

「そんなことができるでしょうか。」

 

小さな声だった。

 

アインズは少し考え、静かに答えた。

 

「できるかどうかは、私にも分からない。」

 

「だが、君には人間として生きた記憶がある。」

 

「そして今は、人間とは異なる身体を持っている。」

 

「その両方を知る者は、この場にはほとんどいない。」

 

ニニャは自分の左目へ手を当てる。

 

異形となった証。

 

失ったものの象徴だと思っていた。

 

しかしアインズは、それを別の見方で語った。

 

「だからこそ、君にしか見えない景色がある。」

 

「それが、君の強みになるかもしれない。」

 

ニニャはしばらく黙っていた。

 

やがてゆっくりと頭を下げる。

 

「……分かりました。」

 

「すぐにうまくできる自信はありません。」

 

「でも。」

 

「人間だったわたしと、今のわたし、その両方を無駄にしないように生きてみます。」

 

アインズは静かに頷いた。

 

「焦る必要はない。」

 

「まずは、自分自身を知ることだ。」

 

その言葉に、ニニャの表情から少しだけ迷いが薄れる。

 

彼女の新しい人生は、人間でも異形でもない「半喰種」として、ここから始まろうとしていた。

 

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エ・ランテルの街外れ。

 

大通りから一本入った石畳の路地に、小さなコーヒーショップがあった。

 

看板には手書きで、

 

「ツアレ」

 

とだけ書かれている。

 

店内は木の温もりにあふれ、香ばしいコーヒーの香りが漂う。

 

店主は一人の若い女性。

 

ニニャ。

 

かつて冒険者パーティー「漆黒の剣」の魔法詠唱者だった少女。

 

一度命を落とし、デミウルゴスの手によって「半喰種」として蘇った存在である。

 

普段は左目を眼帯で隠し、穏やかな笑顔で客を迎えていた。

 

「ご注文は?」

 

「いつものブレンドを。」

 

「はい。」

 

丁寧に豆を挽き、湯を注ぐ。

 

異形の身体になっても、コーヒーだけは変わらず好きだった。

 

その香りは、彼女に「まだ自分らしさが残っている」と思わせてくれる数少ないものだった。

 

昼下がり。

 

店のベルが静かに鳴る。

 

カラン――。

 

入ってきたのは、一人の若い女性だった。

 

服はところどころ破れ、顔には殴られた痕。

 

椅子へ座るなり、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

ニニャは慌てて水を差し出す。

 

女性は震える声で言った。

 

「お願いします……。」

 

「助けてください……。」

 

「主人が……。」

 

「毎日、私を殴るんです……。」

 

ニニャは黙って最後まで話を聞く。

 

やがて女性は小さく頭を下げた。

 

「役人へ相談しても証拠がないと言われました。」

 

「近所の人も怖がって誰も助けてくれません。」

 

「もう……どうしたらいいか……。」

 

店内に静かな時間が流れる。

 

ニニャはカップへ新しいコーヒーを注ぎ、女性の前へ置いた。

 

「温かいうちにどうぞ。」

 

女性は小さく頷く。

 

ニニャは窓の外を見る。

 

夕日が街を赤く染めていた。

 

その赤は、時折左目に宿る色を思い出させる。

 

(私は、人間と異形の間に立つ者。)

 

(でも。)

 

(苦しんでいる人を見過ごしたくない。)

 

彼女はゆっくりと眼帯へ手を添えた。

 

「お話は分かりました。」

 

「今夜、その人に会いに行きます。」

 

女性が顔を上げる。

 

「え……?」

 

ニニャは穏やかに微笑む。

 

だが、その左目だけは眼帯の下で静かに紅く輝いていた。

 

夜のエ・ランテルには、表の冒険者とは別に、誰にも知られぬ"もう一人の守り手"がいた。

 

昼はコーヒーショップ「ツアレ」の店主。

 

夜は、人知れず弱き者を救う半喰種。

 

それが――

 

**「喰種人ニニャ」**

 

「喰種人の存在を証明する公的な記録は、いまは何一つ残っていない。

しかし、エ・ランテルの庶民たちは、彼らを『義賊』と呼び、あるいは『世直し』と呼び、密かに語り継いだという。

弱きを助け、強きをくじき、闇に生き、闇に消えた者たち。

その名は――喰種人。

伝承に残る喰種人の総数、二十六人。

 

 

 

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