コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire   作:オムライス黄色連盟

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ここからTNOらしさを加速させていきます


偽りのクラスメイト

1962年4月22日午前8時40分

ペンドラゴン アッシュフォード学園

 

 ルルーシュがベットを奪われた日の登校時間。

 ペンドラゴンにあるアッシュフォード学園では、昨日までと変わらない時間が流れていた。

 

 正門をくぐる制服姿の生徒たち。

 

 校庭で声を上げる運動部。

 

 授業開始を告げる鐘。

 

 昨夜、首都の旧市街地でナイトメアフレームが撃ち合い、ブリタニア軍の総督が自ら指揮する掃討作戦が行われたことなど、この学園だけを切り取れば遠い世界の出来事に思えた。

 ルルーシュ・ランペルージは、いつもと変わらない顔で教室へ入った。

 

「おお! おはようルルーシュ! 昨日は無事だったか?」

「おはよう。見ての通りだ」

 

 リヴァルの挨拶へ返事をし、窓際の自席へ向かう。

 

「じゃあさ、昨日の騒ぎ、何が起こったか知ってるか?」

「いやなにも。逃げるのに必死だっからな」

「すげー騒ぎになったぜ。軍が道路を封鎖して、夜までサザーランドが走り回ってたらしい。テロリストが軍の輸送車を襲ったとか」

「ニュースでは、過激派の取り締まりとしか言っていなかったがな」

「それにしては大規模すぎるって話だ。親父の知り合いが言うには、空まで封鎖されてたって」

 

 リヴァルは声を潜めた。

 

「しかも、クロヴィス殿下が現地へ入ってたって噂もある」

 

 ルルーシュは教科書を机へ置いた。

 

「噂だろう」

「そりゃそうだけどさ。総督府が何も発表しないのが、逆に怪しくないか?」

「軍事作戦の詳細を、すぐ公表するとは限らない」

 

 平静に答える。表情は変えない。

 だが、リヴァルの言葉を頭の中へ記録する。

 総督府は、まだクロヴィスの死を公表していない。

 

 あれから一夜が明けた。

 

 皇族、それも首都を統治する第三皇子が殺されたのである。通常ならば、宮廷と総督府は直ちに訃報を発表し、犯人を帝国への反逆者として大々的に非難するはずだった。

 

 それがない。

 

 死亡の確認に手間取っているとは考えにくい。

 死体はG-1ベースの指揮室に残してきた。

 では、なぜ隠すのか不明だった。

 暗殺者が指揮所へ侵入した事実を知られたくないのか。

 あるいは、C.C.の存在を含む一連の事件を整理する時間が必要なのか。

 クロヴィスの死より、優先して隠したい何かがある。

 

「朝から難しい顔してるな」

 

 リヴァルが覗き込んだ。

 

「昨夜、少し寝不足だっただけだ」

「勉強?」

「そんなところだ」

 

 実際には、床で寝たせいだった。

 自分のベッドを占領したC.C.は、今朝まで一度も起きなかった。

 ルルーシュはその姿を思い出し、不快そうに眉を寄せる。

 

「やっぱり難しい顔してるぞ」

「気のせいだ」

 

 教室の扉が開いた。

 入ってきた少女を見て、何人かの生徒が声を上げた。

 

「カレン!」

「久しぶり!」

「もう大丈夫なの?」

 

 赤みを帯びた髪を長く下ろし、学園の制服を整然と着こなした少女。

 

 カレン・シュタットフェルト。

 

 名門シュタットフェルト家の令嬢であり、病弱を理由に始業式以来ほとんど登校していなかった生徒だった。

 ただ、ルルーシュはその正体を知っている。

 昨日まで、紅月カレンとしてナイトメアフレームを操縦していた少女と同一人物には見えない。

 

「ご心配をおかけしました」

 

 カレンは穏やかに微笑んだ。

 声も、表情も、身のこなしも、昨夜とはまるで違う。

 

「まだ無理しない方がいいよ」

「そうそう。顔色も少し悪いし」

「大丈夫です。お医者様からも、少しずつなら学校へ戻っていいと言われましたから」

「でも体育は休んだ方がいいよ」

「はい。そのつもりです」

 

 クラスメイトたちは彼女を囲み、口々に体調を気遣った。

 カレンは一人ひとりへ丁寧に返事をする。

 物腰は柔らかく、どこか儚げで、いかにも長く病床にあった令嬢らしい。

 ルルーシュは横目でその様子を観察した。

 

 演技だ。

 

 肩の動き。

 

 歩幅。

 

 呼吸の浅さ。

 

 意図的に力を抜き、身体能力を隠している。

 昨日、サザーランドで白い試作機へ挑んだ操縦士と同じだとは、誰も疑わないだろう。

 カレンの視線が、教室の奥へ向いた。

 

 二人の目が合う。

 

 一瞬だけ、彼女の表情が硬くなった。

 ルルーシュは何事もなかったように目をそらした。

 しかし、カレンは見ていた。

 横顔、声を出した時の口元、落ち着いた態度。

 昨夜、無線越しに命令を下した男の姿を、頭の中で重ねている。

 


 

 午前中の授業中。

 

 ルルーシュは黒板を見ながら、背後から向けられる視線を感じていた。

 カレンは教室の別の列に座っている。

 教師が振り返るたびに教科書へ視線を落とすが、授業の合間には何度もこちらを見ていた。

 疑っている。

 

 昨日の指揮官が自分ではないかと。

 

 声だけで断定はできない。

 戦闘中は通信機を介していたため、音質も変わっていた。

 それでも近いと感じる程度には、彼女の記憶に残ったらしい。

 放置するのは危険と感じた。

 

 彼女が所属する組織の規模。日本との関係。

 誰が武器を提供しているのか。C.C.について何を知っているのか。

 

 こちらも確認する必要がある。

 

 休み時間。

 ルルーシュは廊下へ出ようとするカレンへ声をかけた。

 

「シュタットフェルトさん」

 

 カレンが振り返る。

 

「何でしょう、ランペルージ君」

 

 完璧な令嬢の声だった。

 

「少し話がある」

「私に?」

「生徒会のことでね」

「生徒会?」

「会長が、新しい人員を探している。体調に無理がない範囲で、興味がないかと思って」

 

 カレンは警戒を隠しながら微笑んだ。

 

「私、学校にもほとんど来られていないのに」

「だからこそだ。教室以外にも居場所があった方が、復帰しやすいだろう」

 

 表向きは親切な提案。

 だからこそ、断る理由を作りにくい。

 

「少し見学するだけでもいい」

「では、放課後に」

「案内する」

 

 カレンは一礼した。

 

「ありがとうございます」

 

 離れていく彼女の背中を見ながら、ルルーシュは思考を巡らせる。

 向こうも、こちらを調べたいはずだ。

 誘いには乗る。

 


 

1962年4月22日午後3時55分

アッシュフォード学園 クラブハウス

 

 放課後。

 

 二人は生徒会専用のクラブハウスへ向かっていた。

 アッシュフォード学園の敷地の一角に建つ古い洋館。

 生徒会の活動拠点であり、一般生徒は滅多に立ち入らない。

 

「随分と立派な建物ですね」

 

 カレンが言った。

 

「元々は学園の来賓用施設だったらしい。今は会長が私物のように使っている」

「生徒会長は、アッシュフォード家の方でしたね」

「ミレイ・アッシュフォード。君も名前くらいは知っているだろう」

「ええ」

 

 カレンは静かに歩いていた。

 だが視線は、ルルーシュの動きを注意深く追っている。

 

「昨日は大変だったそうだな」

 

 ルルーシュが何気なく言った。

 カレンの歩調が、ほんのわずかに乱れた。

 

「何のことでしょう」

「旧市街地の掃討作戦だ。君の家は、あの方面に関係する企業と取引があると聞いたことがある」

「私は詳しくありません。療養中でしたから」

「そうか」

「ランペルージ君は、詳しいのですか?」

「ニュースで見た程度だ」

「その割には、興味があるようですね」

「首都で軍事作戦が行われれば、誰でも気になる」

 

 カレンは微笑んだ。

 

「そうですね」

 

 互いに探り合いながら、クラブハウスへ入る。

 今日は生徒会の活動予定がない。

 少なくとも、ルルーシュはそう確認していた。

 人気のない談話室へカレンを通す。

 

「座ってくれ」

「失礼します」

 

 カレンは長椅子へ腰掛けた。

 ルルーシュは向かい側へ座る。

 数秒の沈黙。

 

「生徒会の話ではなさそうですね」

 

 先に口を開いたのはカレンだった。

 

「なぜそう思う」

「見学なら、ほかの生徒会の方もいるはずです」

「今日は予定が合わなかっただけだ」

「それに、ランペルージ君はさっきから私の反応ばかり見ています」

 

 カレンは令嬢の微笑を消した。

 

「何を知りたいんですか」

「君こそ、朝から俺を見ていただろう」

「気のせいです」

「そうは見えなかった」

「自意識過剰では?」

「病弱な令嬢にしては、随分と人を観察するのが得意だ」

 

 空気が変わった。

 カレンの指先がわずかに動く。

 逃げるか、攻撃するか。まだ決めていない。

 

「君に質問がある」

 

 その隙に、ルルーシュは正面からカレンの目を見た。

 左目に赤い紋章が浮かぶ。

 

「俺の質問に、すべて正直に答えろ」

 

 カレンの瞳に赤い光が走った。

 

「はい」

 

 身体から緊張が消える。

 表情は静かで、抵抗する様子はない。

 

「本名は」

「紅月カレン。カレン・シュタットフェルトはブリタニア側で使っている名前です」

「君は日系人か」

「はい。父はブリタニア人、母は日本人です」

「出身地は」

「香港です」

 

 ルルーシュは眉を動かした。

 

「日本本土ではないのか」

「幼い頃は香港で暮らしていました。その後、父の都合でブリタニアへ移りました」

「昨日、旧市街地で戦っていたな」

「はい」

「赤いグラスゴーと、奪取したサザーランドの操縦士は君か」

「はい」

「所属している組織は」

「日系人とアジア系難民を支援する地下組織です。表向きは難民団体として活動しています」

「指導者は」

「現場の代表は扇要です。武装班には固定された指揮官はいませんでした。以前は兄の紅月ナオトが中心でした」

「日本から支援を受けているか」

「はい」

「日本政府からか」

「正確には分かりません。小野田さんを通じて、資金、医薬品、武器、通信機、車両を受け取っています」

「小野田とは誰だ」

「小野田寛郎。難民団体の設立を助けた支援者です。日本の特務機関に所属していると思います」

「軍人か」

「おそらく」

「昨日の襲撃は、日本側の命令か」

「いいえ。監視だけを命じられていました。襲撃は私たちが決めました」

「目的は」

「コンテナの中身を確かめるためです。兄の失踪と関係している可能性があると思いました」

「C.C.について、何を知っている」

「名前は知りません。緑色の髪の少女が中にいたことだけです」

「ブルグントとの関係は」

「コンテナに標章がありました。それ以上は知りません」

「昨日、君たちへ指示を出した男をどう思う」

 

 カレンの口が開く。

 

「戦術を知っている。敵の動きを先読みできる。傲慢で、危険。でも、あの人がいなければ私たちは全滅していました」

「正体に心当たりは」

「ありません」

「俺ではないかと疑っているな」

「はい」

 

 ルルーシュは一瞬黙った。

 

「理由は」

「声が似ています。話し方も。人を駒のように動かすところも」

「それだけか」

「昨日の翌日に、私へ旧市街地の話を振ったからです。あと、私が見ていることにすぐ気づきました」

 

 ルルーシュは内心で舌打ちした。

 想像以上に鋭い。

 

「君の組織は、今後も戦うつもりか」

「分かりません。小野田さんは解散か再編か選べと言いました」

「君自身は」

「戦いたいです」

「なぜだ」

「難民として隠れて生きるだけでは、何も変わらないからです」

「日本のためか」

「それだけではありません」

「では何のためだ」

「母と、兄と、難民街の人たちのためです。日本人でも中国人でもブリタニア人でもないと扱われる人たちが、誰かの都合で踏みにじられないために」

 

 ルルーシュは彼女を見つめた。

 利用価値はあると考えた。

 操縦技術、地下組織との接点、日本の特務機関へつながる人脈。

 そして、帝国への明確な反感。

 しかし、それ以上に。

 彼女の言葉は、自分の目的と重なる部分を持っていた。

 

「最後の質問だ」

 

 ルルーシュは言った。

 

「昨日の指揮官が再び現れたら、従うか」

「条件次第です」

「どんな条件だ」

「私たちを使い捨てにしないこと。難民を巻き込まないこと。目的を隠したまま、死ねと命じないこと」

「難しい条件だな」

「だから、確かめます」

「どうやって」

「本人に会って」

 

 ギアスの光が消えた。

 カレンの瞳に焦点が戻る。

 

「それで、生徒会では──」

 

 彼女は言いかけて、わずかに眉を寄せた。

 

「今、何の話をしていました?」

「君の体調と、生徒会への参加についてだ」

 

 ルルーシュは即座に答えた。

 

「少し疲れているようだな。今日は帰った方がいい」

「そう……でしょうか」

「病み上がりなんだろう」

「ええ」

 

 カレンは立ち上がった。

 だが表情には違和感が残っていた。

 話をしていたはずなのに、内容が曖昧だ。

 何か重要なことを聞かれたような感覚だけがある。

 

「見学は、また別の日にしよう」

「分かりました」

 

 ルルーシュが扉へ向かう。

 そうしてカレンを帰そうとした、その時だった。

 クラブハウスの外から、複数の足音が近づいてくる。

 

「ルルーシュー!」

 

 勢いよく扉が開いた。

 ミレイが料理の大皿を抱え、その後ろからシャーリー、リヴァル、ニーナが続く。さらに、車椅子に乗ったナナリーを咲世子が押していた。

 

「歓迎会の準備、完了よ!」

「待て、会長。これは生徒会への勧誘ではない」

「でもクラブハウスに二人きりで招いたんでしょう?」

 

 ミレイが意味ありげに笑う。

 

「二人きり?」

 

 シャーリーの視線がルルーシュへ向いた。

 

「誤解するな。少し話をしていただけだ」

「シュタットフェルトさんが学校に慣れるよう、生徒会を見学してはどうかと声をかけたんです」

 

 カレンが令嬢らしい微笑みで助け舟を出す。

 

「ほら、やっぱり歓迎会が必要じゃない!」

 

 ミレイは満足そうに言った。

 ナナリーがカレンのいる方へ顔を向ける。

 

「シュタットフェルトさんですね。中等部のナナリー・ランペルージです。兄がお世話になっています」

「こちらこそ。カレン・シュタットフェルトです」

「お身体が優れないと聞きました。今日は大丈夫ですか?」

「はい。皆さんが気遣ってくださるので」

 

 カレンは柔らかく答えた。

 昨夜、傷ついた仲間を見ていた人物とは思えないほど、穏やかな声だった。

 

「ナナリーまで連れてきたのか」

「新しいお友達には、早めに挨拶した方がいいでしょう?」

 

 ミレイがカレンの前へ料理を並べる。

 

「まだ生徒会に入るとは言っていない」

「食べ終わる頃には入る気になってるわよ」

「それは勧誘ではなく買収だ」

「細かいことは気にしない!」

 

 リヴァルがシャンパン風の瓶を掲げた。

 

「ノンアルコールだから安心しろよ」

「では、カレンさんの復帰を祝って乾杯しましょう」

 

 ナナリーの言葉に、全員がグラスを取る。

 

「乾杯!」

 

 グラスが触れ合った、その直後。

 クラブハウスのラジオから、臨時ニュースを告げる音が流れた。

 

『番組の途中ですが、総督府から重大な発表が行われる予定です』

 

 賑やかだった室内が静まる。

 

『昨日の首都旧市街地における治安作戦に関係するものと見られています』

「昨日の事件……」

「重大な発表?」

 

 シャーリーが不安そうに言う中、リヴァルが首を傾げた。

 

「まさか」

 

 ミレイの笑顔も薄れた。

 ルルーシュは黙ってラジオを見た。

 ついに発表するつもりか。

 だが、なぜ一日待った。

 皇子の死を公表する前に、ブリタニア軍は何を処理していた。

 

 C.C.の捜索。

 

 G-1ベース内部の証拠。

 

 自分がギアスを使った兵士や職員の証言。

 

 あるいは、クロヴィスが最後に明かしたマリアンヌ暗殺事件に関する記録。

 ルルーシュの手に、わずかに力が入った。

 

 

 

 

遅れた真実 

 




解説
『カレン・シュタットフェルト/紅月カレン』
コードギアス側キャラ。
本作では香港出身の日本人とブリタニア人のハーフ。広東国で幼少期を過ごした後、父親の都合でブリタニア本土へ移住した。
表向きはブリタニア貴族社会に属する病弱な令嬢。裏では日本系移民、香港難民、中華系労働者を支援する活動家であり、兄ナオトが残した地下組織へ参加している。
日本人としての誇り、香港出身者としての記憶、ブリタニア人としての社会的立場を同時に持ち、三つの帰属の間で揺れている。
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