コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire 作:オムライス黄色連盟
1962年4月22日午後4時25分
アッシュフォード学園 クラブハウス
『総督府より、重大な発表が行われます』
クラブハウスのラジオから流れていた臨時放送の音声は、どこかの壇上に切り替えられた。
壇上に人が上がると、記者たちのフラッシュが瞬くのが聞こえた。
『神聖ブリタニア帝国臣民の諸君。本日、我々は極めて悲痛な事実を公表しなければならない』
声の主は純血派の軍人ジェレミア・ゴットバルトだった。
その声は硬く、抑制されていた。
『昨日、首都旧市街地における治安作戦を指揮されていたクロヴィス・ラ・ブリタニア第三皇子殿下が、G-1ベース内部にて暗殺された』
クラブハウスの空気が凍りついた。
「クロヴィス殿下が……?」
シャーリーが息を呑む。
ミレイも、先ほどまでの笑顔を失っていた。
リヴァルはグラスを持ったまま、画面を見つめている。
ルルーシュだけが、何も言わなかった。
知っている。自分が撃ったからだ。
だが、それを知っている顔をすることはできない。
『殿下は、卑劣な反逆者によって命を奪われた。現在、帝国軍および国家警察は、事件の全容解明へ向けた捜査を進めている』
ジェレミアは硬い声のまま、言葉を続ける。
『捜査の結果、容疑者として枢木スザク一等兵が浮上した』
「スザクさん……?」
ナナリーが小さく呟いた。
『枢木一等兵は、名誉ブリタニア人として帝国軍に所属していた日本系兵士である。事件当時、G-1ベース周辺で行動していたことが確認されており、現在は軍当局によって身柄を拘束されている』
「嘘だ」
ルルーシュの口から、危うく言葉が漏れそうになる。
スザクはクロヴィスを殺していない。
彼はあの時、負傷していた。
ランスロットへ乗った後も、旧市街地で民間人の救助を行っていた。
何より、クロヴィスを撃ったのは自分だ。
『また、枢木一等兵については、日本の特務機関および国外反帝国組織との接触があった可能性も指摘されている』
音声が切り替わる。
ラジオ局側の軍事評論家、新聞記者、匿名の情報筋の議論に切り替わった。
『枢木一等兵は旧日本政界の有力者、枢木ゲンブの実子です』
『昨年のハワイ危機後、彼は突然日本国内から姿を消しています』
『日本の情報機関が、彼をブリタニア軍内部へ潜入させた可能性は否定できません』
『クロヴィス殿下暗殺は、東京による報復工作だったのではないかとの見方も――』
彼らは次々と憶測を語り始めた。
まるで犯人が確定したかのように──
「そんなはずありません!」
ナナリーが声を上げた。
珍しく強い口調だった。
「スザクさんが、そんなことをするはずがありません……」
「ナナリー」
ルルーシュは彼女のそばへ歩み寄った。
「でも、お兄様。スザクさんが捕まったって……」
「まだ容疑者だ」
ルルーシュは穏やかな声を作った。
「罪が決まったわけじゃない」
「でも、報道では……」
「報道は事実を決めるものじゃない」
自分でも皮肉な言葉だと思った。
帝国が公正な裁判をするとは、ルルーシュ自身が誰より信じていない。
純血派は名誉ブリタニア人を嫌っている。
日本系であり、旧政界指導者の息子であり、軍の秘密試作機に搭乗したスザクは、犯人へ仕立てるには都合がよすぎる。
それでも、ナナリーの前で真実を告げることはできない。
「きっと、公正な裁判が行われる」
ルルーシュはナナリーの手を取った。
「証拠がなければ、スザクは解放される。だから安心していい」
「本当に?」
「ああ」
ナナリーはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「信じます。お兄様がそう言うなら」
ルルーシュは笑顔を返した。
その内側で、別の決意が形を取り始める。
帝国はスザクを殺すつもりだ。裁判は形式にすぎないだろう。
ならば、自分が動かなければならない。
カレンは少し離れた場所から、ルルーシュを見ていた。
スザクの写真が出た瞬間。
彼の顔から、わずかに血の気が引いた。
単に同じ学校の知人を心配した反応ではない。
もっと深い感情がある。
だが今は、それを尋ねられる状況ではなかった。
歓迎会が終わる頃には、クラブハウスの空気はすっかり沈んでいた。
ミレイたちはナナリーを屋敷へ送り、シャーリーとリヴァルも帰っていった。
残ったのは、片づけを任されたルルーシュとカレンだけだった。
「これ、どこへ置けばいいですか」
「そこの棚だ」
カレンが皿を運び、ルルーシュはテーブルの上を片づける。
二人とも、先ほどの報道については触れなかった。
窓の外では、夕方の光が学園の敷地を橙色に染めている。
「シュタットフェルトさん」
「何でしょう」
「今日は悪かったな。まさか、あんな報道が入るとは思わなかった」
「私に謝ることではありません」
「歓迎会には向かない終わり方だった」
「十分、楽しかったです」
カレンは柔らかく答えた。
令嬢を装う演技だ。だが、以前ほど不自然には見えなかった。
「生徒会のことは、考えておきます」
「無理に入る必要はない」
「誘ったのはランペルージ君では?」
「会長に知られた以上、俺の意思とは関係なく話が進む可能性が高い」
「それは少し怖いですね」
「少しではない」
その時。
クラブハウスの隅に置かれた電話が鳴った。
二人が同時に振り返る。生徒会用の内線電話。この時間に鳴ることは珍しい。
「俺が出る」
ルルーシュは受話器を取った。
「はい、こちらアッシュフォード学園生徒会室です」
数秒の沈黙。
そしてルルーシュは、わずかに眉を上げた。
「カレン・シュタットフェルト?」
カレンがこちらを見る。
「ああ。いる」
ルルーシュは受話器を差し出した。
「君にだ」
「私に?」
カレンは警戒しながら受話器を受け取った。
「もしもし」
『紅月カレンだな』
聞き覚えのある声だった。
昨日、旧市街地で、無線越しに命令を下した男。
カレンの身体が強張る。
「あなたは……」
『明日の十六時、太平洋戦争博物館へ来い』
「待って。あなたは昨日の――」
『仲間を連れてこい。信頼できる者だけだ』
「目的は何? 顔も見せずに、また命令だけするつもり?」
返事はなかった。
「もしもし?」
回線が切れている。
カレンは受話器を見つめた。
そして、ゆっくりとルルーシュへ視線を向けた。
「誰だった?」
ルルーシュは何も知らない顔で尋ねた。
「……知合いです」
カレンは受話器を戻した。
彼女の中で、一つの疑惑が消えていた。
昨日の指揮官は、ルルーシュ・ランペルージではない。
目の前にいる少年は、だれが相手なのかわからず、疑問を持っているように見えた。
だが、それこそがルルーシュの狙いだった。
先ほど流れた声は、生のものではない。
あらかじめ用意した録音音声だ。
時間を指定し、クラブハウスの自動発信装置から外線へ接続させていた。
カレンの疑念を外すための、単純な仕掛け。
だが効果は十分だった。
「ありがとう。今日はここで外すね」
「ああ。お疲れ」
カレンはそう答え、クラブハウスを後にした。
扉が閉まる。
ルルーシュは一人になった。
「第一段階は成功か」
カレンの疑いは外れた。
次は、地下組織そのものを自分の前へ呼び出す。
正体を見せずに。
主導権を握ったまま。
翌日午後3時55分
太平洋戦争博物館
巨大な石造建築の正面には、敗戦当時のブリタニア国旗が半旗の形で掲げられていた。
入口前には、太平洋戦争で失われた艦艇と兵士の名を刻んだ黒い壁が並んでいる。
館内へ入ると、暗い展示室が続いている。
日本軍による真珠湾攻撃。
炎上するブリタニア艦隊。
解説には「卑劣な奇襲攻撃」と書かれている。
マレー半島へ投入された日本製ナイトメアフレームの《無頼》も、鹵獲品が展示されている。
解説には「ブリタニア軍の機械化部隊を圧倒し、マレー及びフィリピンの防衛線を突破した日本製第二世代型KMF」と。
そして、ハワイへ投下された原子爆弾の写真。
その展示には、強い言葉が記されている。
敗北を忘れてはならない
弱さは国を滅ぼす
帝国の再興は、犠牲の記憶の上にある
その展示の間を、四人の男女が別々に歩いていた。
「臥薪嘗胆ってやつかね」
「……静かに」
玉城の軽口を、扇が隣から制した。
この場にいるのは、カレン、扇要、玉城真一郎、そして小野田寛郎だ。
全員、互いに関係のない来館者を装っている。
カレンは帽子を深くかぶり、髪をまとめていた。扇は旅行者風の服装。玉城は整備作業員。
小野田は地味なスーツ姿で、退役軍人のように展示を眺めている。
四人は館内も声をかけ合わなかった。
指定された十六時まで、残り五分。
小野田は壁の時計を一度だけ見た。
周囲には家族連れ、学生、退役軍人、観光客がいる。
警備員も多い。待ち伏せには向かない。
しかし同時に、人混みへ紛れるには適している。
そして……十六時ちょうど。
館内放送が流れた。
『ご来館中の紅月カレン様』
カレンの表情がわずかに動く。
『受付に落とし物が届いております。お心当たりのある方は、正面受付までお越しください』
玉城が離れた展示ケースの向こうで、小さく眉をひそめた。扇も足を止める。
小野田だけは、展示から視線を外さなかった。
カレンはそのまま受付へ向かった。
「呼び出しを受けた紅月です」
受付係は、カウンターの下から小さな箱を取り出した。
「こちらで間違いありませんか」
中に入っていたのは、見覚えのない携帯端末だった。
薄型の黒い筐体に、短いアンテナ。
側面には小さく、ソニーの社名が刻まれている。
広東の日系企業だ。
この端末は、この時代ではまだ一部の政府関係者や企業幹部しか所有していない、最新型のポータブル電話だった。
当然カレンのものではない。
「私のものではありません」
「ですが、紅月カレン様のお名前で届けられています」
「誰が届けたんですか」
「男性だったと思います。混雑していたので、詳しくは……」
受付係は困ったように答えた。
カレンは少し迷った後、端末を受け取った。
「……なんでもありません。ありがとうございます」
受付を離れ、カレンは近くの化粧室へ入った。
個室の一つへ入り、鍵を閉める。
端末を確認する。連絡先は一件だけで、名前は登録されていない。
カレンはその宛先に発信ボタンを押した。
呼び出し音は一度だけ鳴った。
『よく来た』
昨日の声だった。
「あなたは誰?」
『ゼロ』
「ゼロ?」
『そう呼べ』
「私たちをここへ呼び出した目的は?」
『今から環状五号線外回りの電車へ乗れ』
「どの駅から?」
『博物館前駅』
「仲間も一緒に?」
『全員だ』
「あなたはどこにいるの」
『乗れば分かる』
「待って。小野田さんも──」
回線が切れた。
カレンは端末を耳から離した。
画面には、通話終了の表示だけが残っている。
こちらの質問へ答える気はない。昨日と同じだ。一方的に命令し、進むべき道だけを示す。
「ゼロ……」
カレンはその名を小さく呟いた。
個人の名前ではないだろう。何も持たない者、と言う意味が正しいのだろうか。
正体も、所属も、過去も明かさない。それがゼロという男なのかもしれない。
カレンは端末を握りしめ、個室を出た。
鏡の前で一度だけ呼吸を整える。
そして化粧室を出て、離れた場所で展示を見ていた扇と玉城へ、さりげなく視線を送る。
最後に小野田。小野田もわずかにうなずいた。
四人は再び別々に歩き出した。
解説
『ソニー製ポータブル電話』
この時代に携帯電話は広く普及してないので、時代相応のものを用意。
『一式騎兵機《無頼》』
日中戦争における第一世代騎兵機の損害を受けて開発された、日本軍初の本格的第二世代KMF。皇紀2601年に制式採用され、太平洋戦争開戦時の南方作戦で初めて大規模に実戦投入された。
最大の特徴は、頭部から後方へ伸びる触覚型複合センサー「ファクトスフィア」で、日中戦争での戦訓から機体周辺の光学・赤外線・音響情報を統合する目的で開発された。この装備は後世においても広く普及している。
対KMF戦闘を想定した《無頼改》は格闘兵器として、日本刀型の「廻転刃刀」を装備している。