コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire   作:オムライス黄色連盟

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続きです。


その名はゼロ

午後5時25分

ペンドラゴン 環状5号線外回り

 

 列車は、午後の首都を一定の速度で走っていた。

 窓の外を、官庁街、商業区、古い住宅地が次々と流れていく。

 カレン、扇、玉城、小野田の四人は、互いに少し距離を空けて座っていた。

 

 周囲には一般の乗客がいる。

 買い物帰りの婦人、新聞を読む会社員、制服姿の学生。

 彼らは四人が同じ目的で乗車していることなど知らない。

 カレンの手元には、博物館で受け取ったソニー製のポータブル電話があった。

 画面には何も表示されていない。

 

「本当にこのまま乗ってるだけかよ」

 

 玉城が小声で言った。

 

「声を落とせ」

 

 扇がたしなめる。

 

「だってよ、どこへ連れていかれるかも分からねえんだぞ」

「それを確かめるために来たんだろう」

「分かってるけどよ」

 

 小野田は窓に映る乗客の姿を見ていた。

 駅へ停車するたび、何人かが降り、別の乗客が乗り込む。

 今のところ、明らかな尾行は見当たらない。

 だが、それが安全を意味するわけではなかった。

 

「小野田さん」

 

 カレンが声を抑えて尋ねる。

 

「どう思いますか」

「用心深い男だ」

「それだけですか」

「顔を見せず、移動経路を複数回変え、人の多い場所を使う。こちらが尾行されている可能性まで考えている」

「信用できますか」

「信用する必要はない」

 

 小野田は前方車両へ続く扉を見た。

 

「価値があるかどうかを見極めればいい」

 

 その時。

 カレンの手の中で電話が振動した。

 四人の視線が集まる中、カレンは通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

『先頭車両へ来い』

 

 ゼロの声だった。

 

「全員で?」

『全員だ』

「そこにいるの?」

『来れば分かる』

 

 回線が切れる。

 玉城が顔をしかめた。

 

「相変わらず感じ悪いな」

「行きましょう」

 

 カレンは立ち上がった。

 四人は一人ずつ時間をずらしながら、前方車両へ移動した。

 だが、進むにつれて乗客の数が減っていく。

 一つ手前の車両には数人。

 その次には誰もいない。

 先頭車両へ続く扉の前には、故障を知らせる札が掛けられていた。

 

 車両点検中につき立入禁止

 

 玉城が札を見た。

 

「こんなの、さっき駅員が言ってたか?」

「言っていない」

 

 小野田が答える。

 

「人払いされていますね」

 

 扇が周囲を見渡した。

 

「駅員を買収したのか。それとも、別の方法か」

 

 小野田は扉へ手をかけた。

 

「入るぞ」

 

 扉を開く。

 先頭車両には、誰もいなかった。座席は空。網棚にも荷物はない。

 運転席との間を隔てる扉には、内側から黒い幕が張られている。

 そして車両中央に、一人の男が立っていた。

 黒い衣装、長い外套、顔の上半分を覆う、不気味な仮面。

 舞台役者のように大仰で、軍人とも活動家とも見えない。

 玉城が眉をひそめる。

 

「何だ、その格好」

 

 男は両腕を広げた。

 

「ようこそ」

「あなたがゼロ?」

 

 カレンが尋ねる。

 

「そのとおり」

「昨日、私たちを指揮したのも」

「私だ」

「クロヴィスを殺したのも?」

 

 ゼロは答えなかった。

 代わりに、四人をゆっくりと見渡した。

 

「君たちは、この世界を変えたいと思わないか」

 

 唐突な問いだった。

 

「世界?」

 

 扇が聞き返す。

 

「ブリタニアを倒すという意味か」

「それだけではない」

 

 ゼロは窓の外へ顔を向けた。

 

「ブリタニアは腐っている。だが、それは日本も同じだ」

 

 玉城の表情が変わる。

 

「何だと?」

「財閥と軍部が富を独占し、難民や植民地の民を都合よく使い、勝利を永遠の免罪符にしている」

「日本が俺たちを支援してるのを知ってるのか」

「知っている」

 

 玉城が一歩出ようとするが、小野田が手で止めた。

 

「続けろ」

 

 小野田の声は低かった。

 ゼロは彼を見る。

 

「ドイツもまた同じだ。勝利の果てに膨れ上がり、自らの重みに耐えられなくなっている。帝国は違えど、構造は同じだ」

「支配する者が富と軍を握り、従う者へ沈黙を強いる」

「そうだ。そしてその結果、北米大陸、アジア、ヨーロッパ、ロシアの大地では、何千万という人々が圧政に苦しみ、この日も誰かの反逆を待っている」

 

 カレンがゼロを見据える。

 

「それで、あなたは三つの帝国を全部敵に回すつもり?」

「敵に回すのではない」

 

 ゼロは静かに答えた。

 

「変える」

「どうやって」

「テロではない」

 

 その言葉に、扇がわずかに反応した。

 

「まして、核兵器でもない」

 

 小野田の目が細くなる。

 

「では何を使う」

「人々の目だ」

 

 ゼロは仮面の奥から四人を見た。

 

「帝国は、力によって世界を支配しているのではない」

「違うと言うのか」

「力を持っていると、人々に信じさせることで支配している」

 

 列車が高架区間へ入る。

 午後の光が車内へ差し込んだ。

 

「ならば、その信仰を壊せばいい」

「演説で帝国が倒れるなら苦労しねえよ」

 

 玉城が吐き捨てる。

 

「演説ではない」

 

 ゼロは答えた。

 

「演技だ」

「演技?」

「人々が見る前で、帝国は絶対ではないと証明する」

 

 扇が慎重に尋ねる。

 

「何をするつもりだ」

 

 ゼロは窓の外へ視線を向けた。

 遠くの大通りに、軍用車両と集まる群衆が見え始めていた。

 

「今日、この街で演じてみせる」

 

 その声に迷いはなかった。

 

「一人の容疑者を奪い返す」

「枢木スザクを?」

 

 カレンが息を呑む。

 

「彼は公開処刑される」

「裁判は」

「既に結論は出ている」

 

 小野田がゼロを見つめた。

 

「純血派が名誉ブリタニア人を犯人に仕立て、処刑する。そこへお前が介入する」

「そうだ」

「我々に何をさせる」

「まずは見ろ」

 

 ゼロは答えた。

 

「私が何者か。何ができるのか」

「そして、その後に選べ」

 

 列車が次の駅へ近づく。

 速度を落とし始めた。

 

「この世界を変える側へ立つか」

「それとも、変わる世界に踏み潰される側へ残るか」

 


 

午後6時21分

ペンドラゴン メインストリート

 

 同じ頃。

 首都中心部では、枢木スザクの移送が始まっていた。

 大通りの両側には、軍によって集められた市民と報道陣が並んでいる。

 警備兵が道路を封鎖し、建物の屋上には狙撃兵が配置されていた。

 車列中央、装甲車の上部には、急造された公開台が設けられている。

 その中央に、スザクは立たされていた。

 両手を後ろで拘束され、軍服は着替えさせられている。

 肩には、名誉ブリタニア人を示す徽章が残されたままだった。

 

「裏切り者!」

「日本人の犬!」

「皇子殿下を返せ!」

 

 沿道から罵声が飛ぶ。

 紙くず、小石、腐った果物。

 兵士たちは止めようとしない。

 むしろ、市民の怒りを煽るように車列の速度を落としていた。

 スザクは顔を上げなかった。

 反論しても意味はない。

 自分はクロヴィスを殺していない。

 だが、無実を証明する者はいない。

 軍上層部は最初から、自分を裁くつもりではなかった。

 必要なのは犯人ではない。

 帝国臣民が納得する生贄だ。

 

「前を向け」

 

 傍らの兵士が命じる。

 スザクはゆっくりと顔を上げた。

 目の前には、怒りに満ちた市民の顔がある。

 その中に、かつて自分と同じように差別されてきた名誉ブリタニア人の姿もあった。

 彼らもまた、自分へ罵声を浴びせている。

 そうしなければ、自分たちまで疑われるからだ。

 スザクには、それが分かっていた。

 


 

 処刑場へ続く大通りを見下ろす指揮車。

 ジェレミア・ゴットバルトは、車内の通信機へ耳を傾けていた。

 

『閣下。サードストリート方面から、未確認車両が接近』

「車種は」

『皇族用大型車両と思われます』

 

 ジェレミアの眉が動いた。

 

「識別番号は」

『照合不能。ただし外見は、クロヴィス殿下の御料車と一致』

 

 周囲の純血派将校が顔を見合わせる。

 

「殿下の御料車は総督府で保管されているはずでは?」

「偽物だ」

 

 ジェレミアは即答した。

 

「テロリストか」

「おそらくは」

「排除しますか」

 

 ジェレミアは窓の外を見た。

 沿道には大勢の市民、報道カメラ、装甲車に拘束されたスザク。

 敵が奪還へ来る可能性は、最初から予測していた。

 むしろ来させるために、これほど派手な移送を行っている。

 

「通せ」

 

 副官が驚く。

 

「よろしいのですか」

「近づかせろ」

「爆発物を搭載している可能性があります」

「だからこそ、ここで包囲する」

 

 ジェレミアは口元を歪めた。

 

「市民と報道陣の前で捕らえれば、純血派の正しさを証明できる」

 

 通信機へ命じる。

 

「全部隊、発砲を禁ずる。目標車両を予定地点まで誘導しろ」

『了解』

「逃走経路を閉じろ。中の人間は生け捕りにする」

 


 

 サードストリートから、黒い御料車が姿を現した。

 沿道の市民がざわめく。

 

「クロヴィス殿下の車だ」

「どうしてここに?」

 

 軍は阻止しない。

 むしろ道を開けるように部隊が移動する。

 御料車はゆっくりと進み、スザクを乗せた装甲車の前方で停止した。

 その屋根の上に、一人の男が立っていた。

 黒い衣装、黒い外套、そして顔を覆う仮面。

 報道カメラが一斉に向けられる。

 御料車の運転席では、帽子と制服で姿を変えたカレンがハンドルを握っていた。

 周囲からは顔が見えない。

 扇、玉城、小野田は別の位置から状況を見ている。

 彼らはまだ、ゼロが何をするつもりなのか完全には知らされていなかった。

 

「何者だ!」

 

 拡声器を通じて、ジェレミアの声が響く。

 黒衣の男は、両腕を広げた。

 

「私はゼロ」

 

 群衆がざわめく。

 

「ゼロ?」

「誰だ?」

「テロリストか?」

 

 ジェレミアは警戒を強めた。

 

「車両から降りろ! 仮面を外し、両手を見える位置へ置け!」

「断る」

 

 ゼロは悠然と答えた。

 その態度が、ジェレミアの神経を逆撫でする。

 

「包囲されているのが分からないのか」

「理解している」

「ならば降伏しろ」

「その前に、見せたいものがある」

 

 ゼロが指を鳴らす。

 御料車の外装が左右へ展開し始めた。

 装甲板に見えていた部分が外れ、内部に隠されていた黒いコンテナが姿を現す。

 群衆から驚きの声が上がる。

 

「何だ、あれは」

「軍の荷物か?」

「爆弾?」

 

 一般市民には分からない。

 報道陣も、ただ黒い箱としてカメラに収めるだけだ。

 

 だがジェレミアは知っていた。

 

 旧市街地で失われた、ブルグント由来の鹵獲品。

 クロヴィスが軍を総動員して捜索させた機密物。

 それが今、市民と報道陣の目前にある。

 もし撃てば、もし爆発すれば。

 中身が何であるにせよ、ブリタニアが隠していた最高機密が群衆の前へさらされしまう。

 さらに、それが危険物である可能性を否定できない。

 ゼロは単にスザクを奪いに来たのではない。

 市民全員を、彼ら自身に気づかせないまま人質に取ったのだ。

 ジェレミアの顔から余裕が消えた。

 

「何が望みだ」

 

 ゼロの声が響く。

 

「交渉する気になったか」

「条件を言え」

 

 ジェレミアは奥歯を噛みしめた。

 

「そのコンテナを引き渡せ」

「交換だ」

「何と」

 

 ゼロは拘束されたスザクを指した。

 

「枢木スザク」

 

 群衆が再びざわめく。

 

「彼をこちらへ渡せ」

「笑止! できると思うか!」

 

 ジェレミアは即答した。

 

「枢木スザクはクロヴィス殿下暗殺事件の容疑者だ。帝国の司法手続きに従い、処罰される」

「司法手続き?」

 

 ゼロは嘲るように言った。

 

「判決も出ていない人間を、処刑場へ連れていくことがか」

「貴様に関係はない」

「ある」

「何?」

 

 ゼロは群衆と報道カメラを見渡した。

 すべての視線が、自分へ集まっている。

 

「枢木スザクは、クロヴィスを殺していない」

「黙れ!」

「彼を処刑すれば、帝国は無実の者を殺すことになる」

「貴様に何が分かる!」

 

 ジェレミアの声が荒くなる。

 ゼロは仮面の奥で笑った。

 

「分かるとも」

 

 黒い外套が、風に大きく翻る。

 

「何故なら──」

 

 その場にいる全員が息を呑んだ。

 

「クロヴィス・ラ・ブリタニアを殺した犯人は、私だからだ!」

 

 

 

 

 

真実 

 

 

 

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