コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire   作:オムライス黄色連盟

14 / 16
真実

午後6時30分

ペンドラゴン メインストリート

 

 その場にいる全員が息を呑んだ。

 

「クロヴィス・ラ・ブリタニアを殺した犯人は、私だからだ」

 

 ゼロの声は、拡声器を通じて大通り全体へ響き渡った。

 沿道の市民がざわめく。

 報道陣は一斉にカメラを向け、記者たちは互いを押しのけるように前へ出た。

 

「犯行声明だ!」

「音声を確保しろ!」

「生中継を切るな!」

 

 スザクも拘束台の上で顔を上げた。

 黒い仮面、大仰な衣装、聞き覚えのないはずの声。

 それでも、その言葉だけは嘘ではないように聞こえた。

 自分を救うために罪を被ろうとしているのか。

 それとも、本当にこの男がクロヴィスを殺したのか。

 ジェレミアは数秒、言葉を失っていた。

 

「貴様が……殿下を?」

「二度言わせるつもりか」

「証拠はあるのか!」

「G-1ベースの指揮室。クロヴィスは最後まで、自分を殺す者の正体を理解していなかった」

 

 ゼロは悠然と続ける。

 

「彼は自ら停戦を命じ、護衛と参謀を指揮所から退かせた。そして、私と二人きりになった」

 

 ジェレミアの顔色が変わった。

 その情報は公表されていない。

 クロヴィスが停戦を命じたことは知られているが、指揮所から人員が退避していた事実は軍内部でも限定された者しか知らない。

 

「どうやって殿下へ近づいた」

「それを説明すれば、君たちの無能まで公表することになる」

「ふざけるな!」

「私は真実を告げている。枢木スザクは無実だ」

 

 ジェレミアは周囲を見渡した。

 報道カメラは止まっていない。

 市民も聞いている。

 ここでゼロを射殺すれば、口封じと受け取られる可能性がある。

 だが、このまま発言させれば、純血派が無実の兵士を犯人へ仕立て上げたという疑惑が広がる。

 

「貴様は何者だ」

 

 ジェレミアは絞り出すように尋ねた。

 

「日本の工作員か」

 

 御料車の運転席にいるカレンの指が、ハンドルを強く握った。

 

「東京の特務機関が、クロヴィス殿下を暗殺したのか。それともドイツか? ゲルマニアの情報部か!」

 

 ジェレミアの視線が、露出した黒いコンテナへ向かう。

 

「あるいは──ブルグントの回し者か!」

 

 市民の間に新たな動揺が走った。

 日本、ドイツ、そしてブルグント。

 帝国の敵として連日報道される名が、次々と口にされる。

 ゼロは小さく首を振った。

 

「そのどれでもない」

「ならば、誰の命令で動いている!」

「誰の命令も受けていない」

「そんな人間が、皇族を殺し、帝国軍を敵に回すものか!」

「国家へ属さなければ、世界を変えられないと思っているのか」

 

 ゼロは大通りを見渡した。

 

「私は日本のために戦うのではない。ドイツのためでも、ブリタニアのためでもない」

「ならば何のためだ!」

「世界を変えるためだ」

 

 嘲笑と困惑が市民の間に広がる。

 

「ブリタニアだけではない」

 

 だがゼロは構わず、右手を掲げた。

 

「勝利の記憶にしがみつき、軍部と財閥に食い荒らされる日本も。征服した大地の上で、恐怖と死を積み上げ続けるドイツも。すべて変える」

 

 ジェレミアは苛立ちを露わにした。

 

「たった一人のテロリストが、三つの帝国を変えるとでも?」

「テロリストではない」

「皇子を殺した者が何を言う!」

「私は破壊のために殺したのではない」

 

 ゼロの声は揺らがなかった。

 

「人々が、帝国は絶対ではないと知るためだ」

「詭弁を!」

 

 ジェレミアは拳を握った。

 

「貴様の戯言は終わりだ。全隊、目標へ照準を──」

「いいのか?」

 

 ゼロの一言が、命令を遮った。

 

「何がだ」

「オレンジの件を公表するぞ」

 

 ジェレミアの動きが止まった。

 

「──何?」

 

 ヴィレッタが横から彼を見る。

 

「ジェレミア卿?」

 

 沿道の市民も反応した。

 

「オレンジ?」

「何のことだ?」

「軍の機密か?」

 

 記者たちは一斉にざわめき、カメラをジェレミアへ向ける。

 兵士たちも、命令を待ったまま互いの顔を見た。

 ジェレミア自身には、オレンジという言葉に心当たりなどなかった。

 だからこそ、動揺した。

 知らない機密を、敵だけが知っている。

 クロヴィス直属の純血派内部に、自分へ知らされていない何かがあるのか。

 あるいは、自分を陥れるために用意された工作か。

 

「オレンジ……だと?」

 

 その反応だけで十分だった。

 ゼロは仮面の奥で笑った。

 運転席のカレンへ、合図を送る。

 御料車が動き出した。

 

「車両、前進!」

 

 兵士が叫ぶ。

 

「止めますか!」

 

 ジェレミアは返答できない。

 オレンジ、市民、報道カメラ、そしてコンテナ。

 判断材料が多すぎる。

 御料車はゆっくりと進み、包囲部隊との距離を詰めていく。

 百五十メートル。

 百メートル。

 ヴィレッタが異変に気づいた。

 

「ジェレミア卿、車両を止めるべきです!」

「待て」

「しかし!」

「撃てばコンテナがどうなるか分からん!」

 

 御料車はさらに近づく。

 五十メートル。

 ゼロはジェレミアを見据えた。

 仮面の目元が開く。

 左目に、赤い鳥のような紋章が浮かんだ。

 見える。

 およそ二百メートル以内。

 遮るものはない。

 ジェレミアの瞳に、赤い光が走る。

 

「ジェレミア・ゴットバルト」

 

 ゼロは命じた。

 

「私たちを全力で見逃せ。枢木スザクについてもだ」

 

 光が消えた。

 ジェレミアは数秒、その場に立ち尽くした。

 そして突然、肩の力を抜いた。

 

「分かった」

 

 ヴィレッタが耳を疑う。

 

「は?」

「条件を受け入れる」

 

 ジェレミアは拡声器を取った。

 

「全隊へ通達。枢木スザクを解放し、ゼロへ引き渡せ」

 

 大通りが静まり返った。

 

「ジェレミア卿」

 

 ヴィレッタが低い声で呼びかける。

 

「今、何と?」

「聞こえなかったのか。枢木スザクを解放する」

「彼はクロヴィス殿下暗殺の最重要容疑者です!」

「犯人は別にいる」

「仮面の男の証言だけで判断するのですか?」

「これは命令だ」

「しかし、純血派の権威が──」

「一蹴せよ!」

 

 ジェレミアはヴィレッタを睨みつけた。

 

「今この場で最も重要なのは、市民の安全と機密物の回収だ。枢木一等兵一人に固執して、全てを危険にさらすつもりか!」

 

 言葉だけを聞けば、一応の理屈は通っている。

 だが先ほどまでの態度とは正反対だった。

 ヴィレッタは困惑を隠せない。

 

「ジェレミア卿、本当にご自分が何を命じているか理解して──」

「命令を復唱しろ、ヴィレッタ・ヌゥ!」

「……枢木スザクを解放し、ゼロへ引き渡します」

「よろしい」

 

 拘束台の兵士たちも動けずにいた。

 

「早くしろ!」

 

 ジェレミアの怒声が飛ぶ。

 兵士がスザクの拘束具を外した。

 

「歩け」

 

 スザクは両手を自由にされ、装甲車の台から降ろされた。

 周囲の市民から罵声が飛ぶ。

 

「逃がすのか!」

「裏切り者を処刑しろ!」

「純血派は何をしている!」

 

 ジェレミアは自ら前へ出た。

 

「道を開けろ!」

 

 兵士たちが左右へ下がる。

 スザクは戸惑いながら、御料車へ向かって歩いた。

 黒衣の男が、自分を見下ろしている。

 

「なぜ、僕を助ける」

 

 スザクが尋ねた。

 

「君が無実だからだ」

「あなたが本当にクロヴィス殿下を殺したのか」

「今は、それを考える必要はない」

「僕にはある!」

「ならば、生き延びてから確かめろ」

 

 ゼロは手を差し出した。

 

「ここで死ねば、何もできない」

 

 スザクの脳裏に、父の顔が浮かんだ。

 ハワイ危機、父を撃った記憶。

 その後に自らへ刻み込んだ、死んではならないという罰。

 スザクは差し出された手を取った。

 ゼロが彼を御料車の上へ引き上げる。

 その瞬間。

 

「取引は成立した」

 

 ゼロが装置を作動させた。

 黒いコンテナの側面が開き、白い気体が勢いよく噴き出す。

 

「ガスだ!」

 

 誰かが叫んだ。

 沿道の市民が悲鳴を上げる。

 

「逃げろ!」

「毒ガスだ!」

「ブルグントの兵器だ!」

 

 報道陣も機材を放り出し、我先にと後退する。

 兵士たちは防毒面を着けようと混乱し、包囲線が一瞬で崩れた。

 実際には無害な煙幕剤だった。

 だが、ブルグントのコンテナから噴き出したという事実だけで、人々には十分な恐怖を与えた。

 

「前へ!」

 

 ゼロの声に、カレンがアクセルを踏み込む。

 御料車は煙を引きながら急発進した。

 兵士たちが道を開ける。

 

「追え!」

 

 キューエルが叫んだ。

 待機していたサザーランドへ乗り込み、機体を起動させる。

 ランドスピナーが地面を削り、御料車を追おうとする。

 だがその前へ、ジェレミアのサザーランドが割り込んだ。

 

「何をしている、キューエル卿!追跡を中止しろ!」

『敵は逃走中です!』

「市民の避難を優先する!」

『煙は無害かもしれない! 今なら捕まえられる!』

「命令違反だぞ、キューエル!」

 

 ジェレミア機は両腕を広げ、進路を完全に塞いだ。

 

「目標を追う者は、私が撃つ!」

『正気か!』

「全力で見逃せと言っただろう!」

 

 キューエルは一瞬、言葉を失った。

 

『誰がそんな命令を──』

「私だ!」

 

 ジェレミアはライフルをキューエル機へ向けた。

 

『下がれ! 純血派の名誉を汚すつもりか!』

 

 その言葉を発している本人こそが、最も不可解な行動を取っている。

 だが上官の銃口を前に、キューエルは追跡を続けられなかった。

 


 

 御料車は大通りから外れ、橋へ向かっていた。

 前方には封鎖線がある。

 後方から追跡車両の音も近づく。

 

「この先は行き止まりよ!」

 

 カレンが叫ぶ。

 

「構わない。そのまま進め!」

「橋を渡るの?」

「違う」

 

 ゼロはスザクの腕をつかんだ。

 

「飛び降りる」

「何?」

 

 玉城と扇は御料車後部の隠し区画から顔を出した。

 

「おい、飛び降りるって、下は線路だぞ!」

「だからだ」

 

 橋の下には貨物線が走っている。

 遠くから、列車の走行音が近づいていた。

 小野田が用意した貨物列車。

 時刻も速度も、事前の計画どおり。

 

「全員、固定具を外せ!」

 

 扇たちが動く。

 御料車が橋の中央へ到達する。

 眼下へ、黒い貨物列車が迫っていた。

 先頭近くの無蓋貨車には、大型の回収ネットが張られている。

 運転台には小野田がいた。

 

「速度を維持」

 

 小野田は計器を確認しながら、部下へ命じる。

 

「橋の通過まで十二秒」

「位置は合っています」

「ネット班、衝撃に備えろ」

「今だ!」

 

 御料車の側面が開く。

 最初に玉城と扇が飛び降りた。

 続いてカレン。

 ネットが大きく沈み込み、三人を受け止める。

 スザクは橋の下を見て、足を止めた。

 

「本気なのか」

「死にたいのか?」

「そういう問題じゃない!」

「ならば飛べ!」

 

 ゼロはスザクの背中を押した。

 二人は同時に橋から身を投げた。

 風が外套を翻す。

 黒い仮面。

 白い拘束服。

 二人の身体が、走行する貨物列車のネットへ落ちる。

 激しい衝撃。

 ネットが限界までたわみ、固定具が軋んだ。

 

「確保!」

 

 小野田の部下たちが二人を引き上げる。

 最後に、運転席から自動操縦へ切り替えた御料車が橋の欄干へ衝突した。

 車体は煙とともに横転し、後続車両の進路を塞ぐ。

 貨物列車はその下を通過した。

 

「全員乗ったか」

 

 小野田が無線で尋ねる。

 

『カレン、扇、玉城、枢木、ゼロを確認!』

「加速しろ」

 

 ディーゼル機関の音が高まる。

 貨物列車は速度を上げ、首都外縁部へ向かって走り去った。

 


 

 無蓋貨車の中。

 スザクは咳き込みながら身を起こした。

 

「ここは……」

「日本側の貨物列車だ」

 

 小野田が隣の車両から入ってくる。

 スザクは彼の顔を見て、身構えた。

 

「あなたは」

「小野田寛郎。日本陸軍の少佐だ」

「特務機関……?」

「その話は後だ」

 

 小野田はゼロへ視線を向けた。

 

「随分と派手な救出だったな」

「人々の記憶に残らなければ、意味がない」

「記憶に残ることと、生きて帰れることは別だ」

「両方達成した」

「今回はな」

 

 カレンは息を整えながら、ゼロを見た。

 

「本当にジェレミアが、あんな簡単に従うとは思わなかった」

「オレンジって何だったんだよ」

 

 玉城が尋ねる。

 

「知らない」

 

 ゼロは平然と答えた。

 

「は?」

「その場で作った」

「適当だったのかよ!」

「人は、自分の知らない秘密を示されると、それが存在すると考える」

「でも、あれだけであいつが全部受け入れるわけないでしょう」

 

 カレンが鋭く言うが、ゼロは答えない。その間、小野田は仮面の奥を見つめた。

 オレンジという言葉で作った隙。その後、ジェレミアは突然態度を変えた。

 ただの心理戦では説明がつかない。命令を受けたようだった。

 意思そのものを書き換えられたように。

 

「お前は、何をした」

 

 小野田が尋ねる。

 

「交渉しただけだ」

「交渉で、ああはならない」

「結果が重要だ」

「私には過程も重要だ」

 

 二人の視線がぶつかる。

 その間へ、スザクが立った。

 

「僕を助けた理由を説明してくれ」

 

 ゼロはスザクへ顔を向けた。

 

「言ったはずだ。君は無実だからだ」

「それだけじゃない」

「なぜそう思う」

「あなたはクロヴィス殿下を殺したと言った」

「事実だ」

 

 貨車内が静まった。

 カレンたちも、改めてゼロを見る。

 

「なぜ殺した」

「必要だったからだ」

「人を殺すことが必要だと?」

「帝国を変えるためにはな」

 

 スザクは拳を握った。

 

「そんなやり方では、何も変わらない」

「では、君のやり方なら変わるのか」

「僕はブリタニアの中から変える」

「処刑されかけたばかりの君が?」

「それでもだ」

 

 ゼロはしばらく黙った。

 

「ならば、生きて証明しろ」

「何?」

「私の方法が間違っていると言うなら、君の方法で世界を変えてみせろ」

 

 スザクは仮面の男を見つめた。

 

「あなたを止めることになるかもしれない」

「構わない」

 

 ゼロの声には、どこか愉快そうな響きがあった。

 

「君が私の前へ立てるところまで来られるならな」

 

 貨物列車はペンドラゴンを離れていく。

 その後方では、純血派の指揮系統が混乱し、市民と報道機関がゼロの名を繰り返していた。

 クロヴィスを殺した仮面の男。

 ブルグントの機密を奪った者。

 処刑寸前の名誉ブリタニア人を、帝国軍の目前から救い出した反逆者。

 

 その日。

 

 ゼロという名は、初めて世界へ刻まれた。

 

 

 

その名を刻め 

 

 




解説
『オレンジ』
ゼロが言ったジェレミアへのスキャンダルだが、そんなものは存在しない。ハッタリである。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。