コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire   作:オムライス黄色連盟

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仮面を追う者たち

 

 ゼロによる枢木スザク奪還事件は、ほぼ全世界へ生中継された。

 クロヴィス第三皇子を殺害したという告白。

 ブルグント由来の機密コンテナ。

 ドイツと日本、そしてブリタニアのすべてを変えるという宣言。

 さらに、純血派指揮官ジェレミア・ゴットバルトが突然スザクの解放を命じ、逃走するゼロを自ら庇った不可解な行動。

 仮面の男が姿を消した直後から、三つの帝国は同時に動き始めていた。

 


 

1962年4月22日午後8時05分

大日本帝国 首都東京

 

 首相官邸の会議室には、普段であれば同じ卓へ着くことさえ珍しい面々が集まっていた。

 大政翼賛会の各派閥を代表する政治家。

 陸軍と海軍の幹部。

 企画院の技官。

 財閥と官僚機構へ強い影響力を持つ者たち。

 会議室正面の映写幕には、御料車の上に立つゼロの姿が映し出されている。

 

『ブリタニアだけではない。日本も、ドイツも、すべて変える』

 

 録画映像が停止した。

 画面には、右手を掲げた黒衣の男が残された。

 

「随分と大きく出たものだ」

 

 陸軍系の大政翼賛会の議員が、不快そうに吐き捨てた。

 

「テロリスト一人が、帝国を変えると?」

「テロリストと断定するには早い」

 

 海軍系の議員が応じる。

 

「皇子暗殺を認めている。十分だろう」

「問題は、何者であるかだ。単なる反政府活動家が、ブルグントの鹵獲品を確保し、クロヴィスの御料車を用意し、ブリタニア軍の公開移送を乗っ取れると思うか」

「日本の支援組織が関与しています」

 

 内閣情報部の長官が資料を開いた。

 

「現場で車両を運転していた人物は、紅月カレンである可能性が高い。また、逃走に使われた貨物列車は、小野田寛郎少佐の工作網によって準備されたものと見られます」

 

 視線が井野碩哉へ集まる。

 

「小野田に命じたのか」

「枢木スザクの奪還は命じていない」

 

 井野は淡々と答えた。

 

「小野田へ与えた命令は、ブルグントの鹵獲品と、それを持ち去った人物の追跡だ」

「では、あのゼロという男へ協力したのは独断か」

「現場判断だろう」

「それを許すのですか?」

「今は泳がせる。今処罰すれば、唯一の接触経路を自ら切断することになるからな」

 

 井野は卓上の資料を閉じた。

 

「むしろチャンスだ。今必要なのは、ゼロの正体と能力を知ることだ」

 

 彼は陸軍派の代表を見る。

 

「陸軍は小野田の報告を精査しろ。現地部隊がゼロと接触した時刻、会話、移動経路をすべて再構成する」

「承知しました」

「海軍はクロヴィスの御料車と貨物列車の移動経路を調べろ。港湾、鉄道、倉庫に協力者がいないか洗い出せ」

「分かりました」

 

 次に、技官派へ視線を移す。

 

「賀屋さん、携帯電話と通信設備を調べてほしい。ゼロは最新型のソニー製ポータブル電話を使って紅月カレンを誘導したそうだ。端末の流通記録と改造の有無を確認してくれ」

「製造番号が残っていれば追跡できます」

「残っていない前提で調べてくれ。相手はそれほど間抜けではないからな」

 

 そして財閥系の代表には、ゼロが使用した資材の流通と資金源を追わせた。

 外務官僚には、ブリタニアとドイツの反応を探らせることにした。

 警察・治安部門には、日本国内でゼロを支持する動きが広がっていないか監視を命じた。

 

「そして、高木君」

 

 井野が呼びかける。

 高木惣吉は、他の出席者から少し離れた席に座っていた。

 

「枢木スザクについて、もう一度調べてもらいたい」

「ハワイ危機以後の動向ですか」

「そうだ」

 

 井野はスザクの写真を卓上へ置いた。

 

「昨年、枢木ゲンブが死亡した後、彼は日本から姿を消した。しばらくしてブリタニア軍へ入り、名誉ブリタニア人となっている」

「公式には、本人の意思による亡命です」

「公式記録を読み上げるために君を呼んだんじゃないよ」

 

 高木は静かに井野を見る。

 

「誰が逃亡を手配したか。ブリタニア側で誰が身元を保証したか。ランスロットの搭乗員へ選ばれた経緯。そして、ゼロがなぜ危険を冒してまで彼を救ったのか」

「ゼロと枢木スザクが、以前から接触していた可能性を疑っているのですか?」

「いや、その可能性は低い」

 

 井野は答えた。

 

「だが、あの救出は政治的演出だけでは説明しきれん」

 

 スザクは日本の元首相、枢木ゲンブの息子。

 ハワイ危機の中心にいた少年。

 そして今は、ブリタニア軍の名誉ブリタニア人兵士。

 彼を救い出すことは、日本、ブリタニア双方へ意味を持つ。

 

「枢木スザクの過去を洗い直してくれ」

「承知しました」

 

 高木は資料を受け取った。

 

「ただし、本人や周辺の日本系移民を危険にさらす調査は避けます」

 

 その言葉に、保守派の代表を務める池田が眉をひそめる。

 

「条件をつけるのか」

「調査対象を潰しては、真実には届かない」

「甘いな」

「拷問して得た答えが、望んだ内容と同じだったとしても、それを真実とは呼びません」

「二人ともやめてくれ」

 

 井野が二人の諍いを遮った。

 その冷たい言葉に、会議室が静まる。

 

「ゼロは、我々の目の前でブリタニア軍を屈服させた」

 

 映写幕には、スザクを解放するジェレミアが映っている。

 

「問題は、どうやったかだ」

「オレンジという言葉で動揺させたのでは?」

 

 財閥系の代表が言う。

 

「それだけで、敵を全力で見逃す命令まで出すか」

 

 井野は低い声で返した。

 

「ゼロは、我々の知らない方法で人間の意思へ干渉した可能性がある」

 

 何人かが顔を見合わせた。

 

「ブルグントの研究と関係があると?」

「断定はしない」

 

 井野は映像を消させた。

 

「ゼロを確保しますか」

「まだ手を出すな」

「危険人物です」

「危険だからこそ、拙速に敵へ回すべきではない」

 

 井野は出席者全員を見渡した。

 

「彼は日本をも変えると言った」

 

 声には、わずかな苛立ちが混じっていた。

 

「それが単なる大言壮語か、本気なのか。まずは見極めてみようじゃないか」

 


 

同日同時刻

大ゲルマン帝国首都 ゲルマニア

 

 大ゲルマン帝国、安全保障省の一室。

 ヘルマン・ゲーリングは、巨大な執務室の中央で何度も同じ映像を再生させていた。

 

『日本も、ドイツも、すべて変える』

 

 そこで映像を止める。

 

「この男は、私を名指しせずに敵へ回した」

 

 ゲーリングは笑っていた。

 だが、その目は笑っていない。

 

「総統暗殺未遂、ブルグントの鹵獲品、クロヴィス暗殺。そして今度は、世界へ向けた犯行声明か」

 

 国防軍情報部、アプヴェーアの将校が立っている。

 

「ゼロと名乗る人物は、ブルグントの機密について一定の知識を持っていると思われます」

「一定どころではない。コンテナが軍にとって価値あるものだと知った上で、人質に使った」

「中身が既に失われている可能性もあります」

「だから箱だけをさらしたと?」

「はい。映像では、内部を確認できません」

 

 ゲーリングは顎に手を当てた。

 

「賢い男だ」

「確保を命じますか」

「当然だ」

 

 ゲーリングは即答した。

 

「身元、資金源、支援者、使用した車両、衣装、仮面。何でもいい。すべて追え」

「ブリタニア側の協力は期待できません」

「金で買え。貴族も軍人も警察も、値段が違うだけだ」

「親衛隊も既に動いていると見られます」

 

 その言葉に、ゲーリングの表情が険しくなる。

 

「国家保安本部の現地要員が増員されています」

「分かっている。ハイドリヒに先を越されるな」

 

 ゲーリングは机を叩いた。

 

「ゼロがブルグントの秘密を握っているなら、親衛隊へ渡してはならん」

「確保後は、ゲルマニアへ移送しますか?」

「安全保障省の管理下に置け」

「総統官邸への報告は」

「私が行う」

 

 つまり、アプヴェーアから直接報告するなという意味だった。

 

「ゼロは三帝国すべてを変えると言った」

 

 ゲーリングは停止した映像を見上げた。

 

「ならば、まず我がドイツが彼を利用する」

「拒否された場合は」

「仮面を剥ぎ、誰にでもある弱点を探せ」

 

 ゲーリングは笑った。

 

「世界を変える者ほど、自分だけは脅迫されないと思い込んでいる」

 


 

同日同時刻

ゲルマニア 国家保安本部

 

 同じくゲルマニアの、国家保安本部。

 ラインハルト・ハイドリヒも、ゼロの映像を見ていた。

 ただし、ゲーリングとは異なり、彼はゼロの演説よりもジェレミアの反応を繰り返し確認していた。

 

「ここだ」

 

 映像が停止する。

 御料車が前進。

 ゼロがジェレミアを見つめる。

 直後、ジェレミアの態度が一変する。

 

「オレンジという言葉に動揺しただけではありません」

 

 親衛隊情報部の将校が言った。

 

「分かっている」

 

 ハイドリヒは映像を数秒戻した。

 

「動揺は、その前からしている。だがここから先は別人だ」

「薬物や電波による干渉でしょうか」

「数百人の兵士と報道陣がいる場所で、特定の一人だけへ作用した」

「では、催眠?」

「催眠術師が戦場で人を操れるなら、軍隊など必要ない」

 

 ハイドリヒはゼロの仮面を指した。

 

「目を合わせた直後だ。視覚を介した何らかの技術……あるいは、技術ではない何かだ」

 

 将校が黙る。

 

「作戦の優先順位を変更する」

「緑髪の少女より、ゼロを?」

「二人を同一目標として扱え」

「ゼロが少女の能力を使ったと?」

「その可能性が高い」

「では、少女自身は」

「逃げた実験体か、能力の供与者か、あるいは両方だ」

 

 ハイドリヒは机へ身を乗り出した。

 

「現地要員を増やせ。だがゲーリングのアプヴェーアには気取られるな」

「接触時の命令は」

「生け捕りだ」

「抵抗された場合は」

「周囲を殺しても、本人は傷つけるな」

 

 将校は敬礼した。

 

「日本側の協力者については?

「引き続き監視しろ」

「日本政府の命令でしょうか」

「恐らく違う」

「根拠は」

「東京の人間は、まだゼロの価値を測っている」

 

 ハイドリヒは薄く笑った。

 

「現場で先に賭けたのは、協力者本人だろう」

「彼を通じてゼロへ接触しますか」

「まだだ。小野田は餌に食いつく男ではない」

「では」

「彼が何を守ろうとしているかを探せ」

 

 人間は思想ではなく、守るものによって操る。

 ハイドリヒはそう考えていた。

 ブリタニア、日本、そしてドイツ。

 難民組織の日本系住民。

 ゼロや協力者がそのどれを最優先するか分かれば、接触方法も見えてくる。

 

「そしてゼロについて、もう一つ」

「はい」

「彼は世界を変えると言っていたな?」

「誇大妄想でしょう」

「そうかもしれん。だが──」

 

 ハイドリヒは仮面の男を見た。

 

「だが、誇大妄想を現実にする力を持つ者は、狂人ではなく革命家と呼ばれる」

 


 

同日午後8時30分

神聖ブリタニア帝国 首都ペンドラゴン

 

 貨物列車は、首都郊外の操車場へ入っていた。

 使われていない整備庫の内部で停止する。

 小野田の部下たちが周囲を警戒し、逃走に使った衣服と装備を回収している。

 スザクは簡単な手当てを受けた後、一人で出口へ向かおうとしていた。

 

「どこへ行く」

 

 ゼロが呼び止める。

 スザクは足を止めた。

 

「軍事法廷へ戻る」

 

 扇が驚く。

 

「戻るって、正気か? また捕まるんだぞ」

「分かっています」

「処刑されるかもしれないのよ」

 

 カレンが言った。

 

「それでも戻ります」

「なぜだ」

 

 ゼロの声が低くなる。

 

「僕が逃げれば、彼らは名誉ブリタニア人全体を疑います」

 

 スザクは答えた。

 

「日本系の兵士や移民が、ゼロと協力して皇子を殺したと宣伝される。僕の代わりに、関係のない人たちが逮捕されるかもしれない」

「既にそうなる可能性はある」

「だからこそ戻るんです」

「軍が公正な裁判を行うと思っているのか」

「思っていません」

 

 スザクの答えに、カレンが目を見開く。

 

「それでも、法廷へ立つ」

「無意味だ」

「無意味でも、逃げるよりはいい」

 

 ゼロは一歩近づいた。

 

「私と来い」

 

 その言葉に、スザクが顔を上げる。

 

「君には力がある。ランスロットを動かせる。ブリタニアの内部を知り、日本にもつながりがある」

「僕を仲間にするつもりですか」

「君が望むならな」

「あなたと一緒に、ブリタニアを倒せと?」

「ブリタニアだけではない」

「……日本もドイツも変える」

 

 スザクはゼロの言葉を引き継いだ。

 

「そうだ」

「そのためなら、クロヴィス殿下を殺すことも正しいと考えるんですか」

「必要な犠牲だった」

「僕はそうは思わない」

「では、処刑されることが正しいのか」

「正しい方法で変えなければ、同じことが繰り返されます」

「正しい方法など、勝者が後から決めるものだ」

「だから、あなたには賛同できない」

 

 スザクの声は静かだった。

 しかし意思は固い。

 

「人を脅し、命令し、殺して世界を変える。それで新しい世界ができても、今の帝国と何が違うんですか」

「理想だけで帝国は崩れない」

「それでも、間違った方法で得た結果を、正しい未来とは呼べません」

 

 ゼロは拳を握った。

 

「君は一度、帝国に殺されかけた」

「だからといって、僕が同じことをしていい理由にはならない」

「戻れば、今度こそ死ぬぞ」

「それでも戻ります」

 

 スザクは小野田へ向き直った。

 

「軍の施設に近い場所まで送ってください。そこからは一人で行きます」

「本気か」

 

 小野田が尋ねる。

 

「はい」

「私はお前を止めない。だが、軍へ戻れば尋問される。ここで見たことも、我々についても聞かれる」

「あなたたちのことは話しません」

「拷問されてもか」

 

 スザクは少しだけ黙った。

 

「……耐えます」

「簡単に言うな」

「簡単だとは思っていません」

 

 小野田はスザクの目を見た。

 虚勢ではない。

 この少年は、自分が苦しむことで他者が救われるなら、本当にそうするつもりだった。

 それは勇気にも見える。

 同時に、危うい自己処罰にも見えた。

 

「車を出す」

 

 小野田は部下へ合図した。

 カレンがスザクへ近づく。

 

「本当に行くの?」

「うん」

「また敵として会うかもしれない」

「その時は、その時だ」

「私たちは、あなたを助けたのよ」

「感謝しています」

 

 スザクはカレンへ頭を下げた。

 

「だからこそ、あなたたちにも人を殺す以外の方法を考えてほしい」

「勝手なことを言わないで」

「ごめん」

 

 スザクは扇と玉城にも一礼し、出口へ歩き出した。

 ゼロは呼び止めなかった。

 鉄扉が開く。

 外で待っていた車へ、スザクが乗り込む。

 エンジン音が遠ざかっていく。

 やがて聞こえなくなった。

 整備庫に沈黙が落ちる。

 

「行かせてよかったのか」

 

 玉城が尋ねる。

 

「本人が決めたことだ」

 

 扇が答えた。

 

「でもよ、また捕まるんだぞ」

 

 ゼロは背を向けたまま動かなかった。

 カレンには、彼が怒っているように見えた。

 計画を拒絶されたことに対してではない。

 救った相手が、自ら死地へ戻っていったことに。

 

「ゼロ」

 

 カレンが呼びかける。

 返事はない。

 仮面の下で、ルルーシュは歯を食いしばっていた。

 スザクは昔からそうだった。

 自分だけが傷つけばいいと思っている。

 自分が罰を受ければ、周囲は救われると信じている。

 誰かに生きろと言われても、自分から処刑台へ戻っていく。

 

「馬鹿野郎が……」

 

 声は小さかった。

 だがカレンは、それを聞いた。

 ゼロという仮面の奥にいる男が、枢木スザクを単なる駒として見ていないことを。

 その時だけは、はっきりと理解した。

 

 

 

この、馬鹿が…… 

 

 




解説
『高木惣吉』
元海軍軍人であり、大政翼賛会内の穏健改革派指導者。
TNOでは退役提督・政治家として登場し、日本の改革路線を代表するルート。軍部の論理も帝国政治の腐敗も知っており、日本の勝利を否定せずに、その勝利によって生まれた体制を修正しようとしている。

『賀屋興宣』
大政翼賛会の革新官僚・技術官僚派を率いる政治家。
TNOでは財閥の権力を制限し、軍部を懐柔しつつ、腐敗と党派性を排除して、日本を経済効率重視の技術官僚国家へ変えようとする人物である。

『池田勇人』
財政・経済政策を担う保守的な開発主義者。
TNOでは1961年から大蔵大臣を務め、父権的開発主義に基づいているルートを選べる。軍国的総動員よりも、経済成長、消費拡大、企業活動によって帝国の安定を維持しようとする。
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