コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire 作:オムライス黄色連盟
帝国の世紀
人類の歴史に、帝国の存在しなかった時代はない。
王は土地を求め、商人は市場を求め、軍人は国境の向こうに敵を求めた。旗の色が変わり、支配者の称号が変わり、神の名が変わろうとも、その営みだけは変わらなかった。
だが、今日の世界を三つに分ける帝国の起源をたどるならば、話は大西洋を越えた一隻の船から始めなければならない。
十八世紀後半、ブリテン諸島を揺るがした革命戦争によって、旧王朝は本土を追われた。
王族と貴族、軍人、官僚、そして王冠への忠誠を捨てなかった人々は、残存艦隊に守られて大西洋を渡った。
彼らがたどり着いたのは、まだ広大な原野と無数の植民都市が混在していた新大陸だった。
亡命者たちはそこで滅びなかった。
彼らは敗北を、新たな建国神話へと作り替えた。
建国の物語が作られ、やがて北米の植民地群は、一つの巨大な帝国へ統合されていった。
名は、神聖ブリタニア帝国。
その名には、失われた故郷への執着と、旧世界を超える国家を築くという野心が込められていた。
その一方、王を失ったヨーロッパでは、革命の炎が燃え広がっていた。
フランスに現れたナポレオン・ボナパルトは、革命軍を率いて大陸を席巻した。
しかし、長すぎる戦争は各地の民族意識を呼び覚まし、支配された人々は自由の重要性と占領との矛盾に気づいた。
ロシア遠征の失敗を契機として反乱は連鎖し、ヨーロッパ各地の諸侯と民衆はナポレオンに背いた。
ナポレオンの帝国は崩壊した。
だが、その後に旧世界の秩序が戻ることもなかった。
ヨーロッパは彼の敗北後、より複雑に分裂したのである。
その混乱の中から、やがて二つの力が台頭した。
一つは、プロイセンを中心として統一されたドイツ帝国。
もう一つは、東方の広大な領土と膨大な人口を擁するロシア帝国である。
ドイツは急速な工業化を遂げた。石炭、鉄鋼、化学、鉄道、電機。新しい帝国は古い王国を追い越し、ヨーロッパ最大の工業国家へ成長していった。
しかし、世界の市場と植民地の多くは、すでにブリタニアやフランス、その他の海洋国家によって分割されていた。
北米に本土を置くブリタニアは、かつてのブリテン帝国とは異なる形で世界へ進出していた。
カリブ海、南米、アフリカ、太平洋、オセアニア。
強大な海軍と豊富な資本を背景に、各地へ軍港と企業拠点を築いた。
新興国家ドイツにとって、それは耐え難い閉塞だった。
統一によって力を得たにもかかわらず、その力を振るう余地がない。
工場では商品が生産され、造船所では艦艇が建造され、士官学校では若者が戦争を学んだ。
だが彼らの前にはブリタニアの艦隊と、フランスの植民地と、ロシアの大地が立ちはだかっていた。
そして二十世紀初頭、その重しは外れた。
バルカン半島で起きた一発の銃声が、同盟と動員計画の連鎖を引き起こした。
局地紛争で終わるはずだった戦争は、ドイツ、フランス、ロシア、オーストリア、オスマン、そして大西洋の向こうにあるブリタニアを巻き込んだ。
後に第一次世界大戦と呼ばれる戦いである。
戦争は、誰もが予想したより長く続いた。
機関銃と鉄条網、毒ガスと重砲。人間を守るための塹壕は、人間を閉じ込める墓穴となった。
航空機と戦車が初めて戦場へ現れたが、それらもなお戦争の膠着を完全には破れなかった。
ドイツ軍は西方でフランス軍とブリタニア遠征軍を相手にし、東方ではロシア帝国と戦った。
二正面戦争は帝国の経済を蝕み、海上封鎖は国民を飢えさせた。
ロシア帝国もまた、戦争に耐えられなかった。
前線では兵士が武器も食料もなく倒れ、後方では物価が高騰し、都市ではパンを求める列が伸びた。
皇帝への忠誠は失われ、軍隊と民衆の双方が革命へ傾いていった。
やがてロシア帝国は内側から崩壊した。
皇帝は退位し、臨時政府も戦争を終わらせられず、最後にはボリシェヴィキが権力を掌握した。
内戦と粛清、飢饉と混乱を経て、ロシアの地にはソビエト社会主義共和国連邦が成立する。
それは皇帝の帝国を否定して生まれた、別種の帝国だった。
東部戦線からロシアが脱落しても、ドイツの運命は変わらなかった。
疲弊した国民、崩れた経済、反乱を起こす兵士。西方で最後の攻勢が失敗すると、帝国は休戦を求めた。皇帝は退位し、ドイツ帝国は敗戦国となった。
講和条約は、ドイツから領土と軍事力と誇りを奪った。
賠償、軍備制限、領土割譲、戦争責任。
勝者たちは、それを平和の代価と呼んだ。
敗者たちは、それを屈辱と呼んだ。
第一次世界大戦後、ブリタニアは名実ともに世界最大の国家となった。
北米大陸の工業力と資源に加え、戦勝国として新たな海外権益を獲得した。
ヨーロッパ諸国が戦争で傷つく中、ブリタニア本土は大西洋の向こうで守られ、その工場は武器を生産し続けた。
世界の金融と貿易はブリタニアを中心に回り、海軍は二つの大洋を支配した。
だが、勝利は帝国を賢明にはしなかった。
むしろ、自らの体制が歴史の必然であるという思い上がりを強めた。
ブリタニア皇帝と貴族たちは、帝国が勝ったのは制度が優れていたからだと信じた。
血統による序列、皇帝への忠誠、強者が弱者を支配する秩序。それらこそが革命と混乱に打ち勝った理由だと考えた。
植民地では独立運動が弾圧され、帝国内部では身分格差が固定されていった。戦勝による繁栄は上流階級へ集中し、労働者や植民地住民の不満は蓄積された。
一方、敗戦したドイツでは、共和政が生まれていた。
しかしそれは、敗戦と革命と賠償の上に築かれた脆弱な国家だった。
経済危機、失業、政党間の抗争。街頭では共産主義者と民族主義者が衝突し、市民は昨日の貯金で今日のパンを買えなくなった。
その混乱の中で、一人の男が声を上げた。
ドイツは敗北していない。裏切られたのだ。
屈辱を終わらせ、民族を浄化し、失われた領土を取り戻し、世界の頂点へ返り咲かなければならない。
アドルフ・ヒトラーの言葉は、絶望した人々に単純な敵と単純な答えを与えた。
彼と国家社会主義ドイツ労働者党は、合法と暴力の双方を用いて権力を掌握した。共和国は解体され、党と国家と軍は一人の指導者へ従属した。
ドイツ第三帝国の成立である。
同じ頃、東アジアでも新たな帝国が膨張を続けていた。
大日本帝国。
明治維新以来、日本は欧米列強へ追いつくことを国家目標としてきた。工場を建て、鉄道を敷き、軍隊を整え、周辺地域へ勢力を拡大した。
その歩みを支えたのは、政府と軍だけではない。
三菱、三井、住友、安田といった巨大財閥。
富士山麓の鉱山開発によって急成長した桐原産業。
通信、鉄道、電力事業を通じて国家中枢へ食い込んだ皇コンツェルン。
そして、桐原家、皇家、枢木家をはじめとする有力華族と財界人によって構成された非公式の政策集団――京都六家。
彼らは議会の外側で軍需、資源、外交政策を調整し、日本の大陸進出を支えた。
その前に立ちはだかったのが、広大な中国大陸を統べる中華連邦だった。
中華連邦は、その国号が示すほど一枚岩の国家ではなかった。
その頂点には歴代の天子が座していた。
天子は中華世界の統一と伝統を象徴する存在だったが、実際の国政は紫禁城に巣食う大宦官府、地方軍閥、豪商、外国資本によって分断されていた。
連邦は巨大だった。
だが、その巨大さゆえに、動きは鈍かった。
日本はまず満洲へ進出した。
鉄道警備と居留民保護を名目として軍を送り込み、現地軍閥を破り、連邦政府から東北地方を切り離した。そこに成立したのが満洲国である。
もっとも、その独立は名ばかりだった。
満洲国の鉄道、鉱山、軍需工場は日本の国策企業と財閥によって管理され、軍事政策は関東軍の意向に従った。
三菱、三井、住友と並び、桐原産業や皇コンツェルンも大陸へ進出した。
桐原産業は鉄鉱石、石炭、特殊鉱物の採掘を担い、皇コンツェルンは鉄道、通信、都市開発へ資本を投じた。
枢木家をはじめとする軍事華族は、現地軍や日本陸軍と企業をつなぐ役割を果たした。
のちに京都六家と呼ばれる財界・華族の連合も、この時代に大陸政策への影響力を強めていく。
日本は満洲国に独自の政府と軍隊を置いた。
そして、その支配へ正統性を与えるため、中華連邦皇室の傍系から幼い皇女を迎えた。
満洲の宮廷では、彼女もまた「天子」と呼ばれた。
本来、中華世界にただ一人しか存在し得ないはずの天子が、北京と新京の二つの宮廷に並び立ったのである。
日本政府は、新京の天子こそ腐敗した大宦官府から救い出された中華文明の正統だと宣伝した。一方の中華連邦は、満洲の宮廷を日本が作り出した偽朝と非難した。
だが、幼い天子自身に選択権はなかった。
式典では玉座に座り、軍事パレードでは日本軍へ微笑み、外国使節の前では日本と満洲の友好を語る。それ以外の時間は、側近と日本人顧問に囲まれた宮殿の中で過ごした。
二人の天子。
二つの宮廷。
日本は中華連邦を軍事的に分断する前に、その権威そのものを切り分けたのである。
やがて日本と中華連邦の対立は、全面戦争へ発展した。
日本軍は沿岸部の都市と鉄道を制圧し、連邦軍は内陸へ後退した。
上海、南京、武漢、広州。都市を占領するたび、日本政府は新たな親日政権を樹立し、大宦官府から離反した官僚や軍人をその座に据えた。
だが、中華連邦は広大だった。
都市を占領しても農村では抵抗が続き、鉄道を確保しても、その外側には無数の敵が存在した。
連邦軍の主力を破っても、地方軍閥、共産主義者、秘密結社、農民兵が新たな戦線を形成した。
日本陸軍の戦車は泥濘、棚田、山岳、市街地に阻まれた。
補給部隊は破壊された橋梁の前で立ち往生し、歩兵は狭い路地と地下壕で消耗した。日本軍は勝利を重ねながら、戦争を終わらせることができなかった。
その行き詰まりを変えたのが、サクラダイトだった。
日本列島、とりわけ富士山周辺には、古くからこの青白い光を放つ特殊鉱物の存在が知られていた。
常温に近い環境でも超電導的性質を示すその鉱物は、長らく学術的な珍品として扱われていた。しかし日本の軍部と財界は、急速にその軍事的価値へ気づいた。
陸軍技術本部を中心として、桐原産業、三菱重工、住友系電機企業、皇コンツェルンの研究所、そして枢木家が支援する兵器工廠が共同研究へ参加した。
彼らが目指したのは、戦車よりも小さく、歩兵よりも強く、戦車が通れない場所へ進める機動兵器だった。
サクラダイトを利用した小型高出力機関。
電磁駆動による人工筋肉。
搭乗者の動きを機体へ伝える制御装置。
瓦礫と塹壕を越える多関節脚。
計画初期には「特殊人型機動装甲車」「歩行戦闘装甲」「九五式機動工兵車」など、複数の名称が使われていた。
日本軍は新兵器の存在を極秘とし、中華連邦の山岳地帯や占領都市で実験を繰り返した。
第一世代ゆえの不具合はあったが、戦場での効果は明らかだった。
塹壕を踏み越え、瓦礫を押し退け、建物の二階や屋上へ直接射撃する。機関銃陣地を正面から破壊し、戦車が進めない山道で歩兵へ火力を提供する。
中華連邦軍の兵士たちは、その姿を妖魔、鋼鉄の鬼、歩く棺と呼んだ。
だが、後世に定着する名称を生み出したのは、日本人でも中国人でもなかった。
神聖ブリタニア帝国の諜報部である。
ブリタニア帝国情報局は、日本が中華連邦戦線へ投入した新型兵器の情報を早い段階から収集していた。
アッシュフォード財団をはじめとするブリタニア系企業は、戦前から日本や中華連邦に商館、学校、研究施設を持っていた。
彼らの技術者、商社員、外交官の一部は、帝国情報局への協力者でもあった。
上海近郊で破壊された試作機の写真。
満洲の工場へ運び込まれるサクラダイト。
桐原産業の研究員が作成した断片的な報告書。
日本陸軍の暗号通信。
そうした情報を分析したブリタニア諜報部は、この人型兵器計画へ一つの識別名を与えた。
NIGHTMARE。
夜間、市街地の闇から現れ、歩兵陣地を踏み潰したという生存者の証言に由来するとも、既存の戦術体系へ悪夢をもたらす兵器という意味だったともいわれる。
真相は定かではない。
ただ、ブリタニア側の報告書には、次の一文が残されている。
『NIGHTMAREは実験段階を脱したと判断される。日本帝国は、装甲戦闘の原則そのものを変更し得る兵器を保有した』
やがてブリタニア側の暗号名は、中華連邦の諜報機関を経由して日本軍にも伝わった。
日本軍の技術者たちは当初、それを敵国による蔑称として不快に思った。だが、前線の搭乗員たちは逆に、その響きを気に入った。
悪夢。
敵が恐れる名であるなら、自分たちが名乗るにはふさわしい。
軍内部では「ナイトメア」という俗称が広がり、企業側が機体構造を示す「フレーム」を加えたことで、正式名称は次第に「ナイトメアフレーム」へ統一されていった。
敵国の諜報コードが、兵器そのものの名前になったのである。
日本軍は中華連邦戦線で運用経験を重ね、機体を改良した。
初期の歩行だけに頼った機体には、桐原産業と住友系企業が共同開発した車輪式高速移動装置が追加された。後にランドスピナーと呼ばれる機構である。
機体は歩く兵器から、地表を滑走する兵器へ変わった。
武装も重機関銃から機関砲、ロケット砲、対装甲用の長槍型兵器へ拡張された。
皇コンツェルンの通信部門は機体間通信を改良し、枢木家に近い陸軍将校たちはKMFを歩兵支援だけでなく、独立した機動部隊として運用する戦術を研究した。
京都六家はそれぞれ異なる分野を受け持った。
桐原家はサクラダイトの採掘と精製。
皇家は鉄道、通信、政治工作。
枢木家は軍との調整と搭乗員養成。
その他の家々は金融、海運、精密機械、占領地経営を担った。
彼らの協力によって、ナイトメアフレームは一企業の試作品から、帝国全体が生産する主力兵器へ成長した。
だが、その成功は中華連邦にとって破滅を意味した。
KMF部隊は防衛線を迂回し、都市の門を破り、山岳陣地へ登った。連邦軍は対戦車砲と爆薬で抵抗したが、機動性を増し続ける新型機に対応できなかった。
日本軍は満洲から華北へ、沿岸部から長江流域へ支配を拡大した。
大宦官府は各地の軍閥へ出兵を命じたが、地方の将軍たちは互いに牽制し、中央政府のために兵力を失うことを恐れた。
日本はその分裂を利用し、降伏した軍閥へ自治と地位を約束した。
中華連邦は一度に滅びたのではない。
省が一つ離反し、都市が一つ降伏し、軍閥が一つ日本と協定を結ぶ。そのたびに、連邦の地図から色が失われていった。
中華連邦の弱体化は、日本へ広大な市場、人口、資源をもたらした。
だが、戦争が終わったわけではない。
日本が地図を塗り替えても、農村では抵抗運動が続き、都市では学生と労働者が地下組織を作った。
大宦官府に反発していた者たちも、日本の支配を受け入れたわけではなかった。
そのころヨーロッパでは、ドイツ第三帝国が次の戦争へ備えていた。
ドイツは日本の新兵器へ強い関心を示した。
三国同盟の成立後、日独間では大規模な軍事技術交換が行われた。
ドイツはロケット、ジェット推進、化学工業、精密光学、工作機械を提供し、日本はサクラダイト機関とナイトメアフレームの基礎設計を渡した。
もっとも、日本政府がすべてを自発的に公開したわけではないが、結局両国は互いを信用しないまま、互いの兵器を交換した。
ドイツの技術者たちは、日本製KMFをそのまま模倣しなかった。
彼らは機体を大型化し、重装甲化し、戦車師団とともに欧州平原を進撃する兵器へ作り替えた。
日本の機体が山岳と市街地を走る猟兵ならば、ドイツの機体は砲と装甲を背負った鉄の騎士だった。
ドイツ政府は「ナイトメア」という英語由来の名称を嫌い、公式文書では独自のドイツ語名称を使用した。
しかし連合国側の諜報報告書では、日本型もドイツ型も一括して KMF――Knightmare Frame と呼ばれた。
かつてブリタニア諜報部が日本の秘密兵器へ与えたコードネームは、世界共通の兵器分類へ変わりつつあった。
一九三九年、ドイツ軍がポーランドへ侵攻した。
第二次世界大戦の始まりである。
ドイツ軍は戦車、航空機、機械化歩兵、そしてドイツ型KMFを統合した高速戦を展開した。
旧式の国境要塞と歩兵陣地は突破され、ポーランドは短期間で崩壊した。
続いて西方へ進撃したドイツ軍は、低地諸国を蹂躙し、フランスを屈服させた。
ナポレオンの時代から分裂と再編を繰り返してきたヨーロッパは、今度こそ一つの帝国の軍靴に踏みつけられた。
ブリタニア帝国はヨーロッパ諸国を支援するため、北米から遠征軍を派遣した。
その中には、アッシュフォード財団とブリタニア軍需企業が試験的に開発した対KMF兵器も含まれていた。だが、ブリタニアにはまだ独自の実用KMFが存在しなかった。
帝国情報局は、日本の新兵器を誰より早く発見していた。
にもかかわらず、ブリタニア軍上層部はそれを、特殊な地形でしか役に立たない異国の奇兵器と判断した。
その慢心の代償を、ブリタニア兵はヨーロッパで支払うことになる。
ドイツ型KMFは対戦車砲陣地を側面から突破し、森林と市街地でブリタニア機甲部隊を分断した。
戦車が砲塔を旋回させるより速く接近し、砲身の死角へ入り込み、指揮車両と通信所を破壊する。
ブリタニア軍は航空支援と重砲によって局地的に対抗したが、戦線全体の崩壊を止めることはできなかった。
フランスは降伏し、ブリタニア遠征軍は港湾から撤退した。
ヨーロッパにおけるブリタニアの足場は失われた。
それでも北米の帝国は健在だった。
広大な工業地帯、油田、農地、造船所。ブリタニアは大西洋を越えてドイツと戦い続けられると信じていた。
少なくとも、その時点では。
ドイツは次に東を向いた。
一九四一年、史上最大規模の侵攻軍がソビエト連邦へ雪崩れ込んだ。
独ソ戦で、KMFはその真価を発揮した。
戦車部隊がソ連軍の防衛線を突破し、その後方へKMFが侵入した。森林の対戦車陣地を排除し、都市の瓦礫を越え、橋梁、鉄道駅、司令部を奪取する。
従来なら歩兵が多大な犠牲を払った任務を、装甲に守られた機動兵器が引き受けた。
モスクワ、レニングラード、スターリングラード。
都市は要塞となり、要塞は墓場となった。
ソ連軍も鹵獲したKMFを研究した。だが、サクラダイトの供給も精密部品の生産能力も足りなかった。わずかに再生された機体は、正規部隊よりも工場防衛隊や特殊部隊へ配備された。
冬と泥はドイツ軍を苦しめた。
パルチザンは補給線を襲い、赤軍は何度も反撃した。それでもKMFを含む機動戦力の優位、失われ続ける工業地帯、ソ連指導部の混乱によって、赤軍は後退を重ねた。
やがてソビエト中央政府は崩壊した。
軍と党は各地へ分裂し、ロシアは無数の軍閥と残存政権が争う無政府地帯へ転落した。ドイツは西部ロシアを占領し、その東には国家を失った兵士、難民、地方政府、軍閥が取り残された。
ドイツはヨーロッパの覇者となった。
そして同じころ、日本も中華連邦の残骸を背後に置き、太平洋へ進み始めていた。
日本は長引く大陸戦争を維持するため、南方の石油、ゴム、鉄鉱石を必要としていた。その多くはブリタニア帝国の勢力圏にあった。
ブリタニア政府は、日本による中華連邦解体と傀儡国家建設を認めなかった。
満洲の天子を正統な君主として承認せず、北京に残る中華連邦政府への支援を続けた。
アッシュフォード財団をはじめとするブリタニア系組織は、表向きには教育・医療支援を行いながら、連邦軍残党や反日勢力へ通信機材と資金を流した。
日本側では、ブリタニアが中華連邦を利用して大陸戦争を長引かせているという不満が強まった。
ブリタニアの経済制裁は、日本帝国の産業と軍需生産を締めつけた。
日本政府内部では、交渉継続を主張する者と、南方資源地帯を武力で確保すべきだとする者が対立した。京都六家の中でも意見は割れた。
しかし最後には、交渉は決裂した。
日本政府は、ブリタニアとの戦争を短期間で決着させなければならないことを理解していた。
国力を比較すれば、ブリタニアは日本を大きく上回っていた。
北米大陸には無尽蔵とも思える資源があり、東部には巨大な製鉄所と造船所が並び、中西部の工場は自動車から戦車へ、民間航空機から爆撃機へと生産を切り替えることができた。
長期戦となれば、日本に勝ち目はない。
だからこそ、最初の一撃でブリタニア太平洋艦隊を破壊し、その再建が完了する前に南方資源地帯と西太平洋を制圧しなければならなかった。
日本海軍が立案した真珠湾攻撃は、単なる艦隊への奇襲ではなかった。
航空母艦から発艦した攻撃隊は、戦艦と空母だけでなく、乾ドック、燃料貯蔵施設、航空機整備場、通信施設、潜水艦基地、発電所を攻撃目標に含めていた。
とりわけ重視されたのが、ハワイに建設されていたサクラダイト貯蔵施設だった。
ブリタニアは日本との関係悪化を受け、富士鉱山系のサクラダイト供給へ依存しない軍備計画を進めていた。
中華連邦やアフリカから集めた原鉱石をハワイへ運び、帝国情報局が回収した日本製KMFの研究と、アッシュフォード財団による独自機開発へ使用していたのである。
真珠湾攻撃の日、日本軍機は港内の艦艇を爆撃した後、第二波、第三波と攻撃を続けた。
魚雷が戦艦の舷側を破り、爆弾が飛行場を焼き、乾ドックへ退避していた艦艇にも火災が広がった。
さらに徹甲爆弾を搭載した攻撃隊が、ハワイ山中のサクラダイト貯蔵施設へ突入した。
貯蔵庫の防壁は通常爆弾を想定していた。
だが、内部に保管された大量のサクラダイトが連鎖的に反応すると、施設は青白い閃光に包まれた。
山肌が崩れ、地下区画は焼失し、研究用機材と試作KMFの部品、数年分の備蓄が失われた。
ブリタニア帝国情報局が《NIGHTMARE》と名づけた兵器に対抗するための資源は、戦争初日に破壊されたのである。
真珠湾の損害は甚大だった。
太平洋艦隊は多数の主力艦を失い、航空戦力も大きな打撃を受けた。燃料施設と乾ドックの破壊によって、生き残った艦艇さえ満足に行動できなかった。
それでも、ブリタニアは降伏しなかった。
北米の帝国には、失われた艦隊を再建する工業力があった。
その間に、日本軍は南方へ進撃した。
中華連邦戦線で鍛えられた陸軍KMF部隊は、マレー半島へ投入された。
この時期の日本製KMFは、初期の「NIGHTMARE」とはもはや別物だった。ランドスピナーによる高速移動、改良されたサクラダイト機関、防水処理された関節部、密林でも使用できる短距離通信装置を備えていた。
日本軍は海岸へ上陸すると、道路だけに頼らず、ゴム農園、湿地、林道を通って南下した。
現地ブリタニア軍は、主要道路と橋梁へ防衛線を築いていた。戦車と対戦車砲を集中し、日本軍が正面から進撃してくると予測していたのである。
しかしKMF部隊は、防衛線そのものを迂回した。
樹木を押し倒し、河川を渡り、歩兵が通れる道を切り開く。夜間には視界の外側から砲兵陣地へ接近し、司令部と通信所を優先して破壊した。
ブリタニア兵が恐れたのは、その火力だけではない。
戦車であれば通れないはずの場所から現れ、人間であれば運べない重火器を携え、歩兵より速く後方へ入り込む。地図に記された道路と防衛線が、KMFの前では意味を失ったのである。
マレー半島のブリタニア軍は分断され、各部隊は互いの状況を把握できないまま後退。シンガポール要塞も陥落した。
続いてフィリピン、蘭領東インド、ニューギニア、南洋諸島が日本軍の攻撃を受けた。
日本は石油とゴムを確保し、中華連邦から南方までを結ぶ広大な軍事経済圏を築いた。
しかし、戦争は日本の計画どおりには終わらなかった。
ブリタニアは北米大陸の工業力を総動員した。
ペンドラゴンの帝国政府は戦時生産令を発し、民間工場を軍需工場へ転換した。
自動車会社は航空機用エンジンを製造し、鉄道会社は装甲車両を組み立て、東西両岸の造船所では同時に多数の空母と駆逐艦が建造された。
戦争中盤、太平洋の戦況は変わり始めた。
ブリタニア潜水艦は日本の輸送船を沈め、長距離爆撃機は島嶼基地を攻撃した。新造空母から発艦する航空隊は、日本海軍の防衛線を少しずつ東から押し戻していった。
北米の工場では、失った航空機より多くの航空機が毎月完成した。
対する日本は、中華連邦の占領、大陸の反乱、南方資源地帯の防衛、太平洋の島々への補給を同時に続けなければならなかった。
KMFは強力だったが、KMFも弾薬と部品とサクラダイトを必要とした。
日本軍が支配する領域が広がるほど、帝国の輸送船は長い航路へ分散し、ブリタニア潜水艦の標的となった。
やがてブリタニア軍は、ハワイを拠点として中部太平洋へ反攻を開始した。
ギルバート、マーシャル、マリアナ。
島々をめぐる戦いでは、日本軍KMFが上陸部隊へ大きな損害を与えた。地下壕から出撃し、夜間に飛行場を襲撃し、破壊された陣地の瓦礫を越えて反撃した。
ブリタニア軍も対策を進めた。
大口径機関砲、成形炸薬弾、航空攻撃、地雷、火炎放射器。そしてようやく開発された初期型ブリタニアKMFが、少数ながら前線へ配備された。
日本製機より大型で、稼働時間も短かったが、その装甲と火力は決して劣っていなかった。
戦場には、初めて異なる帝国のKMF同士が向かい合った。
日本の搭乗員は長年の実戦経験を持ち、ブリタニアの騎士たちは工業力によって次々と補充される新型機を与えられた。
太平洋戦争は、艦隊と航空機の戦争であると同時に、ナイトメアフレームの最初の大規模戦争となった。
そしてブリタニア軍は、ついに硫黄島へ迫った。
硫黄島は、日本本土とマリアナ諸島の中間に位置する小さな火山島だった。
だが、その価値は面積では測れなかった。
島の飛行場を確保すれば、ブリタニア軍は日本本土へ長距離爆撃機を送り、その護衛戦闘機を展開できる。日本側にとって硫黄島は、単なる前進基地ではない。
本土防衛の門だった。
ブリタニア帝国海軍は、再建した太平洋艦隊の主力を硫黄島攻略へ投入した。
新造空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、補給艦。真珠湾攻撃以前を上回る規模の艦隊が、北米から太平洋を横断した。
日本側は、その意図を理解していた。
硫黄島を失えば本土は空襲に晒される。そして艦隊を温存したまま島を見捨てれば、海軍は存在意義そのものを失う。
連合艦隊は残存する主力空母と戦艦を集結させた。
開戦以来の熟練搭乗員の多くはすでに失われ、燃料も航空機も不足していた。それでも日本海軍は、帝国の存亡を懸けて出撃した。
硫黄島沖海戦。
それは世界史上最大級の海戦となった。
空母航空隊が互いの艦隊を捜索し、夜明けと同時に攻撃隊が発艦した。対空砲火が空を埋め、雷撃機が海面すれすれを飛び、戦艦の主砲が水平線の向こうへ火を噴いた。
ブリタニア艦隊は数と補給で優位に立っていた。
日本軍機を撃墜しても、次の航空隊を送り出せる。損傷艦を後退させても、別の艦が戦列へ加わる。真珠湾で失われた艦隊は、より大きく、より近代的な姿で日本海軍の前に現れていた。
通常の海戦であれば、日本海軍に勝機はなかった。
だが、日本側は一つの新兵器を用意していた。
水中戦用ナイトメアフレーム。
桐原産業、皇コンツェルン、海軍技術研究所が共同開発したその機体は、通常型KMFを単に防水したものではなかった。
機体全体が水圧に耐える密閉構造となり、ランドスピナーの代わりに水中推進器を備え、脚部には海底へ機体を固定するアンカーが装着されていた。
武装は水中用推進弾、機雷、艦底破壊用の大型爆薬、短距離魚雷。
海面では母艦や潜水艦から発進し、水中では低速ながら三次元的に移動できた。
ブリタニア海軍は、日本が特殊潜航艇を投入する可能性を予測していた。
だが、人型兵器が海底を移動し、艦隊の直下へ接近するとは想定していなかった。
日本の水中KMF部隊は、航空戦の混乱に紛れて海中へ放たれた。
彼らは正面から艦隊へ向かわなかった。
撃沈された艦艇の残骸、爆発によって乱れた海流、艦隊自身の機関音を利用してソナー監視を突破した。水中KMFは海底へ降り、脚部で岩盤を蹴りながら前進した。
最初に異変へ気づいたブリタニア艦は、何の警告もなく艦底で爆発を起こした。
水中KMFが直接取り付けた爆薬によって、装甲空母の機関区画が下方から引き裂かれたのである。
続いて複数の空母と戦艦が攻撃を受けた。
駆逐艦は爆雷を投下したが、小型のKMFは急旋回し、海底の起伏へ身を隠した。潜水艦ならば座礁する浅瀬にも入り込み、艦隊が自ら形成した護衛陣の内側から攻撃した。
海中で青白いサクラダイトの光が瞬き、その直後に艦底が裂けた。
ブリタニア艦隊の陣形は崩れた。
空母は航空機を収容できず、対潜戦へ駆逐艦を割かなければならなかった。損傷艦を守ろうと艦隊が密集すると、日本の航空隊と戦艦砲撃の標的になった。
戦況は反転した。
日本海軍も甚大な損害を受けた。
多くの空母と航空機が失われ、水中KMF部隊の帰還率も低かった。機体には十分な航続力がなく、母艦を撃沈された搭乗員の多くは海中に取り残された。
それでも、ブリタニア太平洋艦隊の主力は撃破された。
硫黄島攻略作戦は中止され、残存艦隊はハワイ方面へ撤退した。
日本は、帝国本土へ迫る最大の危機を退けた。
しかし、その勝利は戦争を終わらせなかった。
ブリタニアには、なお新たな艦隊を作る工業力が残っていた。
硫黄島沖で失った空母の代艦は、すでに北米の造船所で建造されていた。敗北から数か月後には、ブリタニア軍が再び反攻を始める可能性があった。
そこでドイツ第三帝国が動いた。
ヨーロッパとロシアで勝利を収めたドイツは、戦争を最終的に終わらせる兵器を完成させていた。
そこで日独両国は、極秘の共同作戦を立案した。
ドイツは実用化させた新型爆弾と、その運搬用に改造した長距離爆撃機を日本へ送る。
日本海軍は残存空母を用いて、その爆撃機をハワイ近海まで運ぶ。
大型のドイツ爆撃機を通常の空母から運用することは不可能だった。
そのため両国の技術団は、日本海軍の大型空母を改修し、飛行甲板を延長。発艦補助ロケットを設置し、爆撃機の主翼には折り畳み機構と追加補強が施された。
着艦は想定されていなかった。
爆撃機は空母から発艦し、ハワイへ原子爆弾を投下した後、日本側の前進基地へ向かうか、燃料が尽きれば海上へ不時着する計画だった。
搭乗員の生還より、任務の成功が優先された。
一九四五年八月。
日本海軍の空母機動部隊は、厳重な無線封止の下で北太平洋を進んだ。
硫黄島沖海戦の損害によって、ブリタニア側は日本海軍が大規模作戦を行う能力を失ったと判断していた。その油断と悪天候を利用し、機動部隊はハワイへの発艦圏内へ接近した。
夜明け前、飛行甲板へ一機の爆撃機が引き出された。
機体にはドイツの国籍標識が描かれていた。
操縦席にはドイツ人搭乗員が座り、爆弾倉には人類が一度も実戦で使用したことのない兵器が搭載されていた。
空母の甲板要員たちは、機体を《最後の鷲》と呼んだ。
爆撃機は発艦補助ロケットを点火した。
巨大な機体は飛行甲板を走り、海面へ落ちかけながら、ゆっくりと高度を上げた。
護衛の日本軍戦闘機とともに、ドイツ爆撃機はハワイへ向かった。
ブリタニア側のレーダーは接近する航空隊を捉えた。
しかし硫黄島沖海戦後も、日本軍による散発的な空襲や偵察は続いていた。警報は発令されたものの、その一機が戦争そのものを終わらせ得る兵器を積んでいるとは誰も知らなかった。
迎撃機が発進した。
日本軍の護衛機は爆撃機を守るため次々と戦闘へ入り、撃墜されていった。
爆撃機も損傷した。
それでも進路は変わらなかった。
眼下には、真珠湾攻撃から再建された港湾が広がっていた。
新しい乾ドック。
新しい燃料施設。
新しいサクラダイト貯蔵庫。
硫黄島沖から帰還した損傷艦。
再反攻のため集められた兵士と航空機。
ブリタニアが工業力によって二度目に作り上げた太平洋戦争の拠点。
爆弾は投下された。
数十秒後、ハワイ上空に太陽が生まれた。
閃光は影を地面へ焼きつけ、爆風は建物を押し潰し、港内の艦艇を岸壁へ叩きつけた。火災は市街地と軍事施設を同時に飲み込み、サクラダイト貯蔵区画にも延焼した。
青白い閃光と原子の炎が重なり、真珠湾周辺は巨大な火の海となった。
ハワイの司令部も、防空網も、再建された造船施設も、一瞬にして機能を失った。
神聖ブリタニア帝国は、人類史上初めて原子爆弾を投下された国家となった。
それまで核分裂は、理論と実験の世界にあるものだった。
ハワイの炎によって、それは帝国を屈服させる現実の兵器へ変わった。
それはブリタニアだけでなく、人類の顔に深い傷跡を刻んだ。
永遠に。
神聖ブリタニア帝国は休戦を申し入れた。
講和条約によって、ブリタニアは太平洋の島々、東アジアに残っていた権益、オセアニアの大部分、アフリカの植民地、そしてヨーロッパへの影響力を失った。
日本は、解体された中華連邦、南方資源地帯、太平洋の島々を含む大東亜共栄圏を完成させた。
ドイツは、ヨーロッパと西ロシアを覆う新秩序を確立しただけでなく、核兵器を実戦で使用した世界最初の国家となった。
そしてブリタニアは、世界最初の被爆国となった。
神聖ブリタニア帝国は滅亡しなかった。
北米大陸の本土も、工業力も、皇帝も、貴族制度も残った。
しかし、世界最大の帝国としての時代は終わった。
勝者として第一次世界大戦を終えた国家は、第二次世界大戦を敗者として終えたのである。
ブリタニア人は、真珠湾を忘れなかった。
硫黄島沖で沈んだ艦隊を忘れなかった。
ハワイの空に生まれた二つ目の太陽を、決して忘れなかった。
太平洋を奪った日本。
原子爆弾を作り、それを投下したドイツ。
帝国情報局が発見しながら、実用化で後れを取ったナイトメアフレーム。
敗北を防げなかった皇族、軍人、議会、企業。
怒りと屈辱は、戦後のブリタニア社会へ深く刻み込まれた。
敗戦が皇帝と貴族の責任であるという声は抑え込まれ、代わりに、帝国が敗れたのは十分に強くなかったからだという説明が広められた。
次の戦争では、敵より先に核兵器を持たなければならない。
敵より優れたKMFを作らなければならない。
ハワイのような犠牲を二度と出さないためには、帝国の敵が攻撃を決断する前に屈服させなければならない。
第二次世界大戦は終わった。
だが、平和は訪れなかった。
残ったのは、大ゲルマンと名前を変えたドイツ。
大陸と海洋を抱え込んだ日本。
敗北と被爆の記憶を胸に、北米で復讐の牙を研ぐブリタニア。
三つの帝国は、互いを滅ぼせる兵器を手にしたまま、新たな時代へ入っていった。
そして、世界のどこにおいても、その足元では支配された人々が次の反逆を待っていた。
この絶望に満ちた世界に、反逆するのは誰か──