コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire 作:オムライス黄色連盟
黒の皇子
第二次世界大戦は終わった。
しかし、勝者が手にしたのは平和ではなかった。
大ゲルマン帝国はヨーロッパと西ロシアを覆い、大日本帝国は東アジアと太平洋に大東亜共栄圏を築いた。
敗戦国ブリタニアもまた、北米大陸の工業力と人口を保持し、復讐の日を待っていた。
三つの帝国は、互いを滅ぼせるほど強大であり、共存できるほど賢明ではなかった。
ロシアでは、西ロシア革命戦線がドイツの支配へ反旗を翻した。
鹵獲されたドイツ製KMFが赤旗を掲げ、かつて祖国を踏みにじった主人へ牙を剥いた。
一時、攻勢はモスクワへ迫った。
しかし補給、航空戦力、サクラダイトの不足、そして指導部の内紛が反攻を止めた。
西ロシア戦争はドイツの辛勝に終わり、敗北したソビエトの残骸は無数の軍閥へ砕け散った。
ロシアは滅びていないなかった。
ただ、ロシアを名乗る国家が多すぎた。
ドイツもまた無傷ではなかった。国防軍、党、親衛隊、企業、国家弁務官区は互いに責任を押しつけ、帝国の亀裂はもはや隠せなかった。
その中で、ハインリヒ・ヒムラーは最も危険な結論へ至った。
ドイツが弱いのではない。
ドイツ人が堕落したのだ、と。
政変に失敗した彼は処刑されず、西方へ追放された。
フランス北東部とベルギーに築かれた騎士団領ブルグントは、表向きには帝国の防壁だった。
実態は、巨大な収容所。
そこでは人間が分類され、機械へ接続され、使い捨てられた。KMF、自爆兵器、神経操作、核戦争計画。
ブルグントは世界を支配しようとしているのではなかった。
世界を終わらせようとしていた。
東アジアでは、中華連邦が地図から切り分けられた。
満洲国、蒙古、南京政府、軍閥領、企業統治区。
その中でも広東国は異質だった。
国家と企業の境界は消え、ソニー、松下、三菱、桐原産業、皇コンツェルンが都市そのものを分割して支配した。
ネオンは輝いた。
工場は唸った。
人間は従業員番号へ変えられた。
広東は共栄圏の繁栄を示すショーケースであり、その欺瞞を最も純粋に映す鏡でもあった。
一方、ブリタニアでは敗北が国家を弱めるどころか、皇帝権力を強めていた。
ハワイは日本へ割譲された。
人類史上初の被爆地は、今や日本海軍とKMF部隊が駐留する太平洋要塞となっている。
ブリタニアにとって、それは失われた領土以上のものだった。
被爆。
敗戦。
屈辱。
奪還されるべき聖地。
三つの帝国は核兵器とKMFへ莫大な資源を注ぎ込み、数をそろえた。
KMFは兵器であると同時に、帝国の身分秩序を証明する鎧となった。
日本は量産性を求めた。
ドイツは火力を求めた。
ブリタニアは、一人の騎士が戦局を変える機体を求めた。
そして、一九六〇年代。
ドイツは老いた総統と後継者争いに蝕まれている。
日本は軍部、官僚、財閥、傀儡国家の利害をまとめきれずにいる。
ブリタニアは復讐を夢見ながら、皇族と貴族が静かに互いの喉元へ刃を向けている。
ブルグントは地下で終末を準備している。
広東は人間性を利益へ換えている。
ロシアでは、無数の旗が一つの祖国を奪い合っている。
戦争は終わった。
帝国たちは生き残った。
そして世界は、最後の日々へ踏み込んだ。
1962年1月22日
神聖ブリタニア帝国 特別報道番組
『速報です。ただいま、歴史的な映像が届きました』
白黒テレビの画面に、灰色の月面が映し出された。
着陸船から降ろされた大型ナイトメアフレームが、ゆっくりと脚部を伸ばす。
真空用の白い装甲には、大ゲルマン帝国の国章が黒々と描かれていた。
『大ゲルマン帝国月面遠征隊は、人類史上初めて月への着陸に成功しました』
機体は月面へ第一歩を刻んだ。
砂煙が緩やかに舞い上がる。
続いてKMFは巨大な帝国旗を地面へ突き立て、地球へ向き直った。
右腕が、まっすぐ前方へ掲げられる。
ナチス式敬礼だった。
『今、月面に大ゲルマン帝国の旗が置かれました』
ベルリンから送られた歓声が、雑音交じりに映像へ重なった。
『ドイツ総統は声明の中で、これはドイツ民族のみならず、人類全体の勝利であると宣言されています』
画面の中で搭乗者が降りても、鋼鉄の騎士は敬礼を続けていた。
その背後には、音もなく地球が浮かんでいる。
日本も、ブリタニアも、ロシアも。
すべての国境と戦争を青い球体の中へ閉じ込めたまま。
人類は初めて月へ到達した。
そして最初に月面へ立った兵器は、世界へ平和ではなく、帝国への忠誠を示した。
1962年4月21日
神聖ブリタニア帝国 首都ペンドラゴン
世界が核戦争の瀬戸際から生還して、一年が過ぎていた。
両帝国は勝利を宣言した。
ブリタニア政府は、断固たる姿勢によって日本を屈服させたと発表した。
日本政府は、ハワイの領有と勢力圏を守り抜いたと発表した。
どちらも、世界があと数時間で炎に包まれかけたことには触れなかった。
そして誰も、危機の最中に一人の少年が父親を殺していたことを知らなかった。
ペンドラゴン中央大通りの巨大映像板には、皇帝の演説が映し出されていた。
『臣民諸君。昨年、我らは再び試練に立たされた』
白髪を戴くブリタニア皇帝が、黄金の玉座から臣民を見下ろしている。
『不法に奪われたハワイに、日本帝国は核兵器を持ち込んだ。十五年前に我らの臣民を焼いた島を、今度は北米本土を脅す短剣へ変えようとしたのである』
映像が切り替わった。
日本軍のKMFが真珠湾沿岸を巡回する姿。
地下へ運び込まれる大型コンテナ。
海上で対峙する日本艦隊とブリタニア艦隊。
核攻撃を想定して避難する市民。
『しかし、ブリタニアは屈しなかった』
次に映ったのは、紫と白の装甲を持つブリタニア製ナイトメアフレームだった。
整然と隊列を組む量産機。
騎士槍を模した対KMF兵器。
背部から分離する脱出用コックピット。
『帝国の力こそが、敵の野望を退けた。力こそが平和を守り、力こそが奪われた領土を取り戻す』
街頭に集められた人々が歓声を上げた。
その様子を、少年は走行中のバイクのサイドカーから眺めていた。
「実際には、どちらも撃つ勇気がなかっただけだ」
ルルーシュ・ランペルージは、誰にも聞こえない声で呟いた。
黒い髪。
紫色の瞳。
アッシュフォード学園の制服を着た十七歳の少年は、頬杖をついたまま映像板を見上げている。
皇帝の背後には、失われたハワイを示す帝国旗が掲げられていた。
黒い喪章を巻かれた、古い旗だった。
「何か言ったか?」
バイクの運転席に座っていたリヴァル・カルデモンドが尋ねた。
「別に」
「最近のお前、政治のニュースを見るたびに機嫌悪くなるよな」
「政治ではない。演劇を見せられている気分になるだけだ」
「それは言えてる。しかしナチスの月面着陸の時もそんな感じだったじゃないか」
「あれはドイツの出来事だ」
「人類の叡智の結果だぞ?」
「着陸した事実と、月でナチス式敬礼をしたプロパガンダは関係ない」
ルルーシュは視線を外へ戻した。
昨年のハワイ危機の間、彼とナナリーはアッシュフォード家の地下避難施設に入れられていた。
ブリタニア軍の警報が鳴り、使用人たちが窓を封鎖し、ラジオからは北米西岸への核攻撃予測が流れていた。
もし日本軍が攻撃命令を実行していれば、ペンドラゴンが標的になった可能性もある。
ナナリーは、不安を隠して笑っていた。
大丈夫だと。
お兄様と一緒なら怖くないと。
ルルーシュには、何もしてやれなかった。
帝国から身を隠し、アッシュフォード家の庇護にすがり、ただ核が落ちないことを祈るしかなかった。
それが何よりも腹立たしかった。
バイクが旧市街へ入る。
宮殿周辺の磨き上げられた道路と高層建築が消え、古いレンガ造りの建物と、戦後に急造された集合住宅が並び始めた。
第二次世界大戦後、欧州、アフリカ、太平洋諸島、そして日本へ割譲されたハワイから引き揚げてきた者たちが暮らす地区だった。
壁には、赤い塗料で文字が書かれていた。
ハワイを返せ
その下には別の筆跡が重なっている。
戦争にうちの子供を送るな
壁には治安警察の警告札が貼られ、落書きの半分を覆っていた。
「それにしても、こんな場所に何があるんだ?」
リヴァルが辺りを見回した。
「暇潰しだよ」
「学校を抜け出して?」
「授業より有意義だ」
「今日の午後は帝国再建記念式典だぞ。ミレイ会長に見つかったら、俺まで――」
「君は俺を止めようとした。そう証言してやる」
「絶対しないだろ、お前」
目的地は、表向きには会員制社交場として営業する地下施設だった。
薄暗い店内には煙草の煙が漂い、軍人、企業家、没落貴族、賭博師たちがテーブルを囲んでいる。
壁には古い戦時写真が飾られていた。
真珠湾攻撃前のブリタニア太平洋艦隊。
硫黄島沖で沈む空母。
原子爆弾投下前のホノルル。
歴史を失った者たちが、酒と賭け事で過去へ縋る場所だった。
店の中央にはチェス盤が置かれている。
対局者は、帝国軍需企業の幹部を父に持つ若い貴族だった。軍人でもないのに騎士章を模した徽章を胸につけ、取り巻きへ勝ち誇った笑みを見せている。
「学生か?」
貴族はルルーシュを見て笑った。
「アッシュフォード家も落ちたものだ。敗戦の責任を負った家が、今度は子供を賭博場へ送り込むとは」
「ご心配なく」
ルルーシュは席についた。
「あなたが負けた後、子供を相手にしたことを言い訳にできるよう配慮しただけです」
店内から小さな笑いが起きた。
貴族の表情が硬くなる。
「始めろ」
白の駒が動いた。
対局は七分で終わった。
「チェックメイト」
黒の駒が白の王を包囲していた。
貴族は盤面を凝視したまま動かない。
「ばかな。私の騎士はまだ三つも残っている」
「だから負けた」
ルルーシュは駒から手を離した。
「騎士を残すことが目的になっている。王を守れず、敵王を追い詰められない駒に価値はない」
「貴様……」
「それに、あなたは王を安全な場所に置きすぎる」
ルルーシュは立ち上がった。
「自分だけ安全な後方にいて、臣民が代わりに死ぬことを当然と思っている。実にブリタニア的だ」
店内の空気が凍った。
リヴァルが慌てて賞金をつかむ。
「はい、終わり! 勝負は終わりだからな!」
少年二人は足早に外へ向かっていった。
物語は動き出す……