コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire 作:オムライス黄色連盟
1961年3月20日
神聖ブリタニア帝国 首都ペンドラゴン
この危機を最初に捉えたのは、人間の目ではなかった。
北太平洋上空を通過したブリタニア帝国の偵察衛星が、ハワイ諸島西部の軍港へ接岸する大型輸送船を撮影した。
船体中央に並ぶ長大な円筒形コンテナ。周囲を封鎖する日本海軍陸戦隊。港湾へ新設された燃料施設と、島内へ延びる特別輸送道路。
数時間後、帝国情報局の解析官が赤い鉛筆で写真へ印をつけた。
弾道ミサイル。
それも、通常弾頭用ではない。
報告は軍令部から帝国宰相府へ、さらに皇帝直属の国家安全保障会議へ上げられた。
翌朝、ペンドラゴンの地下会議室には、政治家、軍人、皇族、情報機関の責任者が集められていた。
巨大な海図の中央で、ハワイ諸島が赤く光っている。
「配備が完了すれば、帝都西部、カリフォルニア沿岸、主要航空基地が射程に入ります」
空軍参謀総長が指示棒を動かした。
「発射から着弾までの時間は極めて短い。警報を確認してからでは、皇帝陛下の退避すら間に合わない可能性があります」
「ならば完成前に叩くべきだ」
空軍元帥の言葉に、海軍の一部が賛同した。
「ハワイのミサイル基地、港湾、航空基地を同時に攻撃する。浮遊航空艦隊を先行させ、海軍航空隊が続く。日本側の反撃能力を奪ってから上陸するのです」
「上陸?」
その言葉に対し、帝国副宰相のジョン・フィッツジェラルド・ケネディ侯爵が、確認するかのように聞き返した。
「本来、ハワイは我が国の領土です」
それに対し、元帥は当然のように答えた。
ジョンは重ねて言う。
「日本では、自国が戦争で獲得した領土だと教えている」
「日本の宣伝です」
「向こうから見れば、こちらの主張こそ敗戦国の宣伝でしょう」
ジョンの言葉に、会議室の空気が冷えた。
ジョンの隣では、司法長官を務める弟ロバート伯爵が、机に両肘をついて軍人たちを見渡していた。
「つまり諸君は、敵が攻撃するかもしれないから、こちらから確実に攻撃するべきだと言っている」
「敵が拳銃へ手を伸ばしている時、撃たれるまで待つ者はいません」
空軍の侯爵が答えた。
彼も帝国の存亡のため、日本に対しての先制攻撃に賛同していた。
「問題は、その拳銃がこちらへ向けられているのか、それとも金庫へしまわれる途中なのか、まだ分からないことです」
ロバートは机の上の写真を指先で叩いた。
「日本政府の正式命令書は確認できていない。核弾頭の存在も推定だ。配備目的も不明だ。これで先制攻撃を行えば、歴史に残るのは日本の計画ではない。ブリタニアが最初に撃ったという事実だけです」
コーネリア・リ・ブリタニアは腕を組んだまま、兄弟の議論を聞いていた。
彼女は先制攻撃派に近かった。
軍人として、ハワイに核ミサイルが置かれることを看過できない。日本が発射を決断した後では、ブリタニア側に残される選択肢はほとんどないからだ。
「では、ケネディ卿」
そのコーネリアが口を開いた。
「貴卿はどうするべきだと考える。外交文書を送って、返事を待つのか。その間にもミサイルは陸揚げされる」
「いいえ、殿下」
ジョンは立ち上がると、海図の前へ歩み出た。
ハワイの周囲へ、白い円を描く。
「日本へ時間を与えず、同時にこちらも攻撃しない方法があります」
宰相のニクソンが眉を上げた。
「聞こう」
「海上臨検です」
何人かの軍人が顔をしかめた。
「ハワイへ向かう軍需物資輸送船に対し、国際法上の措置として停船と積荷検査を要求する。応じない船は航路を遮断する。ただし、発砲は相手が先に攻撃した場合に限る」
「封鎖と何が違う」
「封鎖は戦争行為です。しかし臨検は、危険物の搬入を確認する限定的な措置として主張できる」
「日本が拒否すれば?」
「その時、世界が見るのは、検査を求めるブリタニアと、積荷を隠して強行突破する日本です」
ジョンは海図上の白い円を指した。
「我々は警戒線を設定する。艦隊は線の外側で待つ。日本船へ反転の余地を残す。日本政府にも、面子を失わず引き返す機会を与える」
軍人の一人が冷笑した。
「日本人が引き返すと、本気で?」
「引き返す理由を作るのが政治です」
ジョンの言葉に、ロバートが続いた。
「攻撃すれば日本政府は一つになる。臨検なら、東京の中で意見が割れる。軍部、海軍、内閣、宮中、財界――彼ら自身に決断させるべきです」
しばらく沈黙が続いた。
ニクソンは椅子にもたれ、指を組んでいた。
先制攻撃を命じれば、勝てるかもしれない。
だが、勝利が保証されているわけではなかった。ハワイ周辺には日本の空母、潜水艦、航空基地が集結している。
最初の攻撃でミサイルを破壊できなければ、北米本土へ核弾頭が飛来する。
反対に、何もしなければ自分や皇帝陛下が弱腰と見なされる。
海上臨検は、その中間にあった。
弱腰ではない。だが、開戦でもない。
「悪くない」
ニクソンが言った。
「法務上の根拠を整えろ。声明文は強く、命令は慎重にする」
ロバートが小さく息を吐いた。
「艦隊には、発砲許可を厳格に制限してください」
「もちろんだ」
ニクソンはコーネリアを見た。
「殿下。現場の統制をお願いできますか」
「承知しました」
コーネリアは短く答えた。
「ただし日本艦が警戒線を越え、我が艦へ攻撃を加えた場合、私は躊躇しません」
「そのために貴女へ任せるのです」
1961年4月6日
ハワイ沖 ブリタニア海軍太平洋艦隊
海上臨検の発動は、世界へ向けて発表された。
ブリタニア政府は、ハワイへの攻撃用弾道ミサイル搬入が北米大陸の安全を脅かしていると声明を出し、日本政府へ搬入中止と国際監視団の受け入れを要求した。
日本政府は即座に反発した。
ハワイは日本領であり、国内の軍事配備へブリタニアが干渉する権利はない。臨検は違法な海上封鎖であり、帝国主権への重大な侵害である。
声明だけを読めば、両国は一歩も引いていなかった。
海上では、さらに危険な状況が進んでいた。
ブリタニア太平洋艦隊がハワイ東方へ展開した。
航空母艦、巡洋艦、潜水艦、補給艦。その上空には、浮遊航空艦と早期警戒機が滞空している。コーネリアは旗艦の戦闘指揮所から、日本船団の航跡を見つめていた。
日本側も護衛艦を伴っていた。
大型輸送船を中心に、防空駆逐艦、巡洋艦、潜水艦が配置されている。後方には、ハワイから発進した航空隊も確認された。
「日本船団、警戒線まで二百海里」
管制員が報告する。
「針路変わらずですね」
「こちらの通告は?」
「応答はあります。しかし臨検には応じないとのことです」
コーネリアは腕を組んだ。
「海軍航空隊は発艦待機。KMF部隊は格納庫内で待機させろ。こちらから挑発するな」
「殿下」
参謀が低い声で言った。
「日本側が強行突破した場合、間合いが近すぎます」
「分かっている」
「先に航空基地を叩くべきでは」
「命令は臨検だ。戦争ではない」
先制攻撃に理解を示していたコーネリアでさえ、現場で独断する気はなかった。
軍人が政治を決めれば、残るのは戦場だけだ。
夜が明けても、船団は進み続けた。
両艦隊の戦闘機が互いを視認できる距離まで近づき、潜水艦同士が海中で追跡を始めた。射撃管制レーダーが断続的に作動し、そのたびに相手側が警告を発した。
警戒線まで、百海里。
五十海里。
二十海里。
戦闘指揮所では、誰も雑談をしなくなった。
「日本船団、警戒線まで十二海里」
「全艦、戦闘配置」
コーネリアが命じた。
警報が艦内に響く。
浮遊航空艦の格納庫でサザーランドが起動し、海軍航空隊の戦闘機が射出位置へ進む。巡洋艦のミサイル発射機が旋回し、火器管制装置が日本艦の位置を記録する。
日本側でも、護衛艦の砲塔が動いていた。
あと数分。
その時だった。
「日本船団に変化!」
管制員の声が裏返った。
「先頭艦、面舵。後続艦も変針しています」
コーネリアは大型表示盤を見た。
一直線に東へ進んでいた日本船団の航跡が、ゆっくりと南西へ曲がり始めている。
「反転か?」
「全船、反転を開始。フィリピン方面へ戻ります」
戦闘指揮所に、抑えきれない安堵の息が漏れた。
コーネリアは表情を変えなかった。
「追うな」
「臨検要求を継続しますか」
「反転する船を止める必要はない。監視だけ続けろ」
彼女は艦長席の背後に立ち、日本船団が警戒線から離れていくのを見届けた。
「閣下」
参謀が言った。
「我々の圧力が効いたのでしょうか」
「そうであれば話は簡単だがな」
コーネリアは答えた。
彼女には、日本船団の動きがあまりにも突然に思えた。
艦隊の目前まで進出しながら、交渉も威嚇もなしに一斉反転する。現場指揮官の判断ではない。東京で何かが起きたのだ。
その推測は正しかった。
だがブリタニア側は、まだその真相を知らなかった。
1961年4月7日
ペンドラゴン 日本大使館
早朝、在ブリタニア日本大使館の裏口から、一台の黒い公用車が静かに出た。
車には国旗も外交標章もついていない。
在ブリタニア日本大使の朝海が案内されたのは、宮殿でも宰相府でもなく、ペンドラゴン郊外の帝室所有施設だった。
応接室で待っていたのは、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアである。
「この会談は存在しません」
着席して最初に、シュナイゼルは言った。
「大使閣下がこちらを訪れた記録も、私がお会いした記録も残らない」
「承知しております」
朝海も穏やかに答えた。
テーブルの上には書類がなかった。
記録係も通訳もいない。二人きりの会談だった。
「ブリタニア政府の公式要求は、既にご存じでしょう」
「ハワイからの弾道ミサイル撤去ですな」
「加えて、核弾頭および関連設備の搬入停止です」
「ハワイは日本領です。我が国の防衛装備について、貴国から指示を受ける理由はありません」
「では我が国にも、オーストラリアの防衛装備について日本から指示を受ける理由はない」
朝海はわずかに目を細めた。
日本側は、ブリタニアがオーストラリア北部へ配備した中距離弾道ミサイルの撤去を要求していた。
その射程には、インドネシア、南洋諸島、日本の南方基地が含まれている。
「我が国の要求は単純です」
朝海が言った。
「ハワイからの撤去を求めるのであれば、貴国もオーストラリアから撤去するべきです」
「公式には、その交換条件を認めることはできません」
「それでは交渉になりませんな」
「公式には、と申し上げました」
シュナイゼルは薄く微笑んだ。
朝海は黙った。
「オーストラリアに配備されているミサイル部隊は、元から再編対象に含まれています」
「再編?」
「撤去です」
シュナイゼルの声は変わらなかった。
「六か月以内に実行可能です」
朝海は表情を崩さなかったが、視線だけが鋭くなった。
「その保証は、殿下個人のものですか」
「いいえ」
シュナイゼルは答えた。
「最高責任者のものです」
「皇帝陛下が?」
「そう理解していただいて結構です」
部屋の空気が変わった。
日本政府にとって、ブリタニア皇帝の保証は重かった。
議会や内閣の約束とは違う。
シャルル皇帝が自ら承認したとなれば、政変でも起きない限り覆される可能性は低い。
「なぜ、これを公式に提示されないのです」
「公表すれば、日本に屈したと見なされるからです」
シュナイゼルは即答した。
「我が国にはハワイ奪還を叫ぶ者がいる。軍にも、議会にも、貴族にもです。オーストラリアからの撤去を日本の要求と結びつければ、彼らは政権の降伏と呼ぶでしょう」
「我が国も同じです」
「存じています」
「ハワイからミサイルを撤去すれば、ブリタニアの海上臨検に屈したと見なされる」
「ですから、交換条件にはしない」
シュナイゼルは静かに言った。
「日本は独自の判断でハワイ配備を見直す。我が国も独自の軍事再編としてオーストラリアから部隊を撤去する。両国政府は、互いに譲歩していないと発表する」
「そして実際には、双方が後退する」
「後退ではありません」
シュナイゼルは微笑んだ。
「生存です」
朝海はしばらく黙っていた。
「六か月以内」
「はい」
「皇帝陛下の保証がある」
「はい」
「文書にはしない」
「文書にすれば、公式提案になります」
「この内容を公にしないことも条件ですか」
「絶対条件です」
朝海は椅子へ深く座り直した。
昨日までなら、日本政府は拒絶していたかもしれない。
しかし枢木ゲンブは死んだ。強硬派は混乱し、輸送船団は既に反転している。井野首相は、軍部の命令系統を立て直すまで時間を必要としていた。
ブリタニア側も同じだった。
艦隊は警戒線の目前まで進出し、両国の核兵器は発射態勢へ近づいていた。次に同じ事態が起きれば、止められる保証はない。
「この話は、私から首相へ直接伝えます」
朝海が言った。
「電信ではなく?」
「漏洩すれば、交渉そのものが終わる」
「賢明な判断です」
朝海は席を立った。
扉へ向かいかけてから、振り返る。
「殿下。ひとつだけ伺いたい」
「どうぞ」
「貴国は、本当にハワイを諦めるおつもりですか」
シュナイゼルは少しだけ考えた。
「いいえ」
否定は穏やかだった。
「日本も、ハワイを手放すつもりはないでしょう」
「その通りです」
「だからこそ、今日は領有権を話し合わない」
シュナイゼルは窓の外へ目を向けた。
「領土の議論は、両国が明日も存在していて初めてできます」
朝海から非公式提案を受けた井野首相は、限られた閣僚と宮中、海軍、京都六家の代表だけを集めた。
会議は夜通し続いた。
強硬派は反対した。
ブリタニアの口約束を信用できない。撤去すれば、次はハワイそのものを要求される。ゲンブの死に乗じて弱腰を見せれば、共栄圏全体が動揺する。
しかし、ゲンブを失った強硬派には、先制攻撃を統一して指揮する者がいなかった。
海軍もまた、臨検線の突破が全面戦争を意味すると理解していた。ハワイを守ることと、北米へ核攻撃を加えることは同じではない。
最終的に井野は決断した。
ハワイへ搬入予定だった弾道ミサイルは、本土へ戻す。
既に島内へ運び込まれた装備についても、段階的に撤去する。
ただし日本政府は、それをブリタニアの要求に応じたものとは発表しない。部隊編成の見直しと安全上の理由による、帝国内部の自主的措置とする。
数週間後、ブリタニアもオーストラリアのミサイル部隊再編を発表した。
日本への言及はなかった。
ハワイへの言及もなかった。
両国の新聞は、それぞれ自国が相手を屈服させたと報じた。
ブリタニアでは、海上臨検によって日本船団を反転させた皇帝の権威の勝利とされた。
日本では、違法な臨検を突破することなくブリタニア側のミサイル撤去を引き出した外交的成功とされた。
真相を知る者は少なかった。
船団が反転したのは、ブリタニアの威圧だけが理由ではない。
交渉が成立したのは、両国が互いを信頼したからでもない。
一人の強硬派が死に、二つの帝国が偶然にも踏みとどまれるだけの時間を得た。
危機は終わった。
だが核兵器は残り、ハワイをめぐる憎悪も、両国の不信も消えてはいなかった。
1961年4月10日
ペンドラゴン 宰相府執務室
ジョン・F・ケネディは、臨検解除を知らせる報告書へ署名した後、弟へ言った。
「我々は勝ったと思うか」
ロバートは窓の外を見たまま答えた。
「今日は誰も負けなかった」
「同じことでは?」
「まったく違うよ、ジャック」
ロバートは兄を振り返った。
「勝者が必要な政治は、いつか敗者を作る。今回は、誰も敗者にならずに済んだ。それだけだ」
ジョンは報告書を閉じた。
「次も、そうできると思うか」
ロバートは答えなかった。
遠く離れた太平洋では、ブリタニア艦隊が東へ、日本艦隊が西へ、それぞれ反対方向に航行している。
海の中央には、ついに越えられなかった一本の線だけが残っていた。
解説
『ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ侯爵』
史実におけるジョン・F・ケネディ大統領。
北米東岸の名門貴族ケネディ家の長男で、1962年時点では帝国副宰相の立場。
ケネディ家はブリタニア建国時からの純粋な旧貴族ではなく、商業と金融で台頭し、後に爵位を獲得した新興カトリック貴族。そのため貴族でありながら庶民派であり、古いアングロ系大貴族からは成り上がり者と軽蔑されている。
しかし彼は若く、演説が巧みで、戦後世代の人気を集めることには成功している。
なお皇帝は、ケネディを「言葉によって弱者を甘やかす者」と見なしている。
『ロバート・F・ケネディ伯爵』
ジョンの弟で、帝国司法省の若手官僚。
兄よりも激情的で、純血派、企業汚職、秘密警察、貴族特権に強い敵意を持っています。
TNOではロバート・ケネディは1964年の大統領候補の一人で、公民権改革や福祉政策を推進できる人物。
『コーネリア・リ・ブリタニア』
コードギアス側人物。ブリタニアの代表的皇女将軍。
ハワイ奪還と対日強硬策を支持する軍事派。
ただし無差別核攻撃やブルグント式の兵器運用は嫌悪し、正規軍による正面戦争を重んじており、敗戦国ブリタニアの軍人として、帝国の名誉回復を本気で信じている。
『シュナイゼル・エル・ブリタニア』
ブリタニア帝国での外交・軍事政策の中心人物。
ハワイ危機では全面戦争を避けつつ、日本から譲歩を引き出したブリタニア側の交渉責任者だった。
彼はハワイ奪還感情を政治利用するが、感情的な戦争には反対している。