コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire   作:オムライス黄色連盟

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続きです。


騎士の目覚め

1962年4月21日午後1時20分

旧市街地街道

 

 最初に戻ってきたのは、痛みだった。

 腹の奥で熱い鉄が脈打っているような気がして、呼吸をするたびに傷口が引きつり、身体の内側から鈍い痛みが広がった。

 枢木スザクはその痛みで目を開けた。

 

 白い天井。

 

 規則的に揺れる照明。

 

 消毒薬と機械油が混じった臭い。

 

 自分が横たわっているのは、病院ではなかった。

 軍用の医療トラックである。

 狭い車内には折り畳み式の担架と薬品棚、簡易手術器具が並び、壁面の振動吸収装置が走行時の揺れを抑えていた。

 

「目を覚ましたね」

 

 聞き慣れない、軽い声がした。

 スザクが顔を向ける。

 白衣を着た細身の男が、簡易椅子へ腰掛けていた。

 淡い紫色の髪。

 軍人らしからぬ柔らかな表情。

 白衣の下に着ている制服から、ブリタニア軍の技術部に属する貴族将校だと分かる。

 

「ここは……」

「第十一緊急医療班の車両だよ。正確には僕たち実験部隊に随伴している医療トラックだけど」

 

 男は楽しそうに説明した。

 

「君は腹部を撃たれて倒れていた。幸い、弾丸は重要な臓器を外れている。出血量は多かったが、処置は間に合った」

 

 スザクは傷口へ手を伸ばしかけた。

 

「動かない方がいい。縫合したばかりだからね」

「ほかの人たちは」

「ほかの人?」

「トレーラーにいた学生と、緑色の髪の少女です」

 

 男は眉を上げた。

 

「僕が見つけた時、現場にいたのは君と数人の死体だけだったよ。トレーラーは炎上していた。学生と少女については報告を受けていないね」

「そんな……」

 

 ルルーシュ。

 スザクの脳裏に、地下で再会した友人の姿が浮かぶ。

 最後に見た時、指揮官の拳銃がルルーシュへ向けられていた。

 その直後に爆発が起きた。

 自分は撃たれ、意識を失った。

 ルルーシュがどうなったのか分からない。

 

「僕は戻らないと」

 

 スザクが身体を起こそうとする。

 腹部に鋭い痛みが走った。

 

「っ……!」

「だから言っただろう?」

 

 男は慌てることなく、スザクの肩を押して担架へ戻した。

 

「今の君は歩くどころか、立つのも難しい」

「でも、あそこには――」

「君が戻ったところで、できることはないよ」

 

 冷たい言葉だった。

 しかし男の口調には、悪意がなかった。

 

「それより、撃ったのは味方の指揮官だそうだね」

 

 スザクの表情がこわばる。

 

「どうして、それを」

「君の傷口と現場の薬莢を見れば分かる。至近距離、帝国軍制式拳銃。弾道の角度から見ても、正面に立った相手が撃っている」

 

 男はスザクの軍服へ目を向けた。

 血で黒く染まった腹部。階級章は二等兵。

 騎士章はなく、名誉ブリタニア人を示す認識票さえ与えられていない。

 

「ずいぶん嫌われていたようだ」

「僕が命令に従わなかったからです」

「どんな命令?」

「民間人を撃てと」

「それで断った」

「はい」

「立派だね」

 

 スザクは目を伏せた。

 

「立派なんかじゃありません」

 

 父を殺した。

 祖国を裏切ってブリタニアに来た。

 父殺しは核戦争を止めるためだったとはいえ、結果だけで罪が消えるわけではない。

 その後も自分は、正しい手続きの中で世界を変えると決めた。

 なのに、最初の任務で命令に逆らい、味方に撃たれた。

 

「僕は、規則に従って正しいことをしたかっただけです」

「規則が間違っていたら?」

「内側から直します」

「撃たれても?」

 

 スザクは答えなかった。

 男は興味深そうに彼を眺めていた。

 

「面白いなあ」

「何がですか」

「君だよ」

 

 男は立ち上がると、医療トラックの後部窓から外を見た。

 車両のすぐ近くには、巨大な移動司令車が停車していた。

 

 ブリタニア軍のG-1ベース。

 

 装甲化された長大な車体の上に、複数の通信アンテナ、索敵装置、指揮所ブロックが積み上げられている。

 その周囲にはサザーランドを配備したKMF部隊、装甲車、兵員輸送車が展開し、旧市街地を包囲していた。

 各部隊からの通信が、外の拡声器や無線機を通じて絶え間なく飛び交っている。

 

『第三封鎖線、配置完了』

『東側地下道を閉鎖。逃走者二名を拘束』

『反乱機一機を確認。旧式グラスゴーと思われる』

『殿下の許可なく、例の積荷へ発砲するな』

 

 スザクは窓の外を見た。

 

「クロヴィス殿下が?」

「そう。今回の指揮は第三皇子殿下ご本人だ」

 

 男は答えた。

 

「首都の中心で軍の最高機密を奪われたんだ。地方司令官に任せておける事件じゃない」

「旧市街地には、民間人もいるはずです」

「いるだろうね」

「掃討作戦を行うつもりなんですか」

「もう始まっているよ」

 


 

4月21日午後1時35分

旧市街地街道

 

 G-1ベースの戦闘指揮所では、旧市街地の地図が、画面上で緑色に浮かび上がっていた。

 道路、地下道、廃工場、集合住宅。

 赤い光点が、封鎖線の内側に取り残された反帝国組織の推定位置を示している。

 その中央で、クロヴィス・ラ・ブリタニアは指揮席に座っていた。

 華美な軍服。

 丁寧に整えられた金髪。

 芸術家や社交界の貴公子として知られる姿とは異なり、その表情には余裕がなかった。

 

「まだ回収できないのか」

「捜索隊が地下区画を確認中です」

 

 参謀が現段階での部隊の行動を報告する。

 クロヴィスには若干の焦りが見られたが、参謀は淡々と言葉を続けた。

 

「輸送車両は自爆。積荷のコンテナは現場から消失しています」

「消失?」

 

 クロヴィスの声が鋭くなる。

 

「あれほど厳重に包囲しておきながら、消えたと言うのか」

「爆発後の混乱で、何者かが持ち出した可能性があります」

「何者だ」

「現時点では不明です」

 

 クロヴィスは肘掛けを強く握った。

 ブルグントから回収された物体。

 それが何なのか、クロヴィス自身も完全には知らされていない。

 

 説明ではブルグント親衛隊の化学兵器だと言われた。

 

 正体は、最高機密。

 

 シュナイゼルの情報部が管理し、軍の一部だけが移送任務を命じられた存在。

 だが、もし首都で奪われたと知られれば、責任を問われるのは現地を統治するクロヴィスだった。

 

「旧市街地を完全封鎖しろ」

「既に実施しています」

「逃げ道を一本も残すな。地下鉄、水路、工業用トンネルもだ」

「住民の避難は」

「不要だ」

 

 参謀たちが一瞬、沈黙した。

 クロヴィスは地図を睨みつけたまま続ける。

 

「テロリストを匿う者も同罪だ。街区ごと制圧し、積荷を発見しろ」

「殿下。強硬な掃討は、ケネディ副宰相や議会改革派から批判を受ける可能性があります」

「ならばテロリストが先に発砲したと発表すればよい」

「しかし──」

「これは命令だ」

 

 クロヴィスは参謀を振り返った。

 

「今回の出来事が公になれば、議会の批判程度では済まない」

 

 彼の声が低くなる。

 

「まして、日本やドイツの情報機関に知られれば、ハワイ危機の再来どころではないのだぞ!」

 

 参謀は口を閉じた。

 

「全KMF部隊へ通達。抵抗する者は排除しろ」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 旧市街地を囲む青い光点が、一斉に動き始めた。

 


 

4月21日午後1時41分

旧市街地下道

 

 その頃、ルルーシュはブリタニア軍兵士の制服を身につけ、旧地下鉄の制御室へ入り込んでいた。

 床には、彼がギアスで自害させた兵士たちが倒れている。

 緑髪の少女は、奪った外套を肩にかけ、壁際からルルーシュの行動を眺めていた。

 

「それで、これからどうする」

「まず状況を把握する」

 

 ルルーシュは兵士から奪った通信端末を操作した。

 帝国軍の作戦周波数、部隊配置、そして封鎖線。

 暗号化されているが、現場用の簡易通信なら兵士の認証端末で受信できる。

 

『第五小隊、北西街区へ進入』

『反乱機を追跡中。目標は赤色のグラスゴー』

『住民の退避は許可されていない』

 

 ルルーシュの指が止まる。

 

「クロヴィスらしいな」

「兄を知っているのか」

「知っているさ」

 

 ルルーシュは冷たく答えた。

 

「絵画と庭園を愛する一方で、他人の命を数字として扱える男だ」

 

 端末上に旧市街地の地図を表示する。

 ブリタニア軍は大きく三方向から侵入していた。

 北西からKMF部隊。東側から歩兵と装甲車。南側には予備兵力。

 反帝国組織は中央の廃工業区へ追い詰められている。

 

「兵力差は?」

「比べるまでもない」

 

 少女が地図を覗き込む。

 

「ならば見捨てるのか」

「俺が巻き込まれた原因ではあるが、見捨てれば軍の包囲が縮小する」

「合理的だな」

「だが、連中が捕まれば、俺とお前のことも話す」

「それが理由か」

「理由としては十分だ」

 

 ルルーシュは端末を閉じた。

 実際の理由は、それだけではなかった。

 反帝国組織の中には、先ほどグラスゴーで時間を稼いでいた女がいた。

 彼らはブリタニアへ戦いを挑みながらも、作戦も指揮も稚拙だった。

 兵力を分散し、退路を確保せず、個々の勇気だけで戦っている。

 そのままでは全滅する。

 全滅すれば退路は塞がれ、都合が悪くなる。

 

「武器が必要だ」

「銃ならそこにある」

「銃ではない」

 

 ルルーシュは帝国軍の通信から、近くに孤立したサザーランドがいることを知っていた。

 地下道の崩落で本隊から離れ、搭乗員が外へ出て通信設備を確認している。

 

「王には、駒が必要だ」

 


 

4月21日午後2時12分

旧市街地南部

 

 一機のサザーランドが、崩れた高架橋の下で停止していた。

 搭乗員は機体の外へ出て、携帯端末で通信状態を確認している。

 

「こちら第六小隊三番機。地下中継設備の故障を確認した。現在──」

「ご苦労」

 

 背後から声をかけられた。搭乗員が振り返る。

 そこには帝国軍兵士の制服を着た黒髪の少年が立っていた。

 搭乗員が不審に思う。帝国軍の兵士にしては、体格が幼すぎるからだ。

 

「所属と階級を言え」

 

 搭乗員が警戒して拳銃へ手を伸ばす。

 彼が銃を向ける前に、ルルーシュは帽子のつばを上げた。

 左目に赤い紋様が浮かぶ。

 

「その機体を俺に渡せ」

 

 赤い鳥の印が、搭乗員の瞳へ映った。

 

「機体を……渡します」

「通信記録を消去し、二時間ここで眠れ」

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 搭乗員は認証キーを差し出すと、地面へ横たわった。

 ルルーシュはサザーランドを見上げる。

 騎士候補として最低限のKMF操縦教育は受けていた。

 アッシュフォード家の『ガニメデ』にも触れた経験がある。

 実戦は初めてだが、動かすだけならできる。

 

「一度見ただけで奪うとはな」

 

 少女が言った。

 

「力を無駄遣いするなと言ったのはお前だろう」

「一人につき一度しか効かない。それを理解して使うなら構わない」

「十分だ」

 

 ルルーシュは操縦席へ乗り込んだ。

 ハッチが閉じる。

 ファクトスフィアが展開し、外部映像が表示される。

 機体の状態は正常。

 武装はアサルトライフル、スラッシュハーケン、スタントンファ。

 識別信号もブリタニア軍のままだ。

 ルルーシュは通信回線を開く。ブリタニア軍の指揮系統へ潜り込むと、自ら軽い通信を入れた。

 

「こちら第六小隊。通信復旧。北西街区へ合流する」

『了解。反乱機包囲へ参加せよ』

「了解した」

 

 サザーランドが動き出す。

 ルルーシュは帝国軍機として堂々と封鎖線へ向かった。

 


 

同時刻

旧市街地南部

 

 カレンのグラスゴーは限界に近づいていた。

 左腕は既に失われている。

 右脚のランドスピナーも損傷し、移動するたびに火花を散らしていた。

 

『カレン、東側からも来る!』

「見えてる!」

 

 カレンは機体を建物の陰へ滑り込ませた。

 直後、サザーランドの大型銃が道路を薙ぎ払う。

 コンクリートの破片が装甲へ叩きつけられた。

 

「くっ……!」

 

 カレンたちの周囲には、反帝国組織の生き残りが集まっていた。

 数人の武装構成員の中には、負傷者も多い。

 トレーラーから逃げ延びた者たちも合流しているが、奪ったコンテナと緑髪の少女は行方不明だった。

 

『このままじゃ包囲される!』

 

 構成員の一人、玉城の声が無線から響く。

 

『だから言ったんだ! あんな得体の知れない荷物を狙うべきじゃなかったんだ!』

「今さら何を言ってるの!」

『でもよ!』

「喧嘩している場合じゃない!」

 

 組織のリーダー格である扇が、二人の通信に割って入った。

 

『カレン、動けるか?』

「まだ戦える」

『無理をするな。ここから脱出する方法を探す』

「どうやって?」

 

 北側はKMF。

 東側は装甲車と歩兵。

 南側はまだ敵が少ないが、開けた道路を横断しなければならない。

 地下道も封鎖されつつある。

 扇たちには、敵の正確な配置が分からない。

 状況は悪化する一方だった。

 その時、全員の無線へ見知らぬ声が割り込んだ。

 

『聞こえるか』

「誰?」

『質問は後だ。生き残りたければ、俺の指示に従え』

 

 若い男の声だった。

 落ち着いている。

 銃声と爆発音の中でも、まるで盤上を眺めているかのように冷静だった。

 玉城が怒鳴る。

 

『何者だ! どうやってこの周波数に――』

『北側交差点にいるサザーランド三機は、二分後に西へ移動する』

「何を根拠に」

『俺がそうさせる』

 

 カレンが建物の隙間から様子を窺う。

 帝国軍のサザーランド部隊が、突然進路を変えた。

 

『第八小隊へ。反乱機を西側で確認した。直ちに移動せよ』

 

 帝国軍通信が聞こえる。偽の報告。

 誰かが帝国軍の回線へ入り込み、部隊を動かしている。

 

『今だ。北側の道路を渡れ。ただし全員ではない。歩兵は二組に分かれろ。第一組は北へ、第二組は三十秒後に東へ移動』

『罠じゃないのか?』

 

 玉城が疑うが、声は淡々と答える。

 

『罠を疑ってその場に残れば、五分以内に包囲が完成する』

 

 声は冷静だった。

 まるで盤面の結末が見えているかのように。

 

『選べ。俺を信じるか、クロヴィスに処刑されるか』

 

 扇が決断した。

 

『指示に従う。全員、二組に分かれろ!』

 

 構成員たちが動き始める。

 第一組が北側道路を横断する。

 帝国軍KMFは移動しており、射線が空いている。

 

『カレン。お前はその場に残れ』

「どうして私の名前を」

『無線で聞いた』

 

 カレンは眉をひそめた。

 あのトレーラーにいた人間なのはこれで間違いなくなった。

 だが、声に覚えはない。今は思い出している暇もなかった。

 

『三十秒後、東側から装甲車が二両来る。先頭車両の車輪を撃て。撃破する必要はない』

「止めるだけ?」

『後続車両が道を塞ぐ。敵歩兵の進入が遅れる』

「分かった」

 

 カレンはグラスゴーの残った腕で銃を構える。

 東側道路から、装甲車が現れた。

 装甲車へ照準し、発砲。

 弾丸が先頭車両の前輪を破壊する。

 装甲車が横滑りし、道路中央で停止した。

 後続車両が急停止するが間に合わず、側面へ衝突する。

 狭い道路が完全に塞がった。

 

『本当に来た……』

『次。玉城、お前の組は廃工場の二階へ上がれ』

『なんで俺の名前まで知ってんだ!』

『窓際にブリタニア軍の携行ミサイルが残されている。それで南側の無人の装甲車を撃て』

『無人?』

『乗員は既に北側の捜索へ回された。爆発させれば、南側部隊は伏兵を警戒して止まる』

 

 次々と指示が下される。

 指示どおりに動くたび、帝国軍の包囲網に穴が開いた。

 敵兵力そのものが減ったわけではない。

 だが、配置と時間を少しずつずらすことで、圧倒的な戦力が互いに干渉し、動きを止めていく。

 カレンは無線の向こうの人物が何を見ているのか、理解できなかった。

 まるで戦場全体を上空から見下ろしている。

 あるいは、敵味方すべてを盤上の駒として扱っている。

 

『カレン。五十メートル先の地下搬入口へ向かえ』

「この機体じゃ速度が出ない」

『速度は必要ない。十秒後、敵サザーランドが右側から出る。正面へ煙幕弾を撃て』

「見えない相手に?」

『撃て』

 

 カレンは一瞬迷い、煙幕弾を発射した。

 白煙が道路へ広がる。

 その直後、帝国軍サザーランドが右側の路地から飛び出した。

 視界を奪われ、急停止する。

 

『今だ。左へ回り込め』

 

 カレンはグラスゴーを滑らせた。

 敵機の背後へ回る。

 

「取った!」

 

 銃口を敵サザーランドのコックピットへ向ける。

 

『撃つな』

「どうして!」

『奪え』

 

 カレンの動きが止まる。

 

『脱出ブロックの外部解除装置を撃て。搭乗員を強制排出できる』

「そんな場所、狙えるわけ──」

『右腰部。装甲継ぎ目の下だ』

 

 カレンは言われた位置を狙って発砲した。

 外部解除装置が破損する。

 警報と同時に、サザーランドのコックピットブロックが射出された。

 無人になった機体が停止する。

 

『乗り換えろ』

 

 カレンは目を見開いた。

 

「このために……」

旧式機(そいつ)で戦い続ける必要はない』

 

 カレンは損傷したグラスゴーから降り、帝国軍のサザーランドへ走った。

 認証装置は破壊されている。

 強制起動手順を使えば動かせる。

 

『お前なら扱える』

「ずいぶん私を信用するのね」

『機体を見れば分かる。旧式機で正規軍相手にあれだけ粘れる操縦士は少ない』

 

 カレンはサザーランドの操縦席へ乗り込んだ。

 ブリタニア機を奪った時のハッキングキーを差し込むと、システムが起動した。

 先ほどまでのグラスゴーとは比べものにならない出力だった。

 センサー、反応速度、視界の広さに驚く。

 

「動く……!」

『ならば反撃開始だ』

 


 

4月21日午後2時37分

旧市街地街道

 

 G-1ベースでは、参謀たちの声が飛び交っていた。

 

「北西部隊、反乱勢力を見失いました!」

「東側道路が車両事故で閉塞!」

「南側部隊、伏兵の存在を警戒して停止しています!」

「第八小隊が誤った目標情報を受信!」

 

 クロヴィスは地図を睨んでいた。

 先ほどまで一点へ追い詰められていた赤い光点が、複数方向へ散開している。

 対してブリタニア軍の青い光点は、意味もなく進路を変え、狭い道路で互いの動きを阻害していた。

 

「何が起きている」

「通信系統へ偽情報が流されています」

「敵にこれほどの指揮能力があったのか?」

「確認されていません」

 

 参謀の一人が答える。

 

「これまでの戦闘では、彼らは小規模な破壊活動しか行っていませんでした」

「ならば誰が指揮している!」

 

 誰も答えられない。

 クロヴィスには理解できなかった。

 兵力では圧倒しているはずだった。

 情報も、火力も、機動力も、すべてブリタニア軍が上だ。

 それなのに、敵は包囲の隙間を正確に突いてくる。

 

「(もしや、指揮官が変わったか?)」

 

 クロヴィスは一つの可能性を考えた。

 包囲されている相手組織を支援しているパトロン、もしくは諜報機関の手先。

 可能性としては十分あり得た。なにせ今回の組織は積荷を奪った件といい、計画性があるからだ。

 それも、ブリタニア軍の配置と命令を知る者なら納得だ。

 

「通信暗号を変更しろ」

「既に変更しています。しかし敵は現場部隊の行動を予測しているようです」

「予測?」

 

 クロヴィスが立ち上がる。

 あり得なかった。

 これが単に通信を傍受しているわけではないのなら、敵の指揮官は戦場を人力だけで操作していることになる。

 

「そんなことが可能なものか!」

 

 クロヴィスは必死にこの状況を否定した。

 しかし、現実は変わらなかった。

 


 

4月21日午後2時45分

旧市街地 廃墟ビル

 

 ルルーシュは奪ったサザーランドを廃ビルの陰に停止させていた。

 帝国軍の通信を聞きながら、各部隊の移動を地図上へ重ねている。

 反帝国組織の脱出口は確保されつつあった。

 カレンには新しいサザーランドを与えた。

 玉城たちは帝国軍の補給所から武器を奪った。

 扇の組は負傷者を連れ、地下水路へ移動している。

 あと少しで退路が開けるはずだった。

 

「大したものだな」

 

 緑髪の少女は、ルルーシュの機体に同乗していた。

 操縦席後方の狭い補助スペースへ座り、外部映像を眺めている。

 

「ギアスを使わずとも、人を動かせる」

「兵士の配置には必ず意図がある。意図が分かれば、次の行動も読める」

「人間も駒か」

「駒として動く者はな」

「では、お前自身は?」

「盤上の外にいる」

 

 ルルーシュは通信を切り替えた。

 

『全員へ。北西の排水路が開いた。そこから退避しろ』

『あんたはどうするんだ』

 

 扇が尋ねた。

 

『帝国軍の注意を引きつける』

『一人で?』

『敵は俺を反乱部隊の指揮官だと認識し始めている。ならば、俺が残れば追跡は分散する』

『待て、名前だけでも教えてくれ!』

 

 ルルーシュは少し考えた。

 今の自分に名乗れる名前はない。

 ルルーシュ・ランペルージでは、ただの学生。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでは、死んだ皇子。

 いずれ、別の名が必要になる。

 だが今は、まだ早い。

 

『生き延びろ。話はその後だ』

 

 通信を切る。

 

「彼らを従わせるつもりか」

 

 少女が聞いた。

 

「利用できる戦力は利用する」

「随分と素直ではないな」

「何が言いたい」

「助けたかったのだろう?」

 

 ルルーシュは答えなかった。

 その時、帝国軍通信へ新たな声が入った。

 

『特別派遣嚮導技術部より、実験機の投入許可を申請します』

 

 ルルーシュが眉を寄せる。

 特別派遣嚮導技術部。

 聞き慣れない部隊名だった。

 

『実験機だと?』

 

 G-1ベースの管制官が聞き返す。

 

『第五世代以上の試作ナイトメアフレームです。現状の混乱を収拾できる可能性があります』

『搭乗員はいるのか』

『ええ。ちょうど適任者を見つけました』

 

 

 

騎士(ナイト)はようやく動き出す…… 

 




解説
『枢木スザク』
日本の軍事華族、枢木家の嫡男。
ルルーシュとナナリーが日本へ送られた時期に二人と出会っている。
1961年のハワイ危機において、父・枢木ゲンブがブリタニア艦隊と北米西岸への先制攻撃命令を下そうとしていることを知り、結果として父を射殺し、命令書を焼却した。
日本政府は真相を隠蔽し、ゲンブの死を急病として処理。スザクは秘密拘束された後、何らかの支援によってブリタニアへ亡命。
1962年時点ではブリタニア軍の下級兵士。日本では父殺しと売国の疑いを持たれ、ブリタニアでは敵国人として差別されている。

『ロイド・アスプルンド』
アッシュフォード財団系のKMF技術者。
日本製の量産思想とドイツ製の重装甲思想を分析し、ブリタニア式高機動KMFを開発する。
スザクの反応速度と日本式KMFの知識に注目し、最新鋭機の搭乗員へ選ぶ。
政治や民族には無関心だが、ブルグントのような「人間を部品として使う方針」には技術者として嫌悪感を示している。
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