コードギアス:The New Order ─ Last Days of Empire 作:オムライス黄色連盟
1962年4月21日午後3時37分
ペンドラゴン 旧市街地
旧市街地では、戦闘が止まっていた。
ブリタニア軍のサザーランドは道路上で停止し、歩兵部隊も命令の意味を測りかねたまま銃口を下ろしている。
『全軍、現在位置で待機』
『追撃および発砲を禁止する』
『これはクロヴィス殿下の勅命である』
同じ通達が何度も繰り返されていた。
つい数分前まで旧市街地を包囲し、地下組織を一人残らず追い詰めようとしていた帝国軍が、突然動きを止めたのである。
その変化に、逃げる側もすぐには対応できなかった。
「罠じゃないのか?」
玉城真一郎は崩れた建物の陰に身を潜めながら、荒い息を吐いた。
その手には、銃床の曲がった短機関銃が握られている。
服は埃と血で汚れ、左肩には応急処置の包帯が巻かれていた。
「停戦命令を出して、俺たちが出てきたところをまとめて捕まえる気なんじゃねえのか」
「その可能性はある」
扇要は負傷者の肩を支えながら答えた。
「だから、すぐに動く。敵が命令の確認を終える前に、旧市街地から出る」
「でも、どこへ?」
構成員の一人が尋ねた。
当初用意していた退路は、ほとんど潰されていた。
地下水路の一部はブリタニア軍に封鎖され、車両は失われた。トレーラーは爆発し、隠れ家のいくつかも襲撃を受けている。
カレンが奪ったサザーランドは残っているが、白い新型KMFとの戦闘で損傷していた。
それでもグラスゴーよりは動けるだろう。
ただし、そのまま市街地を走れば帝国軍に発見される。
「小野田さんから連絡は?」
扇が尋ねる。
「まだだ」
玉城は携帯無線機を叩いた。
「さっきから雑音ばっかりだ。通信妨害が残ってる」
「なら予定どおり南西へ向かう。合流点が生きていれば──」
扇が言いかけた時、背後の路地から複数の足音が聞こえた。
全員が一斉に銃を向ける。
「待て!」
低い声が響いた。
「撃つな。味方だ」
路地から姿を現したのは、ブリタニア軍の戦闘服を着た兵士たちだった。
だが、その装備は正規軍とは微妙に異なっている。
胸の階級章がない。
部隊章も外されている。
武器はブリタニア製だが、携帯無線機や背嚢には日本軍規格の部品が使われていた。
先頭の男がヘルメットを外した。
短く刈られた黒髪に、浅黒い顔。年齢は四十前後。彼らにとっては顔見知りの男だった。
「小野田さん!」
扇が安堵の声を漏らした。
小野田寛郎。
彼ら難民組織の支援者だった。
かつて日本陸軍の情報将校とし第二次世界大戦に従軍し、現地での情報収集・現地民の離反工作を行い、遊撃戦なども指導した情報畑の人物。
終戦後、フィリピンでの任務から帰還。現在は対ブリタニア工作における現地責任者を務めている。
彼は周囲を見渡した。
生存者の数、負傷者の数、そして失われた装備。
建物の陰に隠されたサザーランド。
人数を数える目は、難民団体の支援者というより、完全に軍人のものだった。
「全員いるか」
「まだ数人、別方向へ逃げています」
「名前は」
扇が答える。
小野田は後ろの隊員へ振り返った。
「第二班、北側へ回れ。停戦命令が生きている間に捜索する。敵とは接触するな」
「了解」
「第三班は負傷者を運べ。歩ける者も乗せろ。ブリタニア軍が混乱から立ち直る前に離れる」
小野田の部下たちは迷いなく動いた。
路地の奥から、小型トラックと救急車が現れる。
いずれも民間車両に偽装されていたが、荷台には武器架と医療器具が備えられている。
「こんな近くまで来てたのかよ」
玉城が驚く。
「来なければ、お前たちは全滅していた」
「分かってるよ」
「分かっている顔ではないな」
「今は説教してる場合じゃねえだろ!」
「だから後にする」
小野田はそう言って、倒れている負傷者の脈を確認した。
「この者から先に運べ。腹部に破片が入っている」
「カレンは?」
扇が尋ねた。
「先ほど無線が入りました。奪ったKMFでこちらへ向かっています」
「単独で?」
「そうだ」
小野田は一瞬だけ眉を寄せた。
「白い新型に追われたらしいな」
「ランスロットって呼ばれてた」
玉城が吐き捨てる。
「あいつ、化け物だぞ。こっちのサザーランドを玩具みたいに吹き飛ばしやがった」
「操縦者は?」
「分からない。動きが速すぎた」
「こちらの指揮官が、あれを引きつけてくれました」
扇が言う。
「指揮官?」
小野田の視線が鋭くなる。
「誰だ」
「分かりません」
「分からない?」
「途中で無線へ割り込んできたんです。ブリタニア軍の配置を全部把握していて、敵の動きを先読みして、俺たちに指示を出しました」
小野田は黙った。
「その人物が、帝国軍のサザーランドを奪ったのか」
「たぶん」
「姿は見たか」
「見ていません」
「声は」
「若い男でした」
小野田はわずかに目を細めた。
「若い男が、初めて見る部隊を即座に再編し、帝国軍の包囲を崩した」
「信じられないと思うだろ」
玉城が言った。
「俺だって信じられねえよ。でも、本当にそうだったんだ」
「こちらが北へ動けば敵が西へ行く。言われた場所には武器がある。敵の装甲車が来る時間まで正確でした」
扇が続ける。
「彼がいなければ、俺たちはここまで逃げられなかった」
「その男は今どこにいる」
「分かりません。最後は一人で離脱しました」
小野田は旧市街地の中心へ目を向けた。
G-1ベースがある方向だった。
先ほどの停戦命令。突然停止した追撃。現れた正体不明の指揮官。
偶然にしては、つながりすぎている気がした。
「小野田さん?」
「いや」
小野田は視線を戻した。
「今は撤収を優先しよう」
午後4時10分
ペンドラゴン郊外
停戦命令の混乱は、小野田の想定以上に大きかった。
ブリタニア軍の各部隊は、クロヴィスの命令が本物かどうか確認しようとしていた。
だがG-1ベースから追加の指示はない。
参謀たちも一時退避させられ、指揮系統が途切れている。
その隙に、小野田の部隊は市街地の外へ向かった。
偽造された帝国軍の通行許可証。
医療支援部隊を装った救急車。
損傷したサザーランドは大型トレーラーへ載せられ、防水布をかけられた。
帝国兵に止められるたび、小野田の部下は堂々と答えた。
「負傷兵の後送だ」
「命令番号は?」
「G-1臨時指令、第三七号。停戦に伴う医療車両の優先通行」
実際には、そんな命令は存在しない。
だが現場の兵士には、それを確認する術がなかった。
上から届いた停戦命令。
錯綜する通信。
負傷者を積んだ車両。
血まみれの人間を前にして、長時間足止めする者はいなかった。
車列は何度か検問を抜けた。
最後の封鎖線を越えたところで、玉城はようやく息を吐いた。
「助かった……」
「まだだ」
小野田は助手席から前方を見たまま言った。
「追跡がないと確認するまで、助かったとは言わないほうがいい」
「相変わらずだな、おっさん」
「相変わらず生きているからね」
午後5時05分
ペンドラゴン郊外 廃工場
旧市街地から数十キロ離れた郊外。
使われなくなった工業地帯の奥に、古い機械工場があった。
表向きは十年以上前に閉鎖されている。
窓は割れ、外壁は錆び、敷地には雑草が伸び放題だった。
だが内部には発電機、通信設備、医療室、武器庫、車両整備区画が隠されていた。
難民団体が緊急時に使用する退避拠点の一つである。
車列が工場内へ入る。
大型扉が閉じられた。
負傷者はすぐに医療区画へ運ばれ、奪取したサザーランドは整備班によってトレーラーから降ろされた。
その装甲には無数の弾痕が残っている。
片腕の装甲は剥がれ、脚部ランドスピナーも損傷していた。
「よくこれで戻ってきたものだ」
整備員が呟く。
「元のグラスゴーは?」
「放棄した」
カレンが答えた。
彼女は先ほど工場へ到着したばかりだった。
顔と髪は煤で汚れ、腕には擦り傷がある。
それでも自分の足で歩いていた。
「サザーランドへ乗り換えろって言われた」
「例の指揮官に?」
「はい」
「直接姿は見たか」
「無線だけです」
「どんな男だった」
「偉そうで、人の話を聞かなくて、自分の指示が絶対に正しいと思ってる」
玉城が笑った。
「そりゃ、ずいぶん気に入ったみたいだな」
「どこを聞いたらそうなるのよ!」
「でも従ったんだろ?」
「従わなかったら、みんな死んでた」
カレンは言い返した後、表情を曇らせた。
「本当に、全部見えてるみたいだった」
工場中央の作業台を囲み、生き残った構成員たちが集められた。
小野田は全員が落ち着くまで待った。
扇が負傷者と回収装備の状況を報告する。
「死者は現時点で四名。重傷者が七名。行方不明だった三名は、小野田さんの第二班が回収しました」
「装備は」
「小火器の三割を喪失。トレーラーは自爆。グラスゴーも放棄しました」
「代わりにサザーランド一機か」
玉城が言う。
「差し引きなら得してるんじゃねえか?」
「人間の損失を差し引きに入れるな」
小野田が低く言った。
玉城は口を閉じた。
「続けてくれ」
「コンテナの中には、緑色の髪の少女が入っていました」
扇の言葉に、小野田の表情がわずかに変わる。
「少女?」
「生きていました。拘束されていたようです」
「今はどこにいる」
「分かりません。トレーラーの爆発後、例の指揮官と一緒に逃げたと思われます」
「少女は何か話したか」
扇はカレンたちを見た。
「俺たちは直接聞いていません」
「地下にいた者は?」
一人の構成員が手を上げた。
「遠くからですが、声は聞きました。誰かの名前を呼んでいたような……」
「名前?」
「はっきりとは」
小野田はそれ以上追及しなかった。
「帝国軍は、あのコンテナを兵器として扱っていた」
「でも中にいたのは人間だった」
カレンが言う。
「人間だから兵器ではないとは限らない」
小野田の言葉に、場が静まる。
「ブルグントの標章があったんだろう」
扇がうなずいた。
「昨年のハワイ危機と関係があると、例の指揮官は言っていたそうです」
「そいつ、そこまで知ってたのか?」
玉城が眉をひそめる。
「俺たちですら、小野田さんから『ブリタニアが何かを運ぶ』としか聞いてなかったぞ」
「だから問題だ」
小野田は腕を組んだ。
今回の作戦は、本来なら輸送物の確認だけで終える予定だった。
軍用車両を襲撃するにしても、積荷を奪取した後は速やかに離脱する。
ところが作戦は市街地で破綻した。
さらに、予定に存在しない人物が現れ、帝国軍の部隊運用を読み切り、地下組織を救出した。
その人物は、ブルグントの標章とハワイ危機の関係を理解していた。
そして今、帝国軍総督から突然停戦命令が出された。
「小野田さん」
扇が恐る恐る尋ねる。
「今回の情報は、どこから得たんですか」
「答えられない」
「またそれかよ」
玉城が机を叩いた。
「俺たちは何も知らされずに襲撃させられて、危うく全滅しかけたんだぞ!」
「襲撃を命じた覚えはない」
「何?」
「私が伝えたのは、ブリタニア軍がブルグント由来の機密物資を移送するという情報だけだ。監視と確認が任務だった」
小野田の視線が鋭くなる。
「輸送車を襲えとは言っていないぞ」
全員の視線がカレンへ向いた。
「私たちで決めました」
カレンは逃げずに答えた。
「ナオトが追っていたものと関係があるかもしれないと思ったから」
「彼の名を理由に使うな」
小野田の声が一段低くなる。
「兄は関係してる!」
「関係しているかもしれない。それと、準備不足のまま市街地で軍用輸送車を襲うことは別だ」
「じゃあ、見送れって言うんですか?」
「そうだ」
カレンが小野田を睨んだ。
「それで、また何も分からないまま消されるのを待つ?」
「情報活動とは、分からないものへ飛びつくことではない」
「その慎重さで、兄を助けられたんですか」
空気が凍った。
扇が止めようとしたが、小野田は手で制した。
「助けられなかった」
小野田は静かに答えた。
カレンの目が揺れる。
「だからこそ、お前まで同じように失うつもりはない」
「だったら、本当のことを話してください」
「まだ話せない」
「いつなら話すんですか!」
「話せる状況になった時だ」
「それじゃ遅い!」
「遅くとも、生きていれば次がある」
小野田はカレンを正面から見た。
「死ねば何もない」
カレンは拳を握った。
反論したかった。
だが、医療区画から聞こえる負傷者の呻き声が、それを止めた。
今日の作戦で、実際に仲間が死んだ。
白いKMFに圧倒され、謎の指揮官と小野田の救援がなければ、全滅していた。
勇気だけでは何も守れなかった。
「今回の責任は私にあります」
扇が言った。
「現場責任者として止めるべきでした」
「いや」
小野田は首を振った。
「責任は分ける。情報を与えながら、監視体制を十分につけなかった私にもある」
玉城が意外そうに顔を上げた。
「認めるんだな」
「失敗を認めない人間に、次の作戦は任せられない」
小野田は机の上に地図を広げた。
「だが、反省は後だ。今は現状を整理する」
彼は回収された装備の一覧を指した。
「人員は、行方不明者を含めて全員確認できた。死者は出たが、組織の中核は残っている」
次に、工場の整備区画へ視線を向ける。
「小火器と通信機の多くも回収した。サザーランド一機もある。予備部品を使えば、数日で最低限の稼働状態へ戻せる」
「じゃあ、また戦える」
玉城が言った。
「戦うかどうかを決めるのは、その後だ」
「でも、帝国軍は俺たちを見逃さない」
「見逃さないだろう」
小野田は断言した。
「クロヴィスが停戦命令を出した理由が何であれ、ブリタニア軍は必ず捜索を再開する。コンテナも、緑髪の少女も、例の指揮官も探す」
「俺たちも?」
「当然だ」
小野田は全員を見渡した。
皆は静かに小野田の話を聞いている。
工場の外では、風が錆びた鉄板を揺らしていた。
「選択肢は二つだ」
小野田は選択肢を提示した。
「今回の件の後戻りはできない。だから武装部門を解散し、全員の身分を変えて別の土地へ逃がす方向」
「もう一つは?」
カレンが尋ねた。
「組織を作り直す」
「作り直す?」
「今日のような寄せ集めではなく、指揮系統、補給、情報、撤退計画を持つ組織にする」
玉城が身を乗り出す。
「戦う組織に?」
「生き残る組織だ」
小野田は訂正した。
「戦うのは、そのための手段にすぎない」
「例の指揮官はどうするんですか」
扇の問いに、小野田は少し考えた。
「探す」
「仲間にする?」
「会ってから決める」
「敵だったら?」
「その時は排除するまでだよ」
小野田の答えには迷いがなかった。
カレンは無線機を見つめた。
あの声。
戦場全体を読み、敵味方を動かし、最後には自分一人で白いKMFを引きつけた男。
名前も、顔も知らない。
だが、彼がいなければ全員死んでいた。
「私は、もう一度会いたい」
カレンが言った。
「礼を言うためか?」
小野田が尋ねる。
「確かめるためです」
「何を」
「私たちを、何に使うつもりなのか」
小野田はカレンを見つめた。
「それは正しい」
そして、机の地図を畳んだ。
「正体の分からない者へ命を預けるな。どれほど有能でもだ」
その時、工場の通信機が鳴った。
全員が振り返る。
通信担当が受話器を取る。
「こちら第三退避拠点」
短い沈黙。
担当者の顔色が変わった。
「小野田さん」
「どうした」
「ブリタニア軍の公開回線です」
「内容は」
通信担当はゆっくりと答えた。
「クロヴィス第三皇子が、G-1ベース内で死亡したと」
工場内が静まり返った。
「死亡?」
扇が呟く。
「停戦命令を出した、直後に……?」
玉城の声が珍しく震える。
カレンは顔を上げた。
小野田だけが、何も言わなかった。
停戦命令に、第三皇子の死。
全ての点が一本の線につながり始めていた。
「小野田さん」
扇が呼びかける。
「例の男がやったと思いますか」
「断定はできない」
小野田は答えた。
「だが、もしそうなら」
彼は工場の扉の向こう、遠く離れた首都の方向を見た。
「我々を救ったのは、ただの協力者ではない」
クロヴィス・ラ・ブリタニアを殺し、帝国軍全体を止めた人物。
その男が次に何をするのか。
味方となるのか。
敵となるのか。
「歴史を動かすつもりの人間だ」
解説
『小野田寛郎』
日本陸軍の情報将校。史実では戦後もフィリピンに30年近く潜伏していた。最終階級は少尉。
TNOでは戦後に帰還し、情報将校としての能力と実績を買われ昇進していると思われる。今作では対外工作員としてカレン達の組織を支援している設定。