「真緑ちゃんはなんて書いたの?」
ゆくりちゃんの笑顔は、星々によるささやかな照明のおかげか、星々なんかよりずっと綺麗で美しくて。そんな彼女を見ているとなんだか私は手元にある邪な願望をくしゃりと丸めて、「間違えてしまいました、字」なんて嘘をついた。
「真緑ちゃんは少しおとぼけな所もあるんだね」
「はっ、恥ずかしいですぅ・・・・」
「ふふっ、実に真緑ちゃんらしくて良いね♪」
学校の屋外(門付近)は思ったより風が強くて、夏だというのに、少し寒い。風でくしゃくしゃになった髪を撫で付けて、頬の冷たさを感じる。
「そういえば、ゆくりちゃんはなんて書いたんですか?」
私は訊く。今思えば、ゆくりちゃんの願いの内容は実にミステリアスな事があり得るが、やっぱり私は彼女に私と同じような邪な願いを書いていて欲しいなんてことを思っていて、尋ねずにいられなかった。
「そうだね・・・・。うんっ、これはちょっと大雑把な内容かな?あはははっ・・・・」
ゆくりちゃんは少し考えてそれから照れ照れしつつ、私に短冊を手渡した。なんて書いてあるのだろう。緊張を手先に感じつつ、私は短冊を裏返す。
──いきづらい部!がみんなの記憶に残りますように。
「やっぱり私っぽくないかな・・・・」
恥ずかしい。そう思う。私はローラちゃんの元へ戻って、無理を聞いてもらうとした。だが、短冊が足りていない事を察知したのか、私に新しい短冊をくれた。小さい頃からのあまり物だからたくさん使って頂戴。ほとんど親戚からのお下がりだから・・・・。紙の資源の無駄遣いだと内心感じた。そんな余計な考えはやめ、私は下書きもせずに短冊に願い事を書き込む。ローラちゃんにお礼を言うと私はゆくりちゃんの所へ走り寄る。しゃがみこみ、ゆくりちゃんに目線を合わせる。
「ゆくりちゃん」
うずくまっているゆくりちゃんの肩を叩く。
「はい、これ」
顔をあげたゆくりちゃんに、短冊を手渡す。ゆくりちゃんは、それをおそるおそる読んで、それから何度か私と短冊を見比べ、やがてゆくりちゃんの右手が私の両手を握りしめた。
「真緑ちゃん!」
「ゆっ、ゆくりちゃん痛いです・・・・」
ゆくりちゃんのちょっとした握力で腰が下がる。地面はコンクリートなので膝ぶつける時に心臓がバクバクしてしまう。それでも気持ちを押し殺して、うっすら涙を流そうとしているゆくりちゃんの頭をそっと撫でた。落ち着きを戻したのか、力の抜けたゆくりちゃんの左手から短冊が滑り落ちる。滑り落ちた短冊は私が書いた物だった。短冊にはこう書いてあった。
──みんながいきづらい部!を愛される存在になりますように。
「ゆくりちゃん」
ゆくりちゃんの手には、短冊が、あと7枚残っていた。
──私達がずっと一緒にいられますように。
──もっと走り抜けますように。
「私らしくないですって?そんな事ありません!みんな思ってる事は一緒です!私も今、走り抜けてる途中なんです!離れても心の結束力が高い存在こそ、10人のいきづらい部!なんです。だからゆくりちゃんのお願いは、すっごくゆくりちゃんらしくて、すっっごくいきづらい部!らしい目標です」
みんな言葉は違っていた。けれど、描く夢は、同じだった。憧れの星を追いかける、その過程で、私達は、私達だけの星を見つけた。今はまだずっと遠くて、ずっと小さな星だけど。
「私いきづらい部!が大切すぎて心が弾むよ」とゆくりちゃんは私のおでこをくっつけた。
「こんなにたくさんの愛に包まれて良いのかな」
「良いも何もゆくりちゃんが努力したから今の私達があるんですよ?」
そう言うと、ゆくりちゃんは「そっか」と細く微笑む。
「さ、短冊つけに行きますよ?」
ゆくりちゃんの背中をぽんと叩いてやる。ゆくりちゃんは、ゆっくりと立ち上がって、それから手を差し伸べてくれた。
「これ、気づかせてくれた証だよ」
そう言って微笑む彼女はいつもより眩しい。ゆくりちゃんは私を立ち上がらせたあと、短冊をくくりつけようと、笹へ駆けていく。私も追いかけて、笹を見つめるゆくりちゃんの隣に立つ。
「お願い、届くと良いな」
ゆくりちゃんはそう言った。
「きっと届きますよ」
学校の屋外(門付近)は夏なのに少し寒くて風も強い。昼間あれほど熱かった道のコンクリートも今は冷え冷えとしていて、身体が震える。だからこそなのかな、と思う。冷たくて、なんだか寂しいから、私の星はこんなにも煌めくのかな。なんて思う。
私はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出す。それを伸ばして、書いてある文字を読む。
──ゆくりちゃんの隣にずっといられますように。
やっぱりこれも大事な願いだった。いきづらい部!の事も、とっても大事でとっても大好きだけど、私だって思春期の少女で、だからこそこの気持ちは、どこまでも大切なものであって欲しかった。この気持を否定すれば、私の心が否定されて、すると、私のいきづらい部!という宝物すら否定してしまう気がした。だから──
短冊はひらひらと落ちていく。やがて地面に触れようとする頃、ひときわ強い風が吹いた。短冊は高く飛んだ。風に乗って、どこまでも遠くへ飛び立っていった。
織姫さまと、彦星様に届きますように。
私はそう心の中で念じた。
ゆくりは忘れ物したと呟いた。輝夜は少し驚いたような表情をして、「珍しいわね。大切な物?」と聞く。
「大切というより、重大な存在って感じかな?あっ、これ、同じ意味か。ふふっ」
「じゃあ、私が取って来るから☆何を忘れたか言ってくれる?」
ゆくりは両手を合わせて謝罪する。
「ごめんっ!ありがたいけれど、本当に大切なあれだからっ!」
そう言って、ゆくりは輝夜の返事も聞かずに校門へと戻っていった。緑、黄、橙、水色、茶色、青、色とりどりの色彩が風に揺らめく。校門には、まだ笹が残っていた。学校から許可をもらう際に、片付けはきちんとするようにと言われていたが、帰る間近で笹を片付けるかどうか議論がなされた後、残す事に決まった。自分たちの切なる願いが込められた存在だった。生徒みんなに多く認知してもらうための記憶でもあった。少しでも長い間置いて、そのお願いを聞いてもらいたかった。
ゆくりは笹の前に立つ。目の前に真緑のかわいい文字で、少し熱のこもったお願いが書かれていた。ゆくりは微笑む。
「よいしょっと・・・・」
高いところへ手を伸ばす。ゆくりの場合、身長が高いのだ。ゆくりもそれは分かっている。けれど、もっと高いところへ届けばいいのに。そう思った。一息ついて、一歩下がる。笹には、さっきまで無かった色が1つ増えていた。冷たい風が吹く。風は短冊を揺らし、それぞれの願いを星空へ届ける。1番高いところにあるくしゃくしゃの短冊が揺れ、裏返る。そこには当然、お願いごとが書かれていた。それは、他の願いと全く異質で、けれどこの屋上から飛び立った秘密のお願いと同じ物だった。
──ゆくりちゃんと大好きになれますように。
この気持ちがゆくりちゃんに伝わりますように。
「私って欲張りすぎたかな・・・・」
そう、呟いた。
真緑ちゃんの気持ちとゆくりちゃんの気持ちの交差が噛みしめた内容でした。