最初に分かったのは、どうやら俺は歓迎されていないらしい事だった。
浅黒い肌に、老婆のような白髪。首を折ろうにも斬ろうにも何故か出来ない。加えて泣かず、赤子らしい仕草は全くしない。
父は母を魔教の類の者と交ぐわった淫売と罵り、母は気が触れて俺と一緒に崖から落ちた。無駄に頑丈な俺は死にぞこなった。
幸か不幸か俺はそこらの草でも木でも、何なら腐肉さえ喰らう事が出来た。俺は生きながらえた。生きながらえてしまった。
それからしばらく経ち、村に戻るのは良くないと分かりつつ、気になって戻った。父はどうやら村の中では位の高い者だったらしく、新しい妻と暮らしていた。俺を見るなり喚き、慄き、怒り、殴った。やがて全ての攻撃が無駄だと悟ると、最後には謝った。金ならあるだけやる。頼むから俺の前から消えてくれと。
いよいよ俺は天涯孤独の身となった。恐らく齢にして四〜五歳程度の頃の話だ。その後、村々を転々とし、道中のゴロつきを倒していたら、名無しだというのにいつのまにか名が売れたらしく、ある日青衣の者が俺の目の前に来て言った。曰く
『君は、唐門を知っているか?』
■ ■ ■
俺が掌門に拾われてから、おおよそ十年経った。おかげさまで最低限の文字の読み書きや、一定の武功を得ることができた。
掌門は俺を天武之体と言ってくれたが、俺の真気と武骨はどうやら唐門の与える内力や教義とすこぶる相性が悪いらしい。数年前から武功は天井を迎え高まらず、最近は修練するよりも雑用をこなすことが多い。
入門当初は食事の際に隣に座る者すらいなかったが、今では酒を飲めば「その白髪は年寄り臭い。後ろ姿は爺か婆だ」と笑われる程度だ。とはいっても山を降りれば昔と変わらない。唐門の一同には感謝しかないな。
槌を振り下ろしながら益体もない事を考える。やはり鍛治仕事は良い。
「なぁ、五師兄、どうやったらあんたみたいに鍛冶を出来るようになるんだ?俺は熱くて暑くてたまらないよ……」
「無駄話をすればするほど仕事の終わりは遠のくぞ、趙活。黙ってやれ」
「……きっとその肌が熱さを和らげているんだ……間違いない……ずるいぞ師兄」
「俺の肌にそんな効果があるなら、お前の顔にも同様の効果があってもおかしくないな」
「そんなわけあるか!」
「そっくりそのまま返すぞ」
「……悪かったよ、五師兄。頼む、俺の分もやってくれないか?」
「罵倒の次にやる手じゃないだろそれは……」
しょうがないので少しは手伝ってやる。この自他共に認める醜男は趙活といい、俺が入門してから数年後に唐門へとやってきた。
俺の目から見ても既に内弟子となる武功はあるのだが、何故か未だに外弟子として雑用をしている。忍耐強いことだ、並大抵の事ではない。また、外見で苦労しているところに親近感があり、この趙活を俺はかなり気に入っていた。
しばらくして、今日の目標分の刀剣を作り終わったころ、三師兄が顔を出してきた。
「唐銘、趙活、鍛冶仕事が終わったら私と一緒に山を下りて勧誘の手伝いをしてくれないか?」
「おい、今終わった所だぞ。悪いが趙活だけで頼む」
「俺だって同じなんだが!?」
「大分手伝ってやっただろ……しょうがないな」
「五師兄〜」
「はは、私も茶の一杯くらいは奢ってやろう!」
「「三師兄〜」」
時刻はまだ日が出て半刻ほど。山を降りても正午にはなっていないだろう。帰りのことを考えても時間は十分にある。
唐門は色々あって衰退の一途を辿っており、地道な勧誘によって門人を増やさねば本当に滅亡しかねない。経理が火の車の中で、陞兄は本当に良くやっている。
「よし、手分けして勧誘しよう。二辰刻ほどしたらいつもの茶屋で茶を飲もうか」
「勧誘出来るとは思いませんが、茶のためとあらば適当には出来ませんね」
「趙活、お前はもう少し本音と建前を分けて使った方がいいぞ。まさか掌門にも似たような口をきいてないよな……?」
「まさか!それに大師兄よりはマシでしょう?」
「あれと比べるなよ……では三師兄、師弟、後程」
「頼んだよ」
「俺より少なかったら明日の飯は五師兄が作れよな」
手を振りながらお互い山の麓で別れる。さて、どこに行くか……。正直なことろ、この見た目では勧誘どころではなく、普通に話が出来るだけでも暁光である。一番手っ取り早いのは売られた喧嘩を買って無理やりに入門させる事なのだが、最近似たようなことをしていたら掌門から控えるように言われてしまった……。
まぁ大抵喧嘩を売ってくるのは俺の打った刀剣目当ての点蒼派なのでさもありなん。結局馬が合わず、破門となった何人かは俺が責任をもって点蒼派まで送り返す始末だ。おかげで黒白剣鬼なんていう二つ名まで付けられてしまった。
さて、そろそろ繁華街だ、切り替えて仕事をしよう。
繁華街は江湖の者を含めて雑多で、大道芸じみた真似をすれば幾ばくかの金を得たが、結局勧誘出来たのは数人に留まった。
趙活と三師兄も似たようなものらしく、結局茶屋で茶を飲んでその日は帰ることとなった。帰路が暇だったのか、趙活が口を開く。
「なぁ、五師兄。あんたなんで唐門に入ったんだ?あんたの腕なら点蒼派に居れば安泰だっただろ」
「随分と今更な質問だな……そういえばお前には話して無かったか。まぁ流れだ、流れ」
「師弟よ、そう無闇に他人の過去を聞くものじゃないぞ」
「あー……別に大丈夫ですよ。気にかけてくれてありがとうございます」
俺は聞くも涙、語るも涙の過去をつらつらと語る。趙活は得心がいったようで、
だから俺を気にかけていたんですね、と言ったが、三師兄は初めて聞く事もあったようで動揺していた。やはりこの方は自覚が無いようだが面白い。
「さて、そろそろ山門だ。俺は鍛冶場を確認してから寝るよ」
「俺はもう限界だ……一応俺が勝ったんだから明日の飯は五師兄が準備しろよ」
「分かったよ。偶にはゆっくり休んでおけ」
「はは、師弟はまだまだ精進が足りんな。私は経理の仕事をしてから寝るとしよう。2人とも、また明日」
いつも通りに鍛冶場を確認して、いつも通りに寝る。
唐門が無くなるのは時間の問題という事はぼんやりと認識していたが、まだこの日常は続くと無条件に信じていた。この時の俺は、未来がどうなるかなど、考えもしなかったのだ。
■ ■ ■
「お前が蒼松剣客と義兄弟の契りを交わしたぁ!?」
珍しく四師兄が趙活を虐めていたためとりなしたが、肝心の趙活が訳の分からないことを言い始めた。こいつ正気か?嘘ならもう少しまともな噓をつけよ……。
「五師兄まで俺を疑うのか!?」
「……いや、悪かった。確かに噓と決めつけるのは良くない。だが惟元兄の話を聞くに、義のためとはいえ人の金を勝手に使ったのだろう?人命は大事だが、恨まれても致し方無い。この悪徳商人に人心が無いのはお前も知っているだろう」
「随分なもの言いっすね。今僕は虫の居所が悪いっす。銘弟に慰謝料を請求するっす」
「そんなんだから悪徳商人と言われるんだよ……ほら、これで足りるか?」
それなりの金を渡すと、惟元兄はとりあえず納得したのか、最後に趙活に一撃入れてから去っていった。お前そういうとこだぞ。
「……お前あいつにいくら借りたんだよ」
「だ、大体五千銭程度かな……」
「場合によっちゃ人が死ぬ額だぞ、よく帰ってこれたな」
「俺は天に、いや……小師妹に誓って不義をしていないからな」
「きも」
「五師兄の一人称って"き"でしたっけ?」
まぁ、本当だとすれば人の、それも小師妹くらいの子の命が掛かっていたのだ。これで嘘を付いていたとなれば大問題だが、小師妹に誓った以上本当だろう。
「……趙活」
「なんだよ五師兄、もう小言は十分聞いたぞ」
「いや、良くやった。お前の行動を、俺は誇りに思う。掌門も同じだろう」
「……内弟子として認められたら喜びますよ」
「……まぁ、な?」
「おい!そこは推薦するとか掌門に代わって内弟子にするとか言う所だろ!」
頭を揺さぶられながらも、何でこいつは頑なに内弟子に拘るのかと考える。小師妹が居るとはいえ、唐門じゃなきゃ十分にやっていけると思うのだが……。
「三千銭を持ってやったんだからそれで我慢してくれ……」
「三千銭を払えば内弟子にしてくれるのか!?」
「そういう事ではない!」
「そ、そうか……やはり卵3つでは不足だったと今でも思っててな……」
「掌門がその程度の事で物事の判断をする方では無いと、お前も知っているだろう」
「……では、なぜ俺は未だに内弟子となれないのでしょうか」
確かに、趙活の問いはもっともだ。既に六師兄として門人から慕われてもおかしくないんだがな……。
「悪いがやはり俺には掌門の考えは分からん。俺に出来るのはこの位だ」
俺は衣嚢から一冊の書を渡した。ボロボロだが、読めなくはないだろう。
「五師兄、これは……」
「恥ずかしい事に、俺はどうにも唐門の武功と相性が悪くてな。自分なりに武というものを解釈したメモ書きみたいなもんだ。お前なら役立てられるだろう」
「ありがとうございます!」
「大した事じゃないさ。お前さえ良ければ裏山の修練にも付き合おう」
「知ってたのかよ!?」
「逆に知らなかったのかよ……古参の奴はみんなお前が努力してるのは知ってるよ」
恥ずかしいのか嬉しいのか、趙活はしばらく顔面を戦争状態にしていたが、やがて落ち着くと裏山へと去っていった。
「鶴翼三連……モノに出来るかはお前次第だ」
■ ■ ■
俺が趙活に秘笈を渡してから数ヶ月が経ち、季節は夏。
「なぁ……見間違いじゃなきゃ凄い数の人間が山を登ってきてないか?」
「ここは唐門だぞ?誰が来るって言うんだよ……どうやら本当のようだな。俺にも見えた」
「先頭に居るのは趙活じゃないか?」
「アイツはまた面倒を持ってきたのか!」
「おい!全員厳戒態勢だ!理由は分からんが奴等気迫が尋常じゃない!」
数分もせずに趙活が大門へと登って来た。とにかくこれから来る奴は全員敵らしい。
「オイ、結局そいつらは誰なのか聞いてないぞ」
「点蒼派じゃないか!そんな奴をこの門の中に入れる訳にはいかない!」
俺が大門に着くと、どうやら趙活と師弟が揉めているようだった。ニ師兄のため息がここまで聞こえる。
「お前ら、そんな事をしている猶予はあるのか?状況は逼迫してるんだろ?…… 蒼松剣客?何故ここに……いや、趙活と義兄弟という話だったか」
趙活と共に門へ入って来たのは以前話のあった葉兄妹だった。顔は見えないがあの小さな影が葉妹なのだろう。
「黒白剣鬼殿!」
「おお、二人は知り合いか……そういえば五師兄は点蒼派の本拠地に行ったことがあったんだっけな」
「先輩方、申し訳ないがしばらく匿っていただきたいのです」
「理由は後で聞こう。唐門は頼られれば応える。時間がない。何かあれば俺が責任を取ろう」
俺たちが話している間に、侠客達が山を登り終えたらしく、門を見てたじろいだが、蒼松剣客を見るや否や襲いかかって来た。
「ええい、ここを唐門と知っての狼藉か!」
「うるさい!財宝は俺のもんだ!」
「話は分からんが、よってたかって人を追いかけるなど、侠客の風上にも置けん!師弟達よ、侠客とは何かをこの無法者共に教えてやれ!」
取り出したるは一対の剣。これこそは……
「あの剣、間違いない、干将莫耶だ!」
「へっ!財宝のついでに宝剣も手に入れてやる!」
襲いかかる人の群れ。だが数はあっても質は無い。
「そう安易に事を為せると思わない事だな!」
怪力に任せて門に群がる人間共を横薙ぎで一掃する。お前らは階段とよろしくやってろ。
「黒白剣鬼は無視しろ!兎に角地図を確認出来れば俺たちの勝ちだ!」
「くッ……流石に物量には勝てんか!」
「五師兄!こっちは大丈夫だ!葉兄もいる!」
「負けるなよ!」
尋常の人数ではない。少なくとも100人は居るだろうか?かなりの人数の侵入を許してしまったが、それが門番を止める理由にはならない。
「お前の相手は俺だ!」
「点蒼派も居るのか!?同門だろう!?」
「葉兄妹は脱走して指名手配中なんでな!ついでに雪辱を果たしてやるよ!」
「……良く見れば俺が昔勧誘した何某ではないか、二度と唐門の地を踏む事能わずと言ったはずだが?」
「知るかよ!大事の前には小事よ!」
これだから剣を娶る頭のおかしい連中は好きになれん……!
掌門の言う通りでした……彼奴等に人語は理解出来ない!
「畏れ多くも掌門の御言葉を小事とのたまうか……万死に値する!」
干将莫耶は夫婦剣。互いが互いを引き寄せる性質を持つ……!干将を飛ばし一連、奴が避けた際に莫耶で追撃し二連、奴の背後から引き寄せられ、舞い戻った干将で三連。……真の鶴翼三連では無いが、この程度の奴には十分だ。
「黒白剣鬼の鶴翼三連だ!お目にかかれるとは……!」
「何関心してるんだアンタ!早くしないとあの野郎死んじまうぞ!」
「だが話を聞くに、死ぬだけの理由はあるだろ……俺だってあの剣鬼が決闘の末点蒼派の連中を唐門に入門させて、その後直ぐに破門となった件は知ってるぞ」
一人斃れれば瓦解する。奴らの団結力など、所詮その程度のものだ。
「おい、お前ら、自分は関係ないような口ぶりだな。立ち去らねば次はお前らだ」
門の前に残った何人かは顔を見合わせると、散り散りになって下山していった。
「……どうやら中の方も終わったようだな」
門に入ると掌門が場を収めたらしく、多くの者が拝聴の姿勢をとっていた。
「奴等の狙いは葉兄妹の持つ宝の地図だったのか……」
「五師兄、アンタは本当だと思うか?」
「どちらにせよ、掌門が唐門に不要と考えるのならば、それは不要なものだ」
「違いねぇや」
近くの師弟と雑談をしながら事の成り行きを見守ったが、最終的には葉兄妹を保護することとなった。
「ふふ、お兄ちゃんのお兄ちゃんなら、私にとってもお兄ちゃんってことよ!さぁ!私にお菓子をあげる栄誉を与えるわ!」
「雲舟殿!貴殿の妹君はここまで苛烈だったか……!?」
「すいません!すいません!教育不足なもので!雲裳!此方に来い!」
「あー!誰か!誰か助けて!趙活の兄様!今こそ貴方の出番ってことよ!?」
なんという事だ……衣嚢という衣嚢から全ての間食が無くなっているぞ……。初対面の時は小師妹に似て可憐だという印象を受けたが、これは……趙活も難儀な奴だな……。
夏空に響く尻の音を聞きながら、師弟の未来を案じるのだった。
恐らく10~12話になります。