葉兄妹が唐門に庇護されてから数ヶ月が経った。趙活はやはり葉妹から良いように扱われているらしく、一層顔の皺が増えたようだ。
最初の頃は師弟達も趙活を羨ましく思っていたようだが、葉妹の本性を知ってからは憐憫の目を向けている。
葉兄の方と云えば、二師兄にやれ裏山に行って薬草を取ってこい、やれ薬屋で雑用をしろとこき使われているようで、しかし本人的には不服でも無いようだ。そもそも剣の道に対して思う事があるらしく、何度か相談も受けたが、俺から言える事は何も無い。俺も葉兄と同じく剣以外に生きる道を知らなかったし、葉兄と違いこの道に不服は無い。
そろそろ日課の鍛治をしに行こうかなと部屋を出た所で、丁度二師兄と鉢合わせた。
「おい、唐銘。手が空いているなら練丹房に来い。偶には鍛治では無く練丹もしろ。このクズに基礎を教えてやれ」
そう言って葉兄を差し出すと、二師兄は時間が無いとばかりに何処かへ行ってしまった。まぁ鍛治仕事はいつでも出来る。たまには連丹するのも良いだろう。葉兄を放っておく訳にもいかないしな。
「すいません……僕のことは気にせず、鍛治場に行っていただいて構いません」
「……あまり気にするな。それに二師兄の命を守らなかったら後で何をされるか分からん」
「お心遣い感謝します……銘大侠は連丹も出来るのですね」
「大侠呼ばわりをやめろ。身体がむず痒くなる。それに俺が出来るのは唐門なら誰でも出来る程度の事だけで、医術はからっきしだ」
「ご謙遜を。薬効をそらんじられるだけでも尊敬されるべきです」
「はは、それなら雲舟殿にもすぐ出来るようになるさ」
部屋に入って練丹の準備をしていると、碌でなしがやってきた。
「おい銘!ここに居たか!川まで行って魚を釣ろう!お前の釣りの腕を話したら、葉の嬢ちゃんが俺のことを嘘つき呼ばわりするんだ!」
「大師兄、後にしてくれ。釣りなら晴れてればいつでも出来るだろう」
「そんな事言ったら練丹は晴れてなくても出来るだろう!こんなに良い天気なんだ。外に出ないと損だろ!」
「その通りよ!籠いっぱいの魚を見なきゃ私を説得出来ないってことよ!」
大師兄の後ろからひょっこり顔を出した葉妹がそう言う。身体が弱いと聞いているが全くそれを感じさせない。
「雲裳、兄は仕事をしなきゃいけないんだ。釣りは明日でも出来るだろう?」
「今日じゃなきゃやーだー!」
「やーだー!」
「ふ、布衣大侠……ご勘弁下さい……」
「おい碌でなし、俺は良いが雲舟殿にまで迷惑を掛けるな」
「なら川まで来るんだな!錚には俺から言っといてやるから」
「アンタのそれが一番怖いんだよ!趙活はどうした?アイツだって釣りの腕は相当だぞ」
「あ〜……趙お兄ちゃんは今日はちょっと具合が悪いみたいなの♪気にしないで!」
葉妹は少し青ざめた後、なんでも無いかのように媚び顔でそう言った。趙活、お前はいいヤツだったよ。達者でな。
「雲裳……お前もしや趙大侠に何かやったのか……?」
「え!?いやいや、あれは事故っていうか事件っていうか……兎に角、私のせいじゃないわ!」
「雲裳!……どいて下さい布衣大侠!そいつの尻を叩けません!」
「いやいや、あれは趙活の未熟が悪いんだ……ぷぷッ」
「大師兄、趙活に何があったんだ……」
「まぁ、詳しい事は良いだろ。兎に角アイツは今日使えないんだ。代わりにお前が来い」
仕方ない……大師兄がここまでごねるのは珍しいし、貸しひとつとしておくか。
「……雲舟殿、済まないが練丹は任せる。俺はこのカスがドブカスにならないように見張らねばならん」
「おいおい怖いぞ銘よ!錚の気にあてられたか!?」
「誰のせいだと思っている!雲裳嬢も来なさい!雲舟殿に代わり俺が制裁する!」
「さ、三十六計って事よ〜!」
「俺の肩に乗れ!飛ぶぞ!」
「銘大侠、僕の代わりに頼みます!」
「任された!逃さんぞお前ら!」
「「逃げるんだよ~!」」
数分後、山を割らんばかりの破裂音が響いた後、フィーッシュ!という叫びが何回も聞こえて来たと雲舟は語った。ちなみに翌日全員二師兄に怒られた。
■ ■ ■
去年は趙活の偽物が現れたり、南宮家の祝賀会に出たりと例年よりも賑やかな年だった。
南宮家への手土産として譚覇刀を討つために夔州に赴いたのも、いい思い出だ。定期試験で勝ち始めた事は知っていたが、まさか趙活があそこまで強くなっているとは思わず、二師兄と一緒に驚いたものだ。……更に驚いたのはあいつの医術の腕が武功よりも高まっていた事だが……。伸び悩んでいる身からすると、羨ましい限りだ。
「唐銘、ここに居たか。掌門がお呼びだ。私も他の者を呼んだらすぐに向かう」
「分かった。ありがとう」
三師兄に言われて正心堂へ向かうと、既に何人かの門人が集っており、趙活もいるようだった。
「不詳唐銘、只今参上しました」
「うむ、楽にしろ……お前たちを呼んだのは南宮先代当主の提案について議論するためだ」
留学の件か……受け入れるとすれば線引きが重要だ。留学してきた者たちに、どこまで唐門秘伝の鍛冶と絡繰りの腕前を見せてよいか。事前に議論するのは重要だろう。
「既に嵩山、峨嵋には数多の留学生が集っているという。予想以上に盛況のようだ。わしらも静観は出来ん」
「おっしゃる通りです。長く放置すれば六大派から誠意が無いと受け取られかねないでしょう」
三師兄がそう言った後、二師兄が続けて話す。
「点蒼は現在敵対中です。南宮先代当主の提案といえど我々を受け入れないでしょうし、受け入れたくはないですね。また全真に行く必要もないでしょう。奴らは中原中に道場を持っており、来るもの拒まずです。留学する必要がない」
「本門の弟子が中小門派への留学するのも良くない。三大名家の威明を貶めることになりかねません」
「よろしい、本門からの留学についてはひとまず置いておく。まずは本門が来客をどうもてなすかについて論じよう。既に応募は来ているのか?」
「はい、少なくありません。日が経っていないことを考えればまだ増えるでしょう」
「外客は外堡に住居を用意する。足りなくなったら締切だ」
「唐門の武芸や鍛冶についてはいかがいたしますか」
「当然改宗して入門したもの以外には伝授するな。留学に来た客人であっても例外はない」
無難だな。趙活も心なしか安心しているようだ。まぁ当然か。あいつはまだ唐門の武芸を学べていない。
「わしらから必要以上に教えることはしないが、横から見て盗み取られる分には構わぬ。どうせ核心には至れぬ」
「唐錚、謹んで拝命いたします」
「唐陞も同じく拝命いたします。他門派も真伝は明かさないでしょう。ご英断かと……本門から留学に出す弟子について、掌門は何かお考えがありますか?」
「……唐銘」
「ここに」
「わしはお前が天賦の才を持っていると確信している。既に中原の誰よりもお前は頑丈であろう」
「身に余るお言葉です」
まさか掌門は俺を留学させるつもりか……?
「強制はせぬ。だがわしの見る限り唐門の武芸とお前の武骨は相性がどうあっても合わない。わしはお前にもっと高みを目指して欲しい」
懸念は当たった。掌門にはお見通しらしい。冷や汗が流れる。
「弟子は力及ばず、まだ本門の武芸を極める事が出来ておりません……脇目をふるべきではないかと」
「それは知っておる。だがわしは後悔もしておるのだ。お前の武骨と合う流派であれば、今頃は既に一派の掌門となっていてもおかしくはない」
「そうはならなかったのです!あの時拾ってくださったのは誰でもない、掌門です!恩を弟子は忘れません」
強く無ければ、唐門の役に立たないなら、俺に何の意味がある?
脳裏に浮かぶのは二度と顔を見せるなと言った父の顔。理性はそんな筈が無いと言っている。だが俺は完全にそれを聞き入れる事が出来なかった。
「唐銘、落ち着きなさい。私も掌門に救われた身、あなたの言うことも良くわかるが、まるで破門でもされるような口ぶりだ。掌門も考えあってのこと。もし本門から一人も留学者を出さねば、他門派からいい印象は受けないだろう」
三師兄の言葉にはっとさせられる。そうか……これも恩返しと考えれば苦ではない。
武功が伸び悩んでいるのは事実であり、留学によってこれを打破出来るのであれば上等だ。
「唐銘、謹んで拝命いたします」
「うむ。他にも自ら他門派の長所を学びたいと願う者がおれば、快く許可しよう」
手を挙げる者は居なかった。少し貧乏くじを引いた気分だが、これも唐門のため。半年程度の期間であれば、俺がいなくとも問題はないだろう。
「銘よ、武を修める者にとって、できることは季節の巡りに任せて、暑くとも寒くともひたすらに修練し、修行を重ね続けることだけだ。だが彼を知り、己を知るのも同様に重要なことだ。崆峒へ行け。崆峒四門はそれぞれ得意分野があり、他の門派より見聞を広げられるだろう。……錚よ、気位が高いのは悪い事ではないが、他門派の者は客として扱え。どうせ一時の事だ。譲ることも時には重要だ」
「「弟子は掌門の教えを謹んで守ります」」
「唐陞、諸事はお主に任せる。わしは療養のため顔を出さぬ」
「御意に」
三師兄はまた損な役回りだ……他門派の中に経理や事務が出来る者が居ればいいのだが。
「趙活、お主は本門最後の外弟子であり、雑用の大半をお前に任せておる。だがお主は下僕ではない。去就は己で決めよ。卑下することはない。客人が侮辱するようであれば、武でもって送り返して構わぬ。敵わぬようなら錚、お前が沙汰を決めろ」
「あ、ありがとうございます、掌門!」
「では、議論を終わりとする」
正直、唐門以外の生活を考えた事が無いかといえば噓になる。しかし、他に何処に行けば良いというんだ?長い年月を経て、俺はここを家だと認識していた。
「頑張れよ、五師兄」
「お前も、後から来た者に追い越されないように精進しておけ。いない間は雑事も手伝ってやれん」
「止せよ、縁起でもない」
「小師妹のことも頼んだぞ」
「言われなくても……五師兄、俺もうガキじゃないんですよ」
「……そうだったな」
感傷に浸っていた趙活に、魔王の手が伸びる!
「お兄ちゃん!会議が長すぎ!退屈だった私の身になって考えて!」
「雲裳!?後ろから飛びつくなよ!びっくりして死ぬかと思ったぞ!ずっと扉の陰で待ってたのか!?」
「そうよ!寒いしずっと立ってたから脚が痛いの!早く出てこないお兄ちゃんが悪いって事よ!」
二人はしばらく戯れあっていたが、やがて趙活が折れる形となった。矛先が変わる前に逃げるとしよう……。
「……趙活、改めて俺が居ない間、頼んだぞ」
「に、逃げるな……」
1月、雪の降る夜のことであった。
■ ■ ■
「各門派の皆様、遠路遥々お越しくださりありがとうございます。拙者は飛天門――」
おおよそ半月ほどかけ崆峒へ到着した。俺の他にも少なく無い人数の留学希望者がいて、それぞれ交流しているようだが、やはりこの容姿もあってか、俺の周囲には人が面白いほど寄ってこない。まぁ良い、もう慣れた。
時たまひそひそこちらを値踏みするような会話が聞こえてくるが、相手にするのも億劫だ。放っておこう。
飛天門の弟子に誘導される形で山門をくぐると、そこは渓間に無理やり町を作ったような混沌とした景色が広がっていた。
あれは仏閣か?兎に角大小さまざまな建物がひしめき合っていて、比較的大きなでさえ誘導がなければ迷ってしまうだろう。立ち並ぶ店も混沌の一言で、飯屋の隣で衣服を売っている……臭いが移るだろ。あぁ、たれが掛かった。
唐門以外の門派は点蒼しか知らないが、恐らく一番混沌としているのではないだろうか。
「ご存知の通り、崆峒派の先代掌派人が仙去されて以来、我ら崆峒は指導者不在の状態です。本来であれば留学生を受け入れる余裕がない。幸い、留学期間は来春の掌派人選抜大典と重なりません。南宮先代当主の顔を立て、この件を引き受けたのです」
やはり南宮先代当主の威光は凄まじいな。どの門派も無下にはできないか。いや、掌門が無視できないのだ。今さら驚くことではないか。
「――では、拙者はここで。門派の抽選は別の者が行います。くれぐれも勝手に動かないように」
大通りに放り出されると、各派の弟子たちはやれ景観がよくない、やれ留学は無意味だと傍若無人に話し合っていたが、それにも飽きてきたようで、次第に責任者が来ないことに怒りだしていた。
「師兄、師姉の皆様。お茶も出さず失礼いたしました。どうかお許しください」
身目麗しい女性だったためか、男衆は脚の疲れなどすっかり忘れてしまったようだが、それを見た女衆は逆に怒り心頭といった感じである。各派からこんなのばかりが留学に出されているなら、俺が出る必要もなかったのではないか……?
「それでは、わたくしがくじを用意しますので、引いていただいてもよろしいでしょうか」
「いいけど、私たちは他派の代表よ?こんなに待たせておいて地位のある先輩の一人も挨拶にこないのは失礼じゃないかしら?」
あぁ、何か問題を起こすと思ったが早すぎる……こいつ、理解できないのか?この少女の立ち振る舞いはさっきの飛天門の弟子とは大違いだ、間違いなくただの弟子ではない。
「それは……確かにそうだ。あまりに格式が無ければ後で天下に笑われる。私が思うに、この黄衣のお嬢さんは身分のある先輩を呼んできた方が良いんじゃないのか?」
「そこまでにしておけ。俺が見るに、この方はさっきの飛天門の師弟の何倍も武芸が達者だ、体幹が全くブレていない。武功の高さが地位に直結する訳では無いが、俺たちよりも先輩に違いない。そうでしょう?師姉」
「かの黒白剣鬼に立てていただき光栄です……自己紹介が遅れました。わたくしの名は魏菊。一応これでも現任の崆峒派、玄功門の掌門でございます」
掌門と聞くや否や、他派の弟子たちは一斉に姿勢を正し、敬語を使い始めた。露骨に過ぎる。
「こ、これは失礼いたしました。はは、掌門は後輩をからかうのがお上手だ」
「いえいえ、とんでもございません。師兄師姉様方がわたくしでは地位が低いとおっしゃるなら、来年の掌派人が決まるまで待つしかありませんわね」
「魏菊掌門、この者たちは悪気があったわけではありません。あなたの容姿が若く、物腰の柔らかさが目を焼いて真偽が見えなくなってしまったのでしょう。ここは唐門の顔に免じ、宥恕の判断をしていただきたい」
「唐師兄にそう言われてしまっては、何も言えませんね。わたくしもそこまで了見が狭くありません。さあ、師兄師姉たち、くじを引いてください」
「唐師兄よ、か、感謝する……」
「分かっていたならもう少し早く……いえ、何でもありません」
くじ引きの順番は満場一致で俺からとなった。別に余り物でも良かったのだが。
「あら、唐師兄は鉄拳門を引かれたのですね。鉄拳門の職務は多岐にわたります。鍛冶、農作業、狩猟、生活用品の生産などは全て鉄拳門が請け負っているのです。鉄拳門の弟子は規律を守らせるのが難しく、不愉快な目に遭うかもしれません。わたくしが先にお詫び申し上げます」
……俺は武芸を学びに来たのだが……まぁこれも他を知る。ということか。
「いえ、これも何かの縁。唐門の名に恥じぬよう努めます」
■ ■ ■
「ガハハハッ!他門派の友人諸君、本当にすまねぇな。自分で言うのもなんだが、鉄拳門は崆峒で最もダメな一門だ!俺も掌門だが武芸は大したことねぇぞ。期待すんじゃねぇぞ!」
他門派の弟子と共に驚愕する。これが崆峒のやり方か!?貧乏くじにも程があるぞ!?
「俺は粗野な人間だからな。魏菊の嬢ちゃんみてぇな遠回りな言い方は出来ねぇ。悪いことは先に言っておくぞ。鉄拳門にはタダ飯を食わせる余裕はねぇ。ここに来ちまった以上は自給自足よ。なに、働く場所には困らねぇ。嫌ならさっさと荷物を纏めて帰んな!」
帰りたくなってきたが……出立前にああまで言われて帰れるわけがない!仕方がない。どうせ半年だ……鉄拳門以外の門派にも、顔くらいは出せるだろう。
俺はなくなく残る事を決めたが、当然他門派の弟子たちは怒り狂い、暴動を起こして下山していった。
「ガハハハッ!お前さん武功は高そうだってのに、良い奴だな!気に入った!俺のことは兄貴と呼べ!掌門ってのは建前でな、言われるとむずがゆい!」
「では、そうさせてもらおう……半年間、よろしく頼む」
雷掌門はいい人間だ……確かに、学べる事もある、か。
「そうかしこまんな!よし!唐の坊ちゃんを寝床まで連れてってやれ!」
以外にも、寝床は個室なうえ小綺麗で悪くなかった。いや、唐門の男弟子室が汚いのか……?
唐門に入門して以来、時たま大師兄に連れられて江湖を巡ったことはあれど、半年の期間留守にするのは初めてで、不安も多い滑り出しだったが、存外に疲労は溜まっていたらしく、寝床に入るとすぐに眠ってしまった。崆峒派での留学生活は、始まったばかりだ。
そろそろ第四次聖杯戦争にアサシンとして呼ばれる趙活のSS来るだろ。