唐門に帰還してから数日が経った。趙活の行方は未だ知れず、三師兄が最後に定食屋で会ったきりらしく、もしかすると既に近くには居ないのかもしれない。
大師兄に聞く限り、やはり外弟子という立場から抜け出せないことに、やるせなさを感じていたのだろう。しかし、あいつに限って小師妹を置いて出ていくだろうか……?
そう思い彼女に話を聞こうと思ったが、三師兄から止められてしまった。どうやら趙活が家出した事を知るのは一部の人間だけらしく、正心堂にもまだ木札が残っている。皆、心のどこかでアイツが帰ってくることを信じているようだった。
俺はどうすべきか……確かに戻って来たのは趙活に心得を聞くためだ。居ないのであれば唐門にこんなにも早く帰って来るべきでは無かったか?裏山にて練功するも、それで悟れるほど俺は出来た人間じゃない。
焦っても良い方向に傾く訳じゃない。だが次に瑞笙や同等の強者と闘う際、一体どうすれば良いのか……鶴翼三連は元よりどちらかといえば格上相手への技だ。通用しなければ今の俺にそれ以上手はない。
一息ついたところで、小師妹と葉妹が居ることに気付いた。
「……五師兄、帰ってたんだね。おかえり」
「私たちに顔も出さないでこんな所で修行だなんて、五師兄はお兄ちゃんみたいでつまんない人ね!」
確かに、無意識のうちに避けていたかもしれない。
「ただいま、小師妹、葉妹。すまなかった。会えなかったのは偶然だが、会いに行こうともしなかったのは確かだ」
「お土産はあるんでしょうね!無かったら許さないってことよ!」
葉妹が髪を引っ張りながら頭を揺らす。はははこやつめ、前よりやんちゃ具合が酷くなってないか?
「もちろんあるさ。ほら、手を出せ」
俺は雲裳の出した手に、
「これ何!?カブト虫かと思ったけど、おもちゃなのね!」
「これはカブトボーグという。小師妹には、ほら、クワガタ型だ」
「す、凄い……」
「はは、なんだか照れくさいな。下に付いてる車輪を、こう回してみろ」
「動いた!?」
「あとは蟲相撲と同じだ……よし、丁度いい石があった。この上でやるか」
二人ともすっかり夢中になったようで、目を
小竹との共同製作の中でも、これが一番のお気に入りだ。次点は爆丸かな。小竹はこういった玩具を作るのが小さいころからの夢だったらしく、初めて試作型を作った際は共に大喜びしたものだ。
「いきなさい!私のクラウドシップホーン!」
「避けて!ダークサイドウルティマアライブ……!」
俺が白熱のバトルを見守っていると、四師兄が慌てた様子で裏山に飛び込んできた。
「あー!ここに居たんすね、無駄に探させて、良い迷惑っす。うわっ!?何すかそれ?売れそう……いやいや、それどころじゃないっす!南宮家が泥教に襲撃されたんすよ!五師兄も一緒に加勢に行くっすよ!」
「何だと!?」
裏山から桟橋を通って広場へと向かう道中、事の顛末を聞く。留学生の一部は既に山を降り始めているようで、何人かとすれ違った。
「江陵城には官兵すら駐屯しているのだぞ、一体どれほどの規模があれば、襲撃なんて大層な話になる?」
「恐ろしいほどの大軍勢らしいっす。駐屯軍でさえ敵わなかったって伝書鳩の知らせには書いてあったっす」
「そんな人数を一体どこから持ってきた?泥教が魔教の類として、そんなに強力な神通力があるなら何故今になって……いや、なんらかの理由で今使えるようになったとして、俺達が向かう間に勝敗が着いてるんじゃないか?」
「いや、神通力なんかじゃないっす。それが、最初から居たんっすよ……聞いて驚くな?
「それは……確かに驚嘆だが、にわかには信じがたいな」
「まぁ、所詮は乞食って事っすよ。物を買ったのに金を出さない奴は人間じゃないっす!ペッ!」
四師兄は過去に因縁があるらしく、珍しくやる気だ。俺としてはやはり丐幇が泥教とは信じがたいが……。
「王二壯が泥教の君主、か……」
「それだけじゃなくて、官軍の中にも裏切り者がいたらしいっす。おかげで江陵はボロボロ、今も籠城状態らしいっす」
広場に着けば、既に行軍の準備は出来ているようで、師弟達が整列していた。荷物を受け取り四師兄と一緒に前へ出る。
「五師兄も来たっすからいよいよ山を降りるっすよ!南宮家の窮地を救えば、唐門の名声を再び天下に轟かせるのも夢じゃないっす!」
「お前何でそんなにやる気があるんだ……」
「内緒っすよ……?実は軍資金として三師兄から……ね?」
四師兄は意地悪い商人の顔をしてこちらを見上げた。そんなことだろうと思ったよ。
■ ■ ■
天地は広く、ここはまだ平和そのものだ。だが、遠方に見える狼煙が確かに戦の存在を主張していた。あの一筋の煙は、一体どれほどの人の運命を左右するのだろうか。他人事では無い、今から俺達もあの煙の一部となるのだから。
「で、四師兄には何か腹案はあるのか?」
「銘弟は僕にあるのは商才だけで、戦略はからっきしって知ってるっすよね?」
「……確かにな、アンタに聞いたのが間違いだったよ」
「おいおい、アンタ達がそれじゃあ俺達は死ににいくようなもんだぞ。しっかりしてくれ」
「じゃあお前になんか考えがあんのかよ?」
「ある訳ねぇだろ!大体唐門は暗殺が専門だぞ?それが無理なら只管に目の前の奴をぶん殴るだけだ!」
「「「その通りだ!ぶっつぶしてやる!力isパワー!暴力は智略に勝るぜ、兄弟!」」」
「この馬鹿共を帰ったら二師兄の所に連れて行け!」
「「「すいません、許してください!何でもしますから!」」」
「ん?今なんでもするって……」
戦の前にせめて茶を一杯やろうと立ち寄った茶屋だが、逆効果だったろうか……。師弟達の収拾がつかなくなる前に席を立ち、声を上げる。
「全員聞け!丐幇は一人一人は俺たちの敵では無い!注意すべきは王二壯だけだ!奴と遭遇したら全員生き残る事を優先しろ!まともにやり合えば、江湖に名を上げる前に戦場の骸になるぞ!」
兄弟達は全員茶を飲む手を止め、こちらを見ている。
「俺達の目的は南宮家への義理建と唐門の名誉の回復だが、命あっての物種だ。帰ったら一杯やろう!」
「お前ら聞いたか!銘兄の奢りだってよ!」
「こりゃ死ぬ訳にはいかねぇや!」
「僕は知らないっすよ……」
「戦場に着き次第南宮家へと加勢する!攻撃して来る官軍乞食は全員敵だ!
「「「応!!!!」」」
意気軒昂に茶屋を出て江陵へ。戦場は直ぐそこだ。
■ ■ ■
「クソッ!奴らまた逃げたぞ!」
「深追いはするな!分かっていると思うが罠だぞ」
「分かっちゃいるが……これで今日何度目だ!?交代制とはいえ終わりが見えないぞ!」
城壁を守る官兵のやりとりを遠目に見ながら歩く。江湖の人間とはいえ、俺たちも民草だ。俺たちが江陵城へと入城して数日が経ったが、官兵はずっとあの調子で守備についている。
丐幇は神出鬼没で、奮戦して何人か捕えても組織の末端も末端の人間。終いには牢で出される飯を有り難がる始末で、江陵城には厭戦感が漂っている。
南宮家も唐門にこれ以上貸しを作りたく無いようで、南宮公子から直々にあまり戦に出なくて良いとのお達があった。なんとも拍子抜けな結果である。
趙活がいるやもしれんと城内を巡ってみたが、当然収穫は無し。周りがこんな有様の中、稽古場に出て稽古をする気にもなかなかなれない。
「……槌を打ちたいな」
江陵城にも当然鍛冶場があり、何度か顔を出した事もあるが、今回はまだだった。気分転換に、官軍向けに何か打ってやろうと向かうと、見覚えのある後姿が目に入った。
「小竹……?」
槌の音のせいか、此方に気が付いた様子は無い。だが間違いない。小竹の背中だ。
気を削ぐのも悪いかと思い、適当な場所に腰掛ける。
しばらく槌を振るっていたが、炉の熱気と夏の暑さのせいか、手袋を外して休憩を始めた。おぉ、珍しい。手袋を外したところを見るのは初めてかもしれない。
「よっ、精が出るな」
「ん?……あぁ、唐銘か。よければそこの手拭いを取って……」
小竹は俺の顔と自分の手を交互に見て、その後周囲を見回した。
「ほら、夏場の鍛治は堪える。水分もとるといい」
「え、何で……っていうか手!見たか!?」
小竹は手拭いと水筒をひったくると、そのまま鍛冶場の奥まで下がってしまった。
「おいどうした?らしくないぞ……確かにお前はいつも手袋をしてて、今の今まで見てなかったかもな」
「で!?見たのか!?」
「そりゃ見えるだろ。脚を見られた訳でもなし。何をそんなに慌てる?」
鍛冶場に入り見回す。崆峒の大鉄舗よりも小さく、他に人はいない。窓から差し込む夏の日差しが金床を照らしていた。
「あー……だって、その……汚いし……」
「何処がだ?……一目で努力が窺い知れる、綺麗な手だ。誰が汚いと言った?」
小竹の手を取り、手相を見るように確かめる。俺と同じように所々にまめが出来ており、傷跡は数え切れないほどだ。だが、何よりも雄弁に小竹の努力を語っている。
「誰に言われた訳じゃ無いけど、僕が汚いと思うのだ」
「例えお前だろうと、俺が好きなものを貶す人を、俺は許さない」
「……僕はこんなんで全然女らしく無いし、目が悪いから人相も悪いし、力も無駄に強いし、身体も重いし、足だって大きいのだ……」
こんな小竹は初めて見る……。小竹の背が、いつもより更に小さく感じられた。
俺は、彼女のことをどう思っているのだろうか……。親友?同僚?彼女の力は強く、他人の力が必要には見えないかもしれない。だが、半年にも満たない交流だったが、その心が素朴な少女である事は十分に理解できた。
誰かが、彼女に寄り添ってあげなければ、彼女はいずれ壊れてしまう。
「顔を上げろ。胸を張ってくれ……君は美しい」
「嘘をつくな……」
俯いた顔から、表情を窺い知る事は出来ない。……本当はこんなに行き当たりばったりではなく、きちんと言いたかったのだが。
逃げるように脇をすり抜けた小竹の身体を、後ろから抱きしめる。
「……小竹、お前が好きだ。表情も、心も、身体も、全て纏めて」
言った。言ってしまった。本当は来春に言おうかと思っていたんだがな……。
「……君は武功も高くて、鍛治も上手い。僕なんかじゃなくても、沢山女を見繕えるだろう?」
「もしそうだとしても、君を選ぶさ……この世に、君以上に鍛治の話が分かる女がいるか?」
「……僕を選んだなら、僕以外は見るなよ?」
「あぁ、当然だ」
「……こ、この郁竹、不束者ですが、よろしくお願いします……」
「あー、その、すまんな。とりあえず話はついたか?」
「はい、雷掌門。待っていただきありがとうございます」
「うぇっ!?い、いつからいたのだ!?」
「いつからって?『ん?あぁ、唐銘か』からだが……」
鍛冶場の入り口から雷掌門が入ってきた。夏場のこの方は更に熱苦しいな。
「最初からなのだ!?唐銘!知ってたならなんでこのタイミングで告白なんかしたのだ!?」
「すまん、なんかもうここしか無さそうだったから……」
「こ、こいつ!信じられないのだ!?」
暴れる小竹をなんとか宥めつつ、雷掌門へと共に向き合う。
「ガハハッ!まぁ良いじゃねぇか。これで俺の話も付けやすくなったってもんだ!」
「雷掌門、話とは?」
「……郁竹よ、お前さんはもう十分に勤めを果たした。唐門へ、いや、銘の坊主のとこに行くのを、俺たち鉄拳門は咎めん。ここで逢えたのも縁ってやつだろう」
「お、親父は気が早いのだ。まだ色々準備もあるだろう?」
「いや、もう時間が無ぇ。これはお前のもんだ」
雷掌門は小竹に背嚢を渡すと、小声になり矢継ぎ早に話し始めた。どうやらかなり深刻な話らしい。
「……あの季試の後、お前も瑞笙も急に居なくなっちまったもんだから、季試は荒れに荒れてな。兎に角優勝者を決めなきゃいけねぇと、出てきたのが金烏上人という奴だ。奴はある事ない事言って、自分が瑞笙の倍は強いなんて抜かしやがった。それにお前らは崆峒派じゃねぇだろう?崆峒派の連中にとっては、名声を上げるのに丁度良いってんで、俺以外の掌門がそれに乗っかりやがった!」
「……聞いた事がある。死なずの九命豹子か……だが奴にそこまでの武功は無いだろう。ハッタリだが、瑞笙が出て来ないのを良い事に、好き勝手やってくれた訳だ」
…… 瑞笙め、俺も人の事を言えんが、大会を放り出して付いてきていたとは、何を考えている……後で一言言ってやらねば気が済まん……。いや、身から出た錆か。
「恐らくアイツが次期掌派人になるのは時間の問題だ。更に来春予定の掌派人選抜大典を、繰り上げようと画策してやがる」
「……雷掌門は、どう思う?」
「どう思うもこうも無ぇ!アイツは
「そ、それは!……僕もあのクソデブには思う所があるのだが……」
小竹は悩んでいるようだった。当然か。急に家から出て行けと言われて、はいそうですか分かりましたとなる訳がない。
「小竹、小竹よ。お前は本当にあの金烏の野郎の手籠になろうってのか?育ての親からの最後の頼みだ……アイツだけは辞めてくれ」
「小竹、唐門は今は落ち目だが、必ず君に苦労はさせない。俺を信じてくれ」
小竹は暫く考えて、俺と雷掌門の顔を交互に見た後、口を開いた。
「……分かったのだ。こうなれば僕は君に、その……生涯着いて行きます。これより先、どうぞよしなにお願い申し上げます……お、おほん!だが親父、自分で言うのもなんだが、僕は裂骨魔だぞ。本当に死んだ事になんて出来るのか?」
「そこは当然考えてある。ほれ、お前達も知る通り、この戦は常にあんな調子だろ?痺れを切らしたお前が敵陣に突っ込んでいって、そのまま行ったきり帰って来なかったとでも言うさ」
雷掌門は城壁の方を指してそう言った。官兵が地団駄を踏んでおり、戦況の膠着を窺わせる。
「その、雷掌門、一応小竹にも淑女としての名誉というか……こう、手心といいますか……」
「今更何言ってんだ。崆峒の連中はこれで十中八九騙されるぞ」
「唐銘、その気持ちだけで有難いのだ……」
小竹はかなり沈んでいたが、やがて立ち直ると吹っ切れたようで、荷物を纏め始めた。
「よし。金烏の野郎も当然この戦に来てる。奴に遭遇しねぇようにだけ気を付けろ。とはいえ、会いに行こうとでも思わなきゃまず鉢合わせねぇ筈だ。そんで、お前らには悪いが、今言ったことをある程度本当にしねぇといけねぇ」
「本当に丐幇に突っ込めと?危険過ぎる」
「そうか?俺は乞食の野郎どもの方が心配だが」
「親父、唐銘の前といえど、そろそろ僕も堪忍袋の尾が切れるぞ」
「す、すまんかったな……兎に角、お前が敵陣に突っ込んでから戦が終わるまでの期間が長ければ長いほど良い。決行は今日か明日にしろ」
「俺は師兄に話をつけないといけない。今日は難しい。明日の朝、戦場で君を待とう。南東に向かってくれ」
「分かったのだ……親父、その……今まで、ありがとうございました」
「へっ。何、孫の顔さえ見せてくれりゃあ俺はそれで満足よ」
「ま、孫……う、うん。そうだな……落ち着いたら顔を出すのだ」
「ダメだ。俺が会いに行く……掌門を辞めたらな」
親子の会話にこれ以上加わるのも野暮だろう。
「二人だけで話したいこともあるでしょう。俺は退散します。小竹、明日の朝また会おう」
「分かったのだ。……ありがとう、その……旦那様」
手を振って別れる。……感謝をしなければならないのは此方の方だ。
鍛冶場を後にし南宮家へ。取り急ぎ四師兄に会わなければ。
竹ルート実装されて竹のキャラが実は思ってるのと全然違ったら、もう開き直るしかねぇ!