四師兄へと会いに南宮家の屋敷へ向かう途中、思わぬ人物と遭遇した。
「おぉ、銘。お前も金国に来ないか?」
「……残念だがやる事がある。付き合えん」
「ちぇっ。まぁしょうがないか」
唐門から一応共に出征したきり行方不明の大師兄である。お前なんなんだ本当。
「いや、あんた一体どこ行ってたんだ?大体なんで金国に行く」
「ん〜。まぁ色々あってな。着いて来ないなら言わねぇ」
「あぁそうかい。勝手にしてくれ……死ぬなよ」
「ははは!銘、お前にも冗談が言えたとはな!」
こ、こいつ……人がせっかく気にかけてやったと言うに……。
「金国で脚の一本でも斬られて来い……少しは落ち着くだろ」
「そうそう。そんくらいが丁度良いぜ」
「あと、俺からも報告がある」
「なんだよ?お前から話なんて珍しいな」
「結婚する事になった」
「!?」
大師兄は腰を抜かしたのか、顔面蒼白となって俺を見ている。ざまぁないな。
「……俺はひょっとして千面人魔と相対してるのか……?」
「そんなに驚かんでも良いだろう」
「……あー、その。誘拐か?ただでさえ俺のせいで本門の風聞は悪いってのに、唐銘、お前までやらかしたらいよいよ掌門がどうなるか分からんぞ!」
「金国で死ぬ前にここで死んでおくか……?」
「ははは!冗談だ、冗談。……で、相手は?」
「崆峒四妹の一人だ」
「いや誘拐じゃねぇか!?おいおい銘よ、お前いつからそんなに漫才が出来るようになったんだ……!?」
「安心しろ、向こうの掌門とも話はついている」
「あー、そうなのか?まぁなら良いか。俺ん時はそこらへん確認してなかったしな」
「……?前に誘拐したかのような口振りだな」
「え?したよ。夏候蘭。……お前も俺の後を追ってくれて感無量だぜ」
待て、今こいつ何と言った?……聞かなかった事にするか。
「で?お前は誰を拐かしたんだ?虞小梅か?魏菊か?大穴で夏候蘭か!?」
「……言いたくなくなってきた」
「教えてくれたって良いじゃねぇかよ!ケチくせぇなぁ。俺はこれからお国の為に金国に行こうってのに、銘弟は冥土の土産話もくれないのか!?」
「……郁竹だ。ほら、これで良いな?さっさと行け」
俺が話終わると、大師兄は固まってしまった。
「おい、どうした……俺は四師兄に事の顛末を話に行かねばならん。もう行くぞ」
「……いや、昔、夏候蘭を連れ出す時に、あの裂骨魔に太腿の内側の肉を掴まれて、そのまま削ぎ剥がされた事を思い出してな……後少しズレていたら俺の愚息はサヨナラバイバイだったんだ……今の今まで記憶を封印していた……」
二人して内股になる。聞きたくなかったよそんな事。
「……いや、まぁ多少は同情するが、次俺の前で小竹を裂骨魔と言ったら、大師兄といえど容赦せんぞ」
「あーいやすいませんホント!そうですよね!旦那ですもんね!?いや〜ホント、俺ったら口が悪くてね!いや、もうね!あの、お幸せに!俺は認知しない!聞かなかった事にする!」
「このクズ自由過ぎる……」
お前が聞いてきたんだろうがよ。
「アハハ!冗談だよ。俺もあの悪習はどうかと思っていたんだ。お前がぶち壊してくれてせいせいするよ。まぁ掌派人が決まったとして、あの夏候蘭が大人しく言うこと聞くのかってのは分からんが。じゃ、そういう事だから!あ!俺の金国行きは他の師弟には言うなよ!俺が死にかねん」
去って行く大師兄を見送りながら、郁竹には絶対に逆らってはいけないと心に刻むのだった……。
■ ■ ■
「おい、四師兄、聞いてるか?そうなってからもう数分経つぞ」
南宮家からあてがわれた部屋の中で、四師兄はしばらく虚空を見つめていたが、やがて絞り出すように口を開いた。
「あまりの情報量に脳がパンク寸前っす……聞かなかった事にしていいすか?アンタの結婚で限界だってのに、それが崆峒四妹で、大師兄は金国へ行った……?ただでさえ今僕たち
「いやそれは本当にすまん」
大師兄との約束?四師兄は師兄だから問題無いだろう。四師兄にも大師兄が金国に行ったことは言いふらさないように言っておいたし。
「で?明日その郁竹と一緒に唐門へ一足先にずらかろうってのは……分かったっす。銘弟は今まで儲からせてくれた恩があるっすからね。他の師弟達にはうまいこと言っとくっす。掌門とは自分で話付けるっすよ?」
「恩に着る」
「はぁ〜……まさか銘弟に大師兄がうつるとは……唐門の未来は暗いっすね……」
これ以上同じ空間にいると精神的に堪えるので、軽く会釈だけして退室した。まだなんかブツブツ言ってるけど聞かないようにしよう……。
「おや、唐銘殿。どうかされましたか?顔色が優れませんが」
「これは、南宮公子殿……いえ、急用が出来まして、私は明日、先行し唐門へ帰還します」
まずいな……聞かれたか?とりあえず、俺が戻るのは伝えて良いはずだ。逆に言わなければ怪しまれかねん。
「それは……何があったかは聞きませんが、南宮家に手伝える事があれば、喜んで手伝いましょう」
「いえ、お気持ちは有り難いが、これは唐門の問題。南宮家にお手を煩わせる訳にはいきません」
「分かりました……出来るだけ内密に、ですね?」
……どっちだ?味方か?話を聞いてこの返しをしているのか?
「はい。見送りも不要です。戦を最後まで見届けず、申し訳ない」
「ははは、心配無用。唐銘殿もご存知でしょう?奴らは厄介な相手ですが、我々の敵ではありません」
「もちろんです。では、時が合えばぜひ、一杯やりましょう」
「えぇ、楽しみにしております」
南宮深はそのまま廊下を歩き去って行った。恐らく問題無いだろう。
「……とりあえず、荷造りをしたら屋敷からは出るか……」
基本的に兵站は四師兄任せだったので、最低限の荷物しか持ってきていなかった。荷造りは簡単に終わったが、これだけで二人旅は少し不安が残る。多少割高でも城内の商店で必要なものをそろえるべきだろう。すまんな四師兄、大荷物で屋敷から出ていくと流石に目立つ。それだけで小竹との関係を疑われる事は無いだろうが、念には念を入れねば。
決行は明日の朝。江陵城を南東に離れ、
「取り敢えず、今日の宿を探そう」
繫華街の方へ歩くと、戦争中とは思えない盛況ぶりで、宿屋に空きがあるか少し不安になる。まぁ最悪一晩だけだ。野宿でも良いか。
「よお兄さん。あんたも名をあげに来たクチかい?気付けに肉まんはどうだ?」
俺がどうしたものかと立ち往生していると、みかねた饅頭屋の店主が話しかけてきた。
「あぁ、丁度腹が減ったところだ。一ついただこう……店主、この商店に呉服屋はあるか?」
「当然あるさ。この通りを真っ直ぐ行って、二番目の十字路を右に曲がりゃ、江陵城一でけぇ呉服屋がある。まずはそこをあたんな」
「感謝する」
俺の服は唐門の制服を改造しており、見るものが見れば直ぐに俺と分かってしまうだろう。無難な服に着替え、出来れば顔を覆えるものもあれば良い。小竹の分の服も必要だろう。
呉服屋の中で適当なものを何着か見繕い、その後も香辛料などの必要なものを揃えておく。幸い立ち入った宿屋は何部屋か空いており、泊まる場所にも困らなかった。
さて、小竹とは戦場で落ち合う段取りだ。暇な時間、鍛冶場の近くに行くのも避けた方が良い。暇だ。とりあえず一杯ひっかけようと思い、一階に降りる。一階はほぼ満席で、まだ夕暮れ前だというのに酒を呑む客でごった返していた。
「よう、坊主。暇か?一局やろうや。ここの連中はなかなか付き合ってくれねぇもんでよ」
「……碁は貴方に習ったっきりで不得手なんだ。手加減してくれ」
「何、俺だって嗜む程度よ。安心しろ、とって食おうってんじゃねぇ」
丐幇幇主、王二壯がそこに居た。周囲の人々は誰一人としてそれに気が付かない。盤上には小目に黒石が一つ。対面に座り、お互いに四隅の小目に石を打っていく。
「……ここに来てから数日ですが、ずっと妙な感じがしています。あれだけの大軍があり、明らかに優勢なのは貴方だ。ここを落とすことも不可能ではないでしょう……何故動かないのです。これは陽動で、何か本命があるのですか?」
「兄弟揃って似たような口をききやがる。昔、俺が拾ってやった頃はもっと不愛想でバカだったてのによ……ま、唐掌門に拾われちゃあ俺も口出し出来んわな」
「……その節は世話になりました」
「昔の話さ。気にするな。俺はお前を気に入ってたんだ……ある程度は教えてやるよ。坊主の言う通り、ここを落とすのは簡単だ」
右上の黒石が小目から掛かり、陣地を広げてゆく。無理筋な攻めで、受けるのは俺でも簡単だ。
「さて、江陵を取ることが、この包囲の狙いってわけじゃねぇ。坊主、お前は江湖についてどう思う?」
「難しい問ですね……恩讐の世界、と一括りにするのは簡単ですが」
「ハ!くだらねぇ。真の戦場を踏んだこともねぇ奴が、恩讐だの殺生だの。よくほざけたな?お前ら江湖人は年中身内で殴り合い、命を張り合い、終われば握手で「お見事天晴」……お前らの下らんお遊びのために、辺境で毎日何人将士が死んでると思う?十か?百か?」
「……全くもって、返す言葉もない」
盤上の石は白黒入り混じり、いよいよ石を捨てる局面が出てきた。
「俺が城を囲んだのは、江陵の……ひいては江湖の軍民の心を一つにするためよ。古い恨みを拭い、心を一つにし、外敵に備える為のな。ここはほんの呼び水。真の敵は宋の外にいる」
「……大師兄にもこの話を?」
「あぁ。幾らか銭を貰ったんでな。偶には屋根の下で酒を呑むのも悪くねぇ。お前はついでだ」
だから大師兄は金国に……いや、単純過ぎやしないか!?
「しかし、その為に丐幇の兄弟は何人犠牲になります?皆あなたを慕って戦っている」
「……石はただ生きれば良いって訳でもねぇ。なに、身内は無下に扱わねぇよ。お前は気に病むな」
「それは……」
盤上右上の黒石は俺の一手により、けして少なくない数が死んでいく。
「碁だけじゃねぇ。良いか、死ぬことで盤を制する石もある……ほれ、
盤上、死んでいった黒石の跡に、更に黒石が置かれ……白と黒の生死が裏返る。全く予想外の一手……だが、あくまでこれは盤上の事だ。
俺が難しい顔をしていると、王二壯はそのまま続けた。
「良いか、坊主。確かにこの世は盤上のようにはいかねぇ。だが、似通った部分もある、少なからずな。人の気力と時間には限りがあり、この世を隅から隅まで歩くこともできなければ、全てを理解することも、全てを守り切ることも到底できはしねぇ。どこに石を打ち、どの石を生かし、どの石を捨て、そこから何を得るかだ。俺は自分の身の振り方をもう決めたってだけさ……大将、こいつに付けといてくれ!」
「あいよ!」
そう言うと王二壯は雑踏へ消えていった。気が付けば日は暮れ、辺りは薄暗い。
金国は強大で、いずれ宋を踏み潰すかもしれない。そうなれば、この戦いが児戯にも等しい程の乱世となるだろう。その時、俺はどうする……?いや、難しい話は後だ。まずは無事に小竹を唐門に連れ帰る。話はそれからだ。
■ ■ ■
「どうだ銘!今回は自信作なのだ!」
「……流石だな、機関剣についてはもう俺にひけをとらん」
「ふふん!もっと褒めても良いのだ!」
「よっ!世界一!可愛い!愛してる!」
「鍛冶場でイチャつくんじゃねぇよ……」
「あぁ、すまん趙活。すっかり忘れていた」
「はっ倒すぞ!」
季節は冬。俺は小竹と趙活と共に唐門の鍛冶場にて剣を鍛えていた。趙活の方も波瀾万丈な日々だったらしく、唐門が襲撃に遭った際に雲裳嬢を庇い、怪我の手当てに青城に行ったりしていたそうだ。
「ふっ、知っているぞ趙活。お前も雲裳嬢と何やら良い雰囲気ではないか……いつ祝言を上げるつもりだ?」
「……俺は彼女を治す事も出来ず、加えて未だに唐門の外門弟子だ。更に言えばこの顔だぞ?とてもじゃないが彼女に釣り合わないだろ」
「お前のそういうところは美点だが、同時に欠点でもある……自惚れろとは言わないが、もっと自信を持て」
「そうなのだ。今のは雲裳の前では言わない方が良いのだ。惚れた男がそんなんだと、愛想を付かされるぞ」
江陵城を出た後、俺たちは無事唐門へ辿り着き、掌門の認可も得て、規模は小さいが正式に祝言をあげた。今彼女は郁竹ではなく唐竹である。
外堡に居を移すかは悩んだが、小竹が居なくなり崆峒はかなり荒れたようで、ほとぼりが冷めるまでそれぞれ唐門の寮で生活をしている。
「さて、竹師姉がひと段落したのであれば、そろそろ夕餉にしましょうか」
「あぁ、今晩の献立は何だ?」
「別にいつもと変わらないですよ……ただ、一品竹師姉に作って貰いましたから、五師兄は後でお礼と味の感想を伝えてあげてくださいね」
「お、おい趙活!それは言わない約束なのだ!」
「そうなのか!それは楽しみだな!」
慌てる小竹の頭を撫でながら厨房へと向かう。
「飯を食べたら裏山まで来てくださいよ。……もう少しで何か掴めそうなんです」
「分かってるよ。お前との対練は俺にとっても良い糧になる」
当初の予定とは異なり、思わぬ展開で小竹を唐門へと引き入れる結果となったが、趙活から彼の武功の妙を聞き出す事は忘れてはいなかった。それがまさか忘形篇だったとは思わなかったが。灯台下暗しとはこの事だ。以降、俺は趙活と共に裏山で研鑽を積んでいる。
唐門での日常は素晴らしいものではあるが、俺の脳裏からは、亡き王二壯との対局が離れなかった。
江陵での一戦の後、武林正道は勝利を収めたものの、泥教の計により各派は手痛い打撃を受けた。団結をするには武林盟主を決める必要があるが、各派は心を一つにするどころか、内輪揉めを始める始末。……まぁ崆峒については、一部俺のせいでもあるのだが。
武林盟主に最も相応しいであろう南宮家も先代当主が死去し、当主は大病に患ったと聞く。南宮家は今や南宮公子が音頭を取っている状態だ。俺が言えたことではないが、彼はまだ若輩だ。とてもではないが各派をまとめ上げる器が出来ていない。
つまるところ現状は、王二壯が語った展望とは程遠いものだった。金国への対処など、夢のまた夢だろう。
大師兄はいつ帰還するのだろうか……。あれから便りの一つも寄越さないとは。まさか死ぬ事は無いと思うが。
昼だというのに薄暗い空からは、しんしんと、平年よりもやや早い雪が降り出してきていた。
最近まで金国=モンゴルだと思ってたんですけど、金国もろともモンゴル(蒙古)に押しつぶされるんすね……