「大変っす!飛石幇と点蒼派と崆峒派と、ついでに丐幇が本門に宣戦布告してきたっす!」
「と、唐門は終わりだ……掌門に報告を!」
「落ち着け。掌門は床に伏せている。体に障るようなことは控えるべきだ」
「おいおい!江陵の件で目立った被害が無いからって一夜にして武林の公敵になるのか!?」
正心堂にて皆で定例会をしていると、四師兄が手に書簡を抱えて飛び込んできた。点蒼は前から本門とは敵対関係にあり、崆峒も小竹の事がどこからか漏れたのなら順当な結果だ。そうでないとすれば、金烏が何かを企んでいるのか……?幇派については分からん。これを機に威を示そうというのだろうか。
「ひ、飛石幇に至っては人を引き連れて僕らのシマを荒らして、本門の商売も打撃を受けてるっす!暴れるだけじゃ飽き足らず、居座る勢いっす!」
思ったよりも状況は切迫していたようだ。空気が一段と鋭くなる。
「飛石幇如きが……死に急いだな。下山し奴らを殲滅し、威名を取り戻す!三師兄、五師兄、貴様は山に残り掌門を守れ。残りは私と共に来い!」
「な、俺も行かせてくれ!」
「阿呆が。江陵城の戦をもう忘れたのか?いまやこれだけの数の門派から宣戦布告されたのだ。飛石幇が囮でないとどうして言い切れる?……業腹だがお前は俺よりも強い。達人であろうと暗殺は防げるだろう」
「……済まない、俺が浅慮だった。趙活、死ぬなよ」
「俺は地獄道法王と相対して生き残った男ですよ?そう簡単に死にはしないですって」
「え、僕の心配はしてくれないんすか?」
「早く来いクズ共!掌門は起こすなよ!無理をすれば身体に障る!」
二師兄達は慌ただしく下山していった。念のため周囲を警戒せねばな。
「三師兄、すいませんが小竹の様子を一度見てきます……露呈しないように善処しましたが、崆峒派の敵対には彼女が関係しているかもしれません」
「うむ。並大抵の人物が彼女をどうこう出来るとも思えないが、銘師弟の心配はもっともだ。正心堂は私が守ろう。無事を確認次第、周囲の索敵と警戒を」
「ありがとうございます」
錬武場へ出ると、師弟師妹達が慌ただしく動いている。小竹は鍛冶場か?
「おい師妹、小竹はどこだ?」
「竹師姉ですか?……そういえば、近くに小さいけど鉱脈が見つかったとかで、裏山の方かもしれません!あぁ、私も行けばよかった……ごめんなさい五師兄。多分今彼女は一人です!」
「ありがとう!大丈夫だ、小竹は簡単にやられん」
流石に俺の不運もそこまで酷くないと信じたい。幸い遠くから金属の響く音が微かに聞こえる。まだ何も起きていない筈だ。
桟橋をひた走り、小竹の姿を捉えた。異常は無い……一点を除いて。
「小竹、無事か!?」
「ん?どうした銘、やけに慌てて……どうだ、この鉱脈!昨日偶然見つけたんだ。凄いだろう!」
「……確かに凄いが、残念ながら今は後回しだ。そこのお前!隠れていないで出てこい!」
岩の隙間を睨むと、陰から人がぬるりと現れた。全身黒装束で、如何にも暗殺者といった風貌だ。
「いやぁ~。今日はその子を見守るだけに留めようと思ってたんだけど……信じてくれなさそう?」
「当然だろう……どこの馬の骨かは知らないが、唐門に喧嘩を売ってタダで帰れるとは思わない事だ」
「そっかぁ~……ねぇ、アンタが本当に郁竹の身を案じているなら、鞍替えしない?薄々分かってるでしょう?唐門はもうおしまいだって。アンタがいるなら色々楽になるし……悪い事は言わないから来て欲しいの」
逡巡する。確かに俺は彼女の無事の為に、彼女に家を捨てさせた。自分がそうしないのは、単純に俺の為でしかないかもしれない。しかし……
「終わりかどうかを決めるのは俺と小竹だ。それに、お前を信用する要素が今の所皆無なのでな」
「交渉決裂ね……じゃあ死ね!」
瞬間、女は目にもとまらぬ速さで接近してきた。軽功に余程の自信があるらしい。咄嗟に右腕で庇ったが、反応出来なければ桟橋から落ちていたやも知れん。
「あらら、止められちゃった。まぁそうよねぇ……傷付くわぁ」
「これだけの蹴りを放っておいて良く言う!」
「ワハハ!この崖から落ちれば流石の黒白剣鬼といえどタダじゃ済まないでしょ!重力は誰にとっての味方でもあるのよ!」
「なら、俺が貴様を突き落としても文句は無いな!」
この至近距離で剣を抜く暇はない。掌底により胴を打ち、桟橋より突き落とす!
俺が拳法を繰り出してくる事は予想外だったのか、女には少し動揺が見えたがかなりの手練れらしく、ここ数ヶ月で身に付けた付け焼き刃の拳法では決定的な一撃は与えられない。
華奢な見た目とは裏腹に内力の底が見えない……次に距離を置いたら剣を出す他あるまい。先んじて抜刀しておけば良かったか。
「おっとっと、これ以上はヤバいわね。流石に本気出されたら面倒だわ。……まぁこんだけ強いなら良いでしょう……今日のところはこのくらいで許してあげる!次はこうはいかないわ、首を洗って待ってなさい!」
女はそう言うと桟橋から谷へと跳躍し、そのまま山間を飛び跳ね逃げて行ってしまった。
「逃がすか!」
「待つのだ銘!……あれは多分小梅なのだ。前に話したことがあるだろう」
「……なら、尚更返すわけにはいかない。崆峒に君の所在が知れたらどうなる?」
「小梅が来ている時点で、もう崆峒に僕の所在は割れているのだ。それに……一応あれとは姉妹なのだ。もちろん僕も江湖の人間だ。小梅が誰かの……君の手にかかる事も、可能性としてある事は分かっているつもりだ。だが、まだ心の整理がついていない。すまない……」
俺の服を掴むその手は震えていた。今の俺なら、まだ奴に追いつく事ができるが、その姿を見てしまえばその考えを放棄する他にない。
「分かった。他に刺客はいないようだし、今日は見逃そう……あの話、どう思った?時間稼ぎの口から出任せか?」
「正直、今も昔も小梅は何を考えているのか良く分からないのだ。少なくとも、僕はまだ唐門に居たい。次に戦うことになったら……遠慮しないでくれ。僕もそれまでには心の整理を付けよう。で?話があるのか?やけに慌てていたようだったが」
小竹はそう言うと、置いてあったつるはしを肩に担いだ。桟橋がきしむ音がする。……これに加えて鉱石も持ち運ぶのなら、いよいよ改築が必要かもしれない。いや、今は関係ない事だ、後にしよう。
「実は……落ち着いて聞いてくれ。崆峒派を含む多数の門派から宣戦布告を受けた。今飛石幇に対処するため二師兄たちが下山している。俺は暗殺を警戒するために山に残った」
「なら、やっぱり小梅を見逃しても変わらないのだ。もう近くに崆峒の本隊もいるかもしれない……まさかあれだけやって露呈するとは……今や僕は崆峒一の戦闘狂なのだ……」
隠蔽のためとはいえ、小竹は江陵の件でかなり暴れた。既に裂骨魔の称号も裂骨魔王に更新されていてもおかしくない。
「なに、逆にあれだけやって死人が出ていないんだ。皆小竹の優しさを知ることになるだろう」
「いちおう褒め言葉として受け取っておくのだ。銘……僕が唐門から出ていくときは、君も一緒だからな」
「安心しろ。そうはならない。君はもう唐門の弟子だ。何があろうと俺が、俺たちが守るさ」
手袋越しに小竹と手をつなぐ。もし本当に唐門を離れなければならなくなった時、俺たちは何処へ行けば良い?虞小梅を信じて良いのか?江湖を降りると言っても、既に恩讐の輪の中に居る。それら全てを清算するまで、戦うしかないのか?
「それは良かったのだ。でも本当に良いのか?崆峒は数だけでいえばかなりのものだぞ」
「虞小梅の事は三師兄に報告せねばなるまい。だが、知っての通り掌門は今は療養中で宣戦布告の事も知らない。体調が良くなり次第だな」
「分かったのだ。一緒に行った方が良いか?」
「そうだな。正心堂が一番安全だ」
正心堂へ戻ると、三師兄が迎えてくれた。心労もあってかより老けたように感じる。
「三師兄。崆峒の件ですが、やはり小竹の所在が把握されたようです。すいません。斥候を一人逃しました」
「そうか……恐れていたことだが、いずれは露呈していただろう。斥候については今は良い、深追いしなかったのは英断だ。竹師妹、何も恐れる事は無い。掌門が貴方の弟子入りを認めたのだ。貴方は既に本門の弟子。崆峒の一切の門規に縛られることは無い」
「ありがとうございます」
小竹の返答はそれだけだったが、握る手の力は強く、目は輝いていた。握り返すと、チラッとこちらを見たが、すぐに手をつないだままだった事を思い出して、慌てて手を放してしまった。少し残念だが、彼女のこういうところが可愛いのだ。
「それと、件の斥候から鞍替えの提案がありました。俺だけでなく、他の弟子にも似たような話が上がっているやもしれません。あまり考えたくは無いですが、この状況です。内憂にも気をつけるべきかと」
「そうか……話してくれて助かった。だがその件を周知するかは慎重を期さねばなるまい。下手に公にすれば疑心暗鬼が生まれ、却って本門の団結を損なう結果に繋がるだろう」
「それもそうですね。この事はあまり口外しないよう気を付けます」
その後、小竹を正心堂に待機させ、しばらく師弟師妹と共に周囲の警戒にあたったが、杞憂に終わったようで、やがて山門から報告があがってきた。
「三師兄、五師兄!二師兄たちが戻ってきました!飛石幇の奴等、大恥かいたようですよ!」
「そうかそうか!まだ油断は出来ないが、一段落したとみて良いだろう」
三師兄はホッと一息ついた様子だが、状況が劇的に良くなった訳ではない。これから巻き起こる波乱を前に、俺は虞小梅の提案を頭から捨てきれずにいた。
■ ■ ■
数日後、掌門が目を覚ました。正心堂は久しぶりの良い知らせに沸き立っている。
「さて、布衣はおらぬが、皆前に座りなさい」
掌門がそう言うが、小師妹はずっと掌門の後ろで背中を撫でており、掌門に宥められてようやく落ち着いた。無理もない、彼女にとっては本当の親だからな。
「江湖の近況は、本座も把握しておる。お主らが孝行心から本座に伝えなかったのは分かるが、これは門派の存亡に関わること、決して軽んじてはならぬ。次にこのような事があれば、後先考えず、針を打ってでもわしを目覚めさせよ」
「この件は弟子一人の独断であり、他の者は無関係です。掌門が罪を問われるのであれば、どうか私に罰をお与えください」
二師兄が前に出て首を垂れる。……確かに独断だったとはいえ、これで罰せられては二師兄が不憫だ。
「これが誤ちと言えましょうか。二師兄のおかげで掌門は回復されたのですぞ」
「口を出すな、陞。家を整え、命を立つるを貴しとし、個人の禍福は軽しとする。本座一人の身が、どうして本門の興廃と同列に語れようか。錚よ、お主の孝心は良いが、今回ばかりは軽重を取り違えたな」
「弟子は過ちを認め、掌門より罰を賜りたく存じます」
「では、お主が自ら門弟を招集し、本門の領域内で活動する者を全て呼び戻せ。三日後の早朝、練武場に集合させよ。これをもってお主への罰とする。罪は功でもって贖え。他の者も錚の指示に従え」
「不詳唐錚、拝命致しました」
俺たちが正心堂から退席しようとすると、掌門が呼び留めた。ただならぬ気配を感じる。
「陞、銘、趙活。お主らは待て。別に頼みたい事がある」
「掌門、ご命令を」
「唐陞、これを一度お主に預ける」
「!……掌門、これは」
掌門が懐から出したのは令牌だった。考えなかった訳では無いが……二師兄が居るからと何処かで安心していた俺たちにとって、それは衝撃的な出来事であった。
「江湖は動乱し、風雲急を告げている。本門がこれ以上わしの老体に引っ張られる訳にはいかん。お主が令牌を預かり、布衣が戻り次第令牌を渡せ。唐銘、趙活、お主らも証人となれ」
「……はい」
「掌門が決めたことであれば、弟子は従います」
俺と趙活は比較的落ち着いていたが、三師兄は明らかに動揺していた。彼の冷静沈着な表情は崩れてはいない。それでも、その瞳に宿る動揺と恐れだけは隠せていなかった。無理もない、彼らは師弟の関係でもあり、お互いが竹馬の友でもある。
「掌門、弟子は不徳の身、これを預かることは出来ません。ご自身で大師兄にお渡しください。大病も癒えたばかり、さらに養生し、二師兄の丹が完成し服用すれば、先がないなどと憂う必要はありません」
「心は喜びを司り、肝は怒りを司る。この病は心肝共に損なわれる。心を静め気を養い、喜ばず怒らずして漸く生き永らえるのだ。さらに言えばこの先武も満足に振るえまい。廃人同然よ……どうして掌門の座に居座る顔がある?」
「そんなことを仰らないでください」
「陞さん、俺には分かる……その時がもうすぐそこに来ているのだ……それに、お前の知る通り、俺は元来短気でな、不義を見かければ怒るべき時に怒ってしまうだろう」
「あぁ、承知していますとも」
「もはや首を斬られようが、憤死しようが変わらん。生に執着しているのならとっくに江湖になどおらんわ。掌門の命が聞けぬというのなら、友として頼む。まさか友人の頼みを断るお前ではあるまい」
「……!」
三師兄はようやく跪いて掌門の令牌を受け取ると、それを恭しく両手で捧げ持ち、頭上に掲げてから、懐に収めた。俺と趙活は後ろから眺めるばかりである。
「眠っている間、昔の夢を見た……あの頃は布衣や錚もまだほんの子供だったな。唐門は人手も多く栄えていたし、どこへ行っても敬われた。その後お主が来て、翌年に惟元と銘を拾い、その二年後、鈴ができた。趙活も鶏の卵を抱えて来たな」
「えぇ、あの頃は本当に良かったものです……後になってこのような光景を目にすることになるとは考えもしませんでした」
「目覚めれば、まるで隔世の感がある。布衣が出かけたまま帰らず、戻ってきた時に顔に傷を作っていた事があったろう。俺は恐ろしいんだ。いつか眠りにつき、長い夢から覚めず、あやつの帰りを待てなくなる日が来るのが。……陞さん、もし布衣の心が本門になく、掌門の座を継ぐことを拒むのなら、あやつの好きにさせてやってくれ。鈴についても、必ずしも布衣に嫁がせる必要はない。あの子に慕う男が出来て、その品行が悪くないようなら、お主の裁量で取り計らってくれ。俺にも親心はある、娘には良い縁を結ばせてやりたいのだ」
「はい、あなたの友として、必ず」
趙活と目を合わせる。これは……まるで遺言のようだ。しかし、俺に、俺たちに何ができる?二師兄が最善を尽くしたのであれば、もう出来る事など無いだろう。あるとすれば、ここから立ち退きしばし二人で歓談する時間を作る程度のものだ。
正心堂を出ると、小師妹が扉の前で待っていた。顔には出ないが何かを察しているらしく、じっと趙活を見つめている。
「趙活、分かっていると思うが、この件はまだ……」
「そうですね……小師妹、魚を取りに行こう。雲裳も一緒にな」
「……うん。分かった」
恐らく、3日後に掌門は引退を表明するのだろう。俺も二師兄の応援に行かねば。……大師兄、あんたが頼りだ。いつになれば帰ってくる。
山雨来たらんと欲して、風すでに楼に満つ。だが、唐門はまだ終わっていない――そう信じる他なかった。
正直千灯楼と杏花林と極楽教と上官家(朝廷)の関係性がよく分かって無いです()
現状ほぼ極楽教残党は千灯楼で、杏花仙がなぜか千灯楼への一部指揮権を持ってる……のか?上官家と千灯楼は唐門潰しの利害が一致してるから実は裏で組んでる……のか?とか色々分からん事だらけです。
いずれ本編で判明して思ってるのと全然違ったらひっくり返ります。