レブナント   作:土反 元

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第2話 暗闇の戦い

 ガイアとレンが共に歩み始めて、三日が経った。だが、目指すルゴール王国は未だ見えてこない。

 

「おい……! まだ着かないのかよ!」

 

 レンは膝に手を突き、肩を激しく上下させながら苦しそうに声を絞り出した。容赦のない強行軍に、レンの体力は限界に達しつつあった。

 

「ん? てか、あんたの名前、なんて言うんだ?」

 

「なんでもいい。急げ、夜が来る」

 

 鬱蒼とした森の中を、迷いなく進む漆黒の背中。レンはその背を見つめながら「なんでもいいって……」と不満げに溢した。

 

 その時だった。

 

 急速に帳が降り、周囲の木々が深い闇に包まれる。

 

「夜か……」

 

 ガイアの足が止まる。その声には、明らかな警戒の色が混じっていた。

 

「どうしたんだよ? 夜がそんなにダメなのか?」

 

「――来るぞ」

 

 ガイアの言葉と同時に、周囲の地面がボコボコと膨れ上がり、そこから無数の影が這い出てきた。

 

「なんだよコイツら……ッ! くさっ!?」

 

 レンは思わず鼻を突く悪臭に顔を顰めた。

 

 現れたのは、かつて遭遇した腐爛鳥とは比べ物にならないほどの、凄まじい死臭を放つ人型の魔獣。

 

ドロドロに溶けた皮膚に、虚ろな眼窩がこちらを向いている。

 

「『瘴鬼(しょうき)』だ。コイツは音を頼りに集まってくる」

 

 ガイアは人差し指を口元に当て、静かにしろとジェスチャーで示した。

 

 一歩、また一歩。足元に落ちている小枝を踏まないよう、息を殺して慎重に歩を進める。そうして生域の境界線を越えようとした、まさにその瞬間だった。

 

「ギャギャキャッ!!」

 

 突如、すぐ横の草むらから一匹のゴブリンが飛び出し、大きな鳴き声を上げた。

 

(マズイッ!)

 

 ガイアの剣閃がすかさずゴブリンの首を撥ね飛ばしたが、遅かった。

 

 無数の瘴鬼が一斉に首を巡らせ、濁った眼球をこちらへ向けた。

 

「チッ、レン、屈め!」

 

 言われた通りにレンが身を縮めた瞬間、ガイアは大剣を鞘へと戻し、レンの身体を容赦なくひっ掴んだ。そして、弾丸のような勢いでレンを上空へと放り投げる。

 

「グヘッ!?」

 

 不格好な悲鳴を上げながら、レンは頑丈な大木の枝へと洗濯物のように引っかかった。

 

「そこにいろ!」

 

 下を見下ろせば、すでにガイアの周囲は黒い群勢に埋め尽くされようとしていた。

 

 大剣を抜く暇すらない。ガイアは肉薄した瘴鬼の胸元を凄まじい前蹴りでブチ抜き、その反動で距離を取る。

 

「いいぜ……全員かかってこい」

 

 ようやく大剣を正眼に構え、戦闘態勢に入る。

 押し寄せる瘴鬼の波。ガイアは無駄のない太刀筋で、次々と肉塊へと変えていった。

 

(一体一体の力は弱い。……しかし……)

 

 見渡す限りの闇の中に、蠢く影は何百、何千と膨れ上がっている。

 

(数が多すぎる!)

 

「俺も手伝う!」

 

「喋るな! 下を見ろ!」

 

「下……? ひっ!?」

 

 レンが言われて視線を落とすと、そこには幹を引っ掻き、今にも木を登ろうと爪を立てる数体の瘴鬼が、飢えた声を上げていた。

 

(クソッ!)

 

 ガイアは腰のホルダーから矢を抜き、投擲してレンの足元の瘴鬼を仕留めると、叫んだ。

 

「コイツらは音だけを頼りに動いている! 静かにしていれば襲ってこない! 夜明けまで動くな!」

 

(夜明けまでって……あと十時間近くあるぞ……!)

 

 レンが絶望に目を見開く中、ガイアは再び死の渦中へと飛び込んでいった。

 

 向かってくる瘴鬼を斬る。斬る。ただひたすらに、その繰り返し。

 

 いかに圧倒的な武力を誇るガイアといえど、終わりの見えない物量戦に、確実にその肉体は疲弊し始めていた。

 

 ガブリッ!

 

 死角から飛び出した一躯の存在に気づくのが、一瞬遅れた。

 

 瘴鬼の鋭い牙が、ガイアの包帯に巻かれた右腕へと深く突き刺さる。

 

 瘴鬼の毒は強力だ。噛まれた者の肉体は瞬く間に壊死し、腐り果てる。……だが、ガイアは違った。

 

「! ……ッグハ」

 

 逆に、噛みついたはずの瘴鬼が悲鳴を上げ、口を離して激しくもがき苦しみ始めたのだ。

 

 それを見たガイアは、狂気的な笑みを浮かべた。

 

「なんだ? 俺の腕は、そんなに不味かったか?」

 

 もがき苦しむ瘴鬼の頭部を踏み潰し、ガイアは漆黒の夜空に向かって咆哮する。

 

「かかってこい!夜明けまで俺と踊ろうぜ!」

 

 引き絞るような銃撃音と共に隠し砲を放ち、ガイアは再び大剣を振るう。

 

 その返り血を浴びて狂い咲く姿、そして愉悦に歪んだ笑顔は、レンの目にはもはや人間ではなく、地獄から這い出た“悪魔”そのものに映っていた。

 

 やがて東の空が白み始めると、光を嫌う瘴鬼たちは嘘のように霧となって消えていった。

 

 ガイアは血に染まった地面にどさりと腰を下ろし、深く、長い息を吐き出す。

 

「行くぞ。ルゴール王国まで、もう少しだ」

 

 何事もなかったかのように立ち上がるガイアに、レンはそっと着いていくことしかできなかった。

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