レブナント   作:土反 元

4 / 5
第4話 ルゴール王国

「疲れたあぁ……もう休もうぜ」

 

「もうすぐだ。歩け」

 

「分かったよ……」

 

 諦めて止まりかけた足を動かそうとした、その時だった。

 

 レンが顔を上げると、そこにはもう、進むべき道など残されていなかった。

 

「な、なんだこれ?」

 

「壁だ。ルゴール王国のな」

 

「壁って……見たら分かるけど、こんなデカくて長い壁、見たことねぇよ」

 

 二人の眼前にそびえ立つそれは、雲を突き破るほどの高さを持ち、左右の地平線の彼方までどこまでも途切れることなく続いていた。

 

「こんな壁、デファン王国でしか見たことないな」

 

「デファン王国? 随分と遠いところだな」

 

「俺の村の近くだったんだ。『ドンコ村』って所」

 

 ガイアにとって、レンの出身地など微塵も興味のない話だった。彼は一度もレンの方を振り返ることなく、巨大な壁に沿って再び歩き始める。

 

 壁を頼りに歩き続けて数時間。空はすっかり真っ黒に染まっていた。

 

「やっと着いたか」

 

 ルゴール王国の入り口。重厚な城門には、四百年の歴史の重みが刻まれていた。

 

「おい、待て。検問だ」

 

 入り口を守る兵士たちがガイアたちを阻み、鋭い目を向ける。

 

「お前、名前は?」

 

「……ガイアだ」

 

「へぇ~、ガイアねぇ……」

 

 レンが、揶揄うように見つめた。

 

「そっちの小僧は問題ねぇ。だがお前だ。大剣に大砲、おまけに右腕の包帯。……おい、その包帯を解け」

 

「それはできない」

 

「なぜだ?」

 

「もしや……!」

 

 もう一人の兵士が、思い出したように声を荒らげた。

 

「最近、風の噂で聞いたことがあります! 魔獣が人間の姿に化けて、人里を襲っていると……!」

 

 その言葉に、周囲の兵士が一斉に臨戦態勢に入った。鋭い槍の穂先が、一斉にガイアへと向けられる。

 

「動くな! 捕らえろ!」

 

「待てよ! ガイアは魔獣なんかじゃない! 俺を助けてくれたんだ!」

 

 レンが必死に叫ぶが、兵士たちの目にあるのは盲目的な疑心暗鬼だけだった。

 

「黙れ! もしやそのガキも同類か!?」と怒鳴られ、レンは恐怖で言葉を失う。

 

「レン、もういい」

 

 ガイアの静かな声が、その場を制した。

 

「いいぜ。俺を連れて行けよ。牢獄でも、処刑台でもな」

 

「フン、物分かりのいい奴だ。行くぞ!」

 

 ガイアは四方を槍で囲まれながら、地下の薄暗い牢獄へと連行されていった。

 

「……」

 

「どうしたんです?」

 

 ルゴール王国の中心に聳え立つ城。そこから一人の青年がガイアを見つめている。

 

「彼……いいね」

 

 古い地下牢はひどく汚れており、何年もまともに使われていないようだった。漂うのは、血と錆の混ざり合った吐き気のするような臭い。だが、ガイアはそんな劣悪な環境など気にも留めていなかった。

 

「さて……どう脱獄するかだな」

 

 自身の両手首に嵌められた手錠を見つめながら、淡々と脱出経路を思考する。

 

「あの……貴方も、もしや捕らえられたのでしょうか?」

 

 背後からの気配に、一瞬驚いたが、いつでも動けるよう身体を沈めた。

 

 だが、暗闇から現れたのは、三十代ほどの怯えた女性だった。

 

「誰だ」

 

「私はルーシュと申します。……この子は息子のバン」

 

 ルーシュが自身の左腕を引き、後ろに隠れていた小さな影を前に出した。レンよりも二、三歳は下だろうか、随分と幼い少年だ。

 

「バンは生まれつき目が見えず、村の子たちからも虐められてきました。二日ほど前、私たちが王国で食べ物を売ろうとやって来た時、検問官に魔獣の疑いをかけられて……ここに捕らえられたのです」

 

「それは災難だったな」

 

 関心のなさそうな素振りのまま、ガイアは冷淡に返し、牢の壁に空いた小さな抜け穴を調べ始める。

 

「ここが良さそうだ。……俺は脱獄する。兵士には黙っていろ」

 

 ガイアは狼のような鋭い眼光をルーシュに向けた。

「は、はい……分かりました」

 

 彼女は気圧されたように小さく頷く。

 

 ガイアが背を向け、小穴を潜ろうとしたその瞬間だった。

 

「何をしているんだい?」

 

 背後から、不意に柔らかな声が響いた。

 

 同時に、暗かった牢獄の通路が、松明の炎によって白日の下に晒される。

 

 ガイアは素早く振り返り、火の元を睨みつけた。

 

 そこにいたのは、兵士のような物々しい鎧を纏った者ではなかった。ただ、吹けば飛んでいってしまいそうなほどに儚く、しかし神聖なまでに美しい、長い白髪を持った美青年が佇んでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。