ようこそぬくぬく至上主義の教室へ   作:棚木 千波

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#2 学食とAクラス

 

 

「……よし、こんなモノかな」

 

 高校生活二日目の朝。

 出発前の準備をほぼ済ませたオレは、姿見の前で最後の確認をしていた。

 

「やっぱり此方の方が落ち着くね」

 

 紫色のウルフカットに、黄色い瞳。そしてまだ伸び代のある身体。

 そんな見慣れた自分の見慣れない高育の制服姿だが、今日は昨日とも違っている。

 

 女子用のスカートから、男子用の長ズボンへと履き替えたオレがそこに写っていた。

 

「セーラーだったら終わってたけど、ブレザーならまぁ及第点でしょう」

 

 この学校の制服は男女共にワイシャツの上に紺色のジャケットを着るブレザースタイルだ。それ以外はリボンかネクタイか、そしてスカートかズボンかの違いがあるのだが、別に女子が男子の制服を着てもそこまでの問題はないらしい。

 そもそも今までそんな事を考える奴がいなかっただけとも言うみたいだけれども。

 

 別にスカートが絶対イヤというつもりはないが、履かなくていいならそれに越した事はない。ちゃんと確認した上でなら大丈夫だろうという事で、ワイシャツの上にはネズミ色の緩いベスト、そしてジャケットの前は閉めないスタイルとなった。

 昨日ざっと見た感じでは他の皆も多少着崩しというかアレンジしてたし、そんなに問題ない筈だ。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 最後に誰もいない自室へと声を掛けてから、オレはバタンと扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「冬野氷華、訊いてもいいですか?」

 

「ええと、何を?」

 

 教室に到着してすぐに、オレは話しかけられていた。

 

「昨日は普通にスカートだったのに、何故今日はズボンを履いているのか、という問いです。教えていただけると私の好奇心が満たされるのですが、如何ですか?」

 

 思う所を正直にぶつけてきたのは、オレに近い紫色の髪を二本左右で纏めた女子生徒だ。

 確か名前は森下(もりした)(あい)、だった筈。

 

「大した理由じゃないよ。ワタシがスカートを苦手なのと、先生に訊いたら大丈夫だと確認出来たから。それだけ」

 

「なるほど、苦手だからですか。その発想は出来ませんでした」

 

 オレも正直に伝えると、森下の眉が少しだけ持ち上がった。この人、オレ並に表情筋動かないな。

 

「しかしわざわざ学校側に確認までする程とは。冬野氷華、中々変わった人ですね」

 

「いやいや、勝手にやって駄目だった方が良くないんだから、これは普通の事だよ。良識の範囲内と言って欲しいな」

 

「常識の範囲外でもあると思いますが、まぁ今回はそういう事にしておきましょう。答えていただきありがとうございました。では私はこれで」

 

 もっと訊いてくると思ったが、一応は納得していたらしい森下が自分の席へと戻っていく。その背中を見送りながら考えるのは、今日ここに来るまでの事だ。

 

 オレが変人かどうかはさておき、変な事をしている自覚はある。なので教室に来るまでにも訊かれるかと思っていたが、意外にも森下が尋ねてきたのが初だったのだ。端から見たら女子生徒のズボン姿くらい、案外大した事ないのかもだ。

 

 なんせこの学校には、他にも個性的な人が沢山いるみたいだしな。

 

 

 

 

 

 昼放課になった。

 入学式も終わって今日からは普通の授業が始まったのだが、どの先生も分かりやすくて好印象だった。聞いてるだけでオレの復習が捗るので、国が運営する学校なだけはあると素直に喜べた。

 

「おっしゃ、さっさと学食に行こうぜ!」

 

「かなり混雑するらしいからな、急ぐか」

 

 活発そうな男子の声が聞こえてきた通り、この学校には学食がある。ポイントを使って良い食事が出来るのは魅力的だが、混んでいるというだけで行く気が失せる。

 しかし一度も行かないというのも如何なモノかと僅かに葛藤するオレに、近付いてくる気配があった。

 

「よっ、冬野。俺たちこれから学食に行くつもりなんだが、良ければ一緒にどうだ?」

 

 気さくに声を掛けてきたのは、金髪の髪を後ろで縛ったピアスの男子生徒だ。やっぱりチャラいな。

 

橋本(はしもと)くん、今日は昨日とメンバーが違うんだね。コンプリートを目指してるの?」

 

「そんなつもりは更々ないが、折角同じクラスになったんだ。色んな奴と仲良くなりたいと思うのは普通の事だろ? 今日は随分とお洒落になってるみたいだしな」

 

 橋本(はしもと)正義(まさよし)という男子は顔の広い人物を目指しているらしく、昨日ケヤキモールに到着したオレにも挨拶してくれた位だ。

 まだ会話もあまりしてないが、視線や話し方に不快感を覚えた事はない。なので接しやすい人ではある筈なのだけど、なんか直感的に信用しきれない。やっぱりチャラそうだからだろうか。

 

「私たちも橋本くんに誘って貰ったの。折角ならどう?」

 

「……そうだね。昨日会えた縁もあるし、今日もご相伴に預かろうかな」

 

「なら良かったです。ちょうど、その格好についても聞きたかった所ですし」

 

 けれどそんな橋本の他に、西川(にしかわ)亮子(りょうこ)白石(しらいし)飛鳥(あすか)といった顔見知りのメンバーがいた。彼女たちは昨日の夕方に立ち寄ったケヤキモールで少し仲良くなったばかりなので、オレはやや悩んだ末に立ち上がる事にした。

 最優先である『Sシステム』と制服については分かったし、今日からはこのAクラスについて知っていけばいい。そんな判断だった。

 

 

 

 

 

 ……うん、早まった。損な判断だったかもしれない。

 

「いやー、何とか座れて良かったねー!」

 

「ここまで混んでいるとは思いませんでしたね」

 

 学食内のテーブルをどうにか確保出来たオレたちは、着席するなり皆そんな感想を抱いていた。

 

 初めてやってきた学食はポイントが入った直後だからか、テーマパークもかくやと言うほどの盛況ぶりだった。まだ早い方だったらしいオレたちでこれなのだから、後続組の苦労は計り知れない。

 そしてそれだけ人がいれば、当然オレに気付く人数も増える。その視線を一身に浴びた所為で余計に疲れた気がしてならなかった。というかこのレベルだと一緒にいる三人にも迷惑だったかもしれない。暫くは利用を控えるべきかな……。

 

「にしても、冬野がそれを選ぶとはな。ちょっと意外だったぜ」

 

「あの中で一番気になったのがコレだったからね。モノは試しだよ」

 

 橋本にそう言われながらオレが食べているのは、この学食で唯一の0pメニューである山菜定食だ。敷地内で採れた山菜を使ってるらしいが、具体的にはどこで栽培されてるのかも気になる所だ。ビニールハウスでもあるんだろうか。

 

「冬野さん、それ美味しいですか?」

 

「……不味くはないよ、うん。ダイエットしたい人にもオススメ出来る味だし」

 

「それ美味しくないって言ってるようなもんじゃん」

 

 白石と西川の二人から『やっぱり……』という目を向けられながら箸を動かすと、山菜の仄かな苦味が口いっぱいに広がった。こうなるのも分かった上で注文したんだが、やはり早まったと言わざるを得ない気がする。

 

「でも無料で汁物と白米が食べられると考えれば悪くはないかな。何なら一皿追加すれば他の定食より安く済ませられるかも」

 

「おいおい、理屈はわかるがもう少し豪勢にしてもいいんじゃないか? 毎月10万ポイントが貰えるんだから、それ位しても……」

 

「ん? そうとは限らないんじゃないんだっけ?」

 

「! それって、どういう事だ?」

 

 西川が水を飲むついでに呟いた言葉に、橋本が疑問を覚えていた。その前に一瞬驚いたように見えたのは、オレの気の所為だろうか。

 

「真嶋先生は『毎月ポイントが配られる』とは言いましたが、その額が10万だとは言っていないという話です。そうですよね、冬野さん」

 

「うん、多分ね。ワタシが職員室で詳しく訊いても、『そこは答えられない』って言われたし」

 

 オレが職員室で『Sシステム』について質問してきた事は、この二人には昨日のケヤキモールにて共有済みだ。

 言い触らすつもりは更々ない情報だが、誘ってくれた二人が散財しようとするのを引き止めるのに使う位なら抵抗はなかった。今は学食も人が多すぎて、隣のスペースの声も良く聞こえないぐらいだし。

 

「言われてみれば昨日の説明もそんな感じだった気がするな。それで違和感を持った冬野が尋ねに行ったわけか」

 

「知らない事を知らないままにしておくのは、ワタシのポリシーに反するから。……なんて、別に確証とかはない話だけどね」

 

「いやいや、俺としても十分にあり得る話だと思うぜ? このタイミングで聞けて良かったよ、いや本当に」

 

 だから鵜呑みにはするなよと結んではみたが、橋本の態度は変わらない。ジッとオレを見たままだ。

 というかコイツ、やっぱり話を聞く前からその事には気付いてたんじゃないか? あまり驚いてるようには見えなかったのは、オレがチャラ男を疑いすぎているからだろうか。気になる。

 

「だよねー。言われなかったら私も調子に乗って散財する所だったもん。というか冬野さんみたいな人じゃないと気付かないってこんなの」

 

「うーん、ワタシ以外にも違和感を持った人は多いと思うけど。毎月そんなに貰えるって聞いて、そんな馬鹿なって思わなかった?」

 

「確かに驚きはしましたけど、そういうモノなのかと思って深くは考えませんでしたね」

 

 自分でそう言ってる西川はともかく、白石はきっかけさえあれば気付きそうな気がする。

 そもそも学校側も気付いて欲しいからあんな言い方をしてると思うので、オレだけって事は絶対ないだろう。

 そして同じことを思っていたらしい橋本が、こんな質問をぶつけてきた。

 

「なら冬野から見て、他に気付いてそうな奴は誰が要るんだ?」

 

「他にっていうとAクラスの中でだよね? うーんとね……」

 

 まず橋本(おまえ)、と言うと話の腰が折れるからグッと堪えるとして。

 まだ二日目で話した事のない人の方が多いからそんなん分からんわと返しても仕方がないので、ぱっと見で印象に残っている人の名前を挙げる事にした。

 

葛城(かつらぎ)くんは気付いていてもおかしくなさそう、かな。なんかリーダーやってくれそうな感じがするから、真嶋先生の話に違和感くらいは抱いてるんじゃない?」

 

「あー、確かに。自己紹介を始めたのも葛城くんだったもんね。あり得るあり得る」

 

 まず出したのは剃髪が印象的な男子生徒の名前だ。初対面の人ばかりの教室で率先して動いて自己紹介の場を作ったという事で、それだけでも優秀さが分かる人物だ。オレに対しても普通に接してくれそうだったし、そんな人ならまぁ気付いていてもおかしくないと思う。

 

「あとはあの杖をついてる坂柳(さかやなぎ)さんとか? 如何にも只ものじゃないというか、オーラみたいなモノがある気がするし」

 

「私もまだ話した事はないですが、そう言われるとそんな気もしますね」

 

 あと思い浮かんだのは杖と帽子がトレードマークっぽい小柄な女子生徒の名前だ。綺麗な銀髪がお人形さんみたい娘なのだが、オレが並ぶと差が凄い事になるのであまり近づかないようにしている。

 けれどオレが彼女を見ると、高確率でこちらを見つめ返してきている気がするんだよな。その理由が分かるような、分からないような。

 

「とまぁ見た目八割の決めつけでしかないんだけどさ。逆に橋本くんから見てそれっぽい人はいなかったの?」

 

「いやぁ、その二人以外となると俺も浮かばないな。冬野の観察眼には頭が下がる思いだ」

 

 そして最後に橋本に投げ返したらコイツ、避けやがった。

 あと二人の名前を挙げても全然驚いてなかったのも気になるんだが……いやAクラスでも目立つ二人だからそれくらいは普通か。何となく解せないけども。

 

「だがその事をクラスの連中に広めないのか? もしその説が正解なら、一気にクラスの中心人物にもなれるだろうに」

 

「え、ヤダ」

 

 残っていた山菜を一気に飲み込んでから、橋本の提案を一言で切り捨てる。

 来月になってポイントが減るとしても、その事を予め周知させておけば動揺も少なくなる。そしてそれを知らせたオレは、クラスメイトから感謝されてそのまま委員長みたいな事に……。

 

 うん、ならんならん。ただでさえ目立つのにどうしてそんな事までしなくていけないのか。

 

「ワタシはそういうの向いてないから、橋本くんがやってよ。全然応援するよ?」

 

「いやいや、俺こそそんなガラじゃないし。っていうか冬野さん向いてない事ないと思うがなぁ」

 

「本人がヤダって言ってるんだからいいんじゃないの? 確かにこういうのを最初に言い出すのって、ちょっと抵抗あるしねー」

 

「まだ本当かどうかは分かりませんし、仮に減るとしてもどうやって減るのかはまだ冬野さんも探っている途中みたいですからね。それが分かってからでもいいんじゃないですか?」

 

 そしてこの中の誰も他のクラスメイトに知らせようという積極性はないようだった。白石は確定したのなら伝えた方がいいと言っている気もするけど、その時は彼女に任せる事にしよう。

 

「探ってるって、具体的には何をしてるんだ?」

 

「大したことはするつもりないけど、先生には訊いたから次は二年生、三年生の先輩かなって。適当に尋ねてみれば、誰か一人くらいは答えてくれるかもだし」

 

「思ったよりもアグレッシブだな、冬野……。もしかして、その格好はその為でもあるのか?」

 

「いや、どっちもただの趣味だけど」

 

 橋本の視線がテーブルの下にあるオレの足へと向かった気がするので、そちらもばっさり斬っておいた。確かに動き回る上では便利だけどな。

 

「でもまぁ、冬野さんはその格好も似合うよね。何と言うか、凛々しい感じ?」

 

「最初見た時は驚きましたけど、意外としっくり来るといいますか。もしかして私服もパンツルックが多いのですか?」

 

「そうだね、休日ももっぱらそっちが多いかな。見せる機会があるかは分からないけどね」

 

「これから三年もあるんだから、機会なんて幾らでもあるだろ。何ならこの面子で遊びに行ってもいいんだしな」

 

「確かにそれも面白いかもねー。けど何やるの? カラオケとか?」

 

「ケヤキモールには店も沢山あったからな。ボウリングなんてのも悪くないんじゃないか?」

 

「なるほど、ちょっと気になるかも——って、食べ終わったんならそろそろ行かない? まだ席待ちの人がいるみたいだし」

 

 雑談に花を咲かせている所で、此方に向いた視線が増えてきた事に気が付いた。

 オレ達全員のお皿も既に空になっていたので、これ以上テーブルを占拠するのも悪いしな。

 

「本当ですね。ではひとまずここは出ましょうか」

 

 そうして学食を出た後もゆるゆると話しながら、オレたちは教室へと戻った。

 学食は人が多すぎてオレ個人で使う事はあまりないかもしれないが、こうした時間でクラスメイトの人となりを知れたのは良かったな。願わくばこういった平穏な時間が、来月も続いて欲しいモノだ。

 

 もっともそれは、この学校についてもう少し調べてからの話になるだろうが。

 




 ☆森下藍
 ☆橋本正義
 ☆白石飛鳥
 ☆西川亮子

 ☆学食は人が多すぎる
 ☆山菜定食は微妙
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