坂柳に関しては、一旦保留とする事にした。
オレから話しかけようかとも思ったが、先日の水泳で普通に負かされた神室がまるで側近のように傍にいるのだ。敗北者であるオレがこのタイミングで話しかけて、話が拗れては意味がない。
なので遠目に見る位が関の山になったのだが、坂柳の周囲に来る人間が濃いこと濃いこと。
神室は言うに及ばず、見た目はやや怖めな
まぁ入学してもうすぐ一週間。そろそろ日常的に絡む為のグループが形成され終えている頃だ。それが坂柳のところはあの面子になったというだけだろう。きっと。
放課後になったので、そろそろ同学年の他クラスを調べるかと思って席を立つ。
「——皆、少し聞いてほしい話があるんだが、いいだろうか。時間はあまり取らせないように善処するつもりだ」
そんなタイミングで、教壇に上がっていた葛城がそう切り出していた。
逃げようかとも思ったが、そんな雰囲気でもない事をオレは察した。なので念の為にポーカーフェイスの準備をしながら席につく。
「葛城の奴、どうしたんだ……?」
「なんだろうね、急に」
他のクラスメイトも困惑こそしていたが、真剣そうな葛城を見て離反するような人間はいなかった。
そうして全員が話を聞く姿勢になったと見た葛城が、落ち着いた口調で話を始めた。
「この学校が特殊な事は既に皆も知っていると思う。『Sシステム』や卒業後の進路が確約されている事など、例を挙げればキリがない。だがその全てが聞いた通りではない可能性がある。故にこの場を設けさせてもらった」
「聞いた通りじゃないって、どういう事だよ?」
「一つは、来月支給されるポイントは10万だとは限らないという話だ」
「「っ!?」」
葛城が告げたその内容に、クラスの半数程が反応を示した。
しかし大きく動揺したのはそれだけで、残る面子は興味深そうに教団に立つ葛城へと視線を向けたままだ。つまり彼らはその事に気付いていたか、同様の違和感を以前から抱いていたという事になるだろう。割と多くて嬉しいな。
しかし急に言われてもすぐには信じられない生徒だって、当然存在する。
その一人だった女子が、葛城へと声を上げていた。
「でも真嶋先生は、毎月10万ポイントが貰えるって……」
「いいや、言っていない。先生が言っていたのは——」
「——『毎月ポイントが支給される』事と、『入学した私たちには10万ポイントの価値がある』事。それだけですよね、葛城君?」
そんなクラスメイトに反論したのは、葛城ではなかった。
極めて簡潔にその事実を述べたのは、席に座ったままの女子生徒だ。
動かしたのは口だけなのに、クラスの全員がその女子に意識を向けていた。
「真嶋先生は嘘を言っていません。ただ私たち生徒がそんな勘違いをしてもおかしくない言い方をしただけ。違いますか?」
「……ああ、その通りだ。どうやら俺以外にも同じ考えに至った者がいるようで安心した」
流れを奪われかけた葛城が僅かに悔しそうにしているが、対する少女は涼しい様子のままだ。
「話を戻すと、毎月貰えるポイントは10万とは限らない。そしてその事を真嶋先生や他の上級生に尋ねてみたが、誰も正確に答えてはくれなかった。恐らく学校側はその事を隠しているのだろうな」
「隠してるって、どうしてそんな……」
「俺たち生徒に自力で気付かせるためだろう。そしてそのポイントの支給額だが、俺は普段の成績や授業態度から査定されると予想している。根拠は、この教室にもある監視カメラだ」
「あ、マジだ。ここにもカメラがあるじゃねえか!」
葛城が見上げた視線の先に光るレンズを見つけた男子が、驚きの声を上げる。
どうして気づきにくい位置に監視カメラがあるのか、それが分からない生徒はこの教室では少数派だったらしい。
「つまり俺たちの行動は常に監視されていて、そこから月の初めに貰えるポイントが決まる。だからポイントを減らされないように気をつけろと、そう言う事か?」
「その指摘で間違ってはいないが、あくまでコレはまだ予想だ。ただそういった可能性があるという事を、皆にも知らせておきたかったんだ」
ある意味でお節介にも感じたのだろう生徒にも、葛城はそう冷静に告げる。クラスメイトの事を第一に思っての発言に、いちゃもんを付けるような生徒はいなかった。
「まだこの学校の制度については不確かな事も多い。クラス分けや卒業特典もそうだが、他学年では
今回はあくまで注意喚起だけが目的だったらしく、そこまでで葛城が教壇を降りようとする。その言葉の一部にざわつく生徒もいたが、彼もあまり不確かな事は言いたくないのだろう。むしろそれで自分以外にも動く生徒がいたら良いとすら思っていそうだ。
「——忠告ありがとうございます葛城君。ですが一つだけ、よろしいでしょうか」
そんな彼にストップをかけたのは、やはり彼女だった。
「……俺もまだポイントの事も含めて分かっていない事の方が多い。だから答えられるかどうかは分からないぞ」
「その辺りは私の方でも調べてみようと思っていますから、大丈夫ですよ。むしろ参考にさせていただきたいので、ぜひ聞かせてください」
葛城にしては珍しく怪訝そうな表情を見せているが、坂柳は気にしていない様子だ。
そしてオレは何か嫌な予感がした。なんでだろうな。
「今話してくれたポイントの事や、他学年の事。葛城君は
そして笑顔で紡がれた質問で、オレは坂柳の狙いを悟った。
ようはこの前の橋本と同じで、分かり切った上で聞いてやがるなコイツ。
「……違和感こそあったが、最初に気付いたのは俺ではなく冬野だ。冬野の話を聞いてから、俺や戸塚で調べた形だな」
「なるほど。では最初に気付いたのは冬野さん、というわけですね」
葛城からの視線に頷きを返すと、彼はそのまま正直に事実を伝えた。
それを受けた坂柳が強調するように言った事で、想像通りの展開が始まった。
「え、冬野さんが?」
「なんか意外だな……」
元々図体がデカいオレにざわざわと集まる視線。賞賛と言うよりは素直な驚きの声が多い気がするな。
しかし葛城にいいよと返した時点で、こうなる事は予期していた。というか坂柳がわざわざ名前を出させたのもこれが目的なんだろうしな。
なのでオレは用意していたこのポーカーフェイスで、この場を乗り切る事にしよう。
「ワタシは自分が気になった事を話しただけだよ。そもそも同じ事は坂柳さんや他の人も気付いてたみたいだし」
そうでしょう?と坂柳、あとついでに橋本の方を見ると、二人とも微笑みを返してきた。前者は出来の良い子供を見るような、後者はちょっと引きつったモノだったけど。
「けれどそこから自分で調べて、こうして皆に伝えてくれたのは葛城君たち。ワタシにはそこまで出来なかったからね」
だから凄いのはその二人だと告げながらに葛城を見る。
一度オレの名前を出してもいいかと確認してくれたし、彼らが真嶋先生や他の同級生に確認した事で『Sシステム』の裏についての信憑性も上がった。
なのでそのお返しの意味も込めて、ここは葛城の顔を立てておきたい所だったんだが。
「だがキッカケをくれたのはお前だ、冬野。そこは感謝させてくれ」
「…………むぅ」
真っ直ぐな目でそう言われては、オレも無下には出来なかった。
「——それで、ワタシに話って何?」
葛城から始まって途中で坂柳が台頭し、最後にオレの名前ガ出て終わったAクラスの会合。
ひとまずまだ不確定な情報という事で他クラスの生徒には伝えない様に言って解散となった後、オレは喫茶店にお呼ばれしていた。
「本題に入る前に、少し雑談でもどうですか? 私と冬野さんが話すのは、今日が始めてなのですし」
「……まぁ、ワタシは別に構わないけれども」
「ふふ、それは良かったです」
テーブル席に座ったオレと向かい合うのは、先程の会合でも目立っていた生徒の坂柳だ。
カップを手に取り口元に運ぶ、それだけの動作にも品性が滲み出ている気がする。
話しかけるのは保留にしていたが、今回の葛城くんの話で相談がしたいと誘われたので乗った形だ。オレの名前を引き出した件もあるしな。
「先日から、冬野さんとはお話したいと思っていたんです。橋本くんや神室さんにもそう話はしていたのですが、中々機会に恵まれなくて」
「それは、間が悪かったのかもしれないね」
やや残念そうに息を吐く坂柳だが、オレはその顔を見れない。橋本は何となくで避けてるし、神室もこの前の水泳で負けてから気まずいままだ。そんな二人から誘われる構図は、オレにも想像が出来なかった。
「……冬野は放課後になると、すぐ何処かに行くからね」
「俺も誘おうとはしたんだが、他の奴に絡まれたりしてる内に見失ってな。悪いな姫さん」
「へー……」
まぁその二人も一緒にいるんだが。
テーブルを挟んで三対一の図になっているので、そういう意味でもやり辛い。いやどちらかが隣に来られても困るけどさ。この場で神室の話を蒸し返す気もないし。
「確か先日のオリエンテーションにもいなかったそうですね。その日は他にも用事があったと、そういう訳ですか?」
「単純に部活動をするつもりがなかったから、行かなかっただけだよ。ちょっと後悔してなくもないけど、坂柳さんは行ったの?」
「いえ、私も当日は行っていません。元より部活動に打ち込む予定はありませんし、目ぼしい団体の情報は既に得ていましたから」
「目ぼしい、って言うのは?」
「そのままの意味ですよ。私はチェスに関しては少々自信がありますので、その腕の使い所を押さえていただけです」
なるほど、坂柳はチェスを嗜んでいるらしい。
有栖という名前からもモノクロの盤面が似合うなと思ったのだが、ふと坂柳の横にいる人物が気になった。
「あんな事しておいて、よく言うよ……」
「神室さん、何か言いましたか?」
「いや、何も」
笑顔で尋ねる坂柳から、神室が視線を逸らしていた。
詳細は不明だが、坂柳が何か変な事をしたのだろう事は分かった。入部前に道場破りでもしたんだろうか。
「冬野が部活動に入らないのは俺もちょっと意外だったな。クラスの中でも全然動ける方みたいだし」
「そうですね。水泳の授業でも神室さんといい勝負をしていましたから、どの運動部に入っても活躍出来ると思います。少々勿体なく感じてしまいますね」
「いや、でもワタシ勝てなかったよ?」
「…………」
何やらオレを評価しての事らしいが、そんなオレを上回った神室がいる以上はただ気まずいだけだ。でも橋本はともかく、坂柳はそれも分かった上で言ってる気がする。
「いいえ冬野さん、私はあなたの事を買っていますよ。だって冬野さんも私と同じように、初日で気付いていたんですよね?」
「……やっぱり、坂柳さんもそうだったんだ」
故にここから始まる本題も、坂柳にとってはきっと予定調和のモノなんだろう。
それが分かっているからこそ、俺もまた冷静に努めてそう返した。
「はい、勿論です。初日に質問こそしませんでしたが、きっと冬野さんと同様の見解は得ていたと思います。そういう意味では私とあなたは似た者同士だと思うのですが、いかがですか?」
「似ているかどうかは分からないけども、近い考えを持てるっていうのは有難いかな。それって話が早いって事だし」
「ふふ、なら早速返事をいただきたい所なのですが……その前に聞いて欲しい事があります。よろしいですか?」
「分かった、聞くよ」
この時点でもう坂柳の言いたい事、というより今回のお誘いの真意は掴めた。
それは元々露骨だったからいいとして、その前に訊きたいではなく聞いて欲しい話があるとは思わなかった。興味が湧いたので、オレは傾聴姿勢に入った。
「これも現時点では仮説にすぎない説ですが、まず一つ。葛城くんも言っていた卒業特典、あれは一番優秀なクラスにしか与えられないものであると、私も考えています」
「え?」「ほう?」
そうして淡々と語られたその説に、初耳だったらしい二人が軽く反応する。
しかしオレは僅かに目が揺れただけだ。何故ならその内容は、オレも至っていたモノだからだ。
「噂ですが、他学年の生徒がDクラスの生徒を『不良品』だと貶したという話を聞きました。そうでなくても今年の1年Dクラスは中々に自由奔放なクラスの様ですね。果たしてそんなクラスの人間にも特典が与えられるのかと問われたら、私でなくても疑問を抱くでしょう」
「……なるほど、そんな噂もあったんだね。それは初耳だったかも」
「おや、まだ他クラスの調査は不十分だったのですね。ならついでに開示してしまいますが、現状では私たちのクラスが一番優秀ですよ。少なくとも葛城くんも言っていた成績や授業態度に関しては心配不要と言っておきます」
何目線で言ってるんだろうという疑問は置いておくとして、それが真実なら確かに喜ばしい事だ。
誰だって同僚は有能な方がいいというか、無能でない方が助かるのは間違いない。そしてオレも所属するこのクラスがその集まりであるのなら、大した減額も起こりづらいという事になるからな。
「では私たちのクラス以外はどうなっているかというと、そのままアルファベット順に実力が並んでいるようです。しかしそれを公表せず、また卒業特典の事も黙っていると仮定すれば、更なる仮説が実体を帯びてきますよね?」
「特定のクラスにしか与えられない卒業特典を巡るクラス間の抗争、でしょう?」
「ええ、やはり冬野さんも同じ考えでしたか。良かったです」
間髪入れずにオレが答えると、またも坂柳は喜んだ顔になる。
それが仲間を見つけた類のそれならまだいいんだけど、やっぱり違う気がするな……。
「もしかすると月ごとに変動するポイントの支給額が、そのままクラス全体の成績を示すものになるかもしれませんね。そういう意味では、今日のタイミングで葛城くんが動いてくれたのはとても助かりました」
「葛城くんが皆に伝えてくれた事で無駄遣いも減って、更には来月のポイント支給額への影響にもプラスが出る。予想が合っていたら良い事づくめだよね」
「そうなるように葛城くんを動かしたのが、冬野さんじゃないんですか?」
「ワタシにそんな大それた事は出来ないよ。……いや、期待しなかったと言えば、嘘になるけどさ」
いくら何でもそこまでは考えてないやいと首を横に振ったが、やはり坂柳の笑みは変わらない。
いやちょっと笑みが深まったような気がするな。果たして誤解は解けるのか、凄く不安だ。
「果たして本当にそうでしょうか? 彼が最後に言っていた
「……呆れた。そこまで考えついてたんだ」
「私とあなたは近しい考え方をしている者同士。そう言いましたよね?」
ニコニコと笑う坂柳に、オレは更に警戒度を引き上げる。
なるほどコレは大物だ。大した事、あるじゃないか。
「この学校では、いずれ退学者が出るような何かが起こりうる。それに備える為に冬野さんが葛城くんに情報を伝えた。彼はその危険性に気付いたから動き出したのだと考えましたが、違いますか?」
「それは葛城くんにも訊いてみないと分からないけど……そうだったら、嬉しいよね」
「アンタら、どこまで先を見てんのよ……」
そんなオレ達のやり取りを、神室さんやや引いた目で見ている。
別にオレは一つたりとも肯定してないし、それを狙って行動しているわけでもないんだが。
ただ知らないよりかはずっといいと思って、伝えただけなのだし。
「さて、後は何を話せばいいでしょうか。来月以降になれば始まるだろうクラス対抗戦、そこでの勝敗がポイントやクラス序列に大きく関わるだろう何かがあるという話でもしますか?」
「いや、もう大丈夫だよ。坂柳さんが優秀だって事は十分すぎるくらいに伝わったから」
更に話を続けようとする坂柳を、オレはやんわりと止める。それも確かにうっすら想像はしてたけど、流石に仮説を重ねすぎだろう。
だから意味があるのは、何故こんな話を持ち出してきたかの方だ。その予想も恐らく外れていない気がするので、すんなりと尋ねる事が出来た。
「だからワタシに坂柳さんの味方になれと、そういう事を言いたいんだよね?」
「はい、お察しの通りです」
「なるほど、今日はそういう話だったわけか」
橋本が納得したように頷いているが、要はスカウトだったというだけである。
確かに坂柳が優秀である事は、こうして話すだけでもよく分かった。広い視野を持ち、先の事を考えて行動出来るその頭脳は、きっとこの学年でも上位にくる筈だ。少なくともオレの方が勝っている、なんて思い込みは捨てた方がいいだろう。
「そっか……うーーん……」
「冬野さん、悩んでいるのですか?」
「まぁ、ちょっとね」
だからこそどう見られるのかを度外視にしてでも、オレは悩まざるを得なかった。
そもそも味方になれと言う事は、坂柳は自分の仲間——所謂派閥みたいなモノを作ろうとしているのだろう。それがただの仲良しグループならまだ悪くないのだが、互いに持っているこの学校についての考えがそれを邪魔している。
つまりは抗争を想定しての一手。
形はどうであれ戦う事を前提にしての仲間集めだとするなら、その準備の先に待つのは当然本番だ。
すなわち誰かと戦う事。
それだけでも気が引けるというのに、今の状況的にまず敵となるだろう相手の存在が余計にオレを悩ませた。
「確認なんだけど、坂柳さんは誰かの下につくつもりはないって事だよね?」
「そうですね。少なくとも自分より技量が低い相手につきたいと思うような趣味は、持ち合わせていませんね」
至極当然の話をしてくれたが、問題は坂柳が自分より上だと思っている相手がほぼいなさそうな点だ。つまりは自分が他の人間を率いるのは当然だと思っているんだろう。
となるとやっぱり、このAクラスのリーダーの座をかけて葛城と敵対するつもりだろうな……。
正直オレとしてはリーダーなんて誰でもいい。そもそもあるかもまだ分からないクラス抗争自体に興味はないし。
葛城は人が良さそうなのでリーダーとしては悪くないし、坂柳も策略家としての腕を存分に振るえば、勝つ事も難しくはないだろう。なのでどちらがリーダーになってもそこまで気にしない、つもりだったのだが。
「因みに、橋本くんと神室さんも坂柳さんの仲間なの?」
「まぁ、そういう事になるな」「……ふん」
「お二人とも私の
お友達なのは間違いなさそうだが、なんか別の言葉にそのルビを振っていそうと言うかなんというか。隣の神室なんて、不機嫌さというかやらされてる感を隠そうともしてないし。
なので坂柳の仲間になれば何かしらに勝つ事は出来るかもしれないが、その代わりにオレの嫌いな事をさせられそうな予感がある。いやただの直感でしかないのだが……やはり訊くしかないか。
「なので冬野さんとも仲良くなりたいと思っているのですが、如何ですか?」
「ワタシとしても坂柳さんと仲良くする事は吝かじゃないよ。ないんだけどさ……ひょっとして、断られてもいいと思って訊いてる?」
「……あら?」
なんか凄い繋げ方をした気もする坂柳の笑みが、遂に止まった。正確にはこれまでの朗らかなモノから、獲物を見つけた捕食者のソレに一瞬変わったというべきか。
笑みとは本来攻撃的なモノだなんて文言が過ぎるが、今はそれよりも坂柳の狙いの話だ。集中集中。
「ワタシを仲間にしたいだけなら、他の方法もあった筈。なのにわざわざお互いの考えを把握し合うようなこの場を設けたのは、その上でワタシがどちらを選ぶのかを見定めたかったから、だったりしない?」
「いや、なんでそんな事するのよ。回りくどくない?」
オレがそんなトンデモ仮説を口にすれば、聞いていた神室が疑問の声を上げた。ごもっともである。
言わばコレはオレの力量を見ようとした坂柳による入団テストのようなモノだろう。オレがどこまで考えているかを探るような、普通の友達付き合いであればまずしないだろう行いだ。
しかしこの学校でなら、話は別になる。
「そんな事はないですよ神室さん。クラスメイトの実力を把握しておくのはとても大事です。それを知らなければ動いてもらう際や、敵に回られてしまった時などに困ってしまいますからね」
「敵に回った時って、まさか……」
橋本が驚きの顔で坂柳とオレを見る。
お察しの通り、坂柳はオレが敵になっても構わないという心持ちで、オレをスカウトしているのだ。
「ワタシは別にそのつもりはないんだけど、断ったりしたら坂柳さんはそう判断するんじゃないかなって」
「幾ら私でもそこまで早計ではありませんよ。断られたその時は、冬野さんを私の意にそぐわない異分子だと認識すればいいだけですから」
それは敵認定と同義では?と思ったが、言わないでおいた。
つまりは『坂柳の仲間にならない』=『葛城の仲間になる』と同義だという事だろう。その理論も分からなくもないから、オレもこうして悩んでいるんだしな。
「私に不満があるのなら別にそれでも構いません。葛城くんが相手では少々物足りなく感じていた所でしたし、冬野さんが加わるならそれも楽しめそうです」
「いや、ワタシは別にそういうのに興味ないから。本音を言えば中立の立場でいたいけど……それは駄目なんだよね?」
「当然ですね。いずれはクラスが一丸とならなければいけない時が来るでしょう。そうなっても己の立ち位置を定めない者がいれば、クラスの障害と見做されても仕方ないですから」
だよなと思いながらも自分のティーカップを持ち上げ、注文したコーヒーを啜る。
その苦味で口を洗いながらに考えて、ひとまず自分の主張を明らかにしておく事に決めた。坂柳の今の発言で、オレの見立ても外れてなさそうだと分かったし。
「ワタシはリーダーの座にも、卒業特典にも、クラス抗争にも興味はないの。この学校で三年間をぬくぬくと過ごせればそれでいい。その為に必要な事であれば、ワタシも坂柳さんに協力するよ」
「……なるほど。そう言うスタンスなのですね、冬野さんは」
ひとまずはオレが承諾したという事で、彼女も小さく頷いた。けれど結局は中立、悪く言えばコウモリ野郎に近い宣言なので、オレはもう一つだけ付け加えておく。
「けれどもし坂柳さんが勝つ為に取る手段がワタシの好まないモノだったりしたら離反するよ。それでもいい?」
「構いませんよ、それもまた当然の事ですから。けれど事前にどんな方針が冬野さんの不得手に当たるのか、教えて貰えると有り難いですね」
「大した事じゃないよ。不必要に人を傷つけるようなモノは見たくないってだけだし」
「あら、私がそんな人間に見えますか?」
「ワタシたちが似た者同士って言ったのは、坂柳さんの方だったと思うんだけど」
「……ああ、そういえばそうでしたね」
オレの言いたい事が伝わったのか、ニタリと笑う坂柳。ずっと楽しそうで羨ましい限りだ。
「ではそういう事で、これからよろしくお願いしますね、冬野さん」
「うん、よろしく。なるべくなら、平和にいこうね」
「「ふふふふふふふ」」
「なにこの雰囲気……」
「意外と気は合うみたいだな……」
一応は和解したという体で笑い合っていると、神室と橋本の二人がそんな呟きを漏らしていた。嫌だな、こんなの社交辞令みたいなモノだぞ。
一度は保留となっていた坂柳との関係をこんな形で築けるとは思わなかったが、まぁいずれはこうなっていた気もする。
しかし油断は出来ない。ひとまずはこの冷戦状態を保ちつつ、オレとクラスが平穏な日々を過ごせるように気をつける事にしよう。
◆◇◆◇◆
「冬野氷華さん……思った通りの人でしたね。あれなら私も楽しめそうです」
「ひとまず仲間になったのは喜ばしいんだが……あんな感じで良かったのか?」
「いいんですよ。軽く話しただけで素直に私の軍門に下る事はないと分かっていましたから。むしろ身内にアレ位のじゃじゃ馬がいた方がいい刺激になります」
「じゃじゃ馬、ね……。まぁ、私の負担が減るなら何でもいいけど」
「ああ、二人には伝えておきますが、彼女は仲間というより休戦しているだけの敵だと思ってください。身構えていないと、その背中を刺されますよ」
「え。いや姫さん、冬野がそんな事をするタイプには見えないんだが……」
「今のはあくまで比喩ですが、葛城くんや他クラスのリーダー格に平然と情報を流す位はすると思っています。私が取る手段によっては、より意欲的になるでしょうね」
「……そんな奴を野放しにしていいの?」
「はい、
☆坂柳有栖
☆坂柳との関係性は……?
閲覧、感想、評価、誤字報告など誠にありがとうございます。
のらりくらりと続きます。よろしくお願いします。