Bクラスと一之瀬について知れた翌日。
次はCクラスかと思っていたオレは、思わぬ来客を相手にする事となっていた。
「——じゃあ改めて。私は
「宜しく、櫛田さん」
明るい色の髪をボブカットにした、これまた学年屈指の美少女がオレに笑顔を向けてくる。この学校の顔面偏差値、高すぎないだろうか。
橋本から聞いた通りのDクラス所属である彼女は、お隣であるCクラスの教室の前に来たオレを見つけて声を掛けてきたのだ。どうやら昨日一之瀬と話していた所を見られていたらしい。
そのままだとまた目立つと言うことで、別の場所へと向かいながらに言葉を交わしているというわけだった。
「私、この学校で友達を沢山作りたいの! だから話題の冬野さんともこうして話せて嬉しいなって」
「それは光栄かもしれないけど、ワタシってそんなに話題になってるの? ズボン履いてるデカい女子ってだけじゃないの?」
「それもなくはないけど……昨日からまた話題になってるの、知らない?」
逆に櫛田から尋ねられてしまったが、正直心当たりはない。
入学から一週間ほどが経ち、オレという外見的に目立つ人間がいる事は大体周知し終わったように感じていた。しかし今日になってまた視線を集めているような気がするのだ。
けど昨日は一之瀬達と話した位で、それ以外に目立つようなアクションをした記憶はない。だからこそ本気でそうなった原因が分からなかった。
「じゃあ逆に訊いちゃうんだけど……冬野さんって、女の子に興味があったりする?」
「……ああ、そういう事ね」
やや言いづらそうな櫛田の問いかけで、オレは大体の事は察した。むしろそれを知った上で声を掛けてきた櫛田にちょっと驚きを覚えた位だ。
「先に答えを言っておくとNOだけど……もしかして、ワタシのこの格好と昨日の一之瀬さんとの会話からそんな噂が立ってるのかな?」
「うん、まぁそういう感じ。でもやっぱり噂は噂だったんだね」
「そりゃそう、と言いたいけど……流石に早くない?」
尋ね返した櫛田の反応的に当たりだと察したオレは、微妙な気持ちと共に自らへと目を向ける。
つまりはオレの恋愛対象が女子であるという類の噂が持ち上がったのだろう。
もしかするとズボン姿である事も男装だと取られて、噂の広まりに一役買ったのかもしれない。無論ただの趣味であってそのつもりは全くないが。
「確かに一之瀬さんの事を可愛いとは言ったけど、それだけで恋愛的な意味で取られるのはどうかと思う」
「え、冬野さんそんな事言ってたの? 私は『Bクラスの子が気になる』って話しか聞いてなかったんだけど……」
「あ、こっちは広まってなかったんだ」
オレの言葉に櫛田が目を丸くしている。どうやら墓穴を掘ったらしい。
むしろコレなしで噂になったのなら相当な悪意ある切り抜きでもされてないと説明がつかない気がするが、ひとまずやるべき事はこの失言のフォローだな。
「勿論だけど変な意味はないからね。この学校には客観的に見て可愛い容姿の子が多いってだけだし」
「なーんだ、そう言う事かー! 確かにBクラスの一之瀬さん、可愛いもんね」
「ワタシからすれば、櫛田さんもその一人かそれ以上だと思うけどね」
「冬野さん、早速言葉が上手だなーもー!」
君もそれ位可愛いよ(意訳)と言うと、ニパッと照れたように櫛田も笑う。しかし社交辞令のようなモノだと彼女にも伝わっているので、変な雰囲気なぞ何処にもない。
というよりは昨日の一之瀬さんの反応が過剰だったと言うべきか。本当に何故あそこまで動揺してたんだろうな。謎だ。
「冬野さんは他のクラスにどんな人がいるのか気になってるんだよね。だから私がクラスの事を話す代わりに、冬野さんもそっちの事を教えてくれるって感じでいいの?」
「うん、それでお願いしたいな」
そんなやり取りも程々にして、オレ達が入る本題は情報交換だ。あくまで雑談の延長線でしかないけどな。
今後の為に知っておきたいオレと同様に、櫛田もまた人脈を広げたいと思っていたらしい。つまりはこれもギブアンドテイクだ。
なのでまずは櫛田からDクラスメンバーの大まかな情報を得られたら、と思っていたのだが。
「——まずは平田君かな。ウチのクラスだと特に大人びてるというか一番話しやすい男子で、クラスでのいざこざにもすぐに対応してくれるんだ。それ位優しくて顔立ちも良いから女子からも人気で……って名前は知ってた? うん、流石の平田君だね!」
「あと私以外で女子のまとめ役みたいな人は、まぁ軽井沢さんかな。長い髪をポニーテールにしてる子なんだけど、ちょっと態度は固いかも。私もあまり話す方じゃないけど、今言った平田君と距離が近いって話も聞くから、悪い人じゃないと思うよ」
「逆にあんまり良くない話を聞いたのは、バスケ部の須藤君だよ。背の高い赤毛の男子なんだけど喧嘩っ早いみたいで、クラスでもちょっと浮きがちなんだよね。私も偶に話しかけてるけど、あんまり良い反応は返ってきてないかな……」
「それと忘れちゃいけないのは高円寺君! その須藤君よりもデカい金髪の男子なんだけど、なんかもう唯我独尊?みたいな感じですっごいマイペースなの。なんでも高円寺コンツェルンの御曹司らしくて、それで日々女の先輩達と遊び歩いてるなんて噂まであるくらいでね。しかも凄いナルシストだから、冬野さんも話すなら気をつけてね、本当に」
「……うん、ありがとう」
この子、クラスメイトにめっちゃ詳しい。
情報通みたいな奴も一人はいると思ってたが、その中でも櫛田は情報収集能力とその為のコミュニケーション能力が特に優れているようだ。ていうか普通に橋本以上だなコレ。
なのでオレが橋本から聞いていた名前だけでなく、櫛田の印象に残ったらしい生徒の名前が次々に挙がっていく。Dクラスの教室すら見てないのに、その半数と知り合いになった様に感じ始めた位だ。
「本当に色んな人と友達になろうとしてるんだね、櫛田さんは。正直ちょっと感服しちゃった」
「えー、そうかなー? 私は私のやりたいようにやってるだけだよ?」
「だとしてもだよ。少なくともワタシにはそこまで出来ないから、素直に凄いと思う」
ざっくりと知れたらそれでいいオレと違い、櫛田にはちゃんと他者と繋がろうという意思を感じる。関わる人数が増えるほど恩恵も苦労も増えるだろうに、それを分かった上でやってるのだから、敵わないなと称賛した。
「じゃあその見返りって事で、早速Aクラスの話も聞かせてね!」
「分かった。ならまずは——」
そんなオレの言葉を物ともしない彼女へと、オレは自クラスの生徒の情報を渡した。
勿論雑談の域を出ない個人的な所感がメインではあるが、思ったより櫛田の情報が量も質も良かったのでやや奮発してしまった。そういう意味では彼女の勝ちと言えるかもしれない。
「そっか、Aクラスはそんな感じなんだね。なんか私のクラスより落ち着いてるみたいでいいなぁ」
「櫛田さんのクラスは中々大変そうだね」
「そうなんだよー。授業中も皆ずっと喋ってるし、先生もそれを注意しないから本当に大変でさ。気付いたら私や平田君も会話に参加しちゃってるけど」
溜息混じりに語る内容は、以前橋本が言っていたモノと一致している。学級崩壊とまでは言わないが、まともな授業として機能していないのは確かなようだ。
「真面目に授業を受けてる人はいないの?」
「勿論いるけど少数派だし、周囲の事は気にしない体で勉強してるから、注意する人はいないんだよね。クラスの殆どがそうだから諦めちゃうのは分かるけどね」
授業中の光景を思い出しているのだろう櫛田が遠い目になっている。まとめ役になれそうな彼女達でも難しい程に、各々の我が強いクラスという事だろう。
「でもまだ始まったばかりだから先生たちも大目に見てくれてるんだろうし、試験が近付いたらちょっとはマシになる筈だから、きっと大丈夫だよ!」
それを聞いたオレがやや同情的な目になったのがバレたらしい。愚痴っぽくなりかけた雰囲気を櫛田自ら吹き飛ばすべく声を上げる。
けどオレの内心までには届いていなかった。
気になっているのは勿論、その授業態度が今後にどう影響するかだ。オレ達Aクラスの予想が確かなら、相当なペナルティが既に発生しているように思えてならない。
しかしそれを伝えてしまうのは流石にクラスの利にならない。個人評価で支給額が決まるとかならいいが、それも確定していない今ではリスクの方がデカい。
しかし櫛田や他の真面目に取り組んでいる生徒からすれば、連帯責任で不利益を被る事になるかもしれないと思ってしまった。理不尽とまでは言わないけれど、まぁ同情は出来るレベルだ。
なので少しだけ、喚起する事にした。
「ワタシはそれでも気をつけた方がいいと思うよ。本で読んだ言葉だけど、『禁止されていない事が許されているとは限らない』なんて話があるかもだから」
殆ど自己満足に過ぎない程度の忠告だが、対する櫛田の反応は真っ当なモノだった。
「……そうだね、あんまりにも酷かったらまた平田君とかと協力してみるよ」
こくりと頷いた櫛田はオレの言葉をそれなりに深刻に受け取ったように見えた。元々抱いていた危機感も、それを後押ししたのかもしれない。
ならばコレで少しでも理不尽でなくなればいいと、思っていた矢先。
「——あ、櫛田ちゃーん! こんな所で会うなんて奇遇……あり? もう一人?」
「あ、確か少し前の食堂で見た子だ……! 櫛田ちゃんともう友達になってたのか!」
「…………む」
並んで歩いていたオレ達二人へと、二人の男子が近づいて声をかけてきた。どうやら櫛田の知り合いのようだが、その視線が露骨すぎて思わず声が出てしまった。
「
「いや、偶々見つけたから声かけちゃったんだけど……もしかして、そっちはAクラスの?」
「うん、Aクラスの冬野です。察するに二人は、櫛田さんのクラスメイトかな」
「お、そうそう! Dクラスの池
「あっ、ずるいぞ! 冬野ちゃん、俺は山内
一応は初対面なので名乗っておくと、やや暑苦しい位の声で返事がきた。容姿は特に言う事ないが、その熱意だけは特筆すべきかもしれない。
というのも、池と山内の二人とも目の高さはオレと大差ないが、その視線が頻繁に下の方へと向けられているのだ。己の欲に忠実すぎないか、この二人。
「これからケヤキモールに行くつもりだったんだけど、良かったら一緒にどうかな?! 櫛田ちゃんが気に入りそうなお店も見つけたしさ!」
「え、そうなの? でも今日は冬野さんとって思ってたんだけど……」
「なら冬野ちゃんも行こうぜ! なんならお代は俺らで出すし!」
「へぇ」
そんな二人からの突然のお誘いだが、お代があちら持ちというのは悪くない。
しかし櫛田がやや困った顔をしているのは、オレへの義理もあるとは思うが、それ以上にこの男子二人の相手をするのが少し面倒だからだろう。流石にこの短時間で悪人だとは思わないが、下心は十分に感じるので彼女の懸念も分かる。
なので一つ、試してみる事にした。
「櫛田さん次第ではあるけど、ワタシとしてはお願いを一つ聞いてくれたらいいよ。そうしたら代金だって自分で払うからさ」
「え、冬野さん?」
「お、マジかよ! よっしゃ、なんでも言ってくれよな!」
オレの提案に櫛田は目を丸くするが、対する山内はもう勝ったような顔で続きを促してくれた。
なのでオレも当然のように、その主張をする。
「なら二人とも、あまり見過ぎないで欲しいかな。ちょっと露骨すぎるから」
「へ? 見過ぎって何を……」
きょとんとした二人の前でオレが腕を組んで持ち上げると、面白い位に彼らの視線がオレの首の下へと移動した。目が口ほどに物を言い過ぎている。
「今のはワザとやったけど、さっきからチラチラ見てるよね。見るなとは言わないけど、せめてもう少し装うとかしてくれると嬉しいかなって」
「え、いや、その……」
「べ、別に見てなんかないって! ホントだからな、櫛田ちゃん!?」
「う、うん……?」
すると池の方は戸惑うばかりだったが、山内と名乗った方は慌てて否定してきた。照れ隠しも入ってるようだけど、まぁ普通の男子ならこんなモノか。
「じゃあワタシの勘違いだった事にしておくけど、他の女子にも似たような勘違いとかさせてない? 水泳の時とか本当に大丈夫だった?」
「いやー、それは、ええと……」
二人の視線が泳ぎ始めた辺り、そちらの懸念もアタリらしい。Dクラスの女子は思ったより気苦労をしていそうだなと思うと、自然と言葉が繋がっていた。
「見るだけなら良いと思ってるのかもしれないけど、見られる側はちゃんと気付いてるからね。人によっては、それだけで良く思わない事も——」
「ご、ごめん冬野ちゃん! 俺たちケヤキモールで別の用事があった事思い出したから! また今度誘うから、それじゃっ!!」
「く、櫛田ちゃんもごめんな! またな!」
くとくどと続けるオレを見て分が悪いと判断したのか、二人はバタバタと去っていった。思ったより呆気なかったな。
やれやれと息を吐くと、苦笑したままの櫛田と目が合った。
「ごめんね櫛田さん。折角奢ってもらえるチャンスだったのに、変な空気にしちゃって」
「いや、それは別にいいんだけど……。あそこまで言っちゃって良かったの?」
「こういう事は早めに言っておいた方がお互いの為になると思うから。ワタシはあの二人と同じクラスじゃないからっていうのもあるけど」
棘がなかったとは言わないが、あちらから誘ってきた以上は多少の要求は許される筈だ。というかオレじゃなくとも女の子と仲良くしたいならコレ位の気遣いはして当然だろうに。
そこさえ良くしてくれたら、オレとしては別にお茶する位なら吝かではなかったし。
「やっぱり顔をジッと見られると、ワタシも気になっちゃうから。別に恥ずかしい訳じゃないけどね」
「え、顔? 今のってそんな話だったの?」
「そんな話だったんだよ。まぁさっきは『
そもそもオレは具体的な部位は言っていない。
腕を組んだ後は、
だから万が一あの二人が何処と勘違いして騒ぎ立てたとしても、オレはしらを切る事が出来るというわけだ。
もっとそれには、目の前の少女にも口裏を合わせてもらう必要があるのだが。
「冬野さんってそういう感じの事も言うんだね。それにちょっと、驚いちゃった」
「元々ワタシはこういう性分だからね。ひょっとして、幻滅した?」
「ううん、そんな事ないよ! むしろちょっとだけスッキリしたというか……あ、今のはあの二人には内緒だよ?」
イタズラが成功した時のような笑みでそう言う櫛田を見れば、まぁ大丈夫そうな気がした。
実は彼女も近い事を思ってはいたけれど、キャラ的にあまり強くは言えなかったとかそんな感じなら言った甲斐もあるだろう。ただの勘違いならそれまでだが。
「じゃあこのまま私たちもケヤキモールに行こっか! 確か気になる物があるんだったよね?」
「うん、スキンケア用品とかちょっと櫛田さんの話を参考にしたくてね。付き合ってくれると嬉しいな」
「勿論だよ! 私たちはもう友だちなんだし、大船に乗ったつもりで訊いてよ!」
そんな感じでややテンションが上がった気もする櫛田と共にケヤキモールで時間を潰す事で、今日という一日は終わったのだった。
Dクラスを知れた上に櫛田との繋がりも出来たので、まぁ上出来な一日だったと言えるだろう。
☆
「冬野さん、家電コーナーにも用事があるの?」
「折角来たからついでにね。けどちょっと時間がかかるかもだから、後でまた一人で来るよ」
「そっか、冬野さんがいいならいいけど」