学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.6-2 集う者たち(後編)

 全員の自己紹介が終わると、家庭科室には短い静寂が訪れた。

 

 それまで張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ気がする。

 名前を知ったからといって、互いを理解できたわけではない。

 それでも、知らない誰かではなくなった。

 その違いは、この状況では思っていた以上に大きかった。

 

「……ひとまず、座ろうか。」

 

 葵の一言で、それぞれが近くの椅子や床へ腰を下ろし始める。

 

 調理台の周囲。

 窓際。

 壁際。

 自然と空いた場所へ散らばっていく。

 

 俺も壁際へ置かれた丸椅子へ腰を掛けた。

 

 座面が軋み、僅かに軋む。

 その音だけで、不思議と身体から力が抜けていく。

 ずっと立ちっぱなしだったことに、今さら気付いた。

 

 正面では莉乃が美玖の隣へ座っている。

 さっきまで掴んでいた制服の袖は離していたが、それでも距離は近い。

 まるで「ここにいていいんだよ」と無言で伝えているようだった。

 美玖も拒まない。

 ただ静かに座り、部屋の様子を見渡している。

 

 少し離れた場所では、七海と萌、それに恒一が並んでいた。

 

 萌はまだどこか落ち着かない様子で部屋を見回し、恒一は膝の上へ手を揃えて座っている。

 七海だけは相変わらず無表情だった。

 もう一度だけ美玖へ視線を向けると、すぐに逸らした。

 俺はその様子を頭の片隅へ留める。

 

 今は何も起きていない。

 だからこそ、忘れないようにしておく。

 

 葵は調理台の上へ大学ノートを広げると、ペンを手に取った。

 

「まずは人数を確認するね。」

 

 誰も異論はない。

 葵はゆっくりと全員の顔を見回した。

 

「最初に家庭科室へ集まった3Aの九人。」

 

 俺たちを見る。

 

「それから橘くんたちが連れてきた夕樹さん。」

 

 美玖が少し顔を上げる。

 

「桐山くんと秋月くんが保護した三人。」

 

 恒一たちも頭を下げた。

 葵はペンを走らせる。

 

「……全部で十三人。」

 

 十三。

 数字にしてしまえば、それだけだった。

 けれど俺は、その数字を見つめたまま考える。

 

 家庭科室へ最初に集まった時は九人。

 短時間で四人増えた。

 助かった人が増えた。

 本来なら喜ぶべきことだ。

 

 だが、その一方で――。

 食料も、水も、寝る場所も。

 すべて十三人分必要になる。

 その現実もまた、同時に存在していた。

 葵も同じことを考えていたのだろう。

 

「次に、今ある物資を確認するね。」

 

 調理台の上へ視線が集まる。

 そこには家庭科室に残されていた食材が並んでいた。

 調理実習用として保管されていた米。

 乾麺。

 缶詰。

 レトルト食品。

 調味料。

 未開封の飲料水。

 実習で使う予定だった野菜や乾物も少量残っている。

 

 量だけを見れば、決して少なくはない。

 さらに、その横には遼たちが持ち帰った菓子や飲料、それにいくつかの保存食品が並べられていた。

 遼が口を開く。

 

「特別教室を中心に見て回った。」

 

 そう言って袋の中身を示す。

 

「廊下や教室に置かれたままの鞄もあったから、中を確認して使えそうなものだけ持ってきた。」

 

 飲みかけではないペットボトル。

 非常食代わりの栄養補助食品。

 包装されたままの菓子。

 財布や私物には手を付けていないらしい。

 

「……誰かが置いていった鞄か。」

 

 陽向が小さく呟く。

 その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ重くなる。

 

 持ち主は。

 無事なのだろうか。

 誰もその先は口にしなかった。

 葵はノートへ内容を書き込みながら頷く。

 

「ありがとう。」

 

 今度は俺へ視線が向く。

 

「橘くんたちは?」

 

「俺たちは音楽室方面と空き教室を中心に回った。」

 

 そう答える。

 

「途中で美玖を見つけて、一緒に戻ってきた。」

 

 余計な説明はしない。

 今必要なのは結果だけだ。

 

「食料は少しだけ。」

 

 陽向が袋を持ち上げる。

 

「あとは水。」

 

 隼人も補足する。

 

「こっちも教室はほとんどそのままだった。慌てて逃げた形跡は多かったけど。」

 

 葵は一つずつ頷きながら書き留めていく。

 しばらくは、紙へ文字を書く音だけが家庭科室へ響いていた。

 

 やがてペンが止まる。

 

「……ありがとう。」

 

 その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。

 調理台の近くにいた美咲が立ち上がる。

 

「お水、配るね。」

 

 美咲はペットボトルを一本ずつ配り始める。

 俺の前にも一本置かれる。

 

「ありがとう。」

 

「どういたしまして。」

 

 美咲は柔らかく笑って次の人のところへ向かう。

 全員の手元へ飲み物が行き渡ると、部屋のあちこちでキャップを開ける音が鳴った。

 

 カチッ。

 カチッ。

 

 その音だけが、不思議と日常を思い出させる。

 

 俺も一口、水を飲む。

 乾いていた喉へ冷たい水が流れ込み、ようやく息がつけた気がした。

 隣では陽向が勢いよくペットボトルを傾けている。

 

「ぷはぁっ!」

 

 半分近く一気に飲み干し、大きく息を吐いた。

 

「生き返る……。」

 

「飲みすぎ。」

 

 隼人が呆れたように言う。

 

「いや、喉カラカラだったんだって。」

 

「後で足りなくなっても知らないぞ。」

 

「……あ。」

 

 陽向が慌ててペットボトルを見る。

 その様子に、部屋のあちこちから小さな笑いが漏れた。

 

 ほんの数秒。

 それだけだった。

 誰も本当に笑えたわけじゃない。

 

 それでも、その数秒だけは、この部屋が少しだけいつもの学校に戻った気がした。

 

 

 笑い声は、すぐに静まった。

 

 誰しも、いつまでも笑っていていい状況ではないことは理解している。

 それでも、ほんの一瞬だけ肩の力が抜けたのは確かだった。

 陽向も照れくさそうに頭を掻きながら、小さく笑う。

 

「悪い悪い。ちゃんと残しとく。」

 

「最初からそうして。」

 

 隼人がため息混じりに返す。

 二人のやり取りを見ていると、いつもの学校に戻ったような錯覚を覚える。

 

 ……本当に、一瞬だけ。

 

 ペットボトルの蓋を閉めながら、俺は家庭科室の中を見回した。

 

 十三人。

 

 狭くはないはずの家庭科室が、思っていたよりもずっと狭く感じる。

 

 壁際には集められた食料。

 調理台の上には葵が書き込んだノート。

 入口には机と椅子で組まれた簡易的なバリケード。

 そして、それぞれが少しずつ距離を取りながら座る生徒たち。

 

 これが、今の俺たちの拠点だった。

 

 葵はノートを閉じると、一度深く息をついた。

 

「今は……ここを動かない。」

「それでいい?」

 

 その言葉に、誰も反対しない。

 

「まずは休憩を取ろう。」

「見張りは交代しながら続ける。」

「夕方になる前に、入口の机や椅子も再確認したいかな。」

 

 確認するように一つずつ話していく。

 今のところ、それが最善だろう。

 隼人も頷いた。

 

「見張りは俺もやる。」

 

「俺も。」

 

 遼がすぐに続く。

 陽向も手を挙げる。

 

「じっとしてる方が落ち着かねぇし。」

 

 その言葉に翼が苦笑した。

 

「無理するなよ。」

 

「してねぇって。」

 

 自然と役割が決まっていく。

 

 誰かが命令したわけじゃない。

 必要だから、自分で動く。

 その流れができ始めていた。

 

 俺は椅子へ背中を預け、小さく息を吐く。

 

 疲れている。

 足も重い。

 それでも頭だけは妙に冴えていた。

 

 部屋の中を改めて見渡す。

 

 葵はノートを見返しながら何か考えている。

 

 莉乃は美玖の隣に座り、小声で話しかけていた。

 美玖も短く返事をしている。

 さっきより表情は少し柔らかい。

 

 一人きりでいた時とは違う。

 ここに居場所を作ろうとしているようにも見えた。

 

 一方で、七海はその様子を遠くから眺めていた。

 何も言わない。

 ただ見ているだけ。

 

 萌はそんな七海と美玖を交互に見て、小さく視線を落とした。

 恒一はその空気を感じ取っているのか、誰にも話しかけず静かに座っている。

 

 誰も間違ってはいない。

 でも、まだ一つの集団にはなりきれていない。

 そんな印象だった。

 

 俺がそんなことを考えていると、不意に陽向が隣へ腰を下ろした。

 

「なぁ。」

 

「ん?」

 

「考え事。」

 

「……分かるか。」

 

「顔見りゃな。」

 

 陽向は笑う。

 

「昔からそうだ。」

 

 俺も思わず苦笑する。

 祖父にもよく言われた。

 『考える時に顔へ出る』

 と。

 直そうかとも考えたが、結局直らなかった。

 

「まぁ、お前が考えてるなら大丈夫だろ。」

 

 陽向は何気なくそう言った。

 

 根拠なんてない。

 励まそうとしたわけでもない。

 本当にそう思って言っているだけだ。

 だからこそ、その言葉は妙に胸へ残った。

 俺は返事の代わりに小さく肩を竦める。

 

 葵がゆっくり立ち上がる。

 

「今は、休める人は休んで。」

「これから先のことは……また落ち着いて考えよう。」

 

 誰も急かさない。

 答えを出そうともしない。

 それでよかった。

 

 まだ今日一日さえ終わっていない。

 今必要なのは、休息だった。

 

 それぞれが壁へ寄り掛かったり、机へ突っ伏したりし始める。

 陽向は「少し寝る」と言って腕を枕にした。

 隼人は入口近くへ移動し、見張りの位置へ座る。

 俺も目を閉じようとした、その瞬間だった。

 

 ――ガァンッ!!

 

 校舎のどこかから、何かが激しくぶつかるような音が響いた。

 部屋の空気が張り詰める。

 全員が顔を上げた。

 眠気など、一瞬で吹き飛ぶ。

 俺も反射的に立ち上がる。

 

 音は近くではない。

 それでも、同じ校舎の中だ。

 誰かがいるのか。

 それとも――奴らか。

 

 隼人はすでに入口の小窓から外の様子を伺っていた。

 陽向も立ち上がる。

 

 葵はノートを抱き寄せ、美玖たちも息を呑んで音のした方を見つめる。

 

 家庭科室は再び静寂に包まれた。

 

 

 ほんの数分前まで、この教室には笑い声があった。

 その笑い声は、校舎の一つの音だけで完全に消えた。

 さっきまで感じていた束の間の安堵は、あまりにも簡単に打ち砕かれる。

 

 俺は無意識に拳を握り締めた。

 

 ――まだ何一つ終わっていない。

 

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