学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.9-2 失われた一人(後編)※

 家庭科室の扉が静かに開く。

 

 俺たち三人の姿を見た瞬間、中にいた全員が立ち上がった。

 遼が一緒ではない。

 それだけで、誰もが結果を察したらしい。

 

「遼は?」

 

 最初に声を上げたのは美咲だった。

 震えるような声だった。

 俺は首を横に振る。

 

「……見つからなかった。」

 

 部屋の空気が凍りつく。

 美咲はその場に立ち尽くしたまま、俺の顔を見つめていた。

 

「そんな……。」

 

 かすれた声が漏れる。

 

「見張りの場所にはいなかった。」

「階段の方まで見に行ったけど、姿はなかった。」

 

 俺はできるだけ落ち着いて状況だけを伝える。

 

 見つけられなかった。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 まだ何も分かっていない。

 

「どこか隠れてるだけかもしれない。」

 

 その言葉は、自分に言い聞かせるためでもあった。

 だが、陽向はその場で勢いよく立ち上がる。

 

「じゃあ探しに行こう!」

 

 槍を掴み、そのまま扉へ向かおうとする。

 

「まだ近くにいるかもしれねぇ!」

「今なら間に合う!」

 

「陽向。」

 

 隼人が低い声で呼ぶ。

 それでも陽向は止まらない。

 

「放せ!」

「遼を置いてなんかいけるか!」

「放っておいたら――」

 

「陽向!」

 

 決して大きい声ではない。

 だが部屋へ響く声だった。

 隼人が一歩前へ出る。

 陽向の肩を掴み、真正面から見据えた。

 

「落ち着け。」

 

「でも!」

 

「今、外へ出たら何人戻れなくなる?」

 

 陽向は言葉を失う。

 拳を握り締めたまま俯いた。

 隼人は静かに続ける。

 

「俺たちは遼を探しに行った。」

「それでも見つけられなかった。」

「今また人数を増やしても同じだ。」

「暗くて見えない。」

「どこに何がいるかも分からない。」

 

 その言葉に翼が頷く。

 

「昼間とは全然違った。」

 

 全員が翼を見る。

 普段あまり前へ出て話さない彼が、自分から口を開いた。

 

「昼間は廊下の先まで見えてた。」

「でも夜は違う。」

「防火扉も。」

「掲示板も。」

「柱も。」

「全部が死角になる。」

「少し先に何がいるのか、本当に見えない。」

 

 翼は一度言葉を切った。

 

「昼間と同じ感覚で動いたら危ない。」

「俺たちも、もう少し進んでたらどうなってたか分からない。」

 

 部屋が静まり返る。

 

 俺自身も、さっきの暗闇を思い出していた。

 昼間に歩いた廊下だった。

 それなのに、夜になるだけで景色がまるで変わっていた。

 あの暗さの中で、一人を探す。

 

 それは勇気じゃない。

 無謀だ。

 

 陽向はゆっくりと槍を下ろした。

 悔しそうに歯を食いしばる。

 

「……くそ。」

「遼。」

 

 その名前だけが、小さく零れ落ちた。

 

 壁際では美咲が口元を押さえて俯いていた。

 涙は流していない。

 まだ。

 遼が帰ってこないと決まったわけじゃない。

 そう信じようとしているのが伝わってきた。

 

 その姿を見ていると、胸の奥が苦しくなる。

 俺は視線を落とした。

 

 ロウソクの火だけが揺れる。

 誰も言葉を発しない。

 

 

 

「最初から二人で見張っていれば…。」

 

 もっと違うやり方があったんじゃないか。

 そんな考えが頭をよぎる。

 

「悠斗。」

 

 隼人の声だった。

 顔を上げる。

 

「考え過ぎるな。」

 

「でも。」

 

「お前のせいじゃない。」

 

 短い言葉だった。

 でも、その一言が胸へ真っ直ぐ落ちてくる。

 

「その時、一番いいと思った方法を選んだ。」

「間違ってたなら直せばいい。」

 

 何も言えなかった。

 ただ、小さく頷くことしかできなかった。

 

 立ち止まっている時間はない。

 遼が戻ってくると信じるならなおさら。

 俺たちは、生き残らなければならない。

 

 重苦しい沈黙が家庭科室を包む。

 誰もが同じことを考えていた。

 

 ――次は、自分かもしれない。

 

 その現実だけは、誰も口にしなかった。

 ロウソクの炎が小さく揺れる。

 

 静かな夜は続いていた。

 やがて、その沈黙を破ったのは莉乃だった。

 

「……見張り。」

「……男子だけじゃ、朝まで持たないよ。」

 

 その一言で、全員が顔を上げる。

 莉乃は少しだけ緊張した表情を浮かべながら、それでも視線を逸らさなかった。

 

「二人一組にするなら、人が足りなくなる。」

「交代するたびに同じ人ばっかり外へ出ることになるでしょ。」

 

 陽向が反射的に言う。

 

「でも危ないぞ。」

 

「分かってる。」

 

 莉乃はすぐに頷いた。

 

「危ないからって、全部男子に任せるのも違うと思う。」

「私たちだって、このまま守られてるだけじゃ駄目でしょ。」

 

 その言葉に七海も続く。

 

「見張るくらいなら、私にもできると思う。」

「武器を持って戦えって言われたら無理かもしれない。」

「でも立ってるだけなら。」

「二人なら、お互い助けも呼べるし。」

 

 萌も恐る恐る口を開く。

 

「……私も。」

「怖いけど。」

「何もしない方が、もっと怖い。」

 

 女子たちの言葉に、部屋の空気が少しずつ変わっていく。

 

 誰かに言われたからではない。

 自分たちで考えて、自分たちで決めようとしている。

 その姿勢が伝わってきた。

 葵がゆっくりと頷く。

 

「賛成。」

「このままだと男子だけが休めない。」

「朝になって動けなくなったら意味がないもの。」

 

 隼人も腕を組みながら考える。

 

「……確かに。」

「二人一組なら、一人が周りを見てる間に、もう一人はロープで連絡できる。」

「それなら女子でも十分役割はある。」

 俺も静かに頷いた。

 

「見張りは二人。」

「必ず男女一人ずつ。」

「連絡は定期的に。十分おきくらい。」

「危険を感じたら確認には行かない。」

「まず戻る。」

「確認するなら人数を増やす。四人以上。」

 

 昼間なら気にならなかったことも、夜では命取りになる。

 それを俺たちは、身をもって知ってしまった。

 翼が小さく手を挙げる。

 

「あと一つ。」

 

 全員の視線が集まる。

 

「夜は昼と違う。」

「だから見る範囲を決めた方がいい。」

「無理に先を見ようとしない。」

「見えない場所へ近付かない。」

「昼間の感覚で動かない。」

 

 俺はその提案をすぐに採用した。

 

「それでいこう。」

「夜は夜のルールで動く。」

 

 誰も異論はなかった。

 葵がノートを開き、決まった内容を書き留めていく。

 

夜間見張り新ルール

・男女二人一組で実施

・交代は一時間ごと

・定期連絡は十分ごと

・危険を感じたら確認しない

・必ず一度戻って報告する

・夜は死角へ近付かない

 

 皆で書き終えた文字を見つめる。

 

 どれも、遼がいなくならなければ増えなかったルールだった。

 

 胸の奥が少しだけ痛んだ。

 それでも、立ち止まるわけにはいかない。

 隼人が俺の肩を軽く叩く。

 

「次は守ろう。」

 

 俺は静かに頷いた。

 

「ああ。」

 

 今度こそ。

 もう誰も失わないために。

 

 話し合いを終えると、家庭科室には再び静けさが戻った。

 新しく決めた見張り体制は、すぐに始めることになった。

 

 男子だけでは朝までもたない。

 だから二人一組。

 男女一人ずつ。

 

 俺たちは同じ失敗を繰り返さないために、新しい一歩を踏み出そうとしていた。

 

「次は俺が行く。」

 

 壁へ立て掛けてあった槍を手に取る。

 その時だった。

 

「……私も。」

 

 静かな声が聞こえた。

 振り向く。

 美玖だった。

 緊張しているのは表情を見れば分かる。

 それでも、その目は真っ直ぐ前を向いていた。

 

「私も見張りに行く。」

 

 誰かに言われたからじゃない。

 自分で決めて、自分の言葉でそう言った。

 葵が優しく微笑む。

 

「お願い。」

「無理はしないで。」

 

 美玖は小さく頷いた。

 

「うん。」

 

 俺は壁際から一本槍を取り、美玖へ差し出す。

「戦うためじゃない。」

「危ないと思ったら、すぐ戻る。」

「それだけ忘れないで。」

 

「……分かった。」

 

 俺たちは静かに扉を開ける。

 冷たい夜の空気が流れ込んできた。

 

 廊下へ出る。

 後ろで扉がゆっくり閉まった。

 家庭科室の明かりは細い線になり、やがて扉の隙間へ消えていく。

 

 廊下は暗かった。

 昼間とは同じ場所とは思えないほど、静まり返っている。

 

 窓の外では風が校庭の木々を揺らしていた。

 枝が擦れ合う音が、誰かの足音にも聞こえてしまう。

 遠くで何かが転がるような音が響く。

 思わず槍を握る手へ力が入った。

 

 昼間なら気にも留めなかった音。

 夜になるだけで、全部が不安へ変わってしまう。

 俺たちは昼間と同じ見張り位置へ立った。

 互いの姿は見える。

 一人ではない。

 それだけで安心感が違った。

 

 十分ほど経った頃だった。

 ロープが一度、小さく震える。

 家庭科室からの合図。

 

 ――報告して。

 

 俺はロープを一度、軽く引き返す。

 

 ――異常なし。

 

 しばらくしてロープが静かになる。

 中のみんなも、それで安心しただろう。

 細い麻縄一本。

 それだけなのに、不思議と人の気配を感じられる。

 完全に一人じゃない。

 その事実が心強かった。

 

 隣を見る。

 

 美玖は廊下の先をじっと見つめていた。

 雲が途切れ、月明かりが窓から差し込む。

 その横顔が淡い光で照らされ、窓から吹き込む風で長い髪が少しだけ揺れていた。

 

 表情はまだ少し硬い。

 それでも、昼間教室で助けた時の怯えた顔とは違っていた。

 怖い。

 それでも立っている。

 そんな強さが、その横顔から伝わってくる。

 

「……静かだね。」

 

 美玖がぽつりと呟いた。

 

「ああ。」

「静か過ぎるくらい。」

 

 俺が答えると、美玖も小さく頷いた。

 

 翼が言っていた。

 夜は昼とは違う。

 実際に見張りに立ってみると、あの言葉の意味を、否応なく理解する。

 昼間なら見えていた死角。

 今は暗闇しかない。 

 

「昼間も怖かったけど。」

「夜はもっと怖い。」

 

「うん。」

 

「……でも、一人じゃない。」

 

 

 

 窓の外へ目を向けた。

 雲一つない夜空だった。

 星が静かに瞬いている。

 

 こんな夜でも、空だけは何も変わらない。

 なのに。

 俺たちだけが変わってしまった。

 

 朝になったら。

 俺たちはどうする。

 

 この家庭科室へ残るのか。

 外へ出るのか。

 

 まだ答えは出ない。

 でも、一つだけ分かっていることがある。

 今日までと同じままでは、きっと駄目なんだ。

 

 

 ロープが二度、小さく震える。

 気づけば交代の時間が迫っていた。

 ロープを三度、引いて応える。

 

 ――交代するから、扉を開ける準備を。

 

 俺は美玖と顔を見合わせる。

 

「戻ろう。」

 

「うん。」

 

 俺たちは静かに踵を返し、家庭科室へ向かった。

 

 

 見張りを交代し、再び家庭科室へ戻る。

 部屋の中では皆が思い思いに体を休めていた。

 完全に眠っている者はいない。

 眠れる夜ではなかった。

 俺は扉の横へ腰を下ろす。

 

 扉の隙間から一本の麻縄が静かに廊下へ伸びている。

 新しい見張りと、今も俺たちをつないでいるロープ。

 

 さっきまで、その先に立っていたのは遼だった。

 あの一本があれば、大丈夫だと思っていた。

 

 異常なし。

 要注意。

 戻る。

 

 決めた合図は、ちゃんと届いていた。

 

 それでも。

 遼は帰ってこなかった。

 

 

 俺は静かにロープを見つめる。

 

 細い麻縄は今もまっすぐ廊下へ伸びている。

 誰かと誰かをつなぐために。

 俺たちが生き残るために。

 その役目は変わらない。

 

 だけど。

 あの一本だけでは守れないものがあることも、俺たちは知ってしまった。

 

 

 夜明けは、まだ遠い。

 

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