学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
Ep.1-1 終わりの始まり(前編)
久しぶりに夢を見た。
目が覚めた瞬間、最初に浮かんだのはその一言だった。
だが、夢の内容はほとんど思い出せない。
誰かが笑っていた。
女性だったと思う。
柔らかな声だった気がする。
その隣には小さな子供がいた。
男の子だったか、女の子だったかも曖昧だ。
自分はその二人を見ていた。
あるいは、見られていたのかもしれない。
何かを話していた。
だが言葉は思い出せない。
顔も思い出せない。
景色も曖昧だ。
それでも、不思議と温かい夢だった。
懐かしかった。
まるで本当にそこにいたことがあるような。
失ったことだけは分かる。
なのに、何を失ったのかは分からない。
そんな夢だった。
天井を見上げる。
見慣れた自室の天井だった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が部屋を照らしている。
時計を見る。
6時12分。
いつもより少し早い。
もう一度寝ようと思えば寝られる時間だった。
だが、不思議と目は冴えていた。
「……変な夢だったな」
独り言を漏らす。
夢の内容を思い出そうとする。
だが駄目だった。
指の隙間から零れる砂のように記憶が消えていく。
ただ一つだけ分かることがある。
あの夢は初めてではない。
昔から何度も見てきた夢だった。
小さい頃から。
まだ幼稚園にも通っていなかった頃から。
自分は時折、自分ではない誰かの夢を見ていた。
知らない街。
知らない家。
知らない人たち。
夢の中ではそれが当たり前だった。
だが目を覚ますと、自分の知らない世界ばかりだった。
幼い頃は本気で混乱した。
夢なのか。
記憶なのか。
子供には区別がつかなかった。
だから母に話したことがある。
『また変な夢見たの?』
母は笑いながらそう言った。
『うん』
『不思議ねぇ』
朝食の支度をしながら、母は楽しそうに聞いていた。
『前世の記憶って五歳くらいまでしか覚えてないって聞くけど』
『悠斗は長いわね』
もちろん本気ではない。
母も父も、子供の空想話だと思っていたはずだ。
『じゃあ本当に前世かも』
『もしかしたら未来かもしれないな』
父がそう言って笑う。
『だったら将来宝くじの番号でも覚えてきてもらいましょう』
母が返す。
『それなら俺も聞きたいな』
父が笑う。
母も笑う。
自分も笑った。
今になって思えば、本当に何でもない会話だった。
けれど、なぜか今でも覚えている。
あの頃は幸せだった。
そう思う。
その夢は、ある時を境に見なくなった。
両親が亡くなった事故。
あの日を境に。
夢は消えた。
だから今朝の夢は、本当に久しぶりだった。
制服に着替えながら考える。
今さらだな。
もう何年も見ていなかった。
高三にもなって、こんな夢を見る理由もない。
鏡の中の自分を見る。
寝癖を直しながらため息を吐く。
特別目立つ顔ではない。
身長も平均より少し高い程度。
良くも悪くも普通だと思う。
「……じいちゃんに言ったら喜びそうだな」
思わず苦笑した。
祖父ならきっと言う。
『おっ、久々に前世の魂が目覚めたか』
そんなことを真顔で言いそうだった。
榊修造。
銃砲店の店主。
機械好き。
工作好き。
そして孫に甘い。
今の自分にとっては唯一の肉親だ。
小さい頃から世話になった。
今は別々に暮らしているが、週末には店へ顔を出すことも多い。
工具の匂い。
機械油。
木材を削る音。
店に並ぶ見慣れない部品を見るのも好きだった。
気付けば休日に店へ行くのが当たり前になっていた。
だからかもしれない。
同年代の男子がゲームや芸能人の話をしている時、自分は工具や工作の話をしていた。
今思えば少し変わった子供だった。
それでも祖父は嬉しそうだった。
『お前は筋がいい』
そう言われるのが少し誇らしかった。
朝食を済ませて寄宿舎を出る。
初夏の風が気持ちいい。
空は高い。
雲も少ない。
平和な朝だった。
少なくとも、この時点では。
藤美学園へ向かう坂道を歩く。
登校する生徒たちの姿が見える。
見慣れた景色。
見慣れた制服。
見慣れた日常。
高校生活も残り一年を切っている。
卒業後の進路。
教師は口を開けばその話をする。
けれど、正直まだ決めきれていない。
祖父の店を継ぐつもりはない。
……だが、嫌いでもなかった。
漠然としたまま時間だけが過ぎている。
「よう」
後ろから声がした。
振り返る。
柏木隼人だった。
寝癖のまま登校している辺り、今日も相変わらずだ。
「朝から難しい顔してるな」
「そうか?」
「してる」
即答だった。
「寝不足か?」
「夢見ただけ」
「好きな子でも出てきたか?」
「お前じゃあるまいし」
「失礼だな」
隼人が笑う。
つられて自分も少し笑った。
昔から妙なところで勘がいい。
そして余計なこともよく言う。
だが気楽だった。
無理に話題を探さなくていい。
沈黙していても気まずくならない。
そういう友人だった。
校舎を見上げる。
青空に白い校舎がよく映えていた。
その景色も、いつもと何一つ変わらない。
校門を抜ける。
教室へ向かう。
いつも通りの朝。
いつも通りの雑談。
いつも通りの空気。
誰も知らない。
数時間後、この日常が終わることを。
そして自分もまた知らない。
今朝見た夢の意味を。