学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

2 / 5
Ep.1-1 終わりの始まり(前編)

 久しぶりに夢を見た。

 

 目が覚めた瞬間、最初に浮かんだのはその一言だった。

 だが、夢の内容はほとんど思い出せない。

 

 誰かが笑っていた。

 女性だったと思う。

 柔らかな声だった気がする。

 

 その隣には小さな子供がいた。

 男の子だったか、女の子だったかも曖昧だ。

 

 自分はその二人を見ていた。

 あるいは、見られていたのかもしれない。

 何かを話していた。

 

 だが言葉は思い出せない。

 顔も思い出せない。

 景色も曖昧だ。

 それでも、不思議と温かい夢だった。

 懐かしかった。

 まるで本当にそこにいたことがあるような。

 

 失ったことだけは分かる。

 なのに、何を失ったのかは分からない。

 そんな夢だった。

 

 天井を見上げる。

 

 見慣れた自室の天井だった。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が部屋を照らしている。

 

 時計を見る。

 6時12分。

 いつもより少し早い。

 もう一度寝ようと思えば寝られる時間だった。

 だが、不思議と目は冴えていた。

 

「……変な夢だったな」

 

 独り言を漏らす。

 夢の内容を思い出そうとする。

 

 だが駄目だった。

 指の隙間から零れる砂のように記憶が消えていく。

 

 ただ一つだけ分かることがある。

 あの夢は初めてではない。

 昔から何度も見てきた夢だった。

 小さい頃から。

 まだ幼稚園にも通っていなかった頃から。

 自分は時折、自分ではない誰かの夢を見ていた。

 

 知らない街。

 知らない家。

 知らない人たち。

 

 夢の中ではそれが当たり前だった。

 だが目を覚ますと、自分の知らない世界ばかりだった。

 

 幼い頃は本気で混乱した。

 夢なのか。

 記憶なのか。

 子供には区別がつかなかった。

 だから母に話したことがある。

 

『また変な夢見たの?』

 

 母は笑いながらそう言った。

 

『うん』

 

『不思議ねぇ』

 

 朝食の支度をしながら、母は楽しそうに聞いていた。

 

『前世の記憶って五歳くらいまでしか覚えてないって聞くけど』

『悠斗は長いわね』

 

 もちろん本気ではない。

 母も父も、子供の空想話だと思っていたはずだ。

 

『じゃあ本当に前世かも』

 

『もしかしたら未来かもしれないな』

 

 父がそう言って笑う。

 

『だったら将来宝くじの番号でも覚えてきてもらいましょう』

 

 母が返す。

 

『それなら俺も聞きたいな』

 

 父が笑う。

 母も笑う。

 自分も笑った。

 今になって思えば、本当に何でもない会話だった。

 けれど、なぜか今でも覚えている。

 

 あの頃は幸せだった。

 

 そう思う。

 

 その夢は、ある時を境に見なくなった。

 両親が亡くなった事故。

 あの日を境に。

 夢は消えた。

 

 だから今朝の夢は、本当に久しぶりだった。

 

 制服に着替えながら考える。

 今さらだな。

 もう何年も見ていなかった。

 高三にもなって、こんな夢を見る理由もない。

 

 鏡の中の自分を見る。

 寝癖を直しながらため息を吐く。

 

 特別目立つ顔ではない。

 身長も平均より少し高い程度。

 良くも悪くも普通だと思う。

 

「……じいちゃんに言ったら喜びそうだな」

 

 思わず苦笑した。

 祖父ならきっと言う。

 

『おっ、久々に前世の魂が目覚めたか』

 

 そんなことを真顔で言いそうだった。

 

 榊修造。

 

 銃砲店の店主。

 機械好き。

 工作好き。

 そして孫に甘い。

 

 今の自分にとっては唯一の肉親だ。

 

 小さい頃から世話になった。

 今は別々に暮らしているが、週末には店へ顔を出すことも多い。

 

 工具の匂い。

 機械油。

 木材を削る音。

 

 店に並ぶ見慣れない部品を見るのも好きだった。

 気付けば休日に店へ行くのが当たり前になっていた。

 だからかもしれない。

 同年代の男子がゲームや芸能人の話をしている時、自分は工具や工作の話をしていた。

 今思えば少し変わった子供だった。

 それでも祖父は嬉しそうだった。

 

『お前は筋がいい』

 

 そう言われるのが少し誇らしかった。

 

 朝食を済ませて寄宿舎を出る。

 

 初夏の風が気持ちいい。

 空は高い。

 雲も少ない。

 平和な朝だった。

 少なくとも、この時点では。

 

 藤美学園へ向かう坂道を歩く。

 登校する生徒たちの姿が見える。

 

 見慣れた景色。

 見慣れた制服。

 見慣れた日常。

 

 高校生活も残り一年を切っている。

 卒業後の進路。

 教師は口を開けばその話をする。

 けれど、正直まだ決めきれていない。

 祖父の店を継ぐつもりはない。

 ……だが、嫌いでもなかった。

 漠然としたまま時間だけが過ぎている。

 

「よう」

 

 後ろから声がした。

 振り返る。

 柏木隼人だった。

 寝癖のまま登校している辺り、今日も相変わらずだ。

 

「朝から難しい顔してるな」

 

「そうか?」

 

「してる」

 

 即答だった。

 

「寝不足か?」

 

「夢見ただけ」

 

「好きな子でも出てきたか?」

 

「お前じゃあるまいし」

 

「失礼だな」

 

 隼人が笑う。

 つられて自分も少し笑った。

 

 昔から妙なところで勘がいい。

 そして余計なこともよく言う。

 だが気楽だった。

 無理に話題を探さなくていい。

 沈黙していても気まずくならない。

 そういう友人だった。

 

 校舎を見上げる。

 青空に白い校舎がよく映えていた。

 その景色も、いつもと何一つ変わらない。

 

 校門を抜ける。

 教室へ向かう。

 

 いつも通りの朝。

 いつも通りの雑談。

 いつも通りの空気。

 

 

 誰も知らない。

 数時間後、この日常が終わることを。

 そして自分もまた知らない。

 今朝見た夢の意味を。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。