学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
久しぶりに夢を見た。
目が覚めた瞬間、最初に浮かんだのはその一言だった。
だが、夢の内容はほとんど思い出せない。
誰かが笑っていた。
女性だったと思う。
柔らかな声だった気がする。
その隣には小さな子供がいた。
男の子だったか、女の子だったかも曖昧だ。
自分はその二人を見ていた。
あるいは、見られていたのかもしれない。
何かを話していた。
だが言葉は思い出せない。
顔も思い出せない。
景色も曖昧だ。
それでも、不思議と温かい夢だった。
懐かしかった。
まるで本当にそこにいたことがあるような。
失ったことだけは分かる。
なのに、何を失ったのかは分からない。
そんな夢だった。
天井を見上げる。
見慣れた自室の天井だった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が部屋を照らしている。
時計を見る。
6時12分。
いつもより少し早い。
もう一度寝ようと思えば寝られる時間だった。
だが、不思議と目は冴えていた。
「……変な夢だったな」
独り言を漏らす。
夢の内容を思い出そうとする。
だが駄目だった。
指の隙間から零れる砂のように記憶が消えていく。
ただ一つだけ分かることがある。
あの夢は初めてではない。
昔から何度も見てきた夢だった。
小さい頃から。
まだ幼稚園にも通っていなかった頃から。
自分は時折、自分ではない誰かの夢を見ていた。
知らない街。
知らない家。
知らない人たち。
夢の中ではそれが当たり前だった。
だが目を覚ますと、自分の知らない世界ばかりだった。
幼い頃は本気で混乱した。
夢なのか。
記憶なのか。
子供には区別がつかなかった。
だから母に話したことがある。
『また変な夢見たの?』
母は笑いながらそう言った。
『うん』
『不思議ねぇ』
朝食の支度をしながら、母は楽しそうに聞いていた。
『前世の記憶って五歳くらいまでしか覚えてないって聞くけど』
『悠斗は長いわね』
もちろん本気ではない。
母も父も、子供の空想話だと思っていたはずだ。
『じゃあ本当に前世かも』
『もしかしたら未来かもしれないな』
父がそう言って笑う。
『だったら将来宝くじの番号でも覚えてきてもらいましょう』
母が返す。
『それなら俺も聞きたいな』
父が笑う。
母も笑う。
自分も笑った。
今になって思えば、本当に何でもない会話だった。
けれど、なぜか今でも覚えている。
あの頃は幸せだった。
そう思う。
その夢は、ある時を境に見なくなった。
両親が亡くなった事故。
あの日を境に。
夢は消えた。
だから今朝の夢は、本当に久しぶりだった。
制服に着替えながら考える。
今さらだな。
もう何年も見ていなかった。
高三にもなって、こんな夢を見る理由もない。
鏡の中の自分を見る。
寝癖を直しながらため息を吐く。
特別目立つ顔ではない。
身長も平均より少し高い程度。
良くも悪くも普通だと思う。
「……じいちゃんに言ったら喜びそうだな」
思わず苦笑した。
祖父ならきっと言う。
『おっ、久々に前世の魂が目覚めたか』
そんなことを真顔で言いそうだった。
榊修造。
銃砲店の店主。
機械好き。
工作好き。
そして孫に甘い。
今の自分にとっては唯一の肉親だ。
小さい頃から世話になった。
今は別々に暮らしているが、週末には店へ顔を出すことも多い。
工具の匂い。
機械油。
木材を削る音。
店に並ぶ見慣れない部品を見るのも好きだった。
気付けば休日に店へ行くのが当たり前になっていた。
だからかもしれない。
同年代の男子がゲームや芸能人の話をしている時、自分は工具や工作の話をしていた。
今思えば少し変わった子供だった。
それでも祖父は嬉しそうだった。
『お前は筋がいい』
そう言われるのが少し誇らしかった。
朝食を済ませて寄宿舎を出る。
初夏の風が気持ちいい。
空は高い。
雲も少ない。
平和な朝だった。
少なくとも、この時点では。
藤美学園へ向かう坂道を歩く。
登校する生徒たちの姿が見える。
見慣れた景色。
見慣れた制服。
見慣れた日常。
高校生活も残り一年を切っている。
卒業後の進路。
教師は口を開けばその話をする。
けれど、正直まだ決めきれていない。
祖父の店を継ぐつもりはない。
……だが、嫌いでもなかった。
漠然としたまま時間だけが過ぎている。
「よう」
後ろから声がした。
振り返る。
柏木隼人だった。
寝癖のまま登校している辺り、今日も相変わらずだ。
「朝から難しい顔してるな」
「そうか?」
「してる」
即答だった。
「寝不足か?」
「夢見ただけ」
「好きな子でも出てきたか?」
「お前じゃあるまいし」
「失礼だな」
隼人が笑う。
つられて自分も少し笑った。
昔から妙なところで勘がいい。
そして余計なこともよく言う。
だが気楽だった。
無理に話題を探さなくていい。
沈黙していても気まずくならない。
そういう友人だった。
校舎を見上げる。
青空に白い校舎がよく映えていた。
その景色も、いつもと何一つ変わらない。
校門を抜ける。
教室へ向かう。
いつも通りの朝。
いつも通りの雑談。
いつも通りの空気。
誰も知らない。
数時間後、この日常が終わることを。
そして自分もまた知らない。
今朝見た夢の意味を。