学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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銃を……銃描写を描きたい。


Ep.10-2 夜明け前の足音(後編)

 家庭科室へ戻ると、みんなが一斉にこちらを見た。

 俺達が何も言わないだけで、結果は伝わったらしい。

 美咲の視線が、俺の手にある槍へ吸い寄せられる。

 

「遼は?」

 

 静かな声だった。

 俺は静かに首を横へ振る。

 

「見つからなかった。」

 

 それだけ言うのが精一杯だった。

 美咲の表情が強張る。

 俺は手に持っていた槍をそっと床へ置いた。

 

「……これだけ。」

 

 美咲の目が槍へ向く。

 柄に残った乾いた血。

 それを見るなり、美咲は言葉を失った。

 

「三階との間の踊り場に落ちてた。」

「すぐ横には血痕があった。」

「でも……遼はいなかった。」

 

 部屋の中が静まり返る。

 七海がそっと美咲の隣へ寄る。

 何も言わない。

 ただ静かに肩へ手を置いた。

 美咲は俯いたまま、小さく震えていた。

 

 俺はゆっくり息を吸う。

 

「昨日の夜、下の階から物音が聞こえた。」

「それを確認しようと踊り場から下を覗き込んだとしたら。」

 

 俺は防火扉の影を思い浮かべる。

 

「もし、踊り場の影に奴らが潜んでいたなら。」

 

 それ以上は言えなかった。

 言葉にしてしまえば、本当にそうだったような気がしてしまう。

 沈黙を破ったのは海人だった。

 

「俺たちが逃げてきた教室もそうだった。」

 

 全員が海人を見る。

 

「最初は静かだった。」

「机を積んで、息を潜めて。」

「これなら朝まで持つって思ってた。」

 

 海人はバットを握る手へ力を込める。

 

「でも、奴らは突破してきた。」

「下へ行くほど、あいつらは増えてる。」

 

 誰も反論しなかった。

 

 今、この学校は。

 時間が経つほど危険になっている。

 その現実を、海人は身をもって知っていた。

 俺はゆっくり立ち上がる。

 全員の顔を見る。

 

「……学校を出よう。」

 

 その一言が、家庭科室へ静かに落ちた。

 反対する者はいなかった。

 けれど、すぐに賛成する者もいなかった。

 みんな、それぞれに考える時間が必要だった。

 

「このまま籠城を続けても、安全になる保証はない。」

「食料も、水も限りがある。」

「奴らは増え続けてる。」

「だから俺は、外へ出る。」

 

 そう言って、一人ひとりの顔を見る。

 

 誰が行くか。

 誰が残るのか。

 その答えは、これから決まる。

 

 

 最初に口を開いたのは隼人だった。

 静かに立ち上がり、迷いなく俺を見る。

 

「俺は行く。」

 

 短い一言。

 その声には、迷いはなかった。

 

「家族の無事を確かめたい。」

「この学校にいても、それは分からない。」

 

 俺は小さく頷く。

 

「ああ。」

 

 その隣で、莉乃も立ち上がった。

 

「私は……。」

 

 一度だけ隼人を見る。

 

「私も、一緒に行く。」

 

 隼人は少し照れくさそうに頭を掻いたが、何も言わなかった。

 

 続いて陽向が立ち上がる。

 

「俺も。」

 

 腕を組んだまま肩をすくめる。

 

「正直、じっとしてる方が性に合わねぇ。」

「止まってても、状況が良くなる気もしねぇし。」

 

 陽向らしい言葉だった。

 

 俺は、美玖の方へ目を向ける。

 美玖は俯いたまま、自分の手を見つめている。

 やがて、小さく息を吐く。

 

「……みんな。」

「帰る場所があるんだね。」

 

 静かな声だった。

 美玖はゆっくり顔を上げる。

 

「私は……。」

「帰る場所、ないから。」

 

 

 誰も、何も、答えられなかった。

 

 家族がいる。

 守りたい人がいる。

 帰る家がある。

 それが当たり前だと思っていた。

 

 でも、美玖にとっては違った。

 美玖は少しだけ笑う。

 寂しそうな笑顔だった。

 

「私には……。」

「待ってる人、いないから。」

 

 

 ——昨夜、莉乃から聞いた話が頭をよぎる。

 

 中学時代、仲の良かった母親を病気で亡くしたこと。

 

 残された唯一の家族である父親は、出張がちで、家に帰っても一人きりなのが当たり前だったこと。

 

 そんな美玖が不良グループへ近づいたのは、居場所を欲したからだったのかもしれないこと。

 

 中学時代からの友人だった莉乃は心配していたという。

 

 

「……美玖。」

 

 美玖は少しだけ俺を見る。

 

「少なくとも、ここには美玖を必要としてる人がいる。」

 

 莉乃が美玖の隣に立ち、その手を握る。

 

「美玖の無事を願っている人もいる。」

「だから。」

「美玖には一緒に来てほしい。」

 

 一瞬、戸惑ったような表情を見せた後、美玖は、小さく笑う。

 

「……ありがとう。」

 

 その笑顔は、これまで見てきた笑顔よりも、少しだけ柔らかかったと思う。

 

 

 一方、部屋の反対側では美咲が静かに立ち上がっていた。

 

「私は残る。」

 

 全員が振り向く。

 美咲は涙を拭こうともせず、真っ直ぐ前だけを見ていた。

 

「遼が……。」

 

 一度言葉を飲み込む。

 

「まだ学校のどこかにいるかもしれない。」

「死んだなんて、まだ決まってない。」

 

 その言葉には誰も反論できなかった。

 七海が静かに立ち上がる。

 

「私も残る。」

 

 それだけ言って、美咲の隣へ並ぶ。

 萌も続いた。

 

「私も。」

 

 少しだけ七海を見る。

 

「七海ちゃんと一緒にいる。」

 

 恒一も立ち上がる。

 

「俺も残る。」

 

 少し照れたように鼻を掻く。

 

「人手は、多い方がいいだろ。」

 

 そう言いながら、一瞬だけ萌へ視線を向ける。

 萌は気付いていない。

 けれど、その場にいた何人かは小さく苦笑した。

 

 海人が腕を組んだまま口を開く。

 

「俺は出る。」

「親父が生きてるなら、探しに行きたい。」

 

 陽菜も元気よく手を挙げた。

 

「もちろん私も!」

「海人一人じゃ、絶対無茶するもん。」

 

「おい。」

 

 海人が苦笑する。

 

 次に立ち上がったのは葵だった。

 

 副会長として。

 一人の生徒として。

 静かに口を開く。

 

「私は残る。」

 

 全員が葵を見る。

 

「まだ、この学校のどこかに助けを待っている人がいるかもしれない。」

「私は、その可能性を簡単には捨てられない。」

 

 その言葉に、誰も異論はなかった。

 

 翼が腕を組んだまま考え込む。

 

「……俺は。」

 

 少しだけ窓の外を見る。

 

「まだ決めきれない。」

 

 結衣も頷く。

 

「私も。」

「もう少しだけ考えたい。」

 

 どちらが正しい、そんな話ではない。

 外へ出ることにも理由がある。

 ここへ残ることにも理由がある。

 誰も感情だけで決めているわけじゃない。

 だからこそ、誰も否定しなかった。

 

「今すぐ結論を出す必要はない。」

「みんなが出るまでに、決めてくれれば良い。」

 

 二人は静かに頷いた。

 

 こうして。

 家庭科室に集まった十四人は。

 初めて、それぞれ違う未来を選び始めた。

 

 

 それぞれの方針が固まると、家庭科室の空気は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 これから先は別々の道を進む。

 だからこそ、今できる準備をしておかなければならない。

 

 俺は工具箱の横へ積んでいた食料を見回した。

 

 乾パン。

 缶詰。

 ペットボトルの水。

 

 数は決して多くない。

 

「食料は残る組へ多めに置いていく。」

 

 俺がそう言うと、陽向が顔を上げた。

 

「いいのか?」

 

「俺たちは外に出れば調達できる可能性がある。」

 

 俺は缶詰を手に取りながら続ける。

 

「でも、学校に残る組は、ここにある物資が頼りだ。」

「だから、できるだけ置いていく。」

 

 誰も反対しなかった。

 

 隼人たちも静かに頷き、缶詰や乾パンを並べ替えていく。

 海人も何も言わず、水の入った箱を運び始めた。

 それぞれが黙々と作業を続ける。

 俺は壁際へ歩き、昨夜作った即席の槍を手に取った。

 そのうち二本を残し、静かに壁へ立て掛ける。

 葵がそれに気付き、俺の方を見る。

 

「……ありがとう。」

 

「そっちで使って。」

 

 それだけ答える。

 葵はゆっくり頷いた。

 

「大事に使う。」

 

 その時だった。

 

「これも置いてく。」

 

 海人が背負っていたバットを一本外し、葵へ差し出した。

 葵は少し驚いたように目を見開く。

 

「いいの?」

 

「ああ。」

 

 海人は肩をすくめる。

 

「一本あれば十分だ。」

 

 少しだけ笑って続けた。

 

「使わねぇで済むのが、一番だけどな。」

 

 葵はバットを受け取り、深く頭を下げた。

 

「……ありがとう。」

 

 その様子を見ていた陽菜が、小さく笑う。

 

「そういうところなんだよね。」

「海人って。」

 

「うるせぇ。」

 

 照れ隠しのように海人が顔を逸らす。

 そのやり取りに、家庭科室の空気が少しだけ柔らかくなった。

 けれど、その穏やかな時間も長くは続かない。

 

 俺たちはもうすぐ、この部屋を、この学校を出る。

 そして。

 ここへ残る仲間たちとも、別々の道を歩き始めるのだから。

 

 

 荷物の整理が終わる頃には、窓の外はすっかり朝の光に包まれていた。

 昨日まで見慣れていた校舎も、今はどこか別の場所のように見える。

 

 静かすぎる朝。

 それが、かえって不気味だった。

 

 海人が背負い直したリュックの肩紐を軽く引く。

 

「準備ができたらとっとと行こう。」

「ここに長くいる理由もねぇ。」

 

 誰も異論はなかった。

 

 俺たちはそれぞれ最後に荷物を確認する。

 

 槍。

 リュック。

 飲み水。

 最低限の食料。

 

 残る組へもう一度視線を向けた。

 

 葵、美咲、七海、萌、恒一。

 

 そして、まだ決めきれずに残ることを選んだ翼と結衣。

 翼が、小さく息を吐く。

 

「俺は……。」

 

 全員の視線が集まる。

 翼は窓の外へ目を向けたまま言った。

 

「外へ出る。」

 

 結衣が少し驚いたように翼を見る。

 翼は静かに続ける。

 

「昨日、遼がいなくなった。」

「今朝、見える範囲で学校の中も確認した。」

「この先、生き残るには情報が必要だ。」

 

 ゆっくり皆を見回す。

 

「学校の中だけ見てても、これ以上の情報は得られない。」

「だから俺は、外を見る。」

 

 

 結衣はしばらく俯いたままだった。

 膝の上で両手をぎゅっと握り締める。

 

「私は……。」

 

 小さな声だった。

 

「まだ決められない。」

「外は怖い。」

「でも、ここも安全じゃない。」

 

 視線を葵へ向ける。

 

「だから私は残る。」

「もう少しだけ。」

 

 葵は優しく頷いた。

 

「分かった。」

 

 それだけだった。

 誰も引き止めない。

 誰も説得しない。

 もう、それぞれが自分で決める時間だった。

 

 

 葵が一歩前へ出る。

 

「物資が完全に尽きる前には、私たちも学校を出ると思う。」

 

 その声は落ち着いていた。

 

「ここで最後まで籠城するつもりはない。」

「でも、助けられる人がいるなら……より多くを助けたい。」

「生き残ることを諦めるつもりもない。」

 

 俺は静かに頷いた。

 

「ああ。」

 

 

 隼人が槍を肩へ担ぐ。

 葵の前で一度立ち止まり、小さく言う。

 

「……無茶するなよ。」

 

 葵は少しだけ笑った。

 

「そっちこそ。」

 

 短いやり取り。

 それだけで、お互いの気持ちは伝わった。

 陽向は恒一の肩を軽く叩く。

 

「萌たち、頼んだぞ。」

 

 恒一は照れくさそうに笑いながら頷く。

 

「任せろ。」

 

 美咲は最後まで遼の槍を見つめていた。

 その槍は家庭科室の壁へ立て掛けられている。

 

 遼が戻ってきた時、すぐ手に取れるように。

 

 誰も、そのことには触れなかった。

 

 

 俺はもう一度、部屋全体を見渡す。

 

 ロープはまだ机へ結ばれたままだった。

 

 昨夜。

 

 無事を伝え合った一本の麻縄。

 

 遼がいなくなったあとも、俺たちをつないでくれていた。

 

 出ていく俺たちが使うことは、もうない。

 

 張られたままのロープが、まるでここに残る仲間たちとの繋がりのように見えた。

 

 

 俺は静かに息を吸う。

 

 たった一晩だったが、この部屋は、俺たちの居場所だった。

 

 笑って。

 食べて。

 武器を作って。

 眠れない夜を過ごした場所。

 

 でも、俺たちはここを出る。

 生きるために。

 前へ進むために。

 

 

 振り返ると、美玖が静かに俺の隣へ並んでいた。

 

 俺たちは言葉を交わさないまま、小さく頷き合う。

 

 俺はゆっくりと家庭科室の扉へ手を掛けた。

 

 ここから先は、誰も歩いたことのない道だ。

 

 

 それでも。

 俺たちは、生きるために選ぶ。

 

 

 それぞれが静かに立ち上がる。

 

 葵が、海人から託されたバットを手に持ったまま、俺の前まで歩いてくる。

 俺たちは自然と向かい合った。

 

「……行ってくる。」

 

 俺が言う。

 葵はゆっくり頷いた。

 

「うん。」

 

 少しだけ笑う。

 

「きっと、生きて。」

 

 一拍置いて続けた。

 

「また会おう。」

 

 俺も笑みを返す。

 

「また。」

 

 それ以上、言葉はいらなかった。

 

 

 扉を静かに開くと、朝の光が廊下へ長く伸びていた。

 誰からともなく歩き始める。

 

 海人。

 陽菜。

 隼人。

 莉乃。

 陽向。

 翼。

 美玖。

 そして、俺。

 

 全員が廊下へ出た。

 

 最後にもう一度だけ振り返る。

 

 家庭科室。

 ここは、俺たちが「生きるために力を合わせた場所」だった。

 もう戻れないかもしれない。

 

 それでも。

 

 ここで過ごした時間は、きっとこれからも俺たちを支えてくれる。

 

 扉が閉まる。

 

 カチリ、と小さな音が廊下へ響いた。

 

 向こう側には、仲間たちの居場所が残り。

 こちら側には、俺たちの新しい道が続いている。

 

 俺は槍を握り直した。

 ――生きよう。

 

 その想いだけを胸に、俺たちは家庭科室を後にした。

 

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