学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.11-1 外の世界へ(前編)

 背中で、家庭科室の扉が静かに閉まる音がした。

 

 カチリ。

 

 小さな音なのに、不思議なくらい耳へ残る。

 振り返らない。

 振り返れば、きっと足が止まる。

 

 朝日が管理棟の窓から差し込み、廊下の床へ細長い光を落としていた。

 

 昨日まで見慣れていた景色。

 何も変わっていないはずなのに、もう別の場所のように感じる。

 

 

 海人が一歩前へ出る。

 肩へ金属バットを担ぎ、小さく振り返った。

 

「ここからは俺が前に出る。」

「行き先は非常階段で良いんだな。」

 

「ああ、頼む。」

 

 

 海人はそのまま歩き始める。

 後ろに陽菜。

 その後ろに俺。

 さらに美玖、莉乃。

 隼人、陽向。

 そして最後尾に翼。

 

 海人の歩幅は決して速くない。

 一歩ずつ慎重に、廊下の先を、死角を確認しながら前へ進む。

 

 一歩進む。

 異常なし。

 また進む。

 

 その繰り返しだった。

 俺も無意識に息を浅くしている。

 制服が擦れる音さえ、大きく聞こえた。

 廊下は静まり返っている。

 奴らの呻き声は聞こえない。

 その静けさが、逆に恐ろしかった。

 

 窓の外へ視線を向ける。

 校庭には数十体の奴らがうろついていた。

 

 昨日まで野球部やサッカー部が走り回っていた場所。

 あのグラウンドでは体育祭も、文化祭もあった。

 だが、そんな景色はもう残っていなかった。

 今は、生気のない足取りで歩き続ける奴らだけがいる。

 

 ふと立ち止まり、また歩き出す。

 その姿に、もう人だった頃の面影は残っていなかった。

 

 海人が拳を軽く上げる。

 全員が足を止めた。

 

 管理棟中央付近。

 校門側の窓際だった。

 

「……なぁ。」

 

 小さな声が聞こえる。

 陽向だった。

 壁を指差す。

 

「これ、使えねぇか?」

 

 壁面へ格納された避難用脱出シューター。

 高層階から避難するための設備だ。

 俺は静かに近寄る。

 説明プレートへ目を落とした。

 

 展開方法。

 固定方法。

 使用手順。

 

 頭の中で手順を組み立てていく。

 

 数秒。

 誰も声を出さない。

 

 俺は窓の外へもう一度目を向けた。

 

 校庭。

 駐車場。

 管理棟。

 そして、俺たちが向かう管理棟端の非常階段。

 

 このシューターは管理棟中央付近。

 十分に離れている。

 

 もし、ここで大きな音を出せば。

 奴らは音へ集まる。

 その間に非常階段を降りられる。

 

 駐車場を抜ければ、校門まで一直線。

 

 小さく呟く。

 

「……使える。」

 

 海人が隣に並ぶ。

 

「何か思いついたか?」

 

 俺は全員を見回した。

 

「これで奴らを引き付ける。」

「その隙に非常階段を降りる。」

 

 陽菜が窓の外を覗き込む。

 

「音で集まってくれるかな?」

 

「多分。」

 

 俺は頷く。

 

「昨日も、夜も。」

「奴らは音へ反応してた。」

 

 隼人も静かに口を開く。

 

「やる価値はあるな。」

 

 その言葉で、みんなの表情が少しだけ引き締まった。

 

 

 俺は足元に置いていた工具箱を見る。

 工作室から持ち出した工具箱。

 中身は既に空だった。

 必要なものは全てリュックへ移してある。

 

「これを落とそう。」

「惜しいけど。」

 

 この作戦が成功すれば。

 学校からの脱出成功の可能性が高まる。

 俺は深く息を吸った。

 

 

「よし、始めるぞ。」

 

 隼人の言葉にそれぞれが小さく頷く。

 

 

 海人と隼人がシューターの収納扉の前へしゃがみ込む。

 説明書きを確認しながら、海人が頭を掻く。

 

「初めて触るな、こんなの。」

 

「俺もだ。」

 

 隼人が短く返す。

 

 二人はレバーを外し、固定金具を解除していく。

 収納されていたシューターがゆっくりと窓の外へ展開されていく。

 布製の筒が重力に従って一気に伸び、管理棟の壁面へ沿って地上まで垂れ下がった。

 

 窓から覗き込む。

 ——十分だ。

 

 校門側。

 管理棟中央付近。

 俺たちが降りる非常階段からは十分遠い。

 

 俺は足元の工具箱を開ける。

 今の中身は空だ。

 昨夜まで、この箱には工具や釘がぎっしり詰まっていた。

 即席の槍を作り。

 防御を考え。

 何度も蓋を開け閉めした。

 短い時間だった。

 それでも、この工具箱には随分助けられた気がする。

 

 手元に残っていた金属釘を中に転がしておく。

 

「いいのか?」

 

 俺は小さく笑った。

 

「また探せばいい。」

 

「そうだな。」

 

 陽向がリュックを軽く叩く。

 

「中身は全部持った。」

 

 莉乃も頷く。

 

「忘れ物ないよ。」

 

 全員が荷物をもう一度確認する。

 槍。

 水。

 食料。

 必要最低限だけ。

 

 俺は工具箱を持ち上げた。

 窓際へ歩く。

 下を見る。

 

 校庭。

 駐車場。

 奴らがゆっくり歩き回っている。

 まだ奴らには気づかれていない。

 

「落とすぞ。」

 

 工具箱をシューターの入口へ滑り込ませた。

 ゴトン。

 鈍い音。

 次の瞬間。

 工具箱が布の筒の中を勢いよく滑り落ちていく。

 

 ガラガラガラガラッ――

 

 滑る落ちる工具箱の中で釘が踊る。

 乾いた金属音がシューター全体へ響いた。

 その音は想像以上だった。

 全員が思わず息を止める。

 

 次第に音が遠ざかっていく。

 

 数秒。

 静寂。

 そして。

 

 ――ガシャァァン!!

 

 地上でシューターから工具箱が勢いよく飛び出し、アスファルトへ激突した。

 

 鋭い破裂音が校舎全体へ響き渡る。

 窓ガラスが微かに震えた。

 

 俺たちは一斉に身を伏せる。

 誰も声を出さない。

 耳だけが外へ向いていた。

 

 ……

 

 ……

 

 最初に動いたのは校庭だった。

 

 一体。

 二体。

 三体。

 

 奴らが一斉に顔を上げる。

 そして。

 

 呻き声を上げながら音のした方向へ歩き始めた。

 

 駐車場も同様に。

 管理棟の陰から。

 車の間から。

 

 奴らが次々と姿を現し、音のした方へ集まり始める。

 呻き声が重なっていく。

 

「……動いた。」

 

 陽菜が小さく呟く。

 俺も頷いた。

 

「ああ。」

 

 まだだ。

 まだ動かない。

 俺たちはその場で様子を見続けた。

 

 十秒。

 二十秒。

 三十秒。

 

 奴らは次々と音のした場所へ吸い寄せられていく。

 非常階段側にいた奴らも、ほとんどが中央へ向かっていた。

 海人が窓の外を見ながら、小さく笑う。

 

「思った以上だな。」

 

 最後にもう一度、非常階段側を確認する。

 見える範囲に奴らはいない。

 今しかない。

 

「行こう。」

 

 海人がバットを握り直す。

 

「頭使うのも悪くねぇな。」

 

 誰かが小さく笑った。

 次の瞬間には全員の表情が再び引き締まる。

 

 陽動は成功した。

 けれど。

 無事に学校を出るまでが、本当の勝負だ。

 

 海人が先頭に立つ。

 俺たちは窓際を離れ、再び廊下を歩き始めた。

 

 陽動は成功した。

 だからといって、安全になったわけじゃない。

 どこか一体でもこちらへ残っていたら、それだけで脅威だ。

 

 管理棟の端。

 非常階段へと続く扉が見えてくる。

 海人が立ち止まり、そっと耳を当てる。

 数秒。

 俺も思わず息を止める。

 向こうから聞こえるのは風だけだった。

 海人がゆっくりとノブへ手を掛ける。

 

 ギィ……

 

 扉が少しだけ開く。

 隙間から外を確認する。

 左。

 右。

 下。

 

 慎重に視線を動かしたあと、小さく振り返った。

 

 頷く。

 

 道は開いていた。

 

 海人が最初の一歩を踏み出す。

 陽菜が続く。

 俺も静かに非常階段へ足を乗せた。

 朝の空気が肌へ触れる。

 校舎の中より少しだけ冷たい。

 

 鉄製の階段は夜露でわずかに湿っていた。

 足を滑らせれば終わる。

 

 一段ずつ。

 一歩ずつ。

 慎重に降りていく。

 階段を踏む靴底の音だけが小さく響く。

 

 

 校庭の方へ視線を向ける。

 

 奴らはまだ脱出シューターの付近に集まっている。

 工具箱が落ちた場所を囲むように。

 何体もの奴らが呻きながら歩き回っていた。

 

 作戦はまだ生きている。

 

 俺は胸の奥で小さく安堵する。

 

 あと少し。

 あと少しで地上だ。

 

 前を歩く海人が手すりへ軽く手を掛け、速度を少しだけ落とした。

 その動きだけで、全員が同じように歩幅を合わせる。

 

 最後尾の翼も時折振り返りながら周囲を警戒している。

 その表情には焦りはない。

 ただ冷静だった。

 

 ようやく最後の踊り場へ着く。

 

 地上まで残り一階。

 海人が再び立ち止まる。

 

 体を低くし、出口の様子を確認する。

 俺も自然と槍を握る手へ力が入った。

 

 数秒。

 

 海人は静かに右手を下げる。

 

 俺たちは最後の階段を降り始める。

 地面が少しずつ近付いてくる。

 

 非常階段の出口。

 

 その向こうには学校の駐車場。

 並んだ車。

 

 校門へ続く道。

 あと少しで。

 俺たちは学校の外へ出られる。

 

 海人が地上へ降り立つ。

 周囲を素早く見回す。

 

 バットを構えたまま、後ろ手に小さく手招きした。

 俺も続いて地面へ足を着ける。

 アスファルトの感触が靴底へ伝わった。

 

 建物を無事に降りた。

 

 その事実だけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 だが、安心するにはまだ早い。

 海人は駐車場へ視線を向け、小声で言った。

 

「車沿いに進む。」

「陰を伝って行くぞ。」

 

 俺は頷く。

 全員が身を低くし、停められた車列の間へ静かに入り込んだ。

 

 

 校門は、もう目の前だった

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