学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.14 静かな百貨店

 駅前が見えてきた頃には、腕時計の針は昼を大きく回っていた。

 

 学校を出てから、どれくらい歩いただろう。

 たった数キロの距離。

 普段なら車で十分も掛からない道だった。

 

 けれど今日は違う。

 

 交差点のたびに足を止め、周囲を確認する。

 道路の中央を歩くことは避け、車列や建物の陰を選んで進む。

 車の影や植え込みにも目を配る。

 奴らを見つければ大きく迂回し、音を立てないよう慎重に歩く。

 

 その繰り返しだった。

 

 思っていた以上に時間が掛かる。

 街を歩くという行為が、これほど神経を使うものだとは思わなかった。

 改めて、この世界では「移動する」こと自体が命懸けなのだと実感していた。

 

 奴らは音に反応する。

 だからこちらも無駄な物音は立てない。

 戦えるようになったとはいえ、戦わなくて済むなら、それが一番だった。

 

 信号はまだ動いている。

 

 赤、青、黄。

 誰も渡る者のいない交差点で、律儀に色だけを変え続けていた。

 

 道路脇には乗り捨てられた車。

 開いたままのドア。

 歩道へ倒れたスクーター。

 

 人影はほとんど見掛けない。

 生きている人間は、どこかへ隠れているのだろう。

 時折、人影が視界の端に映るが、すぐに消えてしまう。

 

 見掛けるのはほとんど奴らだ。

 その数は学校周辺よりは多くなっている。

 それでも、群れと言えるほどではない。

 慎重に避ければ進める程度だった。

 

 前方の景色が少しずつ変わっていく。

 住宅街が終わり、ビルが増える。

 

「駅まであと少しだな。」

 

 隼人が地図を見ながら呟く。

 

「思ったより遠いな。」

 

 翼も隣から覗き込む。

 

「警戒しながら歩いてるからな。」

「仕方ない。」

 

 全員が疲れていた。

 精神的にも。

 肉体的にも。

 学校を出てからまだ半日も経っていないのに、昨日までの何日分も歩いた気がする。

 

 飲食店。

 銀行。

 見慣れたチェーン店の看板が並んでいる。

 どれも営業しているように見える。

 だけど、人だけがいない。

 

 遠くに見える大きな建物を見上げ、陽向が口を開いた。

 

「……百貨店か。」

 

 俺も視線を向ける。

 駅前百貨店。

 この街で一番古い大型商業施設だった。

 

「昔は街で一番賑わってたらしい。」

 

 俺が呟くと、隼人が歩きながら頷いた。

 

「親父も言ってたな。」

「郊外にショッピングモールが出来てから一気に客が減ったって。」

 

 陽菜が少し驚いたような顔をする。

 

「そうなんだ。」

「私、小さい頃に何回か来たくらいだから知らなかった。」

 

「今じゃ駅前自体、人が減ったからな。」

 

 海人が前を向いたまま言う。

 確かにそうだった。

 俺たちの世代は休日になると郊外のショッピングモールへ行くことが多い。

 映画館。

 大型スーパー。

 フードコート。

 全部一か所で済む。

 その影響を一番受けたのが、この百貨店だった。

 

 建物自体は大きい。

 けれど営業している店舗は年々減り、空きテナントも増えていた。

 それでも完全に廃れたわけではない。

 

 食品売場。

 衣料品。

 生活用品。

 最低限の営業は続いていた。

 

 そして今。

 

 その大きな建物だけが静かに街を見下ろしている。

 誰もいない駅前で。

 

 まるで時間だけが止まったようだった。

 

 放置されたタクシー。

 横倒しになった自転車。

 散乱した荷物。

 駅前広場全体が静まり返っていた。

 

 海人が周りを見回す。

 

「奴らは?」

 全員で目を凝らす。

 

 広場。

 歩道。

 入口。

 

 見える範囲には一体もいない。

 

 俺は百貨店の入口を見る、

 自動ドアは途中で止まり、中は薄暗い。

 外からでは奥まで見えない。

 それでも。

 

「……入ってみよう。」

 

 隼人が俺を見る。

 

「危なくないか?」

 

 俺は入口から視線を外さず答えた。

 

「コンビニで最低限は揃えた。でも、長く動くには足りない。」

「何件も探すのは奴らと遭遇するリスクが高まる。」

「ここなら一度の補給でまとまった物資が手に入るかもしれない。」

 

 海人は数秒だけ考えたあと、小さく頷いた。

 

「まずは安全確認だな。」

 

「ああ。」

 

 全員が武器を握り直す。

 

 静かな百貨店。

 

 その静けさが、本当に安全を意味しているのか。

 それとも——。

 俺達は慎重に、入口に向かって歩き始めた。

 

 

 

 海人が先頭に立ち、自動ドアの隙間から店内を覗き込む。

 俺は建物を見上げる。

 五階建てほどある古い百貨店。

 外壁には色褪せた看板。

 入口ガラスには細かなひび。

 それでも建物自体はしっかりしている。

 

「怪しい物音は聞こえない、入るぞ。」

 

 自動ドアをくぐると、外とは違うひんやりとした空気が肌を撫でた。

 空調はまだ動いている。

 館内には、かすかな機械音だけが響いていた。

 

 館内は薄暗い。

 天井の照明は点いているが、人の気配がないせいか、どこか寒々しく見える。

 

 正面には化粧品売場。

 奥には婦人服。

 中央のエスカレーターは止まっていた。

 館内放送も流れていない。

 

 静かだった。

 俺たちの足音だけが床へ小さく響く。

 

 一階フロアを一通り確認する。

 

 倒れた商品棚。

 床へ散らばった箱。

 レジは開いたまま。

 金だけが抜き取られ、レシートが風もないのに垂れ下がっている。

 略奪は既に入っている。

 けれど、完全ではなかった。

 

 トイレ。

 エレベーターホール

 階段。

 奴らはいない。

 人も。

 

「……本当にいないな。」

 

「油断はするな。」

 

 海人が振り返らずに答える。

 

「一体もいないとは限らない。」

 

「分かってる。」

 

 俺も槍を握り直した。

 その後、一階を一周しても奴らは現れなかった。

 

 二階。

 三階。

 地下一階。

 

 同じだった。

 人影はない。

 聞こえるのは空調の駆動音だけ。

 まるで建物そのものだけが営業を続けているようだった。

 全ての売り場を隅々まで調べたわけじゃない。

 それでも、俺達が使う範囲に奴らの姿はなかった。

 

 ようやく海人がバットを肩へ担ぐ。

 

「……一旦、安全だ。」

 

 その一言で、全員の緊張も少しだけ緩む。

 陽菜なんて、その場へしゃがみ込んでしまう。

 

「よかったぁ……。」

 

 莉乃も苦笑した。

 

「こんなに静かなの、逆に怖かった。」

 

 陽向が頭を掻く。

 

「学校以来だな。」

「こうやって安心して立ち止まれるの。」

 

 俺も同じことを思っていた。

 学校では家庭科室。

 ここでは百貨店。

 いつまでも安全とは思えない。

 それでも、今だけは休める。

 それだけで十分だった。

 

「じゃあ。」

 

 海人が全員を見回す。

 

「補給する。」

「持てるだけ持つんじゃない。」

「必要な物だけだ。」

 

 全員が頷いた。

 

 俺たちはまず地下食品売場へ向かう。

 止まったままのエスカレーターを下ると、食料品売場が広がる。

 

 冷蔵ケースはまだ冷えている。

 惣菜も残っている。

 けれど、日持ちはしない。

 

「今日の夜食べる分だけ確保しておくか。」

 

 明日には食べられないかもしれない。

 

 

 まずは長持ちする物から集める。

 

 ミネラルウォーター。

 スポーツドリンク。

 レトルト食品。

 栄養補助食品。

 チョコレート。

 乾パン。

 

 冷蔵ケースは動いているが、生鮮食品を持っていくわけにはいかない。

 陽向がカゴを持ち上げながら笑う。

 

「買い物なんて久しぶりな気がする。」

 

「金払う相手もいないけどな。」

 

 隼人が苦笑した。

 陽向は大量の菓子パンをカゴに放り込んでいく。

 

「お前、それ全部食う気か。」

 

「違ぇよ。」

 

 陽向は真顔で答える。

 

「非常食。」

 

「その非常食、全部クリームパンじゃねぇか。」

 

 隼人が呆れたように笑う。

 

「好みが偏りすぎだ。」

 

 海人まで苦笑した。

 

「三日後には泣くぞ。」

 

「その前に食う。」

 

「だから駄目なんだ。」

 

 張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなった。

 地下売場を出る頃には、全員のリュックはほどよく重くなっていた。

 

 次に、隣接する生活用品売場へ。

 軍手。

 タオル。

 懐中電灯。

 乾電池。

 ライター。

 ロープ。

 ビニールシート。

 応急処置用品。

 消毒液。

 包帯。

 最低限、生きるために必要な物を選んでいく。

 

 

 隼人が腕時計へ視線を落とした。

 

「……二時を過ぎてる。」

 

 思った以上に時間が経っていた。

 俺も腕時計を見る。

 学校を出たのは午前中。

 慎重に移動し続けた結果、もう午後だった。

 

 海人が静かに口を開く。

 

「祖父さんの店まで、あとどのくらいだ。」

 

 俺はコンビニで手に入れた地図を広げる。

 

 百貨店の位置。

 駅。

 そこから伸びる旧道。

 古い商店街。

 その外れ。

 祖父の銃砲店。

 指でなぞりながら答える。

 

「ここから歩いて……一時間くらい。」

 

 陽向が顔をしかめた。

 

「まだそんなにあるのか。」

 

「学校から思った以上に時間掛かったからな。」

 

 俺は苦笑する。

 

「ここまででも、何回も迂回したし。」

 

 海人も頷いた。

 

「この調子なら、店に着く頃には夕方だ。」

 

 暗くなった街。

 

 視界は悪くなる。

 奴らを避けるのも難しくなる。

 戦うことになれば、昼間以上に危険だ。

 

 隼人が腕を組んだ。

 

「今日はここを使わせてもらうか。」

「建物もしっかりしてる。」

「食料もある。」

「明日の朝動いた方が安全だ。」

 

 海人は少しだけ考え、

 

「ああ。」

 

 と短く答えた。

 

「今日はここで休む。」

 

 その決定に反対する者はいなかった。

 むしろ全員が少しだけ安堵したように見えた。

 ようやく今日の終わりが見えた。

 そんな気がした。

 

 

 必要な物を一通り集め終えた頃には、全員の動きにも少しだけ余裕が戻っていた。

 一階の一角。

 ガラス張りの窓から午後の日差しが差し込み、椅子やテーブルを照らしている。

 俺たちはそこでようやく腰を下ろした。

 

 誰も大声では話さない。

 それでも、学校を出てから初めて「座って休憩する」という時間だった。

 

 水を一口飲む。

 乾いた喉がようやく落ち着く。

 その時、陽菜がおずおずと口を開く。

 

「あのさ……。」

「着替え、したい。」

 

 全員が一瞬だけ自分の制服を見る。

 

 確かにそうだった。

 全員まだ制服のままだ。

 朝から歩き続け、汗もかいている。

 

 周囲を見渡した。

 

 婦人服売場。

 紳士服売場。

 靴売場

 

 全部、この中にある。

 

 美玖も小さく頷いた。

 

「私も。」

 

 莉乃も苦笑する。

 

「制服じゃ寝られないよね。」

 

 誰も反対しなかった。

 学校を出た今、制服でいる理由はもうなかった。

 

 

 

 紳士服売場と婦人服売場は、フロアの反対側に分かれていた。

 海人が周囲を見回してから口を開く。

 

「じゃあ一旦別れるか。」

 

「女子は向こう。」

 

 莉乃が「了解」と頷き、美玖と陽菜を手招きする。

 

「行こっか。」

 

「何かあったらすぐ呼べよ。」

 

「はーい。」

 

 三人は婦人服売場の奥へ歩いていく。

 曲がり角へ差しかかったところで、莉乃が一度だけ振り返った。

 こちらに向けて意味深に笑ってから、その姿が店舗の中に消えていく。

 

「何だったんだ?今の。」

 

 海人が疑問符を浮かべる。

 隼人が苦笑しながら答えた。

 

「期待してろってことじゃないか?」 

 

「どういうことだ?」

 

「あいつ、おしゃれ好きだし。」

「人の服装にも口出しするからな。」

「結構長くなると思うぞ。」

 

「ふーん。」

 

 陽向は興味深げに笑いながら隼人の顔を覗き込む。

 

「なんだ。」

 

「別に?」

 

「……」

 

 しばらく妙な沈黙が流れる。

 口を開いたのは陽向だった。

 

「……それでだ。」

 

 にやりと笑う。

 

「覗きに行くか?」

 

「行くわけないだろ。」

 

 俺と海人の声がほぼ同時に重なった。

 陽向は肩をすくめる。

 

「冗談だって。」

「一応聞いただけ。」

 

 隼人が呆れたように笑う。

 陽向は苦笑しながら頭を掻いた。

 

「男だけになった瞬間こういう話になるの、定番じゃん。」

「男のロマンってやつだろ。」

 

「そのロマンで死ぬな。」

 

 翼が珍しく口を開く。

 全員が少し笑った。

 俺も苦笑しながらペットボトルの水を飲む。

 

 昨日までなら。

 放課後の教室で交わしていたような、どうでもいい会話。

 

 こんな状況なのに。

 いや、こんな状況だからこそ。

 こういう馬鹿話が少しだけ救いになる。

 

「全員で待ってても仕方ないし、こっちも順番に着替えるか。」

 

 俺たちはそれぞれ服を選び始めた。

 

 動きやすさ優先。

 派手な色は避ける。

 黒や紺、灰色。

 目立たない色を選んでいく。

 

 俺は濃紺の長袖Tシャツと作業服、それから歩きやすそうなスニーカーを手に取った。

 革靴よりずっと軽い。

 海人は黒いTシャツにカーゴパンツ。

 サイズだけ確認すると迷わず決める。

 隼人と翼も同じような服装だった。

 陽向だけが迷っている。

 

「……どれが似合うと思う?」

 

 俺たちは揃って無視した。

 

「おい。」

「ひでぇ。」

 

「生き残る服装を選べ。」

 

 海人が短く言う。

 

「ファッションショーじゃない。」

 

「分かってるよ。」

 

 結局、陽向も地味な服を選んだ。

 更衣室を借りて着替える。

 

 制服を脱ぐ。

 ワイシャツを脱いだ瞬間、ようやく肩の力が抜けた気がした。

 着替え終わって鏡を見る。

 

 そこに映っているのは、もう「高校生」には見えなかった。

 どこにでもいる作業着姿の若者。

 

 制服を着ていた数時間前とは、まるで別人だった。

 靴も履き替える。

 スニーカーの柔らかい感触に思わず息を吐く。

 

「全然違うな。」

 

 思わず呟くと、隣で靴紐を結んでいた隼人も頷いた。

 

「走れる。」

「革靴じゃ無理だった。」

 

 翼も軽く足踏みして感触を確かめる。

 

「これならいざという時もすぐ動けるな。」

 

 制服はきちんと畳み、それぞれリュックへ押し込んだ。

 捨てることはしない。

 もう着ることはないかもしれない。

 それでも、簡単に置いていく気にはなれなかった。

 

 

 着替えを終えて。売り場に戻る。

 ほどなくして、女子三人も戻ってきた。

 

 

 全員、動きやすい服へ着替えている。

 

 陽菜はオーバーサイズのTシャツにデニムのショートパンツ。

 

 莉乃は動きやすそうなカーゴパンツと長袖シャツにジャケットを羽織っている。

 

 美玖もシンプルなTシャツにパーカーを羽織り、細身のカーゴパンツ。

 長かった髪も後ろで一つに結び直している。

 一瞬、誰だか分からなかった。

 制服姿より少しだけ大人びて見える。

 

 

 陽菜は制服姿よりずっと活発に見えた。

 

「どう?」

 

 陽菜がくるりと回る。

 陽向が親指を立てた。

 

「似合ってる。」

 

「ありがとう。」

 

 

「制服より楽。」

 

 美玖も袖を少し見下ろした。

 

「動きやすい。」

 

 その表情は少しだけ柔らかかった。

 

 一方の莉乃は少し不服そうだ。

 

「動きやすさ重視でおしゃれ感が……」

 

 

 俺もTシャツの上から、作業着を羽織る。

 祖父の店でよく見たような濃紺の作業服。

 少し大きい。

 けれど不思議と落ち着く。

 

「似合ってるな。」

 

 海人が笑う。

 

「職人見習いって感じだ。」

 

「見習いは否定できない。」

 

 俺も笑い返した。

 

 

 

 

 着替えを終えたあと、俺たちはもう一度全員で集まった。

 隼人がフロアマップを見ながら言う。

 

「泊まるなら、先に逃げ道だけ確認しておく。」

「場所だけでなく、実際に通れるか、全員で確認しよう。」

 

 全員が頷く。

 安全だと思っていても、ここが絶対に安全とは限らない。

 何かあった時、逃げ道を知らない方が危険だった。

 

 まず確認したのは、百貨店正面の出入口。

 

 大きなガラス扉は途中まで開いたままになっている。

 ここからなら駅前広場へ出られる。

 ただ、人目につきやすい。

 俺たちが入ってきた入口でもある。

 奴らが集まれば最初に塞がれる場所でもあった。

 

 

 次に駅へ繋がる連絡通路。

 

 シャッターは開いている。

 駅構内へ直接入れる構造になっていた。

 海人が少しだけ顔をしかめる。

 

「駅は死角が多い。」

「使うなら最後だな。」

 

 

 そして地下。

 

 地下街へ続く出入り口。

 非常口の案内表示は点灯している。

 地下街は細く、見通しも悪い。

 

 最後に、食品売場のさらに奥。

 従業員通路へ向かう。

 本来は客の目に触れない裏側。

 白い壁。

 無機質な床。

 荷物用の台車。

 積まれた段ボール。

 営業中なら店員が慌ただしく行き交っていたはずの場所だった。

 

「この扉は?」

 

 厚い金属製の防火扉が通路を塞いでいた。

 翼が取っ手を引くが、開かない。

 隼人が手伝うが、扉はびくともしなかった。

 

「バックヤードの入口だな。」

 

 従業員専用区域。

 扉の横にはカードリーダー。

 

「電子錠だ。」

「従業員用カードがないと開かない。」

 

 海人が軽く頷く。

 

「なら、今は気にしなくていい。」

 

 扉の向こうは静かだった。

 物音一つ聞こえない。

 俺たちはその場を離れる。

 

 出入り口の確認は終わった。

 

 正面。

 駅側。

 地下側。

 そしてバックヤード。

 いざという時の逃げ道は頭へ入った。

 

 

 隼人が椅子へ腰を下ろした。

 

「ここで休むなら、」

 

 周囲を見回す。

 

「もう少し、必要な物を集めたいな。」

 

 俺も頷く。

 水や食料は足りる。

 けれど一晩過ごすなら、まだ欲しい物はいくらでもある。

 

 

 莉乃が手を上げる。

 

「せっかく材料あるし、ご飯でもつくる?」

 

 美玖が続ける。

 

「カセットコンロ、下の店に置いてあったと思う。」

 

「じゃあ、俺と悠斗も一緒に行くか。」

 

 隼人の言葉に頷く。

 

「上の電気屋に充電器あったよな。」

「今は繋がらないけど、一応充電しとくか。」

 

 自然とグループ分けが決める。

 

「じゃあ。」

「食品売場に俺と莉乃。雑貨店に悠斗と美玖さん」

「電気屋は陽向と翼。」

「あとの二人は一階で待機だな。」

 

 全員が頷く。

 陽向が腕時計を見る。

 

「集合はどうする?」

 

「三十分だな。」

「そんなに時間は掛けないほうがいい。」

 

 海人が答えた。

 

「絶対に一人にはならないように。」

 

「異常があったら?」

 

 莉乃が尋ねる。

 俺は答える。

 

「大声は出さない。」

「走って戻る。」

 

「分かった。」

 

 全員が頷く。

 荷物を背負い直し、武器を持ち直す。

 

 隼人たちと、動かないエスカレーターを下った。

 

「じゃ、三十分後にここで。」

 

 そう言って二手に分かれる。

 

 俺は美玖と並んで歩き出す。

 人気のない売場。

 静かな館内。

 自然と、槍を握る手に力が入る。

 

「あ。」

 

 美玖が立ち止まる。

 

「裁縫道具、持っていこうかな。」

「針とか糸とか。」

 

 少し意外で、美玖の顔を見返してしまう。

 その視線に気づいた様子で、少しムッとした表情に変わる。

 

「最近は触ってないけど。」

「昔、お母さんとよくやってたから。」

 

 むくれた表情に吹き出してしまう。

 つられて美玖も小さく笑う。

 

「こういう買い物。」

「何だか普通みたいだね。」

 

 俺も苦笑した。

 

「普通だったら。」

「カゴ持って歩いてる。」

「レジにも並ぶし。」

「値段も見る。」

 

「そうだね。」

 

 その笑顔を見ていると、本当に昨日までの日常へ戻れたような気がしてしまう。

 

 

「カセットコンロ、確かあっちにあったはず。」

 

 二人並んで商品棚の間を進む。

 

 

 

 

 

 

 ――その時だった。

 

 館内の照明が、一瞬だけ明滅した。

 

 

 パチッ。

 

 

 小さな音。

 

 俺は思わず足を止める。

 

「……?」

 

 

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

 館内中の照明が一斉に消えた。

 

 すべてが、唐突に。

 

 百貨店は一瞬で静寂に包まれる。

 

 エスカレーターのある吹き抜け越しに差し込む日差しだけが、薄暗い館内を照らしていた。

 

 

 俺は思わず天井を見上げる。

 非常等がぼんやりと赤く光り始めた。

 

 

 ずっと響いていた空調の音も消えている。

 

 

「停電……?」

 

 

 その言葉を口にした瞬間――。

 

 

 館内のどこか奥で。

 

 

 カチッ。

 

 

 小さな電子音が鳴った気がした。

 

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